特司監

 

 特司監については、当方の書置ページに詳細なお書置を頂いています。私があれこれ書くよりはそちらを御覧頂いた方がよほどいい、という事で、こちらにさっくりと転載致しましょう。(引用の関係上、一部改変あり)

 従前は書類送検する事例が多かったのですが、最近は関係者、事案の悪質化が目立ち、強制捜査をする事例が増えてきました。そのため、東京、大阪、愛知などの規模の大きい労働局では特別司法監督官という捜査専門の労働基準監督官が配置されるようになりました。

 特別司法監督官(部内では特司監と呼ばれています。)が設置されたのは、おそらくは平成3年度からだと思います。

 設置の契機となったのは、平成2年に東京の御徒町で発生したJRの地下トンネル工事(東北新幹線の東京駅乗入工事)での大規模な道路陥没事故でした。

 この工事は某スーパーゼネコンが施工監理をしていましたが、経費節減と工期短縮のために地盤凝固剤の注入を大幅にカットしたことで事故を発生させました。所轄署では通常の労働安全衛生法違反被疑事件として捜査を進めていましたが、スーパーゼネコン側が会社ぐるみで証拠隠滅・改ざん、任意提出・供述の拒否と、信じられないような対応に終始したために強制捜査もやむを得ない状況となりました。ただ会社事務所の捜索を行うにしても、会社規模が極めて大きいことと捜索箇所も多数に及んだので、当時の東京労働基準局(今の東京労働局)は総力を挙げて(東京局の大部分のの監督官を動員したと聞いています。)強制捜査に着手しました。そのときの捜索の状況は当時の讀賣新聞がドキュメント調の特集記事を掲載していたと記憶しています。漏れ伝えて聞くところでは、スーパーゼネコン側は労基側が強制捜査まで行うとは想定していなかったようで、通常の企業犯罪では速攻で処分されているような証拠品がザクザクと押収されたとのことです。

 この事件をきっかけに予算を獲得し、大規模局を中心に特司監が配置されることとなりました。ただ、特司監が配置されたものの暫くの間はその活動は低調であったようです。本来業務の独自捜査よりも、各署担当官に対する支援指導が主でした。中には時短や監察業務がもっぱらという特司監もいて、特司監の年間送致件数がゼロという惨憺たる局もあったようです。

 しかし、流れが変わったのが平成10年に入院患者の虐待、巨額の健康保険の不正受給事件で社会の注目を浴びていた某病院事件からでした。某病院事件では大阪局の特司班(東京、大阪などでは特司監のグループを特司班と称しています。)が労働基準法違反被疑事件として積極的な捜査に乗り出し、検察・警察よりも早く某病院に対して捜索を行いました。

 その捜索の際には、とんでもない物が発見されましたが、捜索差押許可状の「押収すべき物」に記載されていなかったので、泣く泣く差押えはあきらめたとのことです。通常、「押収すべき物」は漏れがないように許可状請求時には網羅的に記載するものですが、労基側では考えもしなかったので記載しなかったようです。後日、警察や国税の強制捜査・調査が繰り返しありましたが、その物は二度と表に出ることはなく闇に消えたようです。

 話が逸れましたが、この事件以降は各局の特司監も積極的な捜査に取り組むようになり、最近では全国規模の消費者金融、家電量販、人材派遣会社など注目を浴びるような事件送致を行うようになり、本来の目的に沿うような実績・体制となってきました。

 特司監になった後の研修は局によって異なりますが、検察庁へ1か月程度検察事務の研修を行っているところが多いようです。検察事務といっても、検察官事務取扱事務官の事務(くどいな!)研修で、取調べ〜起訴状作成まで行うものです。

 荒事よりは確実に起訴できるテクニックのほうが必要なのです。

 少し解説をしますと、特司監設置の契機となった平成2年御徒町トンネル事故とは、熊谷組が請け負ったトンネル工事現場で平成2年1月に発生しました。上野労働基準監督署が取り扱った案件ですが、規模が大きい上に前述の事情もあって東京労働基準局総出という事になり、事故発生9ヵ月後の平成2年10月に熊谷組本社はじめ8箇所を家宅捜索、12月に関係者を書類送検しています。

 特司監の積極的活動を促す事になった大阪の事件とは、平成9年に発覚した安田病院事件(ですよね?)。この事件では、安田病院および系列の3病院における入院患者の虐待、看護職員の水増しによる診療報酬不正受給、さらに求職者を「研修」と称して無賃労働させるなど、様々な不正行為・犯罪が明るみに出ました。労基が強制捜査に着手したのは平成9年4月、労働基準法違反容疑で家宅捜索を行っています。その後7月に、大阪府から健康保険法・国民健康保険法等違反容疑の告発と、告発を受けた大阪地検特捜部・大阪府警合同の強制捜査(なんと告発の翌日に!)があり、関係者が逮捕・起訴されています。大阪労働基準局の捜査は10月に終了し、病院長を労働基準法違反容疑で書類送検、同人は起訴されました。

 その後、積極的な捜査活動を行うようになった特司監は全国規模の大企業の絡む事件を幾つも司法処分して来た訳ですが、上で触れられた「消費者金融、家電量販、人材派遣会社など」の事件とは次の通り。

  • 消費者金融会社武富士における賃金不払残業事件

    平成15年に大阪労働局が捜査。15年1月、同社の東京本社や大阪支社など7箇所を家宅捜索し、7月に関係者2名をと法人を大阪地検へ書類送検した。

  • 人材派遣会社スタッフサービスにおける賃金不払残業事件

    平成16年に大阪労働局が捜査。16年5月以降、数回に渡り同社の大阪本部や同社の持ち株会社(東京所在)などを家宅捜索し、翌17年3月に関係者5名と法人を大阪地検へ書類送検した。

  • 家電量販会社ビックカメラにおける賃金不払残業事件

    平成16年に東京労働局が捜査。16年11月、同社の東京本部や店舗など4箇所を家宅捜索し、翌17年2月に関係者8名と法人を東京地検へ書類送検した。

 特司監は、肩書こそ「特別司法」と付いていますが、権限そのものは一般の労働基準監督官と変わりありません。別に権限が強い訳ではないし、武器を持てるなんて事もない。しかし司法警察権を十全に行使して捜査活動を行う姿は独特で、専門知識を生かした特定分野での活動、という特別司法警察職員の精神をよく反映したものといえましょう。現在、全国に何名の特司監がいるのかは不明ですが、設置先は全国13の労働局である事が分かっています(北海道、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟、静岡、愛知、京都、大阪、兵庫、広島、福岡。平成14年現在)。いずれも大都市の大規模局、悪質で複雑な労働犯罪の多発が予想される場所です。

 

     戻る     
              
inserted by FC2 system