出動! ちょっとその前に

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 自衛隊は治安維持の任務も負っている、とは言いますが、具体的にはどういう時に出るんでしょう。自衛隊法によれば、78条に曰く「間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもつては治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる」。また81条に曰く「都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該都道府県の都道府県公安委員会と協議の上、内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請することができる」「内閣総理大臣は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等の出動を命ずることができる」。…と書いてあるのですけど、分かりやすく言うとどんな時? それを、これから見ていきます。

 問題は2点に絞られます。「間接侵略その他の緊急事態」「治安維持上重大な事態」とは、具体的にいかなる事態を指すのか。「一般の警察力をもっては治安を維持できないと認められる場合」「事態やむを得ないと認める場合」とは、具体的にいかなる場合を指すのか。この2点です。

 順番に片付けて行きましょう。まずは、治安出動の前提となる治安上の事態の如何について。すなわち、79条に謂う「間接侵略その他の緊急事態」とは何ぞや。結論から言えば、外国の教唆・干渉によって引き起こされた大規模な内乱及び騒擾等といった事態、あるいは外国の教唆・干渉とは関係のない大規模な内乱及び騒擾等といった事態、を指します。外国の教唆・干渉とは、外国からの武器の提供、指示・指令、資金援助などを指します。難しいのは、事態を引き起こしている人間が外国の指導者などの称する理論や言葉を信奉し同人の肖像画を掲げているだけ、という場合。もしくは外国から日本向けに、暴動等を賛美したり自国のイデオロギーを宣伝する放送がなされているだけ、という場合。こういった場合は、間接侵略とはまでは言えないのではないか…という見方が示されています。モノやカネや「ああしろ」「こうしろ」といった具体的な指示が流れ込んでいる場合が間接侵略だということです。もう少し踏み込んで、外国からの宣伝放送が国内の事態をさらに悪化させてしまうという直接的な因果関係がある場合も、間接侵略と認定する余地があるとされています。かような外国からの接触がない場合にあっては、「その他の緊急事態」に分類されることになります。(*)

 また、こうした内乱・騒擾などといった事態には、量的な側面と質的な側面があります。量的な面とは、装備面ではさほどでなくとも、大規模な内乱・騒擾的な事態が非常に長期間あるいは数府県にまたがるような非常に広い地域で行われる場合だと想定されています。質的な面とは、暴徒側が小銃など強力な武器を多数入手している場合、仮に小部分であっても相当強力な武器が使われている場合だと想定されています。(*)

 一方、81条に謂う「治安維持上重大な事態」については、いかなるものであるか明らかでありません。ただ、一般的に言って治安の維持に責任を持つのは警察であるからして、警察がまだ頑張れる状態でありながら治安出動がなされることはあり得ない。この前提を踏まえて、知事が(各都道府県の公安委員会とも協議しつつ)地方の実情に即して事態認定を行う、ということです。(*)

 こうして見ますに、例えばの話、量的な面においてはかつての安保闘争における集団事件をも凌ぐであろう相当大規模な事態が想定されているらしく、また質的な面においてはかつての「ゲリラ事件」をも凌ぐであろう相当強力なもの想定されているらしい。で、ここで外国からの教唆・干渉、あるいは事態悪化に直接の因果関係が認められる活動があれば、それは「間接侵略」となり得るし、そういった教唆干渉の類が確認できなければ「その他の緊急事態」である。

 以前であれば、量的な話の方が可能性が高かったかもしれませんが、今はむしろ質的な話が中心でしょうか。デモ隊相手なら余程でない限り警察で何とか対応できましょうが、少数でも重武装のテロリストが相手となると……。こうして見ると、近頃はデモがなくなったからといって治安出動の可能性がなくなったとも言えない? もっとも、肝心のテロリストがいなければもちろん出動はない訳ですが。

 なお、これらの「間接侵略その他の緊急事態」「治安上重大な事態」とは、必ずしも被害が発生した場合とは限りません。まだ現実には攻撃が行われておらず、人の身体・生命・財産などに対する被害が発生していなくとも、「間接侵略その他の緊急事態」「治安上重大な事態」が発生していると認定されれば、78条あるいは81条に基づく治安出動は行われます。現実的攻撃・具体的被害はまだ発生していないけれど一般の警察力では治安が維持できないと認められる事態…というのは相当なレアケースのような気もしますが、国会の質疑では「原子力発電所などの重要施設に危険が迫った、テロの脅威が迫ったというような場合(中略)事態が緊迫して、得られた情報から、明らかに警察では対処が難しいということになれば、これは治安出動が下令されまして、出動するわけであります」というようなことが述べられています。(*)

 さて、こういった治安上の危機というものは、現象としては犯罪です。犯罪に対応するのは警察です。警察が全力を尽くした上でなお鎮圧できないとなると、そこで初めて自衛隊の出動であります。これがつまり79条に謂う「一般の警察力をもっては治安を維持できないと認められる場合」であり、81条に謂う「事態やむを得ないと認める場合」も同様です。ではこの "全力を尽くした" とは、一体どれくらいの努力を指すのでしょう。よもやお巡りさん1人残らず討死……というところまで行く訳ではありますまい。では、具体的にはどこまでなんでしょう。

 まず前提。警察機構の内部において、実際に捜査やら取締りやらの実務を行なうのは各都道府県の警察です。この各都道府県警察の構成員は基本的に地方公務員です。よって他の自治体に行っても、そのままでは職権の行使はできません。また各警察はそれぞれの都道府県公安委員会によって監督されています。

 ここで国家の警察機関として警察庁が挙げられますが、警察庁の普段の業務は各都道府県警察間の連絡調整・監督業務です。各都道府県警察は独立した公安委員会によって監督されているので、警察活動の内容について警察庁が口を出す余地はあまりない(*)。また本庁が独自に実働部隊を保有して警察活動に当たるというような事もありません。また警察庁自身も、内閣府外局たる国家公安委員会によって監督されています。

 つまり、普段の日本警察は地方分権型、かつ委員会による監督体制をとっており、内閣の直接指揮下にはない。これが日本の警察の平時の姿です。

 これが準有時となると、少々事情が変わって参ります。警察法60条には、警察官の応援派遣に関する規程が定められています。具体的には、まず応援が欲しい自治体の公安委員会は適当な他の都道府県公安委員会に応援を要請します。この要請に基づき派遣された警察官は、派遣先の自治体においても職権を行使する事ができます。地方分権という平時の日本警察の原則にのっとった形の有時対応であり、昔からかなり頻繁に用いられて来た手法であります。この60条を利用して対処してきた警備事案は、安保闘争を含め枚挙に暇ありません。

 また警察法の規程ではないですが、同じ平時の原則を破らない形の有時対応として、官庁間協力という形で他省庁の力を借りるというやり方が挙げられます。具体的には、物や場所、施設を借りたり、人員の派出(出向)を求めたりします。とりわけ、物のやりとりをするケースは多いらしい。物品管理法16条により、各省庁の長/政令により委任を受けた者/物品管理官は、「物品の効率的な供用又は処分のため必要があると認めるとき」、他省庁との間で物品の管理換をすることができます。要は、省庁Aが本来管理するところの物品を省庁Bの管理に移す。なお、ここで言う物品とは、現金・有価証券・国有財産法2条1項2号および3号に掲げる登記可能動産とその従物を除いた、残るすべての動産のことです。飲食物に衣類、什器、寝具、事務用品、通信機器、自動車に燃料にあれやこれや、果ては火器弾薬に至るまで! なお、この段階で要した経費は管理換を受けた側が持つことになるみたい。

 火器弾薬も他の動産と同じく物品扱い、管理換の対象、という事で…これまで例はありませんが、こうした武器類を警察が他省庁から管理換してもらうことも十分可能です。警察官は警察法上で小型武器の所持が認められておりますので、「小型武器」までなら管理換の上、実際に使うことができます。ここでいう小型武器とは、「個人で携帯できる程度の武器」をいいます。具体的には、拳銃、小銃辺り、後述する「警察比例の原則」が許せば手榴弾やロケットランチャー辺りも入るかもしれません。まあ、実際ここまでやるかはともかく、こういう事もやろうと思えば出来ますと。

 この他、可能な範囲で民間の手を借りるという選択もあり。無論、こちらはお金を支払っての正式な調達契約になります。警備実施の前線で機動隊員を動かすには裏方でいろいろと手を尽くさなければならず、ここで民間の手を借りる必要が出てきます。例えば、警備用車両の駐車場を確保し、車両が足りないとなれば不足分をレンタルし、あるいは長距離移動で船舶/航空機/列車を使うとなれば運送会社のお世話になり。隊員用の弁当の仕出し、屋外簡易トイレの手配というのもなかなかどうして大切です。

 大警備になればなるほど警察だけではまかないきれなくなり、官庁間協力であるとか、民間業者と契約を交わしての調達が必要になって来ます。

 具体例を挙げますと、古くは1950年代から。まだ警察の警備装備が十分でなかったこの時期、モノの本など見ますと…曰く「これ(※警備用装備)については現在の警察におけるその設備資材の充実の状況によつて事態に応じて完全な方法をとりえない悩みがあるが…(中略)…予算の最大限の活用によつてそれ々゛有効適切な措置をとることが望ましい。予算面において実現しえないものでも実際面において、例えばバリケードの構築、輸送機関の借り上げ、暴徒退散のための放水消防自動車の協力援助などにより、装備の完全化は、その創意工夫によつて半ば達せられるものであることに留意せねばならぬ」(*)。

 今ならば、「輸送機関」として警察は自前のバス型輸送車を数多く有しています。「暴徒退散のための放水消防自動車」を借りる必要もなく、装甲を施した放水警備車、消防車似の高圧放水車、果ては折りたたみ式のアームを積んだ高所高圧放水車までよりどりみどり。しかるに、戦後すぐのこの時代はそういう訳には行かなかったのでしょう。実例で言えば1949年・昭和24年6月に福島県平市(※現福島県いわき市)で発生した平騒擾事件。駆けつけた応援部隊の中には民間輸送機関を用い、あるいは車両を借り受けていた隊も多数ありました。また、集結した部隊の給食も平市内の工場などに依頼しています(*)。

 時代は下って1960年の安保闘争、また70年代の第二次安保闘争時にも、警察が警備実施に際して外部の手を借りた事は何度もありました。

 例えば1960年の安保闘争。同年4月以降、安保反対のデモ行進は規模の面でも回数の面でも急増、安保条約発効の月である6月ともなると警察独力では対処し難くなりつつありました。条約の批准と廃棄は国会の仕事ということで、国会議事堂にはデモ隊が殺到。警視庁は他府県・管区からの応援を得てデモ隊の国会侵入を防ぎ、平行して自衛隊からも協力を得ました。警察が自衛隊から得た協力は、大きく分けて2つあります。1つは、応援派遣された警察官の宿舎の提供。もう1つは、物資の提供。こうした協力がいつから始まったのか、はっきりした事は分かりませんが、条約発効を控え反対デモが最高潮を迎えつつあった6月にはもう行われていました。

 まず、警察官の宿舎提供について。近畿・東北管区の各警察から警視庁に応援派遣された警察官が自衛隊の施設に宿泊し、市ヶ谷駐屯地においては「警察官がベッドに寝て、自衛隊員たちが廊下に毛布を敷いて寝るという態勢をとった」のだそうです(*)。具体的な数字としては、6月14日の時点で陸自から警察に対し6,000人分の宿営支援を行った、ということでした(*)。

 自衛隊から警察への物資提供については、同じく6月14日の時点で「毛布四万三千枚、食糧二十万食、車両二千三百五十の管理支援を行う」(*)ということでした。ただし車両は、自衛隊から警察に2,350台もの提供を行ったのではなく、整備や補修といった「管理支援」が2,350台分ということかもしれません。車両そのものの提供がはっきりと確認できているのは、翌15日に行われた車両60両の提供です。京都府宇治市の宇治駐屯地にある補給処より、警察庁に宛てて車両60台が1ヶ月の期限付きで提供されています。物品管理法16条に基づく管理換という形式を取り、返還期日は7月14日。実際に返還されたのは7月4日でした。ちなみに、ナンバーを付け替えて貸し出したらしい(*)。さらに、無線機の提供も行ったようで、当時の陸上幕僚長が後年語ったところによると、「警察からはおおいに感謝されました」(*)。

 60年代後半から1970年代にかけての第二次安保闘争でいうと、例えば我が地元福岡でも大いに悶着起こったところの米原子力空母エンタープライズ佐世保寄港に伴う警備実施。俗に「エンタープライズ寄港阻止闘争警備」「エンプラ闘争警備」と呼ばれるこの警備実施は昭和43年(1968)1月に行われ、現地警備に当たる警察に対し、自衛隊から宿舎提供を主とする協力がなされています。具体的には、陸自相浦駐屯地に9日間で延べ6,086名、海自佐世保教育隊に9日間で延べ6,186名、海自第三海上訓練指導隊には延べ944名、3ヶ所合計で延べ13,216名が宿泊。宿泊に関する自衛隊側の許可は1月12日付けで降り、実際の宿泊は1月15日から始まりました。また、関連して物品面における協力もあり、その内容は、毛布31,454枚、マット9,280枚、枕が4,760個、寝袋が1,000個、乾パン4,700個というものです(*)。最後の「乾パン4,700個」というのは、缶入りなり袋入りなりの乾パンが4,700缶/袋、ということ…ではなく、バラの乾パンが4,700個ということなのでしょうか?

 ところで。余談といえば余談なのですが、革新側による自衛隊への批判・攻撃が今よりも厳しかったこの時期、警察に対し物資協力を行うに当たり、自衛隊側は色々と気を使っていたようです。昭和36年、当時の自衛隊は警察に対する物資協力のあり方を定めた「警察に対する物品等の支援要領」という文書を作成していました。現在、少なくとも海幕と陸幕で作成されていたことが分かっていますが、とりわけ警察への物品提供が多かった陸自の場合、支援する物品については「すべて被覆又は抹消等の措置を講じ、特に治安警備を行なう現場には、前記の措置を講じても自衛隊の物品であることがわかるような車両は通常使用させない」ということになっていたそうです。その理由は、自衛隊に批判的な革新政党の議員に言わせれば「後ろめたいから」。当局者に言わせれば「無用な摩擦、無用な誤解を招かないようにという配慮に出るもの」(*)。いずれにせよ、使用者は警察であるとはいえ、「陸上自衛隊」と大書された、あるいはそうでなくともOD色でばっちり塗装され陸自の車両であることが一目瞭然、そんなものを出してしまうと、色々不都合があったのでしょう。

 安保闘争の終息後も、大規模な警備実施・警察活動に当たり警察側が自衛隊側から協力を得る例は続きます。近年の例でいえば、オウム事件捜査や、アメリカ同時多発テロ後の警戒警備。

 1995年・平成7年3月、地下鉄サリン事件はじめ数々の犯罪に手を染め毒ガス保有の疑いがあったオウム真理教の施設に対する強制捜査。その際、警察は自衛隊から毒ガス防護装備の提供を受けた他、化学防護を専門とする自衛官の派遣を受けています。装備の提供は、前にも触れた物品管理法16条に基づく管理換。人員の派遣は、自衛隊法60条2項・自衛隊法施行規則60条1項5号に基づく「当該隊員の防衛庁における職務の遂行に著しい支障がないと防衛庁長官が認める場合」(※条文は当時)での兼職(*)。この結果、3月22日の強制捜査決行日には、迷彩を施された防護衣姿の捜査員、あるいは出動服姿で防護マスクを着けた機動隊員がテレビの画面狭しと大写しになったもんです。

 またアメリカ同時多発テロ翌月の2001年・平成13年10月、アフガニスタンに対する攻撃が始まったことを受けた重要防護対象の警備強化。その際、警察は沖縄へ応援の警備部隊を派遣しましたが、輸送には一部自衛隊から協力を受けています。攻撃開始直後の10月8日、九州管区機動隊および中部管区機動隊合わせて400名強が派遣されました。この内中部管区機動隊(約120名)は、航空自衛隊の支援を得て、愛知県の空自小牧基地から輸送機(C-1×4機)で沖縄県の空自那覇基地まで輸送されました。ちなみに、九州管区機動隊は海路沖縄入り。8日午後6時に2個大隊・約300名と車両53台が民間の船舶(※大島運輸の「フェリーあけぼの」)に乗り込んで鹿児島新港から出発し、ほぼまる1日かけ9日午後6時40分に那覇港へ到着しています。(*)

 以上は、平時の原則に基づいた話でした。しかしこれでもまだ手ぬるいという場合、警察法は奥の手を用意しています。警察法71条、緊急事態の布告です。「内閣総理大臣は、大規模な騒乱その他の緊急事態に際して、治安の維持のため特に必要があると認めるときは、国家公安委員会の勧告に基づき、全国または一部の区域について緊急事態の布告を発することができる」。この布告が発せられると、総理は、国家公安委員会を飛び越えて直接に警察庁長官を指揮できます。また警察庁長官・管区警察局長は、地方の公安委員会を飛び越えて直接に都道府県警察の本部長・総監を指揮できます。しかも、緊急事態布告が発せられた地域に派遣された警察官は、その区域内なら自治体の違いに関わらずどこででも職権行使ができるのです。ただし、警職法も刑訴法も生きてはいますから、警察官の職務執行そのものはこれらの法に基づきます。現行犯を除く無令状での逮捕や、警職法7条の規定を越える武器使用などはできません。

 これを一言で言うと、緊急事態の布告が行なわれると、日本警察が内閣総理大臣の下臨時に中央集権化される訳です。ですから、内閣総理大臣の決断1つで警察官を1地域に常識を越えた数集中配備させるような事も、可能といえば可能です。布告区域内での警察活動のあり方についてあれこれと指示を下すような事も、可能といえば可能です。

 ところで、自衛隊の治安出動にはこの緊急事態の布告が必須である、という見解があります。法律に必須だと書いてある訳ではないのですが、治安出動も緊急事態の布告もどちらも非常手段ですから、セットと考えるのが望ましいという訳です(*)。その一方で国会答弁の中には、一般の警察力を「警察法60条を含めた可能な範囲の努力をした場合」の治安対処能力と見て、71条の緊急事態の布告には言及していないものもあります(*)。

 緊急事態の布告そのものが一般の警察力によって治安維持できない場合に行われるもの、と見るならば、自衛隊の治安出動は緊急事態布告の「後」に来るものではなく、少なくとも同程度のものと見ることもできましょうか。そもそも、治安出動は緊急事態の布告を法的要件とするものではなく、治安出動に関する自衛隊の内部規則「自衛隊の治安出動に関する訓令」(昭和35年5月4日防衛庁訓令第25号)でも、緊急事態布告なしでの治安出動を前提とした条文があります(11条2項2号、35条2項2号)。とするとこの場合、一般の警察力をもっては手に負えないと認めた時点で、緊急事態の布告を経ることなく自衛隊が出動する事態もあり得る、という見解も成立します。……まあ、この辺りはとかくはっきりしないものなんですが……。ともあれ、モノの本などでは、71条発動を治安出動の前提にしているものが多いらしい。

 以上が、「一般の警察力」の話です。机上の空論ですが、仮にこれら全部をフル活用すると結構な事になります。まず71条の緊急事態布告で警察官をかき集めます。装備品は物品管理法に基づく管理換で自衛隊から調達しましょう。まず抗弾仕様のヘルとベストを貸してもらいます。得物は自動小銃に手榴弾、この際だから、ちょっと強引だけど機関銃と肩撃ちのロケットも貸してもらいましょうか。これらは不動産でも登記可能動産でもなく、それらの従物でもありませんから、通常の物品として管理換の対象となり得ます。何日間か操練して、使い方も習います。これで、武器とそれを持った人間の頭数が揃いました。おまけとして、自衛隊法60条に基づき、参謀役・インストラクター役の自衛官にも出向してもらいまして、助言者も確保できました。残る問題は、きちんと事態を制圧できるかどうか。

 結論から言うと、事ここに至っては、いくら装備を整えようとも警察に事態制圧させるのはあんまりではないかという気がします。なんとなれば、軍用自動小銃や爆発物まで利用した本格的な交戦の訓練なんて、警察は受けていません。百歩譲って、警察特殊部隊SATは交戦訓練を受けているとしても、一般の機動隊・銃器対策部隊までは手が回っていません。しかも警察は本来逮捕を目的とした行動原則に従うものですが、相手はそうとは限らない訳で。専門的な軍事訓練・戦闘訓練を施され、高度に武装し、撃破を目的とした軍隊の行動原則に従う不正規戦闘部隊などが相手になると、状況は深刻です。

 特殊な戦闘訓練を受けた武装部隊に、逮捕活動を本来とする警察部隊をぶつけるとどうなるか。しかも警察部隊の多くは、本格的戦闘を行うための訓練の基本が欠けている。こういう状態で両者交戦させると……結果は、あまり想像したくないものになるはずです。それでも、鎮圧に際して警察官の犠牲には敢えて目をつぶるというのであれば、いずれ鎮圧できなくはないでしょう。ただし、どえらく痛い目を見るであろうこと想像に難くありません。一部の人々は、警察特殊部隊SATや銃器対策部隊があるから自衛隊の治安出動など不要、と言っていますが(*)、個人的には理解に苦しみます。

 ともあれ、こういった60条や71条を発動してもなお事態が鎮静化しそうにないとなると、いよいよ自衛隊の出番であります。

 

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