検察事務官

 

 読んで字のごとく検察庁の事務官なのですが、彼らは検察官に指揮されて行動する場合、司法警察権を持った存在となります。彼らは刑事訴訟法にいう司法警察職員ではありませんが、だからと言ってただの事務官でもありません。

 検察庁は、行政機関としての側面と司法機関としての側面を併せ持った一種不思議な機関です。所属する検察官は起訴権を独占して自らも法廷に立ち、かと思えば刑事裁判の判決執行についてまるで法務省の名代のごとく指揮権を行使し、またあるいは法律の専門家として各官庁で様々なポストに就いています。そしてもちろん、犯罪の捜査も行います。彼らは検察一体の原則の下に団結し、と同時に各検察官があたかも1個の官庁であるかのように独立して権限行使する事を許され、その身分は保障されています。属するところの検察庁は、法務省の外局のように見えつつも実際は半独立の機関であり、関係は微妙です。

 しかるに、検察庁は検事だけで構成された機関ではありません。検察庁とは、最高検察庁をトップとし、以下8つの高等検察庁、50の地方検察庁、末端に位置する438の区検察庁というピラミッドのような集合体全体を指す言葉です。集合体に属する人員は全体で1万1千人強ですが、この内検察官はおよそ1300人、また検察官に準ずる存在として副検事がおよそ920人。いわゆる検事さんは、2000人強しかいない訳です。残る9000人余が検察事務官ないし一般職員になるんですが、この内8600人ほどを検察事務官が占めています。こうして見ると、検察庁で最も頭数が多いのは検察事務官さんになるんですね。

 事務官というだけあって、検察事務官の仕事内容は実に多彩です。一言で言ってしまえば「検察官の補佐」なのですが、日常の秘書業務のような仕事から、検事の指揮を受けての捜査補佐、すなわち容疑者宅の張り込み、家宅捜索、調書筆記、押収資料の目録作成、その分析と管理、しまいには電話応対から車の運転から荷物運びまでなんでもござれです。つまりは、検事の手足となって働くのが彼らなのです。とはいえ、仕事の内容が内容なだけに検察の仕事や法律に関する深い知識と理解が必要であり、単なる手足呼ばわりする訳には行きません。

 日常的に検察の事務管理を行い、また様々な捜査補佐を行っている関係上、事務官の中には独特の専門技能に長けた人物もいると聞きます。例えば。

 事務官が行う事務管理の中には、検察が集めた情報の管理も含まれます。事件捜査や普段の情報収集などで集めた情報は資料管理部門で管理される訳ですが、長年その部門に勤務する事務官は、そうした情報とその取り扱いに精通する事になります。検察が集めた膨大な資料、それを読んで分析・管理する術を知り、情報の山の中から必要なモノを見つけ出して来る事ができるようになる訳です。

 検察官は被疑者を取り調べ、その人物を法に基づいて起訴します。しかるにそのためには、その人物が何をやったか、証拠から読み取らなくてはなりません。そのためには、例えば企業から政治家への不正献金事件捜査の場合だと、刑法や商法・証券取引法などに関する法律知識の他、実際に企業や銀行の専門書類が読めなくてはなりません。これには簿記・会計に関する知識や、独特の書類形式に関する知識、経験が必要です。こうした書類読みのノウハウは、主に資料扱いに長けた検察事務官が手にしているところのものです。

 経験ある検察事務官のノウハウは資料を読み解いて起こった事を明らかにし、検察官はそこから具体的な違法の容疑を定めて捜査を行い、容疑が固まれば起訴に至ります。

 またこう言うと誤解を招きそうですが…。検察事務官は検察の中の肉体労働担当、という訳で、容疑者張り込みや家宅捜索などにも従事しており、そこで警察官ばりの腕前を発揮する人もいます。司法警察権行使の主体として威力が発揮されるのは、主にこの時でありましょう。

 まず容疑者の逃亡や証拠隠しを警戒して24時間の張り込みを実施する時、容疑者当人やマスコミにばれないよう隠れ方や見張り方を工夫する必要があります。時には、建物の向かい側のビルの屋上にひそかに陣取って見張る。また時には、建物近くの駐車場に何気なく停めた車の中からじっと様子をうかがう。などなど。

 ここで、ただの事務官だと容疑者が何か不穏な動きを見せても手が出せないんですが、検察事務官はそうではありません。実際そういう事例があったとは聞きませんが、例えば容疑者が高飛びを図った場合、張り込み中の事務官は検事と連絡を取って緊急逮捕する事もできます。

 さらに家宅捜索の時は、隠してある証拠を探し出さなくてはなりません。「ガサ」では「ブツ」を見つけ出すのが何より重要なので、向こうの隠しだてがあってもそれを見抜く目が必要です。絨毯に重いものを載せたくぼみがあれば「金庫はどこに移したんですか」と問い詰め、まっさらな書類の裏にかすかに印鑑の朱がついていれば「書類を差し替えましたね」と詰め寄り…。

 こうした「実技」面は、もっぱら検察事務官の仕事場です。時折テレビで検察の家宅捜索場面などが映し出されます。この時、ブラウン管には事務所に踏み込んだりそこから段ボールを運び出す大勢の背広姿が映っている訳ですが、実際のところその半分以上は検察事務官と見てよいでしょう。

 やれ特殊なノウハウだ肉体労働だと言って来ましたが、いわゆる一般の捜査を検察事務官が行う事ももちろん可能です。検察官の指揮の下であれば、上で挙げた緊急逮捕や捜索・差押令状の執行の他にも被疑者の取り調べ、逮捕状の執行、捜索・差押・検証令状の請求ができます。極端な話ですが、抵抗が予想される被疑者宅へ、防刃ベスト着用・護身用の特殊警棒保持の上未明に急襲をかけ、有無をいわさず手錠をかけてしょぴいちゃうというおよそ検察らしからぬ荒事(爆)も、検事がうんと言えば出来ます。

 まあ実際には、逮捕状執行は検察官が自ら行い、被疑者取り調べも検察官が行い、捜索・差押令状も検察官が対象施設の管理人に令状を示し検察事務官に命令するという形で執行 "させている" ため、事務官自ら令状を手に持ってどうこうするという事はないようですが。とはいえ、検察の捜査過程で検察事務官が大きな役割を果たしているのは、上で書いた通りです。刑事訴訟法上、検察官は司法警察職員と並ぶ捜査機関として名を連ねている訳ですが、検察事務官は、この検察独自捜査を支える一本の柱でもある訳です。

 さらに。場合によっては、検察事務官が検察官の肩代りをする事もあります。検察官、といっても厳密には副検事の肩代りなのですけれども。検察事務官の中には「検察官事務取扱検察事務官」という肩書きをもらっている人がいるんですが、彼らは区検察庁の検察官事務を任された検察事務官であり、受け持ちの区検察庁の扱う仕事については検察官と同じ権限を有します。つまり、受け持ちの事件につき自分の判断で捜査でき、逮捕状の請求だろうが取り調べだろうが、さらには起訴だろうが公判への出席だろうが、全部当人に任されます。通常区検察庁の事務を預るのは副検事ですから、検察官事務取扱検察事務官は、いわば副検事と同等の権限を持っていることになります。

 こうした特殊な検察事務官が設けられたのは、「検察官が足りないから」だそうな。しかもこの肩書きを頂いた検察事務官は、全国に相当数いるという話です。こうして見ると、検察事務官は場合によっては検察官の代わりだって出来る訳で、やはりただ者ではありません。……もっとも、「検察官が足りない」という点については、あまり喜ばしいとは言えないのですけれども。

 こうした検察事務官の勇ましそうな話は、以下にてどうぞ。

 
主要参考資料;
『日本の検察』 著;野村二郎 講談社現代新書 1988
『特捜検察』 著;魚住昭 岩波新書 1997
『特捜検察の事件簿』 著;藤永幸治 講談社現代新書 1998

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