水難救護時の市町村長

 

 まずは、水難救護法(明治32年3月29日法律第95号)の条文から。水難救護法とは遭難した船舶の救護について定めた法律で、同法によると、「遭難船舶救護ノ事務ハ最初ニ事件ヲ認知シタル市町村長之ヲ行フ」ということになっています(第1条)。そりゃ海上保安庁の仕事じゃないのか?と思いそうにもなりますが、あちらは海上保安庁法上で海難救助の任務が付されています(同法2条)。

 さて、市町村長に水難救護の義務を課した同法に曰く。

第七条 市町村長ハ救護ニ際シ必要ナラスト認ムル者、妨害ヲ為シタル者又ハ不正ノ行為ヲ為シタル者ヲ退去セシムルコトヲ得
2 市町村長ハ救護ニ際シ暴行ヲ為シタル者ノ身体ヲ拘束スルコトヲ得
3 (略)

 7条1項については、災害対策関連の他の法律にも似たような条文があります。例えば、消防法には火災警戒区域(23条2)・消防警戒区域(28条)、水防法には警戒区域(21条)、さらに災害対策基本法にも警戒区域(63条)に関する条文があり、余計な人間に対し「当該区域への立入りを制限し、若しくは禁止し、又は当該区域からの退去を命ずることができる」と定めています。ちなみにこれらの諸法では、各警戒区域への立ち入り禁止制限を罰則で担保しています(消防法44条、水防法53条、災害対策基本法116条)。

 しかし、7条2項についてはそうではありません。救護に際して暴行を働く相手の身柄を拘束してよいとする、直接強制を定めた条文は、他の災害対策関連諸法にはちょっと見当たらない。これはなかなか独特です。

 水難救護法の場合、7条1項の効力を担保する罰則はありません。明治期の法律なので、間接強制にはなっていないのでしょう。だから7条2項で直接強制を定めてあるんだろうという気もします。なお、7条1項に基づき市町村長から「退去セシ」められてもなお抵抗する云々といった前提はないので、義務の賦課を前提とする行政強制ではなく、即時強制に当たるんじゃないかと。また罰則がないので、水難救護法上は、拘束されても何かしら罪に問われる訳でもなし。…まあ、実際には、刑法上の公務執行妨害などに問われることになるでしょう。

 明治期の遺産と思しき直接強制の条文。ではこれが一体どの程度効力を発揮し、拘束された人間がどのくらい居る/居たのか……ですが、気にはなるものの、ちょっと分かりません。

 
 

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