保険料徴収担当都道府県労働局員

 

 いきなりですが私事から。これを書いている平成18年9月12日現在、私は定職なしのぷーたろーで、ちょこっとバイトをして日銭を得ている根なし草人間です。こういうふらふらした人間は労働保険の対象外であり、「自分とは関係ないね」って事でこれまで私は労働保険について知識らしい知識は何も持たずにいました。

 しかし。これまで触れて来た公的年金や医療保険と同じく、労働保険についても、その公的な性格ゆえに、保険料などを強制徴収する仕組みがある。……いやー知らなかった……。ともかく、そういう事なら話は違って来ます。国民年金や国民健康保険のように我が事として己の身に引き寄せ考える事は、いささか難しいですが、強制徴収の仕組みには興味がある(笑)。

 労働保険は、雇用保険と労働者災害補償保険をひとまとめにした呼び名です。まとめた呼び名がある事からも分かる通り、両者は関係が深いものです。保険関係の成立について一部細部が異なるところもあるにはありますが、ほとんど同じ。雇用保険が適用されるところには労働者災害補償保険も適用され、ないところには大体両方ない。

 雇用保険は俗に失業保険とも呼ばれ、雇用保険法に基づいて実施されている政府管掌の保険です。この保険に入っておれば、失業してしまった時にあれこれの手当や給付を受けられます。新しく仕事に就くまでの食い繋ぎであり、あるいは新しく手に職を付けるために元手にもなる、なかなかありがたい存在ではありませんか。

 一方の労働者災害補償保険は、そのままでは長ったらしいのでしばしば略して「労災保険」と称され、労働者災害補償保険法に基づき労働者の通勤災害・業務上の災害を補償するものとして設けられています。雇用保険と同じく政府管掌。

 労働保険の被保険者は「適用事業場」と称される事業場に雇用される労働者です。その適用事業場の基本的定義とは、「労働者が雇用される事業を適用事業とする。」となっており(雇用保険法5条・労働者災害補償保険法3条)、要は100人であろうと1人であろうと誰かしら雇えばすなわち適用事業であり、適用事業場となります。もっとも、一部には例外があり、パート労働者や高齢者は雇用保険の対象外、公務員や船員保険法の被保険者は雇用・労災両保険の対象外となってます(雇用保険法6条・労働者災害補償保険法3条)。

 余談ながら、労働保険の対象から外されているパート労働者その他ですけれども、この内公務員と船員については、それぞれ労働保険に相当する独自の保険があり、きちんとカバーされています。

 船員の場合、別項目でちょこっと触れてもいる通り、船員保険法に基づく船員保険が公的年金・医療保険・労働保険をまとめてカバーする総合的保険とでもいうべき存在です。これがため、船員には労働保険の適用はありません。

 公務員の場合、失業を前提とした雇用保険の適用がないのはともかく(基本的に、よほどの事がない限り人員整理などがない世界なので……)、労災の適用までがない理由はよく分かりません。が、訳はどうあれ両方とも適用がなく、代わりに公務員のみを対象とした独自の制度を作り上げる事で手当てしています。

 制度の中身は国家公務員と地方公務員とでまた異なり、まず国家公務員の場合、国家公務員退職手当法と国家公務員災害補償法に基づく制度がそれぞれ雇用保険・労災保険に当たります。前者は、中途退職者などに「特別の退職手当」を支給し、後者は公務・通勤途中の災害を補償します。これらに要する費用は、国家公務員なだけに……というべきか、予算計上扱いとなっており、公務員個人が保険料のごとき負担をする必要はありません。

 地方公務員の場合、雇用保険に当たる制度は、それぞれの自治体が条例で定めるのが通例です。制定法はありません。例として我が地元福岡を挙げますと、福岡市では「福岡市職員退職手当支給条例」(平成16年3月29日福岡市条例第10号)に退職手当の規定があります。一般の退職手当と特別の退職手当があり、後者が雇用保険に該当します。また福岡県ですと 「福岡県職員の退職手当に関する条例」(昭和38年3月30日福岡県条例第27号)に退職手当の規定があります。一般の退職手当と失業者の退職手当があり、後者が雇用保険に該当します。ちなみに、いずれにあっても費用は予算計上で、公務員個々人が保険料を納める事はない模様。労災保険相当の制度は、制定法があり、地方公務員災害補償法によって公務・通勤災害が補償されます。こちらもまた費用は予算に計上され、保険料なし。

 ちょっと脱線してしまいました。労働保険の話に戻りましょう。

 まず事業主は、雇用する労働者の労働保険関係の成立・消滅等について、労働局に届出を行います。適用事業場でありながら保険関係の成立(あるいは消滅)の届け出をしないのは違法であり、場合によっては労働局側が適用事業場に出向き、立ち入り検査をして、職権での確認を行う事もあります。ちなみに、分かりきった事ではありましょうが、労働保険に入る/入らないを選択する自由はありません。後述のように、労働保険の保険料は労使共同負担という事になっているので、保険料の負担を嫌がる使用者側がわざと届け出を怠り保険関係を成立させない……なんて事も多々あるようですが、話になりません。適用事業場であって被保険者がおれば、保険関係は成立します。

 保険料は事業主と労働者が共同負担し、事業主が労働者の賃金から被保険者負担分を控除した上で、事業者自身の負担分と併せて納付します。あるいは、中小企業等共同組合法3条の事業共同組合・共同組合連合会その他事業主の団体や連合団体が、事業主の委託を受けて保険料の納付その他事務を行うこともできます。この場合、当該団体は厚生労働大臣に届け出て労働保険事務組合の認可を受けます。

 保険料を納付しない者があるときは、政府は期限を切って督促します。期限は督促状の発布日から10日以上経過した日を指定します。督促を受けても納付しない場合、政府は、国税滞納処分の例によってこれを処分します(労働保険の保険料の徴収等に関する法律26条)。今まで何度も出て来た話ですね。ここで、条文には執行の主体を単に「政府」としか書いていませんが、実際に担当するのは厚生労働省の地方支分部局である都道府県労働局です。あと、上で既に触れたように、労働者個々人は給与から保険料相当分を天引きされ、実際の保険料納入義務は事業主か労働保険組合が負います。従って保険料の滞納で差し押えの手入れが入る先も企業や組合。労働者個々人は関係ありません。

 ただし、いかさまを働いて労働保険の給付を不法に得た時は、個人宅であろうとも差し押えの手が入ります。給付に要した費用や実際に給付された金額の全部または一部の返還が命ぜられる(雇用保険法10条4、労働者災害補償保険法12条3)ほか、雇用保険だと、給付の返還に上乗せしてさらに給付額の二倍に相当する額以下の金額の納付を命ぜられる場合もあります。これらの返還・納付金の滞納は保険料の滞納整理と同じく行われるので、例えば業務上の災害でもないのに「仕事で怪我した」と偽って労災の休業補償給付をだまし取り、露見して給付に要した費用の返還を命ぜられても知らんぷりしたりすると……(以下略)。

 以上、労働保険上の徴収金滞納整理に関する話でした。

 

Special Thanks to:おたさん


次の項へ 戻る 前の項へ
    
inserted by FC2 system