裁判所書記官等

 

 御存知の方は御存知の通り、現代日本の刑事裁判は当事者主義を採用しています。ここで謂う当事者とは、検察側と被告・弁護側のことを指します。検察側、そして被告・弁護側は自ら証拠を集め、その証拠を裁判所に「調べて」もらいます。裁判所は裁判の当事者ではなく、よって当事者主義の下では、有罪無罪の判断に影響する証拠の収集を裁判所が行うことは基本的にありません。裁判所の仕事は、各当事者が集めた証拠を調べて、有罪無罪を決めること。

 とはいえ、これはあくまで原則で、例外も存在します。すなわち、場合によっては、裁判所が証拠を集めることもできるようになっています。

 当事者主義という基本原則に加え、捜査機関が組織的に、強制力をも行使してごっそりと証拠を集めて回る昨今では、裁判所が自ら証拠を集めるケースというのはおそらく稀なのでしょう。それでも法文の上では、ちゃんとできることになっています。そこでは裁判所が、あたかも捜査機関めいた活動を行います。例えば証人を召喚し、勾引し、尋問し、捜索を行い、証拠物を差し押さえ…etc

 本項で取り上げるのは、裁判所がこうした捜査機関めいた活動を行なう時に、警察官役ともいえそうな、現場で実際に捜索やら何やらに従事する人々です。ここに裁判所の書記官も一枚かんでいることから、本項「書記官等」と名付けてみました。

 以下、どういったときにどういう活動ができるのかを列挙し、順に見ていきたいと思います。

・刑事訴訟法第179条に謂う証拠保全

 上記の通り、現代日本の刑事裁判が当事者主義を採用している関係上、証拠を集めるのは裁判の当事者です。すなわち検察側はもちろん、被告・弁護側も、自らに有利な証拠は自ら集めなくてはなりません。ここで、検察および捜査機関が捜索や差押など強制力を動員して証拠収集ができるのに対し、被告・弁護側は、一般的にはここまでの強制力は使えません。しかし場合によっては、裁判所の力を借りて、代わりに証拠を確保してもらう余地があります。

 被告人、もしくは起訴前の被疑者、あるいは弁護士は、「あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情にあるとき」、裁判官に証拠保全の請求ができます。「あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情にあるとき」というのが具体的にどういう時かというのは、ここでは触れません。また、起訴前の被疑者がどの時点から証拠保全請求できるようになるのかという問題も、ここでは触れません。ここで触れたいのは、証拠保全請求を受けた裁判官は、第1回公判期日の前に限って、押収・捜索・検証・証人尋問などの処分ができるんだという点です。

 捜索・差押に当たっては、それぞれ捜索状・差押状を発布し、一般的には検察官の指揮によって、検察事務官ないし司法警察職員が執行します。ただし、証拠保全請求を受けた裁判官が「被告人の保護のため必要があると認めるとき」には、裁判所書記もしくは司法警察職員に執行を命じます(刑訴99条、108条、179条)。すなわち、場合によっては裁判所の書記官が、裁判官に命じられて、令状を手に警官よろしくガサ入れすることもできるわけです。

 ちなみにこのとき、捜索状又は差押状を執行する書記官は、執行に必要があるときは司法警察職員に補助を求めることができます(刑訴109条)。この「必要があるとき」には、警備の必要がある場合も含まれると解されています(*)。補助を求められた司法警察職員には補助する義務が生じ、義務の履行に必要な範囲で、書記官の指示に従わなければなりません。かつ、司法警察職員による補助は、司法警察職員本来の権限に基づいて行うものとされ、補助行為の妨害は、当該司法警察職員の公務執行に対する妨害と解されています(*)。書記官の捜索を妨げる行為が公務執行妨害に当たることは言うまでもなし。というわけで…例えば、揃いのジャンパー姿の裁判所書記官一行が重装備の警察機動隊に守られつつ、証拠保全のガサ入れのため現場に突入、抵抗する輩は機動隊が排除、さらに公妨で機動隊が容疑者現逮! 現場大荒れ!…などという、ダメな治安ヲタが喜びそうな絵も想像できなくはない。実際あり得るかどうかはともかく。

 検証に当たっては、証拠保全請求を受けた裁判官がこれを行い(刑訟128条、179条)、その際に令状の類は必要ありません。捜査機関が捜査段階で検証を行うときは裁判所の許可状を要することもありますが、こちらの場合、裁判官自身が直接五感で体得する、裁判所・裁判官によって直接に行なわれる性質のものだから令状は不要(*)ということなのだそうです。

 証人尋問に当たっては、証拠保全請求を受けた裁判官が証人を召喚、もしくは法廷外の別の場所を指定して同行命令を発します(例えば、裁判所外の現場に裁判官と一緒に来るよう命ずる等)。証人が召喚に応じない場合、もしくは正当な理由なく同行に応じない場合には、証人の勾引ができます(刑訴152条、162条、179条)。勾引に当たっては勾引状を発布し、一般的には検察官の指揮によって検察事務官ないし司法警察職員が執行しますが、急速を要する場合には、裁判官が直接検察事務官や司法警察職員を指揮し、執行させます(刑訴70条、153条、179条)。

 さてこの証拠保全請求、実際のところどの程度活用されているのか。公式な数字というのはなかなか見当たらず、はっきりしないわけなんですが…しかし検索かけてみると、裁判所に証拠保全を請求したという話がちらちらHITします。

 例えば、逮捕の際に警察官から違法な暴行があったことをうかがわせる傷が被疑者の身体にあるが、警察側は聞く耳をもたず、このままでは公判までに傷が癒えてしまって被疑者が暴行を受けた事実の立証が難しくなるということで地裁に証拠保全を請求し、裁判所内で書記官や裁判官に検証(写真撮影)してもらったケースというのがありました(*)。

 このほかにも、被疑者の現場不在証明に欠かせない電話の通話記録を電話会社が頑として明かさない上、一定期間で破棄すると一方的に言うものだから、このままでは公判前に証拠がなくなると裁判所に証拠保全を請求し、差し押さえてもらったケースであるとか。同じように、被疑者の現場不在証明に欠かせない防犯カメラの映像を管理者が頑として見せず、複製にも応じず、一定期間で破棄すると一方的に言うものだから、このままでは公判前に証拠がなくなると裁判所に証拠保全を請求し、差し押さえてもらったケースなんてのも。

 こうしてみると、毎年少数ではありますが、証拠保全が活用されているようです。とはいえさすがに、揃いのジャンパー姿の裁判所書記官一行が重装備の警察機動隊に守られつつ(以下略)…なんてのではなかった。;-P

・刑事訴訟法第298条に謂う証拠調

 証拠保全に続いて挙げられるのが、証拠調です。証拠保全の請求がいつでもできる(ただし捜索・差押等の強制処分ができるのは第1回公判期日前に限る)のとは異なり、こちらは第1回公判期日後に行われる手続きです。(*)

 本項冒頭にも書いた通り、現代日本の刑事裁判においては、当事者すなわち検察側/被告・弁護側が証拠を「集める」。集められた証拠を裁判所が「調べる」。裁判所は、証拠を調べることによって事実認定や量刑判断について心証を得る。このとき当事者は、場合によっては既に集め終った証拠を調べてもらうよりも幅の広い、裁判所に証拠を確保してもらうのに近いことも請求できます。

 公訴が提起されると、期日指定と証拠開示を経て公判が始まります。冒頭手続(人定質問、起訴状朗読、権利告知、罪状認否・被告人意見陳述)が済んだら、第1回期日を迎えて検察側の冒頭陳述があり、これを皮切りに証拠調に入ります。まず検察側が、審理に必要な証拠の取調べをまとめて請求し、続いて被告・弁護側が証拠の取調べを請求します。このとき、取調べ請求の対象となるのは、必ずしも自分の手の内にある証拠のみとは限らず、相手方が持っていて請求がなされていない証拠だとか、訴訟の当事者ではない第三者が持っている証拠の取調べ請求も可能です。

 第三者が有する証拠の場合、裁判所はまず当該第三者に任意の提出を求め、それがだめなら提出命令(刑訴99条)を出し、それにも応じないようなら差押(刑訴99条)を行います。捜索・差押に当たっては、証拠保全請求の時と同様、被告人の保護のため必要があると認められれば検察官の指揮によらず司法警察職員または裁判所書記に執行を命じます。また、有形物の捜索・差押を求めるほかにも、第三者の証人尋問を求める、法廷外の特定の場所や法廷外にある物の検証を求める、といった証拠調べ請求も当然あり。証人なら召喚し、それがだめなら勾引し、検証なら裁判官が(期日外に)直接出向きます。

 さらに、訴訟当事者の取調べ請求によらない、裁判所が職権で行う証拠調べというのもあります。一応、上記の通り現代日本の刑事裁判制度は職権主義ではなく当事者主義を取っていますから、証拠調べも当事者の請求によることが原則で、当事者でない裁判所が職権で行う証拠調べというのはあくまで例外扱いです。ものの本によると「当事者の取調べ請求を差し置いて職権による証拠調べをすること、当事者の請求による証拠調べが終わった後でも、職権でどしどし証拠調べをすることは法の趣旨に合致しないと指摘される」(*)とのこと。とはいえ、当事者の請求によらず裁判所自身の必要性判断に基づき、証拠を調べるために捜索、差押、証人の召喚・勾引・尋問、検証などなどなどを実施することは確かにできる。

 よって、例えばの話ですが、裁判所が職権での証拠調べを決定し、そのための捜索・差押に際して、「被告人の保護のため必要がある」と認めて検察官の指揮によらず書記官に執行させるケースというのも考えられなくはなし。この場合も、書記官が司法警察職員に補助を求めることはできますので…これまた極端な話、職権証拠調べでの捜索・差押が決まり、揃いのジャンパー姿の裁判所書記官一行が、重装備の警察機動隊に守られつつ現場に突入してガサを(以下略)…などという、ダメ治安ヲタが喜びそうな絵も想像できなくはない。実際あり得るかどうかはともかく。

 ちなみに実務上は、「検察官に対しては立証を促す方法により、被告人側に対しては立証を促し、その対応が不十分な場合には職権で証拠を取り調べる方法が採られるのが一般のようであるなどとも指摘されている」そうです(*)。職権証拠調べは、裁判所の裁量であって、義務ではないので(*)。

・付審判請求(刑訴262条)に基づく審理(刑訴265条)

 さて、これまで取り上げた2つの例は、一般的な刑事訴訟の中での話でした。ここで取り上げるのは、少し特殊な話です。

 まず、

  • 刑法193条 (公務員職権濫用)
  • 刑法194条 (特別公務員職権濫用)
  • 刑法195条 (特別公務員暴行陵虐)
  • 刑法196条 (特別公務員職権濫用等致死傷)
  • 破壊活動防止法45条(公安調査官の職権濫用の罪)
  • 無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律42条 (公安調査官の職権濫用の罪)
  • 無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律43条 (警察職員の職権濫用の罪)
  • 犯罪捜査のための通信傍受に関する法律30条 (通信の秘密を侵す行為の処罰等)

について告訴または告発をした者は、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、事件を裁判所の審判に付することを請求できます。審判に付することの請求なので付審判請求、もしくは準起訴手続と呼ばれます。

 この請求があると、裁判所は請求について審理し、審判に付するかどうかを決めます。審判に付するかどうかの審理手続きは、裁判所が職権で行います。裁判所の仕事にもかかわらず…といっていいものか、この審理手続きは「被疑事実の存否および起訴の要否につき、検察官の捜査結果と、必要に応じて自から調査した資料を用いて真実の発見に努め、事件を審判に付すべきか否かを独自の見地から考察するものである点において、捜査に類似する性格をも有する」(*)とされています。

 犯罪捜査でしばしば密行性が重視されるのに倣ってか、付審判請求の審理も密行性を原則として行われ、かつ、任意の取り調べや物件の領置などはもちろんのこと、刑事訴訟法に定める各種の強制処分を裁判所の職権でもって行うことができます。すなわち、事件の被疑者を勾引・勾留することができ、証拠物を捜索・差押するができ、証人を召喚して尋問することができ、また証人が召喚に応じない場合はやはり勾引することができる等々。(*)

 こうした強制処分の執行方法は、これまでも触れてきた通りです。

 まず被疑者や証人を勾引する場合は勾引状を発布します。一般的には検察官の指揮によって検察事務官ないし司法警察職員が勾引状を執行しますが、急速を要する場合には、裁判官が直接検察事務官や司法警察職員を指揮し、執行させます。また検証に当たっては、裁判所がこれを行い、その際に令状の類は必要ありません。

 そして捜索・差押に当たっては、それぞれ捜索状・差押状を発布し、やはり一般的には検察官の指揮によって、検察事務官ないし司法警察職員が令状を執行します。しかし裁判所が被疑者の保護のため必要があると認めるときには、検察官の指揮によらず裁判所書記もしくは司法警察職員に令状の執行を命じ、かつ執行を命じられた裁判所書記は、司法警察職員に警備等の補助を求めることができます。そう、これまた極端な話、もしかするとこの付審判請求の審理においても、裁判所が職権で捜索・差押を決定し、それも受命書記官が執行に当たると決まって、揃いのジャンパー姿の書記官一行が重装備の警察機動隊に守られつつガサに(以下略)…などという、ダメ治安ヲタが喜びそうな絵も想像できなくはない。実際あり得るかどうかはともかく。

 なお、審理の結果、請求に理由があると判断されるに至った場合、裁判所は事件を地裁の審判に付する決定を下します。付審判の決定が下ると、これは公訴の提起があったものとみなされます。ただし、ここで公訴の維持に当たるのは検察官ではなく、裁判所の指定を受けた「指定弁護士」と呼ばれる弁護士です(刑訴268条)。

 指定弁護士は、検察官にかわって公訴の維持に当たるため、裁判が確定するまで検察官の職務を行うものとされています。これは、単に公判廷に出席するだけでなく、補充捜査に当たることも含みます。しかも任意の捜査手段にとどまらず、なんと被疑者の逮捕、被疑者・被告人の勾留請求、証拠の捜索・差押などなど強制捜査権も行使できてしまう。本項の趣旨上、ここではこれ以上触れませんけれども、機会があれば別項立ててもう少し細かく見てみたい存在。

・(おまけ)民事訴訟における証人の勾引(民事訴訟法194条)

 こうじちゅうです

 …本項書き上がってから改めて読み直してみて思うに、タイトルは「裁判所書記官等」ではなく、「裁判官・裁判所書記官等」くらいにしておくべきだったかもしれない……。けれど、普段荒事とは無縁そうな裁判所の書記官が、場合によっては重装備の機動隊の護衛付きでガサ突入なんていう、ダメヲタが喜ぶであろうハード展開も全くあり得ないとはいえないかもなんだぜ!少なくとも法文の上ではそうなんだぜ!ということを強調したくて、ついついこういうタイトルにしてしまいました。付ける薬もなさそうなどうしようもないダメヲタの勇み足とでも思って、どうか笑ってお見過ごし下さい…

 
 
主要参考資料;
『注釈 刑事訴訟法〈新版〉第二巻』 著者代表;伊藤栄樹・亀山継夫・小林充・香城敏麿・佐々木史郎・増井清彦 刊;立花書房 1997
『注釈 刑事訴訟法〈新版〉第三巻』 著者代表;伊藤栄樹・亀山継夫・小林充・香城敏麿・佐々木史郎・増井清彦 刊;立花書房 1996
『注釈 刑事訴訟法〈第3版〉第4巻』 編;河上和雄・小林充・植村立郎・河村博 刊;立花書房 2012
 

     戻る 前の項へ
          prev
inserted by FC2 system