そして今、自衛隊は

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 1960年・70年の安保闘争の経験、そして平成の世になってからの北朝鮮とテロの衝撃。これら経た今、治安出動に関する自衛隊の体制はいかなるものになっているのでしょうか。本項ではこれを扱います。

1. 出動前段階での活動等

 これまでにも触れたように、自衛隊の治安出動は実際のところ2種類に分けられます。1つは、自衛隊法78条に基づく内閣総理大臣の命令による治安出動。命令による出動、とも呼ばれます。もう1つは、81条に基づく都道府県知事の要請に基づき内閣総理大臣が出動を命ずる治安出動。前者と対比して、要請による出動、とも呼ばれます。

 要請による出動の場合、(要請のあった都道府県公安委員会との協議を経た上で)あとは内閣総理大臣が決断しさえすれば、自衛隊が出動します。しかし命令による出動だと手続きは少し複雑で、治安出動命令と同時に、命令を出した旨を20日以内に国会に報告しその承認を求める必要があります。もしここで承認が得られなければ、直ちに出動を撤回しなければなりません。

 81条の要請による出動はあくまで一地方における「治安上重大な事態」に対処するものであり、また出動を要請した都道府県知事が事態収拾と認めた場合には撤収要請をすべきこと、となっています。これに対し、78条の命令による出動はまさしく国が自らの判断で決定を下し、かつ全国規模での出動も可能です。こうした性質の差が手続きの差にも現れていると見ることができる訳なのですが、その他にも、両者の間には違いがあります。すなわち、78条に基づく命令による出動が予想される場合にあっては、防衛大臣は即応予備自衛官を招集することができ(隊法75条4)、治安出動待機命令を発することができ(79条)、また場合によっては武装部隊を派遣し情報収集を行わせることもできます(隊法79条2)。

 例えばの話、強力に武装した工作員の活動により事態が緊迫し78条に基づく命令による治安出動が行われることが予想される状況に至ったとしまして。現在の自衛隊が治安出動前にできる事は何かといえば、大きく分けて4つ。すぐ上で触れた即予の招集・治安出動待機命令・治安出動下令前の情報収集と、警察への協力です。

 まず第一に挙げられる警察への協力に関しては、「出動! ちょっとその前に」で触れたとおりです。要は国家行政組織法・物品管理法等に基づく各種の官庁間協力。いわゆる基本協定では、治安出動下令が予想される場合に警察・自衛隊間で行うべきこととして「連絡員の相互派遣その他の方法により、治安情報(資料を含む。)その他の事項に関し、相互に緊密に連絡すること」「任務遂行に支障のない範囲内において、死傷者の収容、治療及び後送、通信施設その他の施設の利用、車両その他の物品の使用、専門的知識及び技術の提供に関し、相互に緊密に協力すること」「広報に関し、相互に調整すること」を挙げています(基本協定第4条「連絡等」)。

 具体的には、例えば物資・物品の提供であり、宿舎の提供であり、車両等装備資機材の管理支援であり、航空機や船舶や車両を用いた輸送支援であり、専門知識を持った要員の派遣であり、また情報提供でありetc。またこの他に、自衛隊による警察通信のバックアップや代替、死傷した警察官の収容・後送・治療といった活動も想定されていることも分かります。まだ自衛隊が治安出動した訳ではないけれど、自衛隊の駐屯地に警察部隊が集結し、警察官が自衛隊の防護服や抗弾ベストなんかを着用し、自衛隊のヘリや装甲車で現場まで輸送され、自衛隊の装備・設備を使って通信連絡を行い、自前のヘリや警備車の整備は自衛隊に任せ、派遣された自衛官から専門的アドバイスを受け、死傷者が出たら自衛隊の救急車やヘリで収容・後送してもらい、自衛隊病院で自衛隊の医官から治療を受ける……とかいう場面が見られるかもしれない。

 第二の即応予備自衛官の招集は「治安召集」といい、召集された即応予備自衛官はあらかじめ指定済みの部隊(陸上自衛隊の部隊)で自衛官として勤務します。通常の予備自衛官だと治安関係の召集はなく、勤務部隊の事前指定もないので、この辺りは「即予」ならでは。なお、治安出動前に即予の治安召集ができるのは78条の発動が予想される場合のみで、81条の場合は事前に行うことはできず、実際に出動を命令した場合にのみ可能です。なお、この治安召集は担保罰則付きで、召集命令を受けながら正当な理由なく出頭しない者は罰せられます(隊法119条)。

 第三の治安出動待機命令の発令は、文字通り自衛隊の部隊を出動待機状態に置くということなのですけれど、これがなされることによって平時とは異なる措置を取ることができるようになります。まず、実際に部隊を動かして必要な駐屯地に集結・増強することができます(*)。普通科連隊が居る駐屯地に施設科部隊と戦車部隊を増強してRCTを編成したり、あるいはあちこちに散らばっている部隊を重要防護対象施設に近い駐屯地に集結させたり。かつ、この出動待機命令への服従は罰則で担保されています(隊法119条)。治安出動待機命令が出せるのは78条発動が予想される場合のみで、81条の場合には認められていません。

 治安出動待機命令がない場合は、いわゆる第三種勤務態勢を取って全隊員の外出取消・営内待機を命ずるなり、弾薬を配布するなりして個別の駐屯地単位で即応体制を高めることになります。ただし、あくまで駐屯地限りで個別に行われるに過ぎず、実際にあちこち部隊を動かして集結・増強を図ることはできません(*)。またこれに従わない隊員への懲戒も、基本的には隊法56条(職務遂行義務)・57条(命令服従義務)あるいは60条(職務専念義務)違反ということで、46条(懲戒処分)に基づく行政処分を受けるにとどまります。衆を頼んで上官に歯向かったのならともかく(これは119条に触れます)、1人でこっそり脱走とかいう程度では……。

 第四の治安出動下令前の情報収集は、前項「デモ隊からゲリコマへ」でも触れた通り、武装工作員等が日本に侵入し治安出動の下令が予想される緊迫事態において、内閣総理大臣が速やかかつ適切に治安出動の下令に係る判断ができるようにと定められました。「砲、化学兵器、生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持した者による不法行為が行われることが予測される場合」というのは、まさに武装工作員を念頭に置いた規定に他なりません。78条に基づく命令による治安出動が予想される状況下、このような武装工作員による不法行為が予想される場合には、防衛大臣は、国家公安委員会と協議の上、内閣総理大臣の承認を得て、武器を携行する自衛隊の部隊に対し、当該者が所在すると見込まれる場所及びその近傍において情報収集を命ずることができます。

 情報収集に従事する自衛官は隊法92条5に基づく武器使用権を有し、情報収集を行うに当たり、自己又は自己と共に当該職務に従事する隊員の生命又は身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができます。ただし、相手に危害を加えて良いのは、正当防衛・緊急避難に当たる場合のみ。

 ところでこの武装部隊による治安出動下令前の情報収集が可能なのは、78条発動が予想されるだけでなく、砲・BC兵器もしくは殺傷力がこれに類する武器を所持した者による不法行為が予測される場合……というわけで、例えば棒やら火炎瓶やら石ころやらで武装した大規模なデモ隊が暴れ回っている!とかいう場合だと、78条発動が予想されるとしても、武装部隊による情報収集はできなさそうです。棒や火炎瓶や石ころが、砲あるいはBC兵器に類する殺傷力を持った兵器かと問われれば、それはちょっと……なので。

 従って、81条発令が予測される場合や、78条発令が予測されても強力に武装した人間が相手ではない場合には、情報収集するとしても79条2に基づかない形(例えば防衛省設置法4条4号)で行うことになります。要は平時の情報収集とまるっきり同じで、基本は丸腰。一応、海自の護衛艦や空自の偵察機などが情報収集に出るのであれば、固定武装がありますけれども、しかしその武器を使うことは不可。まして陸自ともなると、部隊はそもそも武器を携行できません。

 以上のようにして警察に協力し、即予を集め、待機命令を出して所要の部隊集結・増強等を行い、情報を集め、それでもなお事態沈静に至らずとなれば……いよいよ自衛隊の出番です。

2. 出動後の活動等

 まず出動命令が下ると、内閣総理大臣は、出動命令を下した旨、及び自衛隊の行動地域その他必要な事項を告示し、並びに関係地域の自治体や住民に周知します(隊法施行令107条)。また防衛大臣も、関係地域の都道府県知事に対し、出動した部隊の指揮官名・官職その他必要な事項を通知します(隊法施行令108条)。

 治安出動に伴う法律上の効果や権限については、次のものが挙げられます。

  1. 内閣総理大臣による特別の部隊の編成 (隊法22条)
  2. 防衛大臣による海上保安庁の統制 (80条。ただし78条に基づく命令による治安出動の場合のみ)
  3. 関係する都道府県知事、市町村長、警察消防機関その他の国又は地方公共団体の機関との相互連絡・協力 (86条)
  4. 警察官職務執行法を準用しての職務執行 (89条)
  5. 武器の使用 (90条)
  6. 海上保安庁法を一部準用しての職務執行 (91条。ただし三等海曹以上の海上自衛官に限る)
  7. 航空法の一部適用除外 (107条)

 1については、よく分からないのでパス(不勉強ですみません)。2については、海上保安庁ページ中で軽く触れているので、ここでことさら触れるのは避けます。3については、読んで字のごとし。

 4から6までは自衛隊の行動・実力行使と直接関わる規定で、自衛官が職質や犯罪予防のための警告・制止、さらには武器使用ができるようにと定めてあるのですけれども、これについては長くなりそうなので後回し。

 最後の7は、治安出動で使用される自衛隊航空機の行動の幅を広げる規定です。すなわち、治安出動した自衛隊の航空機は、自衛隊の行動地域として防衛大臣が告示した地域内において、離着陸の場所(航空法79条)・飛行の禁止区域(同80条)・最低安全高度(同81条)に関する航空法規定の適用を受けません。また、夜間飛行時における安全灯の点灯義務についても、治安出動のためやむを得ない必要があると認めて防衛大臣と国土交通大臣が協議して定めた場合には、適用を免除されます(同64条・隊法施行令149条)。さらに、物件の投下(同89条)・落下さん降下(同90条)については最初から制限が免除されていますから、これら追加の免除を受ける事で色々と活動を展開できるようになります。

 例えば、普通科部隊を乗せたヘリが、本来は着陸場でもない空き地や学校の校庭や陸上競技場などを臨時の着陸場とみなして展開する事ができる。あるいは例えば、特殊部隊を乗せたヘリが、夜間無灯火で最低安全高度以下の低空を飛び、物料を投下したり隊員を降下させたりできる。いわゆるヘリボーンだとか空中強襲のようなことができるようになるわけです。

 さて改めまして、治安出動した自衛隊の行動と実力行使について。治安出動した自衛官にどのような権限が与えられているかを列挙してみると、次の通りです。

  • 職務質問 (警職法2条)
  • 要救護者の保護 (同3条)
  • 避難等の措置 (同4条)
  • 犯罪予防のための警告・制止 (同5条)
  • 職務執行のための立入 (同6条)
  • 職務執行に際しての協力要請 (海保法15条)
  • 立入検査 (同17条)
  • 緊急時の回航等の指示 (同18条)
    (海保法の準用は三等海曹以上の海上自衛官に限る)
  • 武器の使用
    1. 凶悪犯人の逮捕又は逃走の防止
    2. 自己もしくは他人の防護
    3. 公務執行に対する抵抗の抑止
      (以上警職法7条)
    4. 職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合
    5. 多衆集合して暴行もしくは脅迫をし、又は暴行もしくは脅迫をしようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、または防止する適当な手段がない場合
    6. 小銃・機関銃(機関けん銃含む)・砲・化学兵器・生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持し、または所持していると疑われる者が暴行もしくは脅迫をし、又はする高い蓋然性があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、または防止する適当な手段がない場合
      (以上隊法90条)
    7. 自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備又は液体燃料を職務上警護するに当たり、これらを防護するため必要であると認める相当の理由がある場合 (隊法95条)
    8. 自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備もしくは液体燃料を保管・収容もしくは整備するための自衛隊の施設設備、営舎又は港湾もしくは飛行場に係る施設設備が所在する自衛隊の施設を職務上警護するに当たり、当該職務を遂行するため又は自己もしくは他人を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合 (隊法95条2)
    9. 検査を忌避する船舶について、防衛大臣が以下の事項を認定した場合。すなわち、当船が領海内にあり、外国船であると見なされること。その航行目的が凶悪犯罪準備のためであると思量されること。かつその凶悪犯罪に対策措置を取るために当船を停船させ検査する必要性が極めて大きいこと。
      (以上海保法20条2項。ただし三等海曹以上の海上自衛官に限る。)

 この内、武器使用に関する隊法95条・95条2の規定は平常時でも生きていますから、治安出動ならではといえる武器使用規定は7つということになります。また海上保安庁法の準用対象は海上自衛官に限られます。陸自や空自がたまたま海の上で活動していたとしても、適用はありません。

 また、これらの武器の使用は、正当防衛または緊急避難に当たる場合を除き、部隊指揮官の命令によって行うことが原則となっています(※隊法95条・95条2を除く)。ここでの部隊指揮官とは、具体的には、独立して行動できる最小単位部隊とされている中隊の長、と考えられています。ここで、仮に分隊レベルの小部隊があちこちに分散配置されているような状態であっても、部隊行動としての武器使用を決心するの最低でも中隊長、場合によっては連隊長や師団長などといった上級部隊の長です。現場の分隊長などではありません(*)。警察と違い自衛隊は部隊行動をとる事が当たり前で、部隊とは上官の命令で動くところですから、「原則として命令により武器を使用」というのは当然と言えましょう。 部隊編成されていながら上官の命令によらず "兵隊" さん個々人の自己判断で武器使用……なんてあり得ません。

 ここで使用される武器・装備としては、国会答弁によると、警察法67条にいう小型武器に加え、小銃・機関銃・装甲車・航空機なども含まれるとのことです(*)。なお、ここには戦車の名前が出てきませんが、だからといって治安出動に戦車が使えないのかというと、そんなことはない。実際、自衛隊も戦車を使った治安出動訓練を過去に何度も行っている…というのは、前にも触れた通りです(*)。

 またまた仮の話、強力に武装した工作員の活動により78条に基づく命令による治安出動が行われ、陸上自衛隊が出動するに至ったとしまして。ここで、出動した自衛官は具体的にどういったことができるのか?

 まず警職法2条に基づき、挙動その他周囲の事情から合理的に判断して犯罪を犯したか、あるいは犯そうとしていると疑われる人物に対し、職務質問をすることができます。また、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときには、警職法5条に基づき予防のための警告・制止ができ、この警告・制止を実施するに当たりやむを得ない場合には、警職法6条に基づき他人の土地・建物又は船車の中に立ち入ることができます。換言すれば、検問やパトロールを行って武装工作員と疑わしき人間に職質したり、疑わしい人間が怪しい挙動に出れば警告・制止を行い、その際に他人の土地・建物に立ち入ることも場合によっては許される。

 また、同じく警職法の4条に基づき、天災事変等の危険な事態に際して関係者に必要な警告を発し、特に急を要する場合にあっては危害を避けしめるため避難等の措置を取ることができます。かつ、被害者の救助などのためやむを得ないと認めるときは、警職法6条に基づき他人の土地・建物又は船車の中に立ち入ることもできます。なお、警職法4条の措置を取った場合には、その内容を防衛大臣の指定する者に報告する必要があります。換言すれば、武装工作員の破壊活動などが発生した場合、被害者の救助等を行うことができる、場合によっては他人の土地建物に立ち入っての救助も許される。

 何を当たり前なことを、と言ってはいけません。自衛隊も行政機関の一であるにつき、その活動にはいわゆる根拠規範が必要です。わけても、他人の土地建物船車に立ち入ってあれこれするとなると、憲法25条で原則不可侵となっている財産権と衝突する可能性も出ますから、なおのこと重要です。

 ところで。少々余談ですが、被害者の救助や避難などの活動は、隊法で準用される警職法に基づき行われるものだけではありません。事態対処法(武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)に謂う緊急対処事態の認定を受けた上で、国民保護法(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)および隊法に基づく自衛隊の「国民保護等派遣」がなされ、緊急対処保護措置の一環として救助や避難措置などが行われることもあります。(事態対処法25条、国民保護法8章、隊法77条4第2項)

 緊急対処事態とは「武力攻撃の手段に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態又は当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(中略)で国家として緊急に対処することが必要なもの」、具体的には凶悪なテロなどが該当し、治安出動とも結構関係深そうだといえます。しかし、治安の維持に係るものは国民保護等派遣に含まれず(国民保護法15条、183条)、活動の内容は緊急対処保護措置の実施、すなわち避難・救援・緊急対処事態における災害への対処活動といったものに限られています。緊急対処事態の原因となった勢力の鎮圧は国民保護等派遣の守備範囲に含まれず、治安出動なり防衛出動なりで対応する……ということなので、本項では緊急対処事態に係る国民保護等派遣は取り上げません。

 では話を元に戻しまして、隊法78条に基づき陸自が治安出動したとして、自衛官にはどのような権限が与えられているか…という話。とりあえずざっと書いて来ましたが、治安出動した自衛官の権限は、若干の例外を除けば基本的に警察官等職務執行法の準用によるものだといえます。つまり、警察官の権限とあまり変わらない。武器使用は部隊指揮官の命令でだの、使用可能な武器の中には機関銃に装甲車が含まれるだの、航空法の適用除外でヘリコを用いた機動展開だのいいますから、なにやら物騒かつ大事なイメージを持たれる向きもあるかもしれませんけれども。

 警察の警備行動においても、発砲により、または警棒の殴打により、あるいはガス弾の流れ弾に当たって、少なからぬ数の死傷者が出ています。ましてこれが重装備の自衛隊ともなればどうなる? 気持ちは、分からなくもありません。

 しかし、治安出動した自衛隊は、決して見敵必殺の武力行使をする訳ではないのであり、警察に比べれば余程良い得物を持ってはいるとはいえ、その権限の根は警職法に有り。警察官が実力を行使する際は、「警察比例の原則」に従わなければなりません。すなわち、警察機関による実力行使は、事態に応じ合理的に必要とされる限度にとどめるべし。牛刀を以て鶏を裂くのはまかりならん、という訳です。治安出動した自衛隊も、警職法に基づいて権限行使をなす以上この原則は守らなくてはなりません。

 従って、デモ隊に向かって機関銃の無差別斉射を加えた上銃剣突撃!せん滅!などという行動は、やってはいけない事になってます。

 ちなみに。武器使用は必要最小限にいうことなので、原則はやはり威嚇。相手に危害を加えるような武器使用は一定の条件下でのみ許可されます。その条件とは、次の通りです。

  1. 凶悪犯人の逮捕又は逃走の防止/公務執行に対する抵抗の抑止のため、他の手段がないと信ずるに足りる相当の理由があるとき
    (警職法7条)
  2. 事態に応じ合理的に必要とされるとき。
    (自衛隊法90条、海上保安庁法20条2項)
  3. 正当防衛・緊急避難に該当する場合
    (警職法7条、隊法95条・95条2)

 正当防衛・緊急避難、すなわち自己もしくは他人の防護のためという条件を除くと、「他の手段がないと信ずるに足りる相当の理由があるとき」「事態に応じ合理的に必要とされるとき」に、危害を加える武器使用ができる、ということです。過剰な武器使用を厳しく戒めてあり、これぞまさに警察比例。

 ところでこの「警察比例の原則」なる治安出動故の足かせ。これがために、自衛隊は鎮圧のために強力な武器をむやみに使うことはできなくなっている訳ですが、これは問題ではないか?という意見も一部にあるようです。曰く、警察比例の原則があるから、自衛隊は相手と同程度の武器しか使えない。曰く、警察比例の原則があるから、相手から撃たれるなり、実際に被害が生ずるなりしないと自衛隊側から武器使用ができない。フィクションの世界ではありますが、麻生幾の小説『宣戦布告』(講談社、1998)とかその映画版(石侍露堂監督、2002)なんかではこれに近い話の展開になっています。

 実は私も、最初こういう考えを持っていて、自衛隊の行動に足枷はめるとはなんという悪法だ!みたいなことを書き連ねていました。……が、どうやらこれは少々極端な考え方であったようです。

 すなわち、警察比例の原則とは、なにも相手方と同じ程度の武器しか使えない、という意味「ではなく」、付与された任務を達成するために合理的と認められる範囲の武器使用を行う、ということを意味する。また、例えば出動した自衛官が相手と対峙しているというような場合、判断基準となるのは相手が撃ってきたかどうか「ではなく」、まさにどれだけ差し迫った危険が自分に及んでいるか(※正当防衛の場合)ということである。(*)

 例えばの話、上空から捜索中の戦闘ヘリが武装工作員の集団を発見したとして。任務達成に合理的に必要だと判断される範囲内であれば、機関砲やロケット弾で攻撃することも不可能ではない。あるいは、現場に急行した普通科部隊が武装工作員の集団を捕捉したとして。差し迫った危険が自分に及んでいると判断されれば、まだ相手から弾が飛んで来ていないとしても、正当防衛で武器使用をすることも不可能ではない。

 また、前の項でも触れたところの内容ですが、平成13年11月に新設された隊法90条3項の場合、相手が「(砲・BC兵器あるいはこれに類する殺傷力の高い)武器を所持し、又は所持していると疑うに足りる相当の理由のある者」であって、「暴行又は脅迫をし又はする高い蓋然性があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合」に「事態に応じ合理的に必要とされる」武器使用ができるようになっています。場所や人数は関係なし。相手の抵抗や逃走も要件ではありません。相手方の脅威と、武器使用するほか手段なし、ということが説明できれば、抵抗も逃走もしていない相手に向け先んじて武器使用ができることになっています。

 警察比例でやってはいけないのは、例えばの話合理的な必要性を越える大火力で圧倒しようとかいう行為であって、重火器を持ち出すことは別に制限されていないし、身体生命の保護や任務の達成などに合理的に必要である限りにおいて、小火器しか持たない相手に重火器使うことも許される。相手が小銃持った歩兵部隊ならこちらも小銃持った普通科部隊を出すしかない…という考え(以前の私の考えそのものです)は誤りである。

 まあ、その「任務達成に合理的に必要である」かどうかというところが実は一番の曲者(*)で、先に挙げた『宣戦布告』にしても、この部分で腰が引けた政府首脳が保身含みの政治判断で(警察や)自衛隊の権限を縛ってしまったという痛々しい展開が肝である…ということは分かるのですけれども。

 かくして、若干気になる部分なしとはしないものの、治安出動した自衛隊は上記のように権限を与えられ、これを行使し治安を回復していくことになります。では、その具体的な行使内容とはいかなるものなのでしょう。すなわち、自衛隊の治安警備戦術とはいかなるものか。

 これについては、正直言ってほとんど何も分かりません。一応、デモ警備・暴動鎮圧については、前にもちょっと触れた通り昭和35年秋に陸自が作成した治安行動訓練の「草案」とされるものが共産党の手で公開されているのですけれども、いかんせん古い上に本物かどうか定かでない(*)。また近年流行りの武装工作員対策という面では、『朝雲』だとかの新聞や雑誌に訓練の話がちらちら載ったりもしますが、ほんの断片です。このところ行われている陸自と警察の治安出動に係る共同実動訓練にしても、検問や制圧といった点については一切非公開。なるほど、具体的な戦術行動や手順なんかがバレては、いざという時相手に手の内を読まれてしまうことになりますからね。

 という訳で、この項ここまでと致します。

3. 治安か、防衛か

 ある意味余談みたいなものでもあるのですが、ちょっとだけ。

 殺傷力の高い武器を有した武装工作員なんて聞くと、私などは、ついつい軍隊の特殊部隊みたいなものかと思ってしまいそうになります。で、そんなことを連想してしまうと、外国軍隊の特殊部隊が工作活動のために侵入したりする場合はもはや治安上の問題ではなく防衛上の問題になるのではないか? すなわち、治安出動ではなく防衛出動で対処すべき問題になるのではないか? …というような疑問も心に浮かびます。

 そこで白書を見てみると、これを書いている時点で最新の『日本の防衛』(平成20年版)においては、「ゲリラや特殊部隊による攻撃などへの対応」を記した節目の中に、「ゲリラや特殊部隊による攻撃への対処」「武装工作員などへの対処」の2項目を続けて掲げてあります。前者の場合は防衛出動、後者の場合は治安出動。また、「武装工作員などへの対処」項の中には対処の基本的な考え方を記した図表が掲載されていますが、そこには、事案の状況が明確化し外部からの組織的・計画的な武力行使であると認められた場合には防衛出動で対処する旨が記されています。(*)

 同じ節目の中に2項目が連続して出ている点や図表に記された内容から見て、「ゲリラや特殊部隊による攻撃への対処」と「武装工作員などへの対処」は関係深いと見られる訳なのですが、しかるにどういった場合が防衛出動で対処すべき「ゲリラや特殊部隊による攻撃」であって、どういった場合が治安出動で対処すべき「武装工作員(などによる不法行為)」なのか。あるいは換言するならば、どういった場合が「外部からの組織的・計画的な武力行使と認められる場合」に当たるのか。この部分はどうもはっきりしません。不正規軍のゲリラであれ正規軍特殊部隊であれ武装工作員であれ、外部からの組織的・計画的に武力行使だと認められれば防衛出動の対象になりますが、そうでなければ治安出動の対象です。この違いはどこで判断するのか?

 防衛出動は、「外部からの武力攻撃」が発生したか、又は発生する明白な危険が切迫しており、防衛のため必要があると認められる場合になされるものです(隊法76条)。外部からの武力攻撃とは、外部からの組織的・計画的な武力による攻撃を指します。武力攻撃の手段は、正規軍によると不正規軍によるとを問いません。また、外国政府とは無関係に民間団体が独自に人手を集めて来攻する、という事態も武力攻撃に当たるとみなされ、防衛出動の対象となります(*)。

 これに該当するなら防衛出動が選択されますが、そうでないなら治安出動その他、という事になります。例えばの話、組織的・計画的でない活動(偶発的な事故など)は武力攻撃に当たらず、防衛出動の対象ではありません。また、防衛出動は「我が国を防衛するため必要があると認める場合」になされるものですから、必要性が認められない場合にも防衛出動はできません。武力攻撃の発生あるいは明白な危険、防衛のための必要などを第一に判断するのは政府当局であり、行政裁量(この場合はいわゆる要件裁量)に委ねられているのですけれども、出動後の国会承認が得られなかったり、裁量の踰越・濫用を疑われて揉めたりとかいう話になると厄介です。

 事故で座礁したと思しき潜水艦から完全武装の特殊部隊が上陸したが、これを偶発的事故と見るか組織的・計画的なものと見るかで混乱…というのが麻生幾『宣戦布告』の設定だったような気がしますが、その他にも、例えば上陸した武装部隊がどこの軍隊なのかテロリストなのか確認が取れない場合や、上陸した武装部隊が小規模で近傍に重要防護対象がない場合などなど。こういう場合は、「不正規戦部隊」が相手であっても治安出動で対応することになる余地は充分ありそうです。

 もっとも、相手は少人数とは言え、偽装・隠密行動・奇襲攻撃・格闘技・各種の武器の取り扱いなど特殊訓練を受けた不正規戦部隊。対して、治安出動した自衛隊が行うのは要するに警察行動であり、「武器使用の合理的な必要性」云々という縛りがかかっています。軍事行動を取る相手に警察行動で立ち向かわざるを得ない点があることにつき、どこかいびつさを感じないでもありませんが……ともかく、世の中こういうことになっています。

 特殊部隊が相手でも、防衛出動し重装備や火力で圧倒!とは行かないかもしれない。ならばどうする? 自衛隊の出した答えは、「こちらも訓練を積んだ特殊部隊を持つ」というものでした。前の項目でもちょっと触れたように、現在自衛隊では特殊部隊の編成が進んでいます。その主たる対処目標が日本に侵入して来る不正規戦闘部隊であるのは、至極当然と言えましょう。

 平成16年3月、防衛庁は陸上自衛隊に「特殊作戦群」を創設しました。第一空挺団出身者を中心とした300人規模の部隊で、千葉の習志野駐屯地に所在、防衛庁長官直轄、その名の通り陸自初の本格的特殊部隊です。

 またいわゆる特殊部隊ではないですが、レンジャー資格者を集め高い行動能力を持った部隊も複数存在しており、習志野の空挺団・厳原の対馬警備隊・相浦の西部方面普通科連隊が挙げられます。特に西部方面普通科連隊は平成14年3月に発足した新しい部隊、主に離島への緊急展開を目的とし、3個普通科中隊基幹(660人規模)で、うち1個中隊がレンジャー化されているとか。またこの他、一部の普通科連隊でも、隷下の普通科中隊の内1個をレンジャー資格者で編成し、実質的な「レンジャー部隊」に仕立てているそうです(北熊本の42普連・小倉の40普連など)。

 やや異色な存在としては、不審船問題で矢表に立つ海自の持つ特別警備隊。普段は広島の江田島にいて、人員規模はおよそ60人、自衛艦隊直轄、停船させた不審船に移乗し検査するための部隊ですが、実質は突入・制圧部隊と見られますから、これも特殊部隊の一と言えましょう。不審船対策として平成13年3月に発足した、これも新しい部隊です。

 さて、かように整備が進んでいる自衛隊の特殊作戦部隊でありますが、しかし実際不正規戦が起こったとして、これらの部隊がきちんと対応できるかどうか。それはいまだ未知数です。……願わくば、効果的に対処できますように。さらに願わくば、そもそもそういう事態が起きませんように。

 

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