特別執行係官

 

 特別執行とは、逃亡被疑者、逃亡被告人、実刑確定後に逃亡した者(とん刑者)の所在を捜査し、収監する事を指します。

 例えば、書類送検された後、逃亡した者。在宅起訴された後、裁判所からの召喚や指定場所への出頭・同行命令に応じない者。一旦は勾留収容されたものの保釈金を払って出所、その後逃亡した者。あるいは、一審で無罪なり執行猶予なりの裁判の告知があり勾留が解かれたものの、控訴審で有罪判決が下り、収監しようとしたら逃亡した者……。これらの人物は、司法の世界に身柄が移った後に逃亡していますので、その身柄確保も司法の関係者が責任持って行います。要は検察の仕事。これを称して、特別執行。

 特別執行は、検察の仕事の中でもとりわけ「荒事」の香り漂うものです。関係者に聴き込みをし、昼夜を問わず関係先で張り込み、発見したら身柄を拘束します。中には凶器を持って抵抗する者あり。暴力団関係者あり。薬物常用者あり。身の危険もあり得る業務につき、検察も丸腰ではいられません。特殊警棒持って手錠持って出動です。さらには、緊急自動車指定を受けた車両も持っています。検察版のパトカーのようなもの。(*)

 こうして見てみると、逃亡犯の所在捜査という事で、やってる内容は警察官とほとんど変わるところがありません。勾引状や勾留状の代わりに逮捕状を持たせれば、そのまま警察の仕事と言っても通用しそうな感じ。そんな仕事を中心になって遂行しているのは、検察事務官です。

 特別執行の特徴的なところは、身柄の拘束が、刑事訴訟法にいう「逮捕」ではなく、あくまで裁判に関連して身柄を拘束する活動である、というところです。例えば「勾引」であり、「勾留」であり、また「収容」であり。

 裁判所からの召喚(刑訴57、58条)や出頭・同行命令(刑訴68条)に従わない被告人は勾引します。証人も、召喚に応じないようなら勾引します(刑訴152条)。被告人が逃亡したら勾留(刑訴60条)。微罪につき逮捕はされなかったものの、在宅のまま起訴されたと知って逃げ出したりするケースですね。似たような感じで、検察官送致後・起訴前の被疑者が逃亡した場合、「留置の必要あり」とみなされ、逮捕後は勾留の対象になります(刑訴204、205条)。一旦勾留された被告人が保釈で勾留を解かれている間に逃げようものなら、当然のこと保釈取り消し、でもって勾留(刑訴96、98条)。自由刑の言い渡しを受けた人間が行方をくらました場合は、収容します(刑訴484〜486条)。

 勾引ないし勾留に当たっては裁判官が勾引状・勾留状を出し(刑訴62条)、自由刑の言い渡しを受けた人物の収容に当たっては検察官が(場合によっては司法警察員が)収容状を出します。収容状には勾引状と同等の効果があります(刑訴484〜486、488条)。勾引状・勾留状(そして収容状も)の執行に当たっては、建造物や船舶に立ち入って被疑者・被告人の捜索ができるほか、身柄を拘束した現場で差押・捜索・検証を行うこともできます。その際、別な令状は必要ありません(刑訴126、220条)。

 刑事訴訟法によると、これら勾引状・勾留状や収容状の執行は、何も検察事務官のみで行わなければならないものではなく、司法警察職員に執行させる事もできるとされています。が、前にも書いた通り、被告人等の身柄を預っているのは司法当局ですから、特別執行という形で検察が逃亡者の身柄を押さえに行くのが原則。検察官の指揮を受け、検察事務官が執行します(刑訴70条、489条)。

 身柄を押さえた後は、拘置所などに収監して、もともと裁かれるはずだった罪名でもって裁判が行われるか。あるいは、受けるべき刑を執行すべく刑務所に収監するか。もしくは、罰金・科料を徴収するか(財産刑を宣告されて、納付せずに逃亡するやつもいます!)。なお、刑法に謂う逃走の罪でもって刑を加算したい、あるいは逃走する途中で犯した罪を裁きたい、という場合、特別執行で収監しただけではそうは行きません。そのためには、また別に捜査を行い、刑事訴訟法にのっとって新たに起訴する必要があります。が、こうなると、もう特別執行部門の仕事ではなくなります。事件担当検事が、自前で改めて捜査をする事に。

 こうした特別執行部門は各地の検察庁、わけても地検に設置されていますが、有名なのは東京地検総務部の特別執行課のようですね。昭和49年4月に設置され、平成8年には人事院から表彰されています(*)。受賞の時点で課の職員は9人と随分小ぶりですけれども、その腕前は決して侮れません。平成11年6月には、控訴審中に保釈を受け逃亡していた被告人を、実に22年!ぶりに発見・収監しています。ちなみに罪名は詐欺で、一審判決は懲役1年6ヶ月の実刑だったそうです(*)。1年6ヶ月の懲役がイヤで22年も逃げ回ったのか……!?

 一方、私の地元福岡では、福岡地検に特別執行担当の組織がある模様。報道によると、保釈中に行方不明となる被告人が相次いだことを受け、2001年・平成13年4月に、地検各部から約10人を集めて逃亡被告人等の所在捜査を行うチームを結成したそうです。結成からおよそ2ヶ月後の同年6月29日、6年半に渡って逃亡していた被告人(一審公判中の平成6年9月に保釈、翌10月の判決公判に出頭せずそのまま行方不明、公判中断)を発見・収監する手柄を挙げ、新聞紙面を飾りました。「娘の誕生日には姿を現す」と見て、内妻宅を張っていたところ、これが当たりだったとか。(*)

 この2つの例は、いずれも判決確定前の、公判途中での逃亡のため、時効などはありません。公判が中断するだけです。ただ、判決が確定した後になると話が変わって来ます。死刑を除く刑罰には、公訴の提起と同じく時効が設定されており、刑の言渡しが確定した後、一定期間その執行を受けなかった場合、原則として執行が免除されます(刑の時効。刑法31〜34条)。在宅起訴されたり、あるいは起訴後に保釈を受けたりした被告人が、逃亡したまま判決確定or判決確定後に逃亡、とかいう事例がこれです。

 最近(※平成22年8月現在)の話だと、福岡高検宮崎支部が、判決確定済みの逃亡者を発見・拘束する成果を挙げています。報道によると、一審で懲役3年6ヶ月の有罪判決を受けて控訴し、二審開始前に保釈。ただし被告は二審に1度も出廷せず、高裁が控訴を棄却したことで判決が確定しました。「三年以上十年未満の懲役又は禁錮」ですから刑の時効は10年(刑法32条)。判決は01年3月に確定しており、時効完成予定は11年03年。時効完成7ヶ月前の際どい手柄でした。(*)

 また、執行対象としてこのところ増えているのは、財産刑の判決が確定してもこれを納めないケース。特に罰金の場合、刑罰を逃れる「とん刑」に当たり、特別執行の対象です。例えば、ここ数年の道路交通法の改正により、飲酒運転の罰金額はかなりのものになりました。現在(※平成22年2月現在)、酒気帯び運転で最高50万、酒酔い運転だと最大100万円の罰金が課されることになっています(道交法65条、117条の2、117条の2の2)。ところが摘発された後、これを納めず逃げるやつが結構多い。

 罰金・科料を納めない人間は、労役場に留置されます。留置期間は、罰金未納の場合で2年以下、科料未納の場合で30日以下。労役場留置の執行には刑事訴訟法に定める刑の執行に関する規程が準用されることになっており、勾引状に準ずる収容状を検察官が発布、検察官の指揮を受けた検察事務官が有無を言わさずしょっぴきます(刑法18条、刑訴505条)。

 労役場留置の件数はここ最近急増しているのだそうで、報道によると、97年度(平成9年度)から06年度(平成18年度)までの10年間でおよそ2.8倍も増えたとか(*)。呑んだら乗るな。これ約束。

 

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