機動隊の編制/編成

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 ここでは、本編で挙げた3種類の機動隊はじめ、警備部隊の編制/編成について取り上げます。

 警備部隊、中でも警備実施要則で謂うところの「一般部隊」の編成スタイルは、決まりごとがあるとはいえ地方によって細かな違いがあります。また、管区機動隊の部隊をどこにどういう形で置いているかも、これまた各警察で違いがあります。

 まず、一般部隊の編制が割とよく分かる例や特色がある例を、五十音順で幾つか上げてみましょう。

愛知県警

 基幹部隊たる機動隊は3個中隊から成る。人員は200ないし220名(*)。

 第二機動隊は一般大隊と特別大隊に分けて編成される。まず一般大隊について。平成24年以前の災害警備の例ではあるが、警視3、警部9、警部補・巡査部長・巡査879の計891名で3個大隊を編成し(*)、東海地震に際しては最大で人員1,188名(一般大隊(警察署)891名、一般大隊(警察本部)297名)を擁することになっていた(*)。

 資料上、二機一般大隊はどうも警視1、警部3、補長査293の297人で1個大隊を編成している(いた)ように見えるので、最大編成時には警察署3個大隊、警察本部1個大隊の4個大隊になるはずだったのかもしれない。警視(大隊長)に伝令と記録員、警部(中隊長)に伝令が付くとみなし、さらに3単位で部隊を積み上げると考えて、補長査293-5=288人を3で割ると96人、さらに3で割ると32人。これが1個小隊で、内2人は小隊長と伝令だろうから、残る30人を3で割って1個分隊は隊長以下10人……あるいは中隊より下は4単位と見て、1個小隊が小隊長以下24人、1個分隊が分隊長以下5〜6人という見方もできるかもしれない。もちろん、これはあくまで個人的かつ勝手な推測である。

 一方二機特別大隊の隊員は、千種警察署ほか県下の21警察署の地域課に置かれる「特別警戒隊」の隊員が兼ねており、かつ同大隊は県警の管区機動隊でもある(*)。隊員は339人(*)。特別警戒隊の隊員は、設置先の署長が所属の警察官の中から指定する。指定基準は、小隊長にあっては警部補の階級にある者のうち部隊指揮能力の優れたもの、分隊長にあっては巡査部長の階級にある者のうち部隊指揮能力があるもの、分隊員にあっては原則として27歳未満の者で1年以上の実務経験を有し、かつ、身体強健であるもの(*)。大隊の編制は資料により多少ズレがあるが、1個大隊166人の2個大隊編成を取り、中部管機第1・第2大隊となる模様。(詳細は後記)

愛媛県警

 機動隊は2個小隊編成の第1中隊・第2中隊、同じく2個小隊編成の管区機動隊(1個中隊)をあわせた3個中隊から成る(*)。このほか、第二機動隊もあり(*)。

 また、平成17年5月以前にあっては、警備部隊を編成する際、一般部隊の分隊は分隊長以下11名または8名をもって編成し、以降3単位で小隊・中隊・大隊を編成するものと定めていた(*)。

香川県警

 警備実施のため、部隊の中核となる機動隊をあらかじめ編成すると定める。具体的には、県警察本部警備部機動隊(県機動隊)、県警察管区機動隊(管区機動隊)、県警察第二機動隊(第二機動隊)を編成する。県機動隊は、警備実施の常備の中核部隊。また第二機動隊は、県機動隊(及び管区機動隊)を補充する警備実施の予備の中核部隊。(*)

 管区機動隊は、警備実施の中核部隊であると共に、四国管区機動隊としての編成計画に基づき、他の都道府県公安委員会の援助の要求に応じて活動する部隊とされる(*)。部隊は中隊規模(香川中隊)(*)。平成15年の時点で、県下の高松北・南警察署に管区機動隊の部隊を配置し、それぞれ署独自の自動車警ら隊としてパトカー警らに従事していた(*)。(詳細は後記)

 このほか、警備部隊を編成する際、一般部隊の分隊は分隊長以下5名をもって編成し、以降3単位で小隊・中隊・大隊を編成すると定めている。(*)

神奈川県警

 基幹部隊たる機動隊は第一機動隊、第二機動隊の2隊。いずれも4個中隊からなる。分隊員の服務期間は原則2年で、選抜は(1)年齢30歳未満の独身者で身体強健な者. (2)1年以上の実務経験を有する者. (3)柔剣道にすぐれ又は警察通信、自動車運転等に関する技能を有する者の中から行なわれる。(*)

 いわゆる第二機動隊に当たる部隊は「特別機動隊」と呼ばれる。隊員は、所属長等の推薦上申に基づいて本部長が指定し、服務期間は2年、再任あり。隊員推薦の基準は、中隊長にあっては40歳以下、小隊長にあっては35歳以下、分隊長にあっては30歳以下で、いずれも身体強健で人格、識見、部隊指揮能力に優れている者。また分隊員にあっては、30歳以下で身体強健な者とする。なお、各所属別に特別機動隊員の差し出し区分が決まっているが、その内容までは明らかになっていない。(*)

 管機は2個大隊からなる連隊。連隊長は空席扱いで、連隊副官(警視)、連隊幕僚(警部)、連隊本部要員7名(補5、査2)の計9名が配置されている。連隊長が空席の理由は後述。大隊は、3個中隊編成の1個大隊と、2個中隊編成の1個大隊。各大隊には大隊長(警視)と大隊副官(警部)、大隊本部要員6名(補4査2)がいる。各中隊は中隊長(警部)と中隊本部要員3名(補1査2)、3個小隊編成。各小隊は小隊長(警部補)と伝令、運転、3個分隊編成。各分隊は分隊長(巡査部長)と隊員3ないし2名。1個小隊13名から15名、2個大隊併せて246名+連隊本部9名で255名になる。これとは別に「隊付特務」が各大隊に置かれていて、3個中隊の大隊では補1長2査5の8名、2個中隊の大隊で補1長1査3の5名、合わせて13名。(*)

 管機隊員には、県下15署の警備課に置かれた直轄警察隊の隊員、および別に指定する者を充てる。所属長等の推薦上申に基づいて本部長が管機隊員に指定し、任期は2年、必要に応じ延長あり。推薦基準は、警部にあっては40歳以下、警部補にあっては35歳以下、巡査部長にあっては30歳以下で、いずれも身体強健で人格、識見、部隊指揮能力に優れている者。巡査にあっては30歳未満で1年以上の実務経験を有し、身体強健な者。教養訓練は、自所属訓練は1月に4回以上、合同訓練は1月3回以上、総合訓練は1年2回以上とする。ただし、治安情勢その他の理由により増減可。(*)

 警備実施に当たって一般部隊を編成する場合には、まず分隊長以下11人で1個分隊を編成し、以降3単位で小隊、中隊、大隊、連隊を編成する。分隊長は巡査部長、小隊長は警部補、中隊長は警部、大隊長は警視、連隊長は警視正もしくは警視(*)。ただしこの編制は原則であって、必要によっては分隊の人数を分隊長以下8人とすることも、2単位で部隊を編成することもできる(*)。

 こうして編成された一般部隊の各分隊〜連隊は、第1、第2、第3の順で呼称するが、必要に応じ、警察本部長の判断で、第1、第2、第3の呼称に代えて部隊指揮官の姓を冠して呼称することができる(*)。また、大隊以上の部隊を編成した場合には、部隊本部を置くものと定める(*)。

 このほか、第二機動隊に類似しつつも治安警備実施は任務としていない部隊として「女性警察官特別機動隊」がある(*)。おおむね中隊規模の部隊(*)。治安警備を任務としないにもかかわらず、県警の警備実施規程では女性警察官特別機動隊を機動隊・管区機動隊などと同様に扱っているが、これは同規程が治安警備だけでなく雑踏警備、災害警備にも適用されるから(*)。

警視庁

 昭和44年(1969)冒頭の時点で、基幹部隊たる機動隊は5隊。基幹4個中隊で編成することを基本とした。有事になるとこれに「特別機動隊」2個中隊の応援が付けられ、基幹2中隊+特機1中隊の3個中隊で1個大隊を編成、2個大隊で機動隊1隊となった(*)。第二次安保闘争期を通して基幹部隊は増強が続き、当初の5隊から、最終的には第1〜第9機動隊および特科車両隊の計10隊にまで増えた。

 特別機動隊とは、昭和35年(1960)の安保闘争時、機動隊の人員を増強するため本部・署各所属の機動隊経験者830名について機動隊と併任とし、臨時編入した措置を発展させたもの。この措置は、本来は臨時のものだったが、翌昭和36年(1961)に「機動隊特別隊員制」として正式化され、昭和41年には警視庁予備機動隊員と改称、さらに昭和43年に警視庁特別機動隊(特機)となった(*)。特機は上記の通り機動隊各隊につき2個中隊の応援を付けるのを基本としつつ、状況によりさらに多くの特機を招集した例もある(*)。

 平成4年(1992)には機動隊の編成が基幹4個中隊から5個中隊に改められた(*)。4個中隊制から5個中隊制(5部制)に移ったことで1個大隊当たりの編成内容がどのように変わったかは不詳。特機の応援については、翌平成5年の時点で従来通り各隊2個中隊ずつだったことが分かっている(*)。

 いわゆる第二機動隊に当たる方面機動隊については本編既述の通り。方機を招集することを警視庁では「特別編成」と呼ぶが、この特別編成には第一次から第三次まであり、1990年代の時点では三次B号と呼ばれる特別編成が最大規模のものだったとみられる(*)。

 このほか警備に従事する一般部隊として女性警察官特別機動隊・女性警察官一般部隊・警察署部隊・警察学校部隊などがある。

 女性警察官特別機動隊は、独立の部隊として特別編成するほか、90年代ごろは基幹部隊に特機の応援として付ける例もあった。活動内容は、一般の利用者も多い要人宿舎での屋内警備(ホテル対策)や、同じく一般の利用者も多い要人到着先の空港内での警備(空港対策)といった、厳しい雰囲気を抑える必要がある場所への配置、およびパレード参観者の手荷物・身体検査、現場広報、検問など(当時は婦警特機)(*)。時代が下って2010年代になると、特機ではなく当初から基幹部隊の隊員として女性警察官が機動隊に配属され、従来よりも治安警備の第一線に近いところで活動するようになっている。さらに、一般の隊員としての配属にとどまらず、2014年(平成26年)には初の上級幹部(第5機動隊副隊長、警視)も誕生した(*)。

 学校部隊は初任科学生および職員で編成され、第二次安保闘争およびその後、90年代ごろまで首都圏での治安警備で出動した例がある。とはいえ初任科学生なので警備実施は全くの未経験なため、警察学校での授業の合間を縫って出動服の着用、個人装具の着装方法を教えるところから始めていた(*)。第一線でデモ隊と対峙するようなことはさすがにできず、活動内容は主として、部隊が出動して手薄になった機動隊隊舎の警備や、警察署の護送班、給食補給(*)。近年の例は資料を集めていないので不詳。

 余談ながら、警察庁の警察大学校が都内にあることも手伝ってか、警大の警視庁学生が(一般部隊ではないものの)警備部隊に参加することもあった(*)。

埼玉県警

 昭和60年(1985)の時点で、警備部隊として基幹部隊たる機動隊、および管区機動隊・第二機動隊を保有していた。第二機動隊は2個大隊編成で、第1大隊は管機除隊者、第2大隊はその他の警察官から成っていた(*)。

 また後年の定めによると、警備実施(治安警備/災害警備/雑踏警備実施)の目的達成のため主たる活動を遂行する一般部隊として、

  • 基幹部隊たる機動隊 (*)
  • 管区機動隊 (*)
  • 第二機動隊 (*)
のほか、
  • 女性警察官特別機動隊 (*)
  • 警察署部隊 (*)
  • 県本部部隊および学校部隊 (*)
がある。

 警備部隊を編成する場合には、一般部隊の分隊は分隊長以下11人を超えない範囲で編成するものとし、以降3単位で小隊、中隊、大隊、連隊を編成する。部隊長はそれぞれ、分隊長が巡査部長、小隊長が警部補、中隊長が警部、大隊長が警視、連隊長は警視正又は警視。ただし、編成に当たって基準により難い場合には、実状に応じた編成を取るとも定めている。(*)

 また、大隊・連隊を編成した場合には、原則として部隊本部を置く。(*)

静岡県警

 平成15年の時点で、基幹部隊たる機動隊の隊員は約80人だった。(*)

 また平成17年に、機動隊員の一部が広域緊急援助隊員として出動した時などに補充するため、機動隊特別支援隊(HERO)という組織を設置した。隊員は清水・静岡中央・静岡南の3署所属で機動隊兼務とし、本部長の命により警備部長が招集・出動を指示する(*)。ただし、現在も同隊が存続しているかどうかは不詳(*)。

 いわゆる第二機動隊は、第二機動隊とは呼ばず「方面機動隊」と呼んでいる模様(*)。規模などは定かでない。

 管区機動隊は、報道によると隊員124人、関東管機第6大隊。(詳細は後記)

徳島県警

 機動隊は2個小隊編成の中隊2個から成る(*)。第1中隊の各小隊は2個分隊編成、第2中隊の各小隊は3個分隊編成(*)。

 第二機動隊は警備部警備課に属し、隊長(警視または警部)、中隊長(警部)の職が置かれている。(*)

 管区機動隊は、警備部の機動隊に属する模様。もともとは警備部外勤課の「特別警ら隊」が兼ねていたが、昭和54年に特別警ら隊は廃止され、機動隊と統合された(*)。平成25年2月現在、機動隊は第2中隊の隊員が他の所属と兼務になっているらしく(*)、おそらくこの第2中隊がかつての特別警ら隊で、管区機動隊を兼ねているはず。報道によると、管機の隊員は平成23年の時点で35人(*)。(詳細は後記)

北海道警

 基幹部隊たる機動隊の隊員は、昭和47〜49年の時点で168人いた模様。(*)

 第二機動隊は、警察署に勤務する警察官で特別編成される(*)。かつては「北海道警察警備隊」と称していたようで、これが昭和43年3月1日に第二機動隊と名前を変えた(*)。

 管機に相当する北海道警察警備隊の隊員は、昭和47〜49年の時点で215人だった模様。この内およそ半数の105人は、道警本部交通指導課・札幌市内5署との兼務。残る110人は、函館・旭川・釧路・北見の各方面本部交通課及び帯広警察署(釧路方面管内)に置かれた「方面警ら隊」との兼務だった。(*)

 その後、平成5年10月1日に方面警ら隊は廃止された(*)。廃止後の警備隊員の所属がどうなったのかはよく分からないが、関連の例規に「方面警ら隊が廃止されたこと等に伴い、北海道警察警備隊員(中略)の指定を受けた者が各所属に配置された」云々とあるので(*)、どこかの署課隊と兼務になっていることは間違いない。なんとなく、函館・旭川・釧路方面本部の各機動警察隊と十勝機動警察隊(釧路方面本部)、北見方面本部交通課の交通機動隊がそれぞれ後継になっているような気がする。

 警備隊は大隊編制を取っており、大隊長には原則として道警本部警備部警備課の警備指導官が充てられる。隊員は本部長が指定し、指定基準は、(1)巡査部長以上の幹部隊員にあっては、人格及び識見に優れ、特に指揮能力に優れた者.(2)巡査の隊員にあっては、原則として、1年以上の実務経験を有する者であって、責任感がおう盛な30歳未満の者とする(*)。中隊の数は不詳だが、平成24年の時点で少なくとも2個中隊あったことは分かっている(*)。

 とりあえずこの9都道県警を挙げてみましたが、それにしても色々違うものです。分隊という名称は同じでも、香川では分隊長以下5人、愛媛(平成17年5月以前)では分隊長以下11人または8人、埼玉では分隊長以下11人を超えない範囲としつつ例外あり。神奈川では管機の分隊は5人なのに、一般部隊の編成基準では原則11人としつつ、これまた例外を設けています。中隊は、3個小隊で1個中隊とするのが基本のはずなのに、愛媛の機動隊では各中隊とも2個小隊編成です。徳島に至っては、2つある中隊がいずれも2個小隊編成な上、第1中隊と第2中隊でそれぞれ小隊を構成する分隊の数が違う!という…

 また、基幹部隊は常設、第二機動隊は非常設という建前がある一方で、警視庁の特機や静岡県警のHEROのように、よその所属の要員を機動隊と兼務させ、基幹部隊でありながら第二機動隊的な要素を一部取り込んでいる/いたところもあります。「機動隊」「警備部隊」あるいは「一般部隊」と一口に言っても、その中身は各警察それぞれ特色あるものとなっています。

 管区機動隊の置き方も様々で、上に挙げた分だけでも、愛知は所轄署の警ら部隊を第二機動隊の特別大隊という形でまとめ、香川は所轄署の警ら部隊を独立の管機としてまとめ、神奈川は所轄署警備課の部隊(地域警察の警ら部隊とはちょっと性格が違う)を独立の管機にまとめていました。また北海道では、管機に当たる部隊を各署・方面本部に分散配置していました。かと思えば愛媛と徳島は、基幹部隊の中に管機を置いています。これまた、「管区機動隊」と一口に言っても、部隊の置き方は各警察それぞれ特色あるものとなっています。

 そこでこの管機隊員の配置方法や人数などを、次に見てみようと思います。管機については、編成に当たっての道府県別の人員基準や訓練、装備などについて警察庁が定めた「管区機動隊の編成等に関する規則の制定について(依命通達)」(昭和45年4月22日警察庁乙備発第3号)という通達があるので、これと照らし合わせつつ北から順に見ていきましょう。

北海道

 既述の通り、北海道には管区制が敷かれていないが、北海道警察警備隊という管機相当の部隊が置かれている(1個大隊)。確認できた人数等も上記の通り。なお、通達上の割当人数(220人)より5人少ない数字になっているが、この残り5人は隊長、副官、隊長伝令、副官伝令、記録員の枠ではないかと思う。

  通達上の人員基準 確認できた人数
北海道 220 215
 
東北管区

宮城県警: 東北管機第1大隊の大隊長がいる(*)。それ以上の詳細は不明。

秋田県警: 平成13年2月の時点で、管区機動隊の隊員(35名)は機動隊に属していた(*)。その後の組織改革に伴い、平成15年7月に管機の隊員から成る機動遊撃隊が発足、翌平成16年には機動遊撃隊を発展させ、音楽隊員も参加する機動警察隊とした(*)。
 また、東日本大震災に伴い、秋田県警から最大32〜35名の管区機動隊員が出動したことが分かっている(*)。

山形県警: 東京五輪の際に都内で撮影された動画によると、東北管機第2大隊第2中隊(*)。

福島県警: 東日本大震災以前、管区機動隊の隊員は県警本部の特別機動パトロール隊(特機隊)に所属していた。
 特機隊は当初、地域安全課に属し、後に総合運用指令課に移った(*)。さらに震災後、県警の組織改革で平成24年2月に特機隊は廃止、新たに災害対策課に警備隊を置き、管機の隊員はこちらに移った(*)。
 平成25年2月現在、福島県警の管機は東北管区機動隊第2大隊に属し、第2大隊本部および第2大隊第1中隊を編成する(*)。隊員は本部長が指名し、指名の基準は(1)幹部にあっては部隊の指揮能力に優れ、身体強健な者.(2)隊員にあっては、原則として1年以上の実務経験を有し、30歳未満の身体強健な者とされる。任期は、分隊長・隊員は原則2年。幹部については定めがない(*)。管機1個分隊は分隊長以下4ないし5人から成り、小隊長・伝令および3個分隊で1個小隊(計16〜17人)、さらに中隊長・伝令および4個小隊で中隊を編成する(計67人)。これに大隊長(災害対策課警備管理官兼警備隊長)・大隊長伝令・副官(警備課警備実施補佐)・副官伝令・大隊記録が加わり計72人(*)。なお、この72人のほか、管区機動隊には計5人の「隊付特務」が附置されることになっているが、この隊付特務は管機の隊員には含まれていない(*)。

 東北管機について調べがついたのは、今のところこのくらい。少なくとも2個大隊あることは分かりますが、それ以上のことは分かりません。第1大隊は宮城プラスどこか2県警、第2大隊は福島・山形プラスどこか1県警くらいだろうな…と推測できる程度です。

 ところで、管機創設直後の昭和40年代後半(1970年代)、東北管機は隊員300余名で1個大隊を編成していたことが分かっています(*)。「警備実施要則」通りに部隊を積み上げていくと、1個大隊でおおむね300人強になりますから、なるほど当時はこれで通していたらしい。それからおよそ40年。時代が下って編成のスタイルも変わり、今では大隊が複数になりました。

  • 第1大隊:宮城(+どこかの県)
  • 第2大隊:福島・山形(+どこかの県)
  通達上の人員基準 確認できた人数
青森 37 不詳
岩手 35 不詳
宮城 116 不詳
秋田 35 32〜35
山形 35 不詳
福島 72 72
 
関東管区

茨城県警: 隊員は本部長が指名し、基準は(1)幹部隊員にあっては、身体強健で人格、識見がすぐれ、かつ部隊指揮能力の優れている者.(2)幹部以外の隊員にあっては、30歳未満で1年以上の実務経験を有し、かつ身体強健で勤務成績良好な者とする。隊員の指名期間は原則2年(*)。少なくとも2個小隊から成る中隊規模の部隊で(*)、生活安全部自動車警ら隊と兼務している例がある(*)。
 東日本大震災では54人出動したことが分かっており(*)、平成23年夏に福島県内で撮影された写真を見る限りでは関東管機第3大隊第3中隊(*)。

栃木県警: 隊員は本部長が指定し、基準は、幹部隊員にあっては身体強健で、人格、識見ともに優れ、かつ部隊指揮能力の優れている者。また幹部隊員以外の隊員にあっては、(イ)原則として年齢30歳未満で心身強健な者.(ロ)1年以上の警察実務経験を有し、勤務成績良好な者.(ハ)柔道、剣道もしくは逮捕術その他の技能に優れ、又は通信等の免許を有する者とする。指定期間はおおむね2年間、ただし「隊付特務」についてはこの限りにあらず(*)。
 4個小隊編成の1個中隊で、集中配置運用を基本とし、第1・第2小隊は県警本部刑事部機動捜査隊、第3・第4小隊は生活安全部機動警察隊に配置する(*)。また中隊長・中隊伝令は警備部警備第二課に配置し、平成23年7月の時点で中隊長は警備二課課長補佐だった(*)。関東管機第4大隊所属(*)。
 東日本大震災では72人出動したことが分かっている(*)。

群馬県警: 地域部機動警ら隊の隊員が管区機動隊員に指名される例あり(*)。東日本大震災では59人出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字なので、実際はもう少し多いかもしれない。
 東京五輪の際に都内で撮影された動画を見る限りでは、関東管機第2大隊所属(*)。

埼玉県警: 関東管機第4大隊の大隊長がいる(*)。東日本大震災では59人出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字なので、実際はもう少し多いかもしれない。

千葉県警: 平成7年の時点で、県下の市川・千葉中央・船橋警察署にそれぞれ管区機動隊の部隊を配置していた例がある(*)。東日本大震災では91人出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字なので、実際はもう少し多いかもしれない。
 2006年4月に千葉市内で撮影された写真を見る限りでは、関東管機第3大隊所属(*)。

神奈川県警: 隊員配置先や指定基準、任期などは上記の通り。関東管機第1・第2大隊(*)。大隊の隊付特務を抜きで考えると、通達上の人数(256名)とほぼ一致する。

新潟県警: 管区機動隊の隊員は、平時は各警察署の地域課に所属し、管内パトロール等の勤務に従事。新潟県警では1個大隊を編成している(*)。平成26年8月の広島豪雨災害時の報道によると、新潟東・長岡・上越など県内6署と県警本部の警察官約100人から成る(*)。
 平成23年夏に福島県内で撮影された写真および東京五輪に際して都内で撮影された動画を見る限りでは、関東管機第5大隊所属(*)。

山梨県警: 中隊長以下35名の1個中隊(*)。平成21年および平成25年の時点で、静岡県警の管機と合同で1個大隊(約160人)を編成していたことが報じられている(*)。

長野県警: 長野・佐久・伊那・松本の4個小隊からなる(*)。所轄署直轄警ら隊の隊員が管機に指名される例あり(*)。東日本大震災では72人出動したことが分かっている(*)。

静岡県警: 報道によると隊員124人、関東管機第6大隊所属、大隊長がいる(*)。また平成21年および平成25年の時点で、山梨県警の管機と合同で1個大隊(約160人)を編成していたことが報じられている(*)。

 通達の上では関東一円十県から1,023人(「隊付特務」を加えるともっと多い)を集めることになっている関東管区機動隊。また、連隊本部も存在しており(*)、所在はおそらく関東管区警察学校のはずです。神奈川県警の訓令で連隊長ポストが空白になっていたのは、連合編成時に連隊長を務めるのが、この管区警察学校の連隊本部の警視正(=神奈川県警の警察官じゃない)だからでしょう。

 一方、昔は編制がいささか違っていて、大隊は6個もありませんでした。東北管機のところで既に軽く触れた通り、手元に昭和40年代後半の古い資料があり、当時と今の編成内容を比べてみると随分異なることが分かります。

 昭和46年、沖縄返還協定に反対する極左集団が首都圏で暴力的デモを行い、これを鎮圧せんとする警察側と激しく衝突しました。いわゆる沖縄返還阻止闘争です。この時、関東管区機動隊も治安警備に出動しており、ものの本を見ると当時の話などがちらちら載っています。

 当時、関東管区機動隊の主力は3個大隊から成る1個連隊でした。各大隊はそれぞれ指揮官の姓を冠し、神奈川が主力の第1大隊は川島大隊、埼玉が主力の第2大隊は関根大隊、静岡が主力の第3大隊は杢谷大隊と呼ばれていました(*)。さらに、同連隊とは別に「北関東大隊」(生井沢大隊)という管機部隊があり、こちらは栃木県警・群馬県警などから成っていました(*)。

 ただし、大隊を構成する県警部隊は、主力は決まっているものの細部は必ずしも固定ではなかったようです。例えば茨城県警の場合、北関東大隊に属するのが基本のようでありつつ(*)、関根大隊に属することもありました(*)。また、神奈川県警が主力の川島大隊に新潟県警の部隊が加わる例があったことも分かっています(*)。さらに後年、昭和55年3月の時点で、関東管機第3大隊は静岡・新潟・長野・山梨県警の部隊から成り、大隊本部は静岡県警にあったといいます(*)。1個大隊はおおむね300人くらい(*)。

 翻って現在。1個大隊の人数は200人に満たないサイズに縮小される一方、3個/4個大隊だったのが6個大隊に増えました。各県部隊がどの大隊に所属するかも、長野を除くとほぼ分かっています。この長野県警、関東管機第5大隊という“話をきいた記憶がある”ので、ひとまずここはその記憶に頼り長野は新潟とセット。また第3大隊は、大隊長の所属が千葉と茨城どちらなのかはっきりしませんけれど、人数から見ておそらく千葉だろうということで。

  • 連隊本部あり
  • 第1大隊:神奈川
  • 第2大隊:神奈川・群馬
  • 第3大隊:千葉・茨城
  • 第4大隊:埼玉・栃木
  • 第5大隊:新潟・長野?
  • 第6大隊:静岡・山梨
  通達上の人員基準 確認できた人数
茨城 72 54
栃木 70 70〜72
群馬 72 59+
埼玉 116 59+
千葉 107 91+
神奈川 256 255 (268)
新潟 107 約100
山梨 35 35
長野 72 72
静岡 116 124
 
中部管区

富山県警: 中隊規模の部隊を有する(*)。平成15年の時点では、岐阜と合同で中部管機第3大隊を編成していた(*)。東日本大震災では24人(ほかに部隊帯同1人)出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字。当時、富山県警の広緊隊警備部隊26人中13人は管機の隊員だったので(*)、これを合わせると37人になる。
 東京五輪の際に都内で撮影された動画によると、中部管機第3大隊第3中隊(*)。

石川県警: 中隊規模の管機部隊を有する(*)。東日本大震災では22人出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字。当時、石川県警の広緊隊警備部隊24人中11人は管機の隊員だったので(*)、これを合わせると33人になる。

福井県警: 自動車警ら隊の隊員が管区機動隊を兼ねている(*)。東日本大震災では29人出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字。当時、福井県警の広緊隊警備部隊24人中11人は管機の隊員だったので(*)、これを合わせると40人になる。

岐阜県警: 平成15年の時点では、富山と合同で中部管機第3大隊を編成していた(*)。東日本大震災では、最大104〜118人出動したことが分かっている(*)

愛知県警: 上記の通り、所轄署特別警戒隊の隊員から成る第二機動隊特別大隊が管機部隊。ところで県警の通達では、災害警備に当たって3個中隊から成る二機特別大隊を編成することになっているが(*)、これはおそらくこの時だけの話。東日本大震災に際し、中部管機愛知県部隊は1個大隊166人×2個大隊(*)で、中部管機第1大隊・第2大隊として被災地に派遣された(*)ことが明らかになっている。

三重県警: 機動捜査隊の隊員の一部(約3分の1)が管機を兼ねる例あり(*)。中部管機第4大隊の副官がいる(*)。東日本大震災では47人出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字。当時、三重県警の広緊隊警備部隊24人中11人は管機の隊員だったので(*)、これを合わせると58人になる。

 既に触れた東北管機・関東管機同様、こちら中部管機についても沖縄返還阻止闘争当時の古い資料があり、簡単にではありますが当時の編成と比べてみることができます。この時中部管機は、隊員600余名で1個連隊(2個大隊)を編成していました(*)。連隊に所属していたのは、愛知県警が主力の牧野大隊(*)と、岐阜県警が主力の内藤大隊(*)です。

 これが現在になると中部6県で計4個大隊(*)、1個大隊はおおむね160人強(愛知県部隊の場合)といいますから、随分違うものです。なお、石川と福井はどこの大隊に属するのか定かでありませんが、人数から見て第4大隊ではないかなという気がします。

  • 第1大隊:愛知
  • 第2大隊:愛知
  • 第3大隊:岐阜・富山
  • 第4大隊:三重(+石川・福井?)
  通達上の人員基準 確認できた人数
富山 37 24+13
石川 35 22+11
福井 35 29+11
岐阜 116 104〜118
愛知 340 339
三重 72 47+11
 
近畿管区

滋賀県警: 平成12年12月、それまで集中運用していた管区機動隊員を大津・草津・守山の3警察署と機動捜査隊に分散配置し、一線警察力の強化を図った(*)。しかしこれは一時的な措置に留まり、後に集中運用体制に戻った。平成18年6月の時点で、県警本部生活安全部に、管区機動隊・航空隊・警察音楽隊から成る機動警察隊を置いている。機動警察隊の管区機動隊は、平素はパトロール活動に従事しており、必要に応じ警備活動に従事する(*)。
 平成23年9月に名阪国道で撮影された画像を見る限りでは、近畿管機第4大隊所属(*)。

京都府警: 大隊規模の管区機動隊を有している(*)。報道によると、平成16年1月の時点で近畿管機第6大隊の大隊長がいた(*)。
 管機の隊員の内、広緊隊を兼ねる隊員は府内7警察署および機動隊に配置されており、少なくとも70人いる(*)。警察署の場合、管機隊員の差出元となっている東山・五条・伏見・山科・右京・向日町・宇治警察署の7署地域課に「機動警ら隊」が置いてあり、この部隊が隊員の配置先と思われる(*)。広緊隊を兼ねない管機隊員については不詳。

大阪府警: 報道によると、平成16年1月の時点で近畿管機第2大隊の大隊長がいた(*)。東日本大震災では最大372〜481人出動したことが分かっている(*)。

兵庫県警: 昭和53年(1978)11月の時点で、どうやら3個中隊から成る1個大隊を編成し、第1中隊は3個小隊、第2・第3中隊は各2個小隊だった模様。小隊長(警部補)・小隊長伝令(巡査)・分隊長(巡査部長)および分隊員(各分隊10人ずつ)は、生田・兵庫・長田・伊丹・西宮・尼崎西・尼崎北ほか少なくとも15署に分散配置され、中隊長(警部)と中隊長伝令(巡査部長もしくは巡査)は生田署・伊丹署・県警本部警備課から、大隊長(警視)は県警本部警備課から。このほか大隊本部の要員として副官・広報・連絡員・記録・伝令を県警本部警備課・交通機動隊・生田署・伊丹署から差し出していたという。大隊長以下260人。おそらく近畿管区機動隊第3大隊。(*)
 平成に入ってからは、19年(2007)の時点で東灘警察署ほか県下19署に管区機動隊の隊員を配置していたものと思われる(*)。東日本大震災では、報道により近畿第4大隊142人が出動したことが分かっている(*)が、142という人数は兵庫県管機部隊全てと見るにはいささか少なく、個人的には、報道されていない他の管機部隊がいるはずという気がしている。ただし根拠はない。

奈良県警: 県警本部生活安全部地域課に設けている自動車警ら隊の一部隊員を管区機動隊員に指名しており、必要に応じ警備部警備二課において管区機動隊を編成・運用する(*)。中隊規模の部隊で、平成26年8月の広島豪雨災害発生を受け、35人出動したことが分かっている(*)。

和歌山県警: 報道によると、隊員は34人もしくは35人。小隊長がいる(*)。所属・編制等は不明。

 さて。東北・関東・中部管機に続きこの近畿管機も、沖縄返還阻止闘争時代の資料が少しあり、簡単にではありますが、当時と現在の編制を比べてみることができます。手元の資料によると、昭和46年(1971年)11月頃の時点で1個連隊を編成していました。ただ関東・中部管機と違って、隷下の大隊を指揮官の姓を冠した名前で呼ぶことはせず、府県名で呼んでいたようです。連隊の隷下にあったのは「大阪大隊」「京都大隊」「兵庫大隊」の3大隊。その他の県警部隊がこれにどう組み込まれていたか、詳細は定かでないものの、和歌山県部隊が兵庫大隊に加わっていたことは判明しています(*)。また、京都大隊の規模は大隊長以下357名だったそうで(*)、これは通達上の割当数よりかなり多い人数ですから、京都大隊にも他県の部隊が加わっていたはずです。

 連隊内でどの大隊が第1か、第2か、第3かということまではよく分かりませんが、上記の通り、約6〜7年後に出たと思しき兵庫県警管機部隊のアルバム(きちんとした書誌がありませんが…)を見るに、少なくとも第3大隊は兵庫部隊だったようです。なお昭和53年の時点で、兵庫大隊は「警備実施要則」上の大隊に比べ2個小隊欠(35名×2)の状態になっていますので、滋賀・和歌山辺りの部隊とセットにしてやると、なるほど綺麗な1個大隊になります。

 このように、ボンヤリながらも編制が分かる40年前に比べ…平成の世の近畿管機はそうではありません。6個あるらしい大隊の内、曲りなりにも分かったといえるのは3個大隊だけ。残る3個の内、第1大隊はまず間違いなく大阪府警でしょうけれど、第3大隊と第5大隊は手がかりなしです。奈良と和歌山の部隊も、どの大隊に属しているのか分かりません。2府4県から1,000名を集め、関東管機に次ぐ規模を有しているらしいのに、不詳の部分が意外に多い。一応、連隊本部は近畿管区警察学校にあるということが分かっています(*)。

  • 連隊本部あり
  • 第1大隊:大阪?
  • 第2大隊:大阪
  • 第3大隊:
  • 第4大隊:兵庫・滋賀
  • 第5大隊:
  • 第6大隊:京都
  通達上の人員基準 確認できた人数
滋賀 35 不詳
京都 153 70+
大阪 482 372〜481
兵庫 260 142
奈良 35 35
和歌山 35 34〜35
 
中国管区

島根県警: 平成24年夏に公開された輸送車の画像を見る限りでは、中国管区機動隊第2大隊第2中隊所属(*)。管機隊員の配置先・人数等は不明。

鳥取県警: 東日本大震災で管機2個小隊、25〜35人出動したことが分かっている(*)。2013年10月に九州自動車道北熊本SAで撮影された画像によると、中国管機第2大隊第2中隊所属(*)。隊員の配置先等は不明。

岡山県警: 平成13年2月の時点で、岡山市内3署と倉敷警察署の地域課に管区機動隊員を配置し、パトロールの強化や空き交番対策などに従事させることとしていた(*)。東日本大震災では最大71〜72人(部隊帯同の通信要員1人を含む)出動したことが分かっている(*)。また、報道によると大隊長がいる(*)。2013年10月に九州自動車道北熊本SAで撮影された画像によると、中国管機第2大隊第1中隊所属(*)。

広島県警: 東日本大震災では最大111〜114人出動したことが分かっている(*)。少なくとも3個小隊(*)。また、報道によると中国管機第1大隊の大隊長がいる(*)。隊員の配置先等は不明。

山口県警: 中隊長がいる(*)。東日本大震災では最大で60〜71人出動したことが分かっている(*)。隊員の配置先等は不明。中国管機第1大隊第3中隊所属(*)。

 昭和45年の通達では、5県から330人を集めて編成することになっていた中国管機。隊員数不詳の島根を除くと、どうやら今でも割当人数はそのまま変わっていないようです。また編制面では、現在2個大隊あるということが分かっています。第1大隊の大隊長は広島と報じられており、第2大隊の大隊長は岡山で間違いないでしょう。各大隊の所属部隊も、まず第1大隊が広島に加えて山口県警。かつ、山口は第3中隊ということですから、第1・第2中隊は広島のはずです。第2大隊は、岡山に加えて島根・鳥取。こちらも第1中隊は岡山、そして第2中隊はどうやら島根と鳥取の混成のようです。なお、これでは大隊間で人数が均等になりませんが、そこは妥協するしかなさそう。330人という隊員数から見ても、これくらいがちょうどよさそうですし。

  • 第1大隊:大隊本部および第1中隊・第2中隊広島、第3中隊山口
  • 第2大隊:大隊本部および第1中隊岡山、第2中隊島根・鳥取
  通達上の人員基準 確認できた人数
島根 35 不詳
鳥取 35 25〜35
岡山 72 70〜71
広島 116 111〜114
山口 72 60〜71
 
四国管区

徳島県警:基本的事項は上記の通り。このほか、東日本大震災では最大24〜32人の四国管機徳島中が被災地に派遣されたことが分かっている(*)。

香川県警:基本的事項は上記の通り。このほか、東日本大震災では少なくとも43人の管機隊員が被災地に派遣された模様(*)。
 平成26年8月の広島豪雨災害にも出動しており、同県警の警視(平成24年春の異動で高松北署地域官)が大隊長を務めたと報じられている(*)。

愛媛県警:基本的事項は上記の通り。このほか、東日本大震災では少なくとも35人の管機隊員が被災地に派遣された模様(*)。
 2013年10月に九州自動車道北熊本SAで撮影された画像によると、四国管機第1大隊第3中隊(*)。

高知県警:35名からなる中隊規模の管区機動隊(高知中隊)を有している。(*)

 北海道警の警備隊よりもさらにコンパクトな四国管機。それゆえに…と言ってしまうと失礼ですが、4県とも現在の隊員数がどれくらいかほぼ判明しており、中国管機の例と同様、県別の割当人数は昭和45年の通達そのままのようです。編制は各県それぞれ1個中隊と見え、「徳島中隊」「香川中隊」「高知中隊」と県名を冠しているのも納得。4個中隊・計150人を集めて1個大隊を編成し、大隊本部は香川県警に。…まさかこれで2個大隊にはしないでしょう…。ただ、どこが第1中隊かどこが第2中隊か、という細かいところまでは分かりませんでした。

  通達上の人員基準 確認できた人数
徳島 35 24〜35
香川 43 43
愛媛 37 35
高知 35 35
 
九州管区

福岡県警: 九州管区機動隊第1大隊および第2大隊第2中隊は福岡県部隊(*)。東日本大震災では約170人出動したことが分かっている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字。細部は別項にて扱うので略。

佐賀県警: 少なくとも2個小隊からなる中隊規模の管区機動隊(佐賀中隊)を有している(*)。東日本大震災では20人出動したことが報じられている(*)が、これは広緊隊として出動した管機の隊員を含まない数字。

長崎県警: 昭和44年から平成5年まで九州管機第2大隊の大隊長は長崎県警の警視が務めており(*)、また平成23年春の時点でも管機大隊長がいると報じられている(*)。隊員の配置先は所轄署で、平成3年の時点で県下の長崎・佐世保警察署にそれぞれ1個小隊ずつ管区機動隊の部隊を配置していた(*)。その後編制が変わり、平成22年の時点では少なくとも3個小隊あった(*)。東日本大震災では、最大78〜79人出動したことが分かっている(*)。

熊本県警: 管機の隊員は73人(*)。大隊長がいる(*)。

大分県警: 大分中央・大分東・大分南警察署にそれぞれ「直轄隊」を置き、この部隊が管区機動隊を兼ねている模様(*)。東日本大震災では、隊員32〜33人からなる九州管機大分中隊が出動している(*)。

宮崎県警: 報道によると、少なくとも2個小隊ある(*)。東日本大震災では、34人出動したことが分かっている(*)。鹿児島県警と共に九州管機第3大隊に所属する(*)

鹿児島県警: 管機部隊は中隊規模で、隊員37人(*)。平成19年までは鹿児島市内の3警察署に管区機動隊員を分散配置しており、同年以降は県警本部警備部の「機動センター」に1個中隊(37人)からなる「特別警戒隊」を設置、同部隊が管区機動隊を兼ねることとなった(*)。宮崎県警と共に九州管機第3大隊に所属する(*)

 我が地元九州の九州管区機動隊。上の一覧には沖縄県警が含まれていませんけれど、これは沖縄県警が管機部隊を持たないからです。沖縄を除く九州一円から500人強の隊員を集め、3個大隊を編成します(*)

 平成19年2月の時点で、九州管区警察局の警視正が連隊長を務めており(*)、連隊本部は九州管区警察学校に置かれていたようです(*)。隷下3個大隊は、まず第1大隊が上記の通り福岡県部隊です。これまた平成19年2月の時点で、県警第1機動隊の管理官(警視)が管機大隊長を兼ねると報道上分かっているので、この人が管機第1大隊の大隊長だったのでしょう(*)。第2大隊の大隊長は上記の通り長崎県警、残る第3大隊の大隊長は消去法により熊本県警と分かります。

 その他の県警がそれぞれどの大隊に属しているのか、どの大隊のどの中隊はどこの県警かということも、大規模なイベント時など折に触れ目にする輸送車を眺めているとなんとなく掴めて来るものでして、おおむね以下の通りのはずです。

  • 連隊本部あり
  • 第1大隊:福岡
  • 第2大隊:大隊本部および第1中隊長崎、第2中隊福岡、第3中隊佐賀
  • 第3大隊:大隊本部および第1中隊熊本、第2中隊大分、第3中隊鹿児島・宮崎
  通達上の人員基準 確認できた人数
福岡 230 170+
佐賀 35 20+
長崎 78 78〜79
熊本 72 73
大分 35 32〜33
宮崎 35 34
鹿児島 37 37
 

 最後に管機関連の参考写真を少々。

 九州管区機動隊福岡県部隊の隊員です。ヘルメットの後面に「8-122」とあります。「8」は九州管区機動隊を意味し、122は「1大2中2小」。管機の隊員であれば、府県を問わずヘルメットのどこかにこの種の番号が振ってあるのが普通です。
(平成24年1月6日、県警年頭視閲式にて撮影)

 

 小倉北小隊の大型輸送車です。車種は、縦に並んだヘッドランプが特徴的ないすゞエルガミオ。フロントガラス直下右端と前部ドア脇に「8131」の部隊番号、正面上方に小隊のロゴイラストが描いてあります。
(平成24年1月6日、県警年頭視閲式にて撮影)

 

 上の大型輸送車を後方から。小隊名が書いてあります。
(平成24年1月6日、県警年頭視閲式にて撮影)

 

 小倉南小隊(8132)の大型輸送車です。正面上方に描いてある小隊マークのアップ。福岡県警の管機部隊は各小隊それぞれ独自のマークを持っていて、見ての通り、小倉南小隊のそれは小倉北小隊と違います。
 また、個人装備が今のタイプに変わる前、ジュラルミンの大盾を使っていた頃は、盾の裏側に各小隊がそれぞれ独自のマークを描き込んでいました。小倉南小隊の場合は、この眉毛が太くてちょっとヤバそうな顔付きの羊。マークの由来は平尾台(一部が小倉南区に属している)の「羊群原」です。
(平成22年1月6日、県警年頭視閲式にて撮影)

 

 八幡西小隊(8133)の大型輸送車です。車体左側面後方に描いてある小隊マークのアップ。八幡の地名が八幡神に由来しているだけあって、マークは赤一色の鮮やかな左三つ巴です。
 福岡県警の場合、小隊ごとにマークが違うだけでなく、バスに描きこむ場所も小隊ごとに微妙に違います。正面上方には必ず描きこみますが、それだけでなく、このように車体の側面や後面に描き込む小隊もあります。
(平成22年1月6日、県警年頭視閲式にて撮影)

 
 
主要参考資料;
『焦点』各号 編;警察庁
『あゆみ』各号 編;警視庁警備部
『自警文庫』各号 編集;警視庁警務部教養課ほか 発行;(財)自警会
『この剛直な男たち 警視庁機動隊30年のあゆみ』著;永峯正義 刊;立花書房 1978
『あゆみ 機動隊創設40周年記念特集号』企画制作;警視庁警備部 編集発行;機動隊創設40周年記念行事推進幹事会・警視庁警備部警備第二課技術係 1988
『東大落城』著;佐々淳行 刊;文藝春秋 1993
『警視庁機動隊50年の軌跡』編・刊;警視庁機動隊創設50周年記念行事実行委員会 1999

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