国税庁監察官等

 

 官庁たるもの、監察官ないしそれに相当する職員は普通に置いていそうなものですけれども、国税庁の監察官がよそと一味違うのは、犯罪捜査権を持っている、というところです。司法警察職員の指定は受けていませんが、それに準ずる者とされています。行政上・身分上の監査・監察だけにとどまらず犯罪捜査まで行う監察官となると、国税庁の他は、旧郵政省・郵政事業庁(並びにその後身の旧郵政公社)に置かれた郵政監察官くらいのものです。他省庁とは異なりこの辺の監察官だけに犯罪捜査権が与えられたのはなにゆえか……。やはり、貯金だ税金だとお金がからむだけに、話が違って来るのでしょう。

 国税庁に監察官が置かれたのは、庁発足と同じく昭和24年6月1日のことです。時あたかも戦後すぐの混乱期。戦災で疲弊した上に道義も何もあったものでなく、国税職員の非行は多発していました。加えて、戦前以来の賦課納税制度から申告納税制度に変わった(昭和22年3月)ばかりで、納税する側も徴税する側も経験が浅く右往左往。ここにおいて、税務の威信を守り新しい申告納税制度を育成していくためにも、税務職員の非行は税務当局が自らこれを調査し、汚職の一掃を図らねばならない──と考えられました。さらに、GHQ/ESS内国歳入課からの強い要請と、当時来日していたシャウプ税制使節団からの勧めもあり、税務機構の改革(国税庁の設置)に合わせ監察官制度が創設されたということです。(*)

 もっとも、発足当初は犯罪捜査権を持たず、他の省庁の監察官と別段変わるところのない存在でした。それが翌昭和25年5月に改められ、捜査権を持つようになります。ものの本によると、すぐ上でも触れたシャウプ税制使節団の第1次勧告(第1次日本税制報告書。1949年8月26日)や、職員の非行監察に関する昭和25年3月の閣議決定(*)などを受けて取られた措置でした。(*)

 国税庁監察官は長官から直接任命し(財務省設置法26条)、長官直属、各国税局に対しては国税庁本庁からの派遣という形式を取っています(*)。実際のところ、本庁内で仕事をしている監察官よりも国税局派遣の監察官の方がはるかに多いのですが(*)、だからといって「いっそ国税局所属に」なんてことにはせず、あくまで派遣という形式を崩さない。監察・犯罪捜査という重しのなせる技なのでしょう。

 現在、人数は法定で120人以内(財務省設置法26条)。また、この他に「国税庁監察官補」という職員もいます。設置目的は「監察官の職務を助け、清新な監察業務に資するため」。昭和40年4月に、国税庁事務分掌規程(昭和25年国税庁訓令特10号)を改正し設置されました。かつては定員20人でしたが、最近ではほんの少しだけ増えており、(数字がやや古いですけれども)平成10年度の時点で定員22人となっていたことが分かっています(*)。犯罪捜査権を持つ国税庁監察官がいるだけでなく、補佐役として国税庁監察官補も存在している辺りは、郵政監察官とも似ています。官・官補双方合わせまして、本項「国税庁監察官等」と付ける事にしました。

 国税庁監察官が取り締まる犯罪とは

  1. 国税庁の所属職員がしたその職務に関する犯罪
  2. 国税庁の所属職員がしたその職務を行う際にした犯罪
  3. 前二号に掲げる犯罪の共犯
  4. 国税庁の所属職員に対する刑法第百九十八条の犯罪(※贈賄)

の4種と定められています(財務省設置法27条)。この内3までは国税庁の所属職員が捜査の対象、4については、相手が国税庁外部の人間であっても捜査の対象となります(*)。

 で、ここまでは「なるほど」で済むんですが、少々変わっているのはここからです。すなわち、犯罪を捜査するに当たり、国税庁監察官には任意捜査権しか与えられていません。逮捕、差押え、捜索、検証、検視、さらには刑事訴訟法224条1項(嘱託鑑定)、同225条2項(嘱託鑑定にかかる鑑定処分)の請求もできない。令状・許可状の執行ができないという意味だけでなく、どうも請求そのものができないらしい。これでは、任意提出を受けた証拠物を調べ、同じく任意で事情聴取、でもって容疑を固め、逮捕せずに(できずに)書類送検……というくらいが関の山。一応、現行犯逮捕については「適用を妨げるものではない」とされていますが、捜査対象の犯罪の性質から見て、現逮というのはまず考え難いですし。

 どうせ捜査権与えるなら、司法警察職員に指定した上で強制捜査権まで含めて一揃いきっちり与えればいいものを、なんでまたこんな中途半端な事したのだか。ものの本によると、「池田大蔵大臣(※当時)はじめ大蔵省内部では、犯罪捜査は司法官憲にゆだねるべき…(中略)…であるとして、司法警察権付与には積極的ではなかった。最終的には、内国歳入課の強い意向を受けて…(中略)…付与された」とのこと(*)。犯罪捜査権を与えよというGHQ/ESS内国歳入課と、それを是としない大蔵省の綱引きの結果が、司法警察職員指定抜き、強制捜査権抜き、任意捜査権のみ、というものらしい。

 こんなもので、さて果たしてまともに犯罪捜査できるのかどうか……。ちょっと心配になりますが、国税庁の公刊史書を見ても、あいにくこの辺りのことには触れてくれません。載っているのは、昭和25年を100として各年の非行状況を指数で表した表のみ。しかもそれは、昔に比べ今は非行が激減した、ということを示す趣旨で載せてあり、非行の件数だとか、具体的な事例だとか、ましてや国税庁監察官による犯罪捜査の事例だとか検挙件数だとかは全く分かりません。ちょっとせこいなぁという感想も、ちらりと心をよぎらぬでもなし。

 犯罪を捜査するとされてはいるものの司法警察職員指定なし、権限も制限付きの国税庁監察官。しかし、だからと言って犯罪捜査を諦めている訳では決してない。Webの世界で検索をかけてみると、年平均1〜2件程度ながら、検挙報道がぽつぽつとHITします。まあ、ほとんどは東京国税局管内の話(=東京派遣国税庁監察官の仕事)に限られる訳ですけれども。

 ちなみに我が地元福岡を管轄する福岡国税局の管内では、2007年・平成19年の5月に、福岡派遣国税庁監察官が元博多税務署上席国税調査官(※同年4月26日付で懲戒免職済み)を収賄容疑で地検に書類送検しています。ちなみにこの事件では、国税調査官への贈賄容疑で一般人も国税庁監察官から取り調べを受け、送検されました。(*)

 
 
主要参考資料;
『国税庁二十年史』 編;国税庁 刊;財団法人大蔵財務協会 1969
『国税庁三十年史』 編;国税庁三十年史編集委員会 刊;国税庁 1979
『国税庁四十年史』 編;国税庁四十年史編集委員会 刊;財団法人大蔵財務協会 1990
『国税庁五十年史』 編・刊;国税庁 2000

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