脱出!

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 国家は各々固有の領域を持ち、その領域内において自らの主権を行使する。この主権は基本的に不可侵なものであり、国家は互いにお互いの主権を尊重し侵害行為を行わない。また国家は、自国に属する国民の生命財産、権利などを保護する。領域内においては当然行使し得る主権に基づき保護を行うが、ここで、保護対象となる国民が領域外にいたり、国外の自国外交施設などについてはどうするか。この場合、当国家自らが保護に乗り出すと、相手国の主権侵害行為に及ぶ可能性があり、好ましい事ではない。という事で、外国領域内にある自国民・施設の保護は、その外国にお任せする。これお約束。

 ……というお約束ですべて片付けば世の中世話はないのですが、しかし事はそううまくは働きません。未曾有の大災害や大規模な暴動などで統治能力を削がれ、領域内の外国人・施設保護にまで手が回らなくなる国、というのは時々発生します。

 そんな国に、自国民や自国の外交施設があって、危機に瀕しながら当該国から保護が受けられないでいる場合。こういう時、一体どうしたらいいんでしょう。これから取り上げるのは、そのような時の話です。

 ・在外邦人保護

 例えば、紛争地に自国民が居るとして、当該国の保護が何ら受けられない危険な状況にあるとする。この場合、自国の手でもって対策を行うための方法は何か? 答えは、「当該国と連絡を取り、主権侵害に渡らない範囲で自ら保護活動を展開する。主権侵害のおそれある行為を伴う場合は、あらかじめ当該国の承認を取り付けておく」。具体的には、可能な限りの手を使って、自国民をその国から引き揚げさせる。まる。

 いきなり極端なケースから話を始めましたが、ごくごく簡単に言えば、在外邦人保護活動というのはそういうものです。

 かような外国在留邦人保護の任は、日本においては外務省が負っています。具体的には、本省領事局海外邦人保護課、及び各国に置かれている在外公館がその任を負っています。これらの部局は、外国在留中の邦人を把握し、邦人が危機に巻きこまれた場合はその情報を集め、必要なら保護活動を行います。

 他の項目でも触れてきたように、危機というのはそれこそ時場所択ばず、いつどこで起きるか分かりません。なので、発生した危機に素早く対応するためには常に聞き耳くらいは立てておく必要があります。外務省においてその「聞き耳」の役目を負っているのは、オペレーションルームと呼ばれる施設です。別名を情報センターともいうらしい。外務省庁舎の地下にあり、当直職員を置いていて24時間態勢の情報収集が可能、さらに在外公館とは専用の通信回線で結ばれています。管理している部署は知りません。以前は本省国際情報局国際情報課情報センター室なる部署の管理下にありましたが、機構改革で国際情報局は消え、情報センターの名を冠した部署も見当たりません。さて今ではどこが管理しているのか……

 外国で危機が発生し、それに邦人が巻きこまれてしまった場合。一般的には、当該国政府からの通報や、あるいは旅行会社の現地代理法人などからの通報で、在外公館が最初に情報を掴みます。情報はそこから本省オペルームに飛びます。すると本省では職員をかき集めてオペルームに対策本部を組織し、本格的情報収集を行いつつ、今後の対応を模索して行きます。

 通常なら、特段の対応を行う必要はなく、安否情報を中心に情報収集を行っておれば済むのですが、そうではない場合。現地情勢が予断を許さず、しかも当該国政府も当てにならなさそうだとなると、具体的に保護活動を行う必要が出てきます。

 保護活動というのは、具体的には在留邦人の引揚を意味します。……余談ですが、一昔二昔前なら、軍隊を派遣して現地の邦人権益や財産を保護するというのもあったんでしょうが、この頃ではそういう事はないみたい。それだけ、国際ルールの整備とそれを守る気風が出てきたという事なのでしょうかね。

 話を元に戻しまして。危険地帯から邦人を引き揚げると決まれば、次に問題になるのはその手段です。まだどうにか余裕ある段階なら、在留邦人各人に引揚勧告を伝え、各自引き払ってもらいます。民間定期便を使ったり、そういう感じでですね。しかし民間機が飛ばなくなったりして自力脱出ができなくなると、外務省の側で脱出手段を調達してやらねばなりません。具体的には、民間航空機をチャーターし飛んでもらったり。あるいは他国に頼みこんで便乗させてもらったり。

 民間交通機関や他国に頼った邦人保護活動は、日本政府の視点から見る場合、「日本国としては」他国の内政に手を出してない事になり、国際的に穏便で都合の良い手です。しかも、大概の危機ならこれでどうにかなるものです。穏便なのはいいこと。

 しかし現地の状況が度を越して悪く、しかも他国を頼れなかったりすると、穏便に事を済まそうとしても済むものではありません。当該国と連絡を密にした上で、という条件付きながら、多少なりとも物騒な手を使って「助け出す」事になります。

 あいにくと……と言うべきか、外務省はこうした救出活動を実施するための器材や部隊のようなものは保有していません。勢い、他官庁の協力を得て実施することになります。

 諸外国において、こういう実力を行使しての「救出」は、軍が行うもののようです。身の安全が保障できない危険地域に乗り込むのですから、ある意味当然でしょう。さて対する日本においては、同様の活動は、自衛隊及び海上保安庁が実施しています。

 まず前提として、自国民救出のためとはいえ、武装部隊を他国領域に進入させる事は一般に主権侵害行為とみなされるため、事前に相手国の同意を求めるのが通例であるようです。同部隊は、救出活動を実施するに当たり、万一の場合には武器を使用/実力を行使する事がありますが、この点についても同意を得ておく事は重要です。同意なき武器使用/実力行使は、領域国の主権侵害行為とみなされるものですから。(*)

 しかるに、どうしても相手国の同意が得られない/得られるまで待っていられない、というような場合。こういう時にあっては、諸外国ですと、相手国の同意抜きに自国民救出目的で部隊を派遣する「ハードな武装救出活動」を行なう事もあります(*)。ただ、ここまで来ると、いかに自国民救出のためとはいえ、相手国の主権を侵害する国際法違反行為と見られかねません。領域国の同意抜きに行なわれるこうした活動を正当化できる国際法上の根拠は、実は私よく分かっていなかったりするのですが、モノの本によると次のような事になっているようです。

 すなわち。まず前提として、慣習法上、国家が在外自国民を救助する権利(自救権と称する)はいわゆる自衛権の一部を成すものとして伝統的に認められてきた。しかしその一方、国際法上、とりわけ国連憲章において、武力の行使は包括的に禁止されている。憲章上、唯一例外となるのが自衛権の行使としての武力行使であるが、しかるにこれは「国際連合加盟国に対する武力攻撃が発生した場合」にのみ許されるものである。

 ここにおいて、在外自国民への侵害を国家への武力攻撃と同等にみなし自衛権行使の対象とし、自国民救助活動を行うという見解が存在する。幾つかの先例・学説を見るに、1)在外自国民の生命・財産に対する回復不能の侵害が生ずる急迫の危険があること.2)現地政府が保護を行なわず、また保護の能力もないこと.3)本国による介入措置が厳格に自国民保護の目的に限定されていること.以上3条件が満たされるならば、慣習法に基づき、自衛権(自救権)を行使して領域国の同意なく救出活動を行なう余地があり得る旨の主張がなされている(*)。しかし、この見解は一般的なものではなく、自衛権行使の一環として在外自国民救助を行う事の合法性には、疑問が残る(*)。

 他方で、自衛権を根拠にできるかどうかは別にして、救出活動は少なくとも国際法に違反する行為ではない、という見方もある。1)領域国が在留外国人の最低限保障すべき法益としての生命・身体・自由を侵害し、またその保護を怠ることにより国際法違反を犯していること.2)侵害による人道上の危険が緊急かつ現実のものであること.3)救出作戦が人命保護に限定され、対象国の内政干渉などの別な目的ではないこと.4)救出のために取られる措置は比例性の原則に従い、適切かつ穏当なものであること.これら諸条件が満たされるならば、在外自国民救出のために領域国の同意なく軍事行動を取る事は、国連憲章に謂う武力行使禁止規定には抵触せず、国際法違反として非難の対象にならない余地があり得る旨の見解である(*)。

 しかるに、上記の説にも反論はあり(※詳細は略)、結局のところ「いくつかの条件を付与し自制的であるからという理由をもって、自国民救出を目的としてすべての軍隊派遣と武力行使がそのまま合法と判断されるとは考えにくい」(*)という事になっている模様。明確な、きっちりした結論は出ていないみたいです。

 さて以上を踏まえた上で、改めて日本の場合を見てみますと。まず、自国民救出を行なう場合の一般的行動としては、まず自衛隊なり海保なりの救出部隊が、相手国の領域近くへ進出待機します。一方在留邦人は、空港なり海港なり、脱出場所に指定された場所へ自力で集合します。この段階では、まだ救出部隊が手を出すことは出来ません。街中で暴徒に包囲されて身動き取れない邦人が出たとしても、武器もて助けに出向くことはできないのです。相手国の承諾なしにこれをやってしまうと、他国領域内での実力行使→主権侵害となり、国際問題化しかねません。また相手国の同意があったとしても、日本の場合、憲法上の制約があり、実際にはこうした活動が出来ない事になっています(※これについては後述)。こればっかりは、自前でやってもらうより他ありません。

 邦人の集合が終ったら、そこで初めて輸送部隊の出番になります。部隊は相手国の領域に進入し、輸送用の航空機を空港に着陸させ、あるいは艦艇ないし艦艇への連絡艇を海港に接岸させ、それに邦人が乗り移り、領域を離れたら一件落着。この段階では、自衛のための最小限の武器使用が想定されています。なお、いかに自国民救出のためとはいえ、武装部隊を他国領域に進入させる事は一般に主権侵害行為とみなされるため、この点につき事前に相手国の同意を求めるのが通例である、というのは既述の通り。領域国の同意抜きで自国民保護のため軍事行動を取る事の合法性如何は、はっきりしていません。

 また、いざ邦人輸送活動に着手したとして、その活動に対する妨害その他危害が発生、ないし差し迫っている場合。この時、部隊が自衛し、妨害を排除するために、どこまで武器を使えるかについては、これまた既述の通り「相手国の合意した範囲において使用可能である」という事になります。相手国の同意を得ないままの領域内武器使用は、これまたやはり一般的には主権侵害行為と見なされる。従って、特に状況が悪い時などには、効果的に救出を行うため相手国の同意を得る事は重要な問題となって来ます。

 ところで。日本の場合、海外で戦闘行為を行う事は憲法上厳しく制限されており、こちらも結構大きな問題になります。具体的には、憲法9条1項。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」

 放棄の対象に「武力の行使」が入っているところが要点です。憲法が禁じている武力の行使とは、我が国の人的、物的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為を指すと解されます。例えば、海外で「我が国の人的、物的組織体」が銃を1発撃っただけでも、状況と見方によっては武力行使。さらに、武力行使の相手が「国又は国に準ずる者」である場合には、憲法に謂う「国際紛争を解決する手段」としての武力行使となります。これがため、ごくわずかな例外を除き、武装部隊を海外で戦闘行為に従事させる事はできず、戦闘行為を任務・目的として海外派遣する事もできないとなっています。自衛のための武力行使であっても集団的自衛権に基づく武力行使は禁じられ、国連安保理決議に基づく武力行使もできません。かつ、この武力行使の禁止対象は、「我が国の人的、物的組織体」であらば名称・所属の如何は問いません。自衛隊はもちろん海保であろうと警察であろうと、すべて武力行使の禁止対象です。

 現在(※平成21年6月)のところ9条の例外として許されている海外での戦闘行為は、個別的自衛権に基づく必要最小限の武力行使と、いわゆる「自己保存のための自然的権利」としての武器使用、そして武器等防護のための受動的・限定的武器使用です。この他は不可。

 先に触れたところの話で、救出地点まで自力集合できない邦人が出た場合に、部隊が出迎えに赴けるかどうか……というものがありました。ここで問題になって来るのが9条で、例えば街中で暴徒に包囲されてしまった邦人が居たとして、自衛隊辺りが武器持て救出に赴いた場合、9条に違反するおそれが出て来ます。まず、自衛隊員が身体・生命の危険に晒されている訳ではありませんから、自己保存のための自然的権利としての武器使用とは呼べません。さらに、危害を加えている相手が「国又は国に準ずる者」である場合、自衛隊が救出に駆けつけて戦闘に発展したりすると「国際紛争を解決する手段」としての武力行使ともなりかねません(*)。

 逆に言えば、相手方が単なる犯罪集団であることがはっきりしている=国又は国に準ずる者が相手「ではない」ことがはっきりしている場合には、暴徒の襲撃から救出するために出動し武器を使用しても、国際紛争を解決する手段としての武力の行使には当たらないとして憲法上許容される余地があるかもしれない(*)……のですけれども、現行法上は任務付与されていませんので、やるとなると別途しかるべく立法措置を取る必要があります。

 現在日本ができるのは、あくまで、集合済みの在留邦人(と、本国政府から輸送の依頼があった在留外国人)を「輸送」する事だけなのです。「輸送」の際に武器を持っていく事もありますが、これは戦闘(国際紛争を解決する手段としての武力行使)を目的としている訳ではなく、丸腰で行かせるのは不用心であるから、最低限身辺と機材を守る事だけは許してあげよう、という趣旨。こういう事になっています。

 以上のような条件の下で自衛隊、海保、いずれも邦人保護(輸送)活動を行うというところは同じなのですが、活動に当たる態勢などは較べてみると随分違います。

 
自衛隊の場合

 まず自衛隊による邦人保護活動は、自衛隊法及び閣議決定に基づいて実施されます。2008年9月現在の関連規定は、以下の通り。

自衛隊法 (抄)

第八十四条の三  防衛大臣は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合において、当該輸送の安全について外務大臣と協議し、これが確保されていると認めるときは、当該邦人の輸送を行うことができる。この場合において、防衛大臣は、外務大臣から当該緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する外国人として同乗させることを依頼された者を同乗させることができる。
2  前項の輸送は、第百条の五第二項の規定により保有する航空機により行うものとする。ただし、当該輸送に際して使用する空港施設の状況、当該輸送の対象となる邦人の数その他の事情によりこれによることが困難であると認められるときは、次に掲げる航空機又は船舶により行うことができる。
一  輸送の用に主として供するための航空機(第百条の五第二項の規定により保有するものを除く。)
二  前項の輸送に適する船舶
三  前号に掲げる船舶に搭載された回転翼航空機で第一号に掲げる航空機以外のもの(当該船舶と陸地との間の輸送に用いる場合におけるものに限る。)

第九十四条の五  第八十四条の三第一項に規定する外国において同項の輸送の職務に従事する自衛官は、当該輸送に用いる航空機若しくは船舶の所在する場所又はその保護の下に入つた当該輸送の対象である邦人若しくは外国人を当該航空機若しくは船舶まで誘導する経路においてその職務を行うに際し、自己若しくは自己と共に当該輸送の職務に従事する隊員又は当該邦人若しくは外国人の生命又は身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六条又は第三十七条に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。

在外邦人等の輸送のための自衛隊の航空機及び船舶の使用等について (抄)(平成11年5月28日閣議決定)

1 政府としては、緊急時における在外邦人等の保護について、引き続き、在外公館の情報収集の強化や民間との連携を含む総合的な危機管理対策の一層の充実を図るものとし、当該対策の一つとして、自衛隊の航空機及び船舶による在外邦人等の輸送を実施するものとする。
2 在外邦人等の輸送の実施に当たっては、派遣先国の状況等の把握に鋭意努め、派遣先国の空港及び港湾並びに航空機の飛行経路及び船舶の航行経路において、在外邦人等の輸送のため使用される航空機又は船舶(以下「使用航空機等」という。)の安全が確保されない場合には、当該輸送を実施しないものとする。
3 在外邦人等の輸送を実施する可能性があり、緊急事態発生後本邦から出発したのでは当該輸送の任務を適時に実施し得ない可能性があると認められる場合には、防衛庁長官は、外務大臣からの依頼に基づき、当該輸送の準備行為として、自衛隊の航空機又は船舶を国外へ移動させ、当該輸送のための待機を行わせるものとする。当該移動・待機に当たっては、閣議の決定を行うものとする。
4 在外邦人等の輸送の実施に当たっては、当該輸送を行うことが必要となった具体的な緊急事態の状況(派遣先国の状況等)、輸送の態様(使用航空機等の種類、数、要員の人員数等)等を勘案し、必要に応じ、自衛隊の航空機又は船舶の派遣について閣議の決定を行うものとする。
5 自衛隊法第100条の8第2項により、在外邦人等の輸送は、同法第100条の5第2項の規定により保有する航空機により行うことを原則とするが、在外邦人等の輸送に際して使用する空港施設の状況、当該輸送の対象となる邦人の数その他具体的状況に応じた適切な輸送をするための諸条件に照らし、これによることが困難であると認められるときは、その他の輸送の用に主として供するための航空機、当該輸送に適する船舶又は当該船舶に搭載された回転翼航空機によって行うこととし、いかなる場合においても、戦闘機は使用しない。
6 在外邦人等の輸送を実施する要員の構成及び人員数は、自衛隊法第100条の8が、緊急事態に際して生命等の保護を要する在外邦人等の輸送のみを自衛隊の航空機又は船舶により行い得るようにするためのものであることを踏まえ、当該輸送の具体的態様等に応じた、適切かつ必要最小限のものとする。
7 使用航空機等の安全が確保されない場合には、当該輸送を実施しないことから、戦闘機による護衛を行うことはない。
 派遣先国内において、自己等の生命又は身体を防護するために自衛隊法第100条の8第3項に基づき自衛官が携行する武器(直接人を殺傷し、又は、武力闘争の手段として物を破壊することを目的とする機械等をいう。以下同じ。)は、拳銃、小銃又は機関銃に限るものとする。
 派遣先国内において、使用航空機等を防護するために自衛隊法第95条に基づき当該使用航空機等の外で自衛官が携行する武器は、拳銃、小銃又は機関銃に限るものとする。
 使用航空機等の内部における不測の事態に備えて自衛隊法第96条に基づき警務官等が携行する武器は、拳銃に限るものとする。
8 使用航空機等に同乗させることができる外国人は、人道的見地から邦人と同じような状況の下で退避が必要とされ、他に救出手段がなく、当該外国人の属する国の政府から我が国に対して、当該外国人の輸送につき要請があることを原則とする。

(※各項目中、「防衛庁長官」は「防衛大臣」、「自衛隊法第100条の8」は「自衛隊法第84条の3」、「自衛隊法第100条の8第2項」は「自衛隊法第84条の3第2項」、「自衛隊法第100条の8第3項」は「自衛隊法第94条の5」と読み替える)

 隊法に基づく邦人輸送活動には、原則として隊法第100条の5に定めるいわゆる政府専用機(現在ではB747-400)が使用されますが、必要があれば、輸送機(現在ではC-130H、C-1)と艦艇が使用でき、また艦艇に搭載している回転翼機も、艦艇と陸地の間に限り輸送に使用できます。もともとは航空機輸送だけの規定でしたが、船には大勢の人間を一度に運べる利点があることから、平成11年に追加されました。

 この邦人輸送活動は、空自(航空機での輸送)・海自(艦艇による輸送)・陸自(対象者の誘導・警備)が合同で実施するケースも多いと考えられることから、隊法22条2項に基づき、防衛大臣の命令によって「特別の部隊」を陸海空混成で臨時編成することも可能になっています(*)。通常であれば、陸海空の3自衛隊は各幕僚監部の下にまとめられ、例えば海自の自衛官が陸自の部隊を指揮する、なんてことはありません。しかし混成の特別部隊が臨時編成されると、こういった特殊な指揮系統も発生します。

 ここで注意するべきは、自衛隊の仕事はあくまで邦人の輸送であり、戦闘ではないということです。隊法でも「輸送の安全について…(中略)…これが確保されていると認めるとき」に実施すると定めてある通り、戦闘不可避な地域には乗り込みません。というのも、戦闘を想定するとなると、先にも触れた憲法上の問題が出て来る可能性があるからです。航空輸送に際し使用機種を政府専用機と輸送機(※いずれも非武装)に限っているのは、こうした事情を考慮した結果です。戦闘機による護衛も行われません。艦艇については、護衛艦の使用も想定されており、その場合は艦載の武器弾薬は積んだまま(*)。武装付きで海外に出向くことになるんですが、これは装備上致し方ないということなのでしょう。いちいち取り外してから行けというのは、あんまりですから。

 輸送対象である邦人(あるいは外国人)の警備のあり方も同様で、輸送対象者の生命又は身体の防護のため武器を使用できるのは、輸送に用いる航空機や船舶が所在する場所か、もしくは保護下に入った対象者を航空機・船舶まで誘導する経路上においてのみ。その他のケースは94条5では許されていない訳です。例えば、いまだ保護下に入っていない輸送対象者を武装部隊が迎えに行く、などということは94条5ではできません。この他に、95条に基づく武器等防護や96条に基づく警務官の武器使用などもあるにはありますが、しかしいずれにしても、武器持て出迎え、というのは現状ではとてもできそうにない。

 ちなみに、船舶を輸送に用いることと決定し武装ありの護衛艦を出した場合に、艦載の重火器を現地で使えるかどうか。これは、95条に基づく武器等防護の武器使用はあり得る、という国会答弁があります。ただし、95条の考え方は、まずはできる限り回避を試みそれでもダメなら最小限……というものであるからして、第一義的には小銃あるいは機関銃を使用し、いきなり重火器を使うことはないとのこと。隊法94条5に基づき艦載の重火器を使うことは、想定されていません。(*)

 こうして見ると、事を荒立てないようにという配慮がにじみ出た規定である事が分かります。そもそも、隊法84条3・94条5成立の歩みからしてそうでした。

 もともと自衛隊法には、在外邦人輸送に関する条文はありませんでした。自衛隊にこの業務をやらせてはどうかという話が俎に乗るようになったのは、どうやら1986年・昭和61年頃からのようです。この年には東京サミットがあり、総理府(※当時)が要人の輸送用にと大型ヘリのシュペルピューマを3機を購入。これを防衛庁(※当時)へ移管するために隊法が改正され、新たに100条の5(国賓等の輸送)が制定されました(*)。また翌87年・昭和62年には総理府が大型の政府専用機の購入を決定しており、この政府専用機の使用目的の一つとして緊急時における在外邦人の輸送も挙げられていました(*)。こういった際に、自衛隊の在外邦人輸送如何に関する話が国会でちょくちょく出ています。

 話の内容をかいつまんで書くと、自衛隊が政府専用機を運用しこれを在外邦人保護のための輸送に用いることはできるかどうか?というものでした。この時点では、まだ自衛隊法に在外邦人輸送に関する任務の規定はありません。この問題に対する政府側の反応は今一つで、自衛隊がこの種の活動を行うためには何らかの手当てが必要になるだろう、と答える程度。その手当てとしてどういったものが必要なのかといえば、一方では法改正を要するであろうという考えが示され(*)、一方では隊法100条5の規定を示して「こういうものが一つの参考になろうかと思います」と答弁し(*)、そうかと思えば隊法100条5で自衛隊がその種の活動ができるとは読めないだろうという見解を述べつつ「現行法の解釈でいけるのかいけないのか、そこらはいま少しく検討させていただきたい」(*)。

 答弁で言及があった隊法100条5は、その第1項において「国賓、内閣総理大臣その他政令で定める者」を自衛隊の航空機で輸送できると定めていることから、どうやらこの「政令で定める者」なる部分があるいは突破口になるやも…という考えが一部に存在していたような気配。しかしながら、この考えはほどなくして行き詰まります。

 1990年・平成2年の8月、イラクがクウェートに侵攻し、世に言う湾岸危機が始まります。翌91年・平成3年1月には多国籍軍が空爆を開始。この時、日本が行った(行おうとした)国際貢献策の一つに、避難民の輸送がありました。「湾岸危機に関連する重大緊急事態への対処」の一環として、関係国際機関の要請に応じ、航空機を用いて避難民を輸送するというものです。この輸送には民間機を優先して用いることにしていましたが、他に方法がない場合にあっては自衛隊の輸送機も使われることになっていました。根拠は、あの隊法100条5。湾岸危機に伴い発生した避難民は「国賓、内閣総理大臣その他政令で定める者」に含まれるとして、新たに政令(平成3年1月29日政令第8号「湾岸危機に伴う避難民の輸送に関する暫定措置に関する政令」)を作り自衛隊機による輸送対象としたのです。

 この措置は大変な不評を被りました。隊法100条5では、輸送対象者としてまず国賓と内閣総理大臣が例示列挙されており、ここから「その他政令で定める者」の範囲もおのずと制限されます。政令で定めさえすれば誰彼構わず輸送してよいものではない。政府側は、「その他政令で定める者」の判断は社会的地位のみに着目して行うべきではなく、その者の置かれた状況や国としての輸送の必要性を総合して判断するべきだ……という解釈を示し、また隊法100条5に関する過去の答弁と避難民輸送のための政令との整合性についての説明文書を国会に出し、政令への理解を求めますが、野党は納得しません。社会党(※当時。現在の社民党)や共産党はもちろんのこと、野党でありつつも与党自民党と「国際平和協力」に関するいわゆる3党合意を結んでいた公明党・民社党の議員からも反対論が相次ぐ有様。(*)

 この一件は、輸送実施の前提となる国際機関からの要請がなく、そのうちに湾岸危機・湾岸戦争も終わったことで鎮火しました。問題の政令についても廃止の手続きが取られ(平成3年4月23日政令第146号「湾岸危機に伴う避難民の輸送に関する暫定措置に関する政令を廃止する政令」)、今では影も形も残っていません。

 ところでこの件は、自衛隊による邦人輸送活動のあり方にも影響を及ぼしました。隊法100条5に関する過去の答弁と件の政令との整合性を説明する内閣法制局の文書では、「過去に、在外邦人の救出を自衛隊が任務として行うことと法改正の必要性との関係についての答弁が政府によりなされているが、これらの答弁は、自衛隊法に自衛隊機による国賓等の輸送の規定を加えるための同法改正案を御審議願う際等に、自衛隊に、自国民の保護としての在外邦人の救出を一般的な任務として恒常的に行わせるためには、法律上任務を付与する明確な規定が必要であろうという趣旨のことを述べたものである」と明記されていました(*)。これにより、自衛隊が隊法100条5でもって自国民保護のための輸送を行う道はほぼ閉ざされ、やるなら隊法を改正するか新法で、ということが明確になったのです。

 これを受け、隊法の改正がすぐさまなされた訳ではありません。この時期は国際貢献が優先されており、湾岸戦争終結からおよそ半年後の平成3年8月に始まったいわゆるPKO協力法案の審議が目玉となります。同法案は途中2度の閉会中審査を経て、提出から1年近くが経過した第123回国会中の平成4年6月19日に成立します。それからようやく、自衛隊法改正に手が付けられることになりました。

 まず平成4年、第123回国会にて政府提案の自衛隊法改正法案が出てきました。ただし同法案では、隊法101条として在外邦人等輸送の新条文を制定する予定になっていました。法案の趣旨説明によると、現状自衛隊の任務に含まれていない在外邦人の輸送について、これを自衛隊の一般的・恒常的任務として自衛隊法に明記し、政府専用機(B747-400)を用いて自衛隊が在外邦人保護のための輸送を行えるようすることが目的でした。政府専用機は平成3年10月に総理府から防衛庁に移管されており、その使用目的は、平成3年10月18日の政府専用機検討委員会決定に基づき、政府要人の輸送の他、国際緊急援助活動および国際平和協力業務、緊急時における在外邦人の輸送に用いるものと定められていました。しかるに政府専用機の移管を受けた防衛庁・自衛隊には在外邦人輸送の任務がないにつき、今回これを任務として定めようということです。(*)

 法案の条文は結構あっさりしたもので、具体的には

 自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)の一部を次のように改正する。
 第百一条を第百一条の二とし、同条の前に次の一条を加える。

(在外邦人等の輸送)
第百一条 長官は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合には、自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度において、航空機による当該邦人の輸送を行うことができる。この場合において、長官は、外務大臣から当該緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する外国人として同乗させることを依頼された者を同乗させることができる。

というものでした。現在の内容と比べてみると、まず輸送手段を航空機のみとしつつも、政府専用機に限ってはいません。輸送の安全に関する外務大臣との協議もなし。また、武器使用に関する規定もありません。

 同法案は、国会提出からおよそ1年経った平成5年4月、第126回国会の開催中に衆議院へ送付、本格的な審議が始まります。自衛隊を海外に出すとなるとことさら話題になる武器関連でいえば、まず、飛行場・飛行経路の安全が確保されることを輸送実施の前提とすることから、航空機の外で邦人の防護など警戒警備を行うための武装はなし(*)。また隊法95条に基づく武器等防護についても、法案の条文中では明確に排除してはいませんが、運用面では95条の適用は想定されていませんでした。理由はやはり、安全が確保されていることが輸送実施の前提となるから。「仮に何者かにその機体が攻撃を受けた場合には、応射すること、これもあり得ない、そういうふうに考えておいてよろしいですか」という質問には、政府委員がずばり「そのとおりでございます」と答えています(*)。唯一あり得るのは、ハイジャックなど航空機内での不測の事態に備え隊法96条に基づき警務官がけん銃を携行する、というケース(*)。

 その他にも、飛行場の状況などを勘案し最適な輸送手段を選択する必要などがあるため使用する航空機を条文で限定はしていないが、輸送という法の目的からおのずと機種が限定され、具体的に想定しているのは政府専用機B747-400およびC-130H輸送機であること(*)、安全が確保されていることを大前提とするため、戦闘機の護衛はなく、外国軍隊に護衛を依頼することもないこと(*)、同条で行う輸送はあくまであらかじめ集合済みの邦人等を別の地点へと輸送することであって、窮地に陥り事前に集合できなかった邦人を助け出し空港まで連れて来るような行為は含まれないこと(*)、現地にヘリコプターや車両などを搬入し遠方の輸送対象者を航空機の駐機場所まで運ぶような運用は考え難いこと(*)、艦艇運用を考えない事から、艦艇搭載のヘリコプターも、艦艇の運用を前提とする以上使用想定からは外れること(*)、などなどが明らかになっています。

 航空機外の警戒警備なし。隊法95条に基づく武器等防護もなし。例外として、ハイジャック等の発生に備えて警務官が拳銃を携帯するのみ。外国軍隊への護衛依頼もあり得ない。ほとんど丸腰で行けと言っているに等しい内容で、果たしてこれで大丈夫なのか?と心配になりそうです……が、どうも当時はこれで十分と考えられていたらしい。というのも、法案提出の背景には、保険や準備期間や機材などの関係で民間機が飛べない/間に合わないような時でも機動的な対応ができるようにしたい、という動機がありました。危険じゃないけど諸事情あって民間機に頼れない、という時でも素早く対処できるようにという趣旨であって、「民間機が飛べない危ない場所にも乗り込む」というような運用はそもそも考えられていませんでした。(*)

 本法案には与党自民党及び当時野党の公明党・民社党が賛成、同じく野党の社会党・共産党が反対する中、衆議院を通過し参議院に送られます。が、国会審議が始まってから約2ヶ月経った6月18日、当時の自民党宮沢政権に対する内閣不信任が国会で決議され、衆議院解散となってしまいました。このあおりを食って、運悪くも法案は審議未了で廃案に終わります。

 衆院選後の特別国会(第127回国会)で自民党は下野し、新たに日本新党の細川党首を中心とする非自民・非共産連立政権が発足します。同国会で細川首相は、在外邦人の空輸を内容とする隊法改正法案の再提出に前向きな姿勢を示しました(*)。が……すぐに再提出がなされた訳ではありません。特別国会に引き続き臨時国会が開かれ(第128回国会)、ここでも細川首相の施政方針演説に対する代表質問で同法案再提出の問題が取り上げられます。細川首相の答弁は「自衛隊法一部改正法案の再提出についてどうするのかというお尋ねでございましたが、一部に異論があることは承知をいたしております。しかしながら、緊急事態はいつ発生するかわかりませんし、生命等への危険が差し迫っている在外邦人を輸送するために、自衛隊の航空機の使用は喫緊の課題だと認識をいたしております。政府としては、先国会でも申し上げましたとおり、同法案の速やかな成立が必要と考えておりますが、そのための関係者間の意見の調整を目下進めているところでございます」というものでした(*)。

 喫緊の課題と認識している……と言いつつ、法案提出にもたつく新政権。これに対し自民党は独自に法案を提出し(第128回国会衆法第1号。旧政府案と同じ内容)、遅れて新政権が提出した法案(第128回国会閣法第15号)と並んで2法案が審議されることになります。閣法と衆法の大きな違いは2点。まず第1に、旧政府案と同じ衆法では輸送に用いる機種を明らかにしていないのに対し、閣法では条文の上で機種を限定してあることです。すなわち、政府専用機を用いることを原則とする旨を明文化していました。第2に、閣法では輸送の安全に関する外務大臣と防衛庁長官(※当時)の協議も義務化していましたが、衆法にはこれに相当する文言はありません。さらに、閣法の提出は衆法の提出より1ヶ月も遅れています。

 こうした遅れや違いが生じた背後には、まさに連立政権ゆえの事情がありました。連立政権に参加していた各会派の中でも、公明党・民社党・新党さきがけ・新生党(※後者2党は自民党からの離党組が結成)はかつて政府案に賛成していましたが、社会党は違います。在外邦人等輸送をめぐり政権与党内に路線の違いがあり、これを埋めるべくある程度時間をかけて意見調整をした結果、閣法の内容は旧政府案とは異なるものとなり、また法案提出も遅くなったのでした。(*)

 また細川内閣は、閣法提出に伴い、在外邦人輸送に関する閣議決定を行っています。法案提出に際し、成立した場合を見越してあらかじめなされたもので、現在の閣議決定の前身に当たります。内容は、武器の携帯・使用に関するもののほか在外邦人輸送活動を行う際の手続など運用面の細目事項で、概略については後述。

 平成5年11月25日、衆議院において衆法1号・閣法15号一括しての委員会審査が始まりますが、与野党の溝はなかなか埋まりません。衆法1号を提出した自民党側は、閣法において機種が限定されている点をことさら問題視し、譲りません(*)。その内に第128回国会は会期末を迎え、2法案はいずれも閉会中審査となり、そして再び波乱が起こります。

 非自民・非共産連立政権は平成6年4月に内閣が変わり、細川内閣から羽田内閣へと移るのですけれども、ここで統一会派結成を巡るごたごたから社会党が政権を離脱。さらに社会党は、同年6月29日の第129回国会閉会に際し、在外邦人等輸送に関する自衛隊法改正2法案の閉会中審査に反対するという挙に出ます。ただし採決の結果は、2法案とも賛成多数で閉会中審査・継続審議となり、廃案にはなりませんでしたが(*)。

 なおも波乱は続きます。平成6年6月29日は、第129回国会の閉会日であると同時に、新しい内閣総理大臣が選ばれた日でもありました。連立を離脱した社会党が野党の自民党、さらに新党さきがけと手を組み、新しい連立政権・村山内閣が誕生したのです。いわゆる自社さ連立。

 自社さ連立政権の発足に伴い、自民党はあれほどこだわっていた衆法を取り下げ、反対していたはずの第128回国会閣法15号に賛成の立場を取ります。社会党もまた態度を変え、賛成へと移りました。一転して野に下った各党も(もともと反対だった共産党を除き)法案には反対しませんでした。10月から本格的な委員会審査が再開され、11月にはついに法案が可決・成立。かくして、自衛隊法第100条の8に在外邦人等輸送の任務が書き込まれました。

 最初に法案が提出された第123回国会から数えても、実に2年余りの月日が流れたことになります。その間、内閣不信任と政権交代を挟みつつ、共産を除き各党立場がぶれました。連立なるがゆえの事情で旧政府案を見限った公明・民社・さきがけ・新生。同じく連立なるがゆえの事情で旧政府案を自ら葬った自民。でもこれはまだいい。社会党に至っては、反対から賛成へと転じたはずが、連立離脱で掌返していきなり反対、かと思えば再び連立与党となり賛成という変わり身っぷり……。内容はさておき政府にはまず反対、というのは、議会政治で野党が取り得る戦術の一つだということは理解できるのですけれども、とはいえ実に見苦しい。政権に着いたら賛成、離れたら反対、2年余りの間に3度も身を翻すとは。全く何という定見のなさ。虫唾が走る。

 そんな紆余曲折の末に成立した隊法100条8。その内容は、現在の84条3・94条5の内容とはいささか異なっていました。すなわち、船舶および船舶に搭載された回転翼航空機に関する規定がなく、また自衛官の武器使用権についても一切の定めがありません。現在の94条5に相当する内容は、100条8制定当初は存在しなかったのです。

 当時、在外邦人輸送時における武器使用については、閣議決定によって定められていました。前にも触れた細川内閣時代の閣議決定で、概略は次の通り。(*)

  1. 政府は、総合的危機管理対策の一つとして在外邦人等輸送活動を行う。
  2. 輸送実施に当たっては派遣先の状況把握に努め、派遣する航空機の安全が確保されない場合には輸送を実施しない。
  3. 輸送実施に当たっては、状況等を勘案し、必要に応じて航空機の派遣について閣議決定を行う。
  4. 輸送活動は政府専用機で行う事を原則とし、状況によっては輸送機を使用する。ただし、いかなる場合にあっても戦闘機は使用しない。
  5. 輸送を実施する要員構成及び人員数は、適切かつ必要最小限のものとする。
  6. 派遣する航空機の安全が確保されない場合には輸送を行わない事を踏まえ、戦闘機による護衛は行わない。また、派遣先において、在外邦人等の生命、身体、当該輸送に係る航空機等を防護するための武器携行と使用は行わない。なお、航空機内における不測の事態発生に備え、隊法96条に基づき警務官等が武器を携行する場合にあっては、拳銃に限るものとする。
  7. 在外邦人等輸送を行う航空機に同乗させることのできる外国人は、人道的見地から邦人同様退避が必要とされ、他に救出手段がなく、当該外国人の属する政府から我が国政府に対して輸送の要請があることを原則とする。

 戦闘機での護衛は行わず、航空機外での警戒警備や武器等防護のための武器携行・使用も行わず、ただ例外としてハイジャック等の発生に備え警務官が拳銃を携帯するのみ。これらの内容は、かつて宮沢政権時代に語られた国会答弁とも符合します。すなわち、この閣議決定は、かつての法案提出の際既に定められていた政府方針を改めて確認したものである、と言えるでしょう。

 思えばこの時期、いわゆる護憲派からの自衛隊海外派遣に対する風当たりは強いものでした。平成2年夏の湾岸危機に端を発し、国連平和協力法案の挫折、輸送機派遣のごたごた、ようやく成った掃海艇の派遣、そしてPKO協力法の審議と引き続くカンボジアPKO・モザンビークPKO。国会は大荒れ。平成5年には政権が交代し、護憲政党の雄たる社会党が細川連立内閣に参画し与党となりました。同党は一旦政権を離脱するものの、その後自民党・新党さきがけと組んで新政権・村山連立内閣を立ち上げた……とは既述の通り。政界で社会党が勢力を誇り、自衛隊に批判的な議員・政党が大きな発言力を持っていた時期でした。その中で、自衛隊、とりわけ海外での自衛隊の活動に対してはことさら非難が集中したものです。

 こういう事ですから、自衛隊機が出るといっても、安全が確保されている時に出るのだから危険などあるはずがない、従って武装は要らない……という論理が大手を振ってまかり通ります。なお、この論理を突き詰めていくと、安全が確保されていて危険がないのなら民間機で十分、そもそも自衛隊機が出る必要はないのではないか?という事になるのですが、当然ながら国会審議でも一部そういう主張が(与党側からも)なされました(*)。平成5年の閣議決定の内容には、こうした時代の雰囲気がにじみ出ているようだ……

 もっとも、丸腰同然で部隊を送り出すやり方は、ほどなくして修正を迫られます。

 平成8年4月、当時の橋本龍太郎総理大臣が「我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態」への対処のあり方について検討するよう指示を出しました。具体的な検討項目は4点あり、その第1が、国外の緊急事態に際しての在外邦人の輸送に関することでした(*)。橋本総理がなぜこんな検討の指示を出したかについては、平成6年頃に起こった北朝鮮の核問題とそれに伴う危機での経験を踏まえてのことだ……という話がちらほら。当局者がはっきりそうだと認めたことはないのですが、この辺どうなのでしょうか。

 さらに、平成9年には新しい「日米防衛協力のための指針」、いわゆる新ガイドラインが定められ、この指針の実効性を確保するために必要な措置が取られて行きます。新ガイドラインの中でも「周辺事態」に関する分野は従来にないもので、これに対応するため新規立法が目指されることになりました。周辺事態関連の活動は、大まかに分けて 1) 後方地域支援 2)捜索・救難 3)船舶検査 4)非戦闘員の退避─の4分野が挙げられるのですが、この内4番目の非戦闘員退避は在外邦人の保護・輸送とも大いに関係があるものでした。

 こうした流れを踏まえた結果出て来たのが、平成10年の第142回国会中に内閣が提出した隊法100条8改正法案です。周辺事態関連の活動として非戦闘員退避が挙げられているので新ガイドライン関連法案と同時提出されていますが、その一方この活動は周辺事態に限られるものでもなく、同時提出ではあっても新ガイドライン関係の新法案とは別の法案、という形になりました。(*)

 この法案による改正の内容は、まず航空機に加えて艦船及び艦船搭載の回転翼機も使えるようにする事。そして、派遣された自衛官の武器使用権を明記する事でした。とりわけ注目したいのは後者です。改正を要する理由は「輸送の安全が確保されている中でも、これに直接影響しない程度の危険に対応するため、武器を携行し使用する必要が生じ得ることを(中略)認識した」ためと説明されており(*)、これはつまり、要約するに、以前は認識が甘かったという事であるか。

 改正法案が成立したのは平成11年5月の事です。この改正で、100条8は現在の84条3・94条5にほぼ相当する内容になりました。なお成立直後、100条8の運用について細目を定めた先の閣議決定は廃止され、これに代わる新たな閣議決定がなされました。上でも触れた閣議決定です。

 平成5年の旧決定と平成11年の新決定を比べると、後者において、輸送活動が行われる事を見越した準備行為に関する規定を盛り込んである点がまず目に付きます。これは、旧決定時代の平成9年7月と平成10年5月に、邦人輸送活動を予想しての輸送機前進待機措置を取った経験に基づくものです。旧決定では準備活動に関する規定がなく、その曖昧さが批判の対象ともなったため、正式な活動として位置付ける目的で新たに設けられた規定です。また、100条の8第3項において武器使用権を明記したことに伴い携行武器も幅が広がり、従来は隊法96条に基づくハイジャック対策の拳銃携行のみであったのが、自己等の生命・身体の防護(100条の8第3項)及び武器等防護(95条)目的で拳銃・小銃・機関銃を持てるようになりました。現地において危機対処活動を行うに際し、武器を用いる事が名実共に認められたのです。

 その後隊法100条8は、平成18年に防衛庁が防衛省に改まった際の自衛隊法改正で削除されました。代わって、自衛隊の行動を定める隊法第6章に84条の3、自衛隊の権限等を定める隊法第7章に94条の5が制定され、現在の形になりました。従来は隊法第8章「雑則」中に制定されていて付随的任務扱いだったところ、改めて隊法6章に規定が置かれ本来任務に格上げされたという点に意味があります。

 付随的任務扱いだった時代は、「任務遂行に支障を生じない限度において」在外邦人等の輸送を実施するとなっていたことから、自衛隊機が使えない場合に外国軍なり民間なりから航空機を借り受けて自衛隊が運航し、在外邦人を輸送する……ということはできませんでした(*)。しかし本来任務に格上げされたことで、今後はこういう活動もできるかもしれません。

 さて、平成11年の法改正は、在外邦人等輸送活動にとってはなかなかインパクトある出来事だったようです。この法改正で、それまではできなかった現地における危機対処活動ができるようになった事を受け、自衛隊には新たに専門の部隊も設立されました。法改正直後の平成11年8月、陸上自衛隊第1空挺団内に「誘導隊」という部隊が2部隊設置されました。誘導隊は邦人輸送部隊に同行し、派遣先の空港や海港において邦人の誘導と現場周辺の警戒を行うほか、必要に応じて輸送に従事する自衛隊員や航空機・艦艇をも警備します。隊員は隊法第100条の8第3項(後の隊法第94条の5)にて武器使用権を与えられており、保護下に入った人員や職務従事中の自衛隊員を警護し、また輸送用の航空機等を防護するため、最低限の武器使用が認められています。誘導隊の隊長は1尉、隊員は1隊20名編成です。ただし常設ではなく非常設の部隊で、要員指定を受けた隊員は普段は通常勤務に就いています。訓練時や出動時のみ隊員が召集される仕組みです。指定を受けているのは普通科の隊員が主ですが、一部警務科の隊員も含まれています。(*)

 同時に、在外邦人等輸送に関する訓練も積極的に実施・公開されるようになりました。本格的な在外邦人輸送訓練が初めて行われたのは平成11年8月のこと。空自小牧基地において、輸送機を使用し、陸空共同で行われました(*)。さらに平成11年11月、海上自衛隊演習の開催期間中、横須賀においても邦人保護訓練が行われました。「外国」の港に集合した在外邦人を保護し、パスポートや所持品等のセキュリティチェックを行って、沖合いの海自艦船に収容するまでの、一連の活動を訓練しています(*)。この訓練はマスコミにも公開され、誘導隊が初めてカメラの前に姿を現しました。これ以降、在外邦人等輸送訓練は頻繁に行われるようになりました。

  • 平成11年12月 陸自木更津駐屯地にて、ヘリコプターを利用した訓練。(*)
  • 平成12年11月 日米共同訓練の一環として、岩国基地、および佐世保基地周辺において邦人輸送訓練。岩口基地では輸送機とヘリコプターを用い、佐世保周辺では、艦艇を利用した訓練を行った。 (*)
  • 平成14年2月 空自小牧基地にて、輸送機を利用した訓練。(*)
  • 平成14年9月 空自小牧基地にて、輸送機を利用した訓練。(*)
  • 平成14年11月 日米共同訓練の一環として、厚木基地において輸送機を利用した訓練を実施。報道によると、この訓練には、空挺団の誘導隊の他に第6師団第20普通科連隊も参加した。(*)
  • 平成15年11月 空自千歳基地にて、政府専用機を利用した訓練。報道によると、この訓練には、空挺団の誘導隊の他に第6師団の誘導隊も参加した。(*)
  • 平成16年11月 日米共同訓練の一環として、空自築城基地および周防灘においてヘリコプター・輸送艦を利用した訓練を実施。(*)
    (以降省略)

 政府専用機・輸送機の他に艦艇と搭載ヘリコプターも使えるようになったため、訓練の模様はなかなか多彩です。平成11年11月の訓練では、補給艦「とわだ」・掃海母艦「うらが」および護衛艦「しらね」「むらさめ」「あまぎり」が参加し、搭載艇でもって邦人を収容する他、護衛艦に搭載されている哨戒ヘリSH-60も利用されました(*)。平成16年11月の訓練ではもっと大掛かりになっていて、輸送艦「くにさき」が訓練に参加、陸から同艦までの輸送には陸自第1ヘリ団と空自春日ヘリ空輸隊のCH-47、海自第111航空隊(岩国基地)のMH-53掃海・輸送ヘリが用いられました(*)。陸自や空自の機体は、普段は船積みされてなどいないのですが、しかしそうであっても船舶に積む事さえできれば100条8第2項第3号改め84条3第2項第3号にいう「船舶に搭載された回転翼航空機」として邦人輸送に使用する事ができます。「くにさき」も含めた「おおすみ」型輸送艦や「うらが」型掃海母艦・「ましゅう」型補給艦などには大型輸送ヘリの発着が可能であり、これらの艦に陸自等の輸送ヘリを臨時に搭載してやれば、邦人輸送に用いる事ができる訳です。

 誘導隊も、当初は第1空挺団に設けられているだけでしたが、後になると他の師団・旅団等にも設けられ、邦人等輸送訓練に参加するようになっています。全国各地の師団・旅団にあるのか、それとも一部だけなのか、部隊は常設か非常設か、構成などはどうなっているか、詳しいことは分かりませんが、存在していることだけは確かです。まず、平成14年11月・平成15年11月の訓練に第6師団の誘導隊が参加している旨の報道があったことは、既に記した通りです。上で挙げなかった平成16年11月以降の訓練ですと、平成19年9月に三自衛隊共同で行われた邦人等輸送訓練へ第10師団・第5旅団の誘導隊が参加(*)。さらに平成20年2月に行われた陸自による邦人等輸送訓練では、第1師団の誘導隊が登場しています(*)。

 さらに最近では、国外でもこの種の訓練が行われるようになりました。平成20年5月にタイで開催された多国間共同訓練「コブラ・ゴールド08」や、平成21年2月にタイで開催された多国間共同訓練「コブラ・ゴールド09」が例として挙げられます。これらの共同訓練において自衛隊は、国連平和維持活動に関する指揮所演習、人道・民生支援活動(医療)に関する実動訓練、そして在外邦人等輸送の実動訓練に参加しました。「多国間共同訓練」と銘打っている通り、在外邦人等輸送訓練も自衛隊はじめ複数の国の部隊が参加し共同で行われました。

 防衛当局の広報や報道によると、コブラ・ゴールド08で非戦闘員退避/在外邦人等輸送実動訓練が行われたのは平成20年5月17日、場所はタイ中部のタイ空軍基地、参加したのは5カ国から220人。日本・タイ・米国が各国ごとに訓練を実施、またその間インドネシアとシンガポールが「格納庫の安全確保」に当たったそうです。日本の場合、空港に集合した「在外邦人」のセキュリティチェックから輸送機への搭乗までを演練しました。セキュリティチェックが済んだ邦人を警護しつつ輸送機まで誘導するのは、武装した自衛隊員です(ただし広報写真を見ると、携行しているのは実銃ではなく64式の模擬銃ですけど)。訓練に参加した自衛隊員は17名、他に外務省などから6名。自衛隊員の内訳は、まず空自から、指揮所で運航支援を行う運航支援要員1名、セキュリティチェックを行う搭乗支援隊が6名。続いて陸自から誘導隊が10名。陸自の誘導隊は、中央即応連隊からの3名をはじめ、第1師団・第6師団などから数名ずつが参加して編成された混成部隊だったそうです。(*)

 コブラ・ゴールド09では、平成21年2月15日にタイのウタパオ海軍基地で非戦闘員退避/在外邦人等輸送実動訓練が行われました。参加したのはインドネシア・米国・タイから各1個小隊、自衛隊からは空自第1輸送航空隊の隊員などからなる運航支援隊はじめ自衛隊員約20人。参加した3カ国がまとめて訓練を行ったらしく、搭乗予定者のセキュリティチェックや輸送機までの誘導のみならず各国間の連携・調整に関する訓練も行われたと報道されています。また自衛官が携行するのも08の時のような模擬銃ではなく、89式の実銃でした。弾倉もしっかり嵌ってます。(*)

 これらの訓練が興味深かったのは、外国で行われたということもさることながら、在外邦人が誘導され搭乗した輸送機が米軍の輸送機だった、という点。広報写真を見ると、主翼下の増槽の数やプロペラの様子から、米軍のC-130Jスーパーハーキュリーズに乗り込んでいることが分かります。

 例えば、紛争地などから避難する邦人を輸送するとして。邦人の数に見合うだけの航空機/船舶が用意できない、もしくは避難する邦人の数が予想外に多かったため派遣した航空機/船舶ではまかないきれないことが判明した、というような事態が発生することも予想されます。ここで、そういう荒れた場においては、他国も同様の活動を行っていることでしょう。自衛隊でまかないきれない分を外国の航空機/船舶に乗せてもらう、ということがあるかもしれません。逆もまた然りで、隊法では、自衛隊の航空機/船舶に「保護を要する外国人」を搭乗させることもできる、としています。そこで、気になるのは2点。まず第一は、邦人を外国・民間の航空機/船舶で輸送する場合、自衛隊の誘導隊が警備・誘導等に従事し、武器を使用することができるか。第二は、自衛隊が輸送活動に従事している現場において、外国・民間の航空機/船舶が外国人の輸送に従事している場合、自衛隊の誘導隊が当該外国人の警備・誘導等に従事し、武器を使用することができるか。

 まず94条5を見てみるに、武器を使用して守ることができる対象は「自己」「自己と共に当該輸送の職務に従事する隊員」「保護の下に入った当該輸送の対象である邦人若しくは外国人」に限られています。また武器を使用できる場所は、「当該輸送に用いる航空機若しくは船舶の所在する場所」「当該輸送の対象である邦人若しくは外国人を当該輸送に用いる航空機若しくは船舶まで誘導する経路」に限られています。そして、武器を使用できる状況は「その職務を行うに際し、対象の生命又は身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある」場合のみ。

 同条に謂う当該輸送とは、84条3第1項に定める輸送を指し、具体的には「外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して、生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合における当該邦人の輸送」「当該邦人を輸送する場合における、外務大臣から当該緊急事態に際して生命または身体の保護を要する外国人として同乗させることを依頼された者を同乗させる輸送」を指します。

 外国・民間の航空機/船舶によって行われる外国人の輸送が「当該輸送」に当たらないことは容易に分かります。自衛隊が出ることなく外国・民間に邦人輸送を全てお願いする場合も「当該輸送」に当たらないことは分かります。問題は……自衛隊が邦人を輸送する傍ら、外国・民間の航空機/船舶でも邦人を輸送してもらう場合はどうなのか。もし、このケースも「当該輸送」に当たるとなると、当該輸送に用いる限りにおいて、外国のものだろうと民間のものだろうと航空機/船舶が所在する場所で、また輸送対象者をそこまで誘導する経路上で、対象の防護のため武器使用が許されることになります。

 が、しかし。改めて隊法を読むと、84条3で防衛大臣が外務大臣から依頼を受けて自衛隊が輸送を行うことができる旨を定め、その上で94条5において武器使用を許す、という形になっています。「当該輸送」とは自衛隊が行う輸送であって、自衛隊がやる訳ではない輸送は、邦人を運ぶものであっても「当該輸送」には含まれない。

 国内での訓練でも、日米共同訓練の一環として訓練が行われる場合には米軍機が邦人輸送訓練に参加しますが、そこでの想定は「危険地域から安全地域まで米軍機が邦人を輸送→安全地域で自衛隊が引き継ぎを受ける→引き継ぎ後、自衛隊が邦人を国外まで輸送」となっている模様(*)。誘導隊が出て来るのは、安全地域で自衛隊が引き継ぎを受ける場面からです。ここで、安全地帯で米軍機から降りた邦人が別の米軍機によって国外まで輸送される、という設定もできそうな気がするのですが、そういう訓練が行われたという話は聞きません。

 件の「コブラ・ゴールド」関連では、防衛当局による広報では米軍機を使ったいきさつに触れていないものの、08の訓練を紹介した報道の中に「米軍のC-130J一機を、タイ、米、日本のそれぞれの輸送機に見立て」たという記述もあります(*)。どうやら、外国機を用いて邦人輸送を行うことを想定したものではないらしい。

 という訳で。上で挙げた気になる2点は、おそらくどちらもできないでしょう。外国や民間の航空機/船舶による輸送活動は、防衛大臣が外務大臣の依頼を受けて行う84条3第1項の邦人輸送には当たらないと考えられるからです。ただし、外国や民間から自衛隊が航空機/船舶を借り受けて自衛隊が運航している、という場合にあっては、自衛隊の航空機/船舶として84条3第1項の邦人輸送に当たる余地もあるのではと考えられます(個人的には、ですが)。

 ついでに。「どちらもできない」と書いた2つの例につき、自衛隊が本当に一切、全く、何もできないのかというと、そうとも限りません。

 隊法ではなくPKO協力法こと「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」の話になりますが、同法24条は当初、武器を使用して守ることができる対象を「自己又は自己と共に現場に所在する他の隊員」と定めていました(※「隊員」とは、国際平和協力業務に従事する国際平和協力隊・海上保安庁・自衛隊の要員)。ここでは、「隊員」ではない邦人や外国人は防護の対象に含まれていません。しかしその一方、隊員が自己の傍らにいる第三者を守るために武器を使用し、その武器使用が正当防衛・緊急避難に該当する場合に、その違法性が阻却されることまで否定したものではない、とされています。PKO協力法24条に明示されていない他者であっても、その生命・身体を守るため、正当防衛または緊急避難に該当する場合に武器を使用する余地もあるんじゃないか、ということです。(*)

 これは隊法84条3・94条5でも同じです。邦人輸送に伴う武器の使用は、場所や防護対象が厳しく制限されているのですけれども、条文に明示されていない場所で、あるいは明示されていない第三者を守るために武器を使用したとして、それが正当防衛・緊急避難に該当する場合に違法性が阻却されることを否定するものではないと考えられます。上記の例で言えば、例えばの話、自衛隊が空港に輸送機を着陸させ邦人輸送を行おうとしているところ、そこでは外国も輸送活動を行っていたとして。ある自衛官の傍らに邦人輸送とは無関係な外国人がおり、その外国人が危害を加えられた場合、正当防衛・緊急避難に当たるなら咄嗟に武器を使って守ってやることもできる……かもしれません。

 以上が自衛隊の話です。法に基づく業務実施、輸送機や艦艇などが使える、限定的ながら警戒部隊も有り、訓練もやってるということで、色々紆余曲折はあったものの、現在においてその態勢はそれなりに整っていると言えそうです。

海上保安庁の場合

 自衛隊と並び、こうした活動を行っているもう一方の雄が海上保安庁です。

 海保は、海外在留邦人の保護・輸送活動を行うことを直接の任務/業務としている訳ではありません(*)。在外邦人保護は、そもそもは外務省の仕事です。しかるに海上保安庁法には、所掌事務の中に「関係行政庁との間における協力・共助および連絡に関すること」(庁法5条16号)というものがあり、これは「海上保安庁が管理運営いたします船舶、航空機などを他の省庁の業務に利用させるという観点、そういう観点から、当庁が保有する船舶等の利用が必要な事務を所管する行政機関を広く含んだような形で協力をするという趣旨の規定」(*)だとされています。分かったような分からないような話ですが、外務省が邦人保護の事務を遂行するに当たり船舶・航空機が必要というなら、海上保安庁が管理する船艇・航空機の活用という観点からこれに協力する、ということです。

 ひらたく言えば、外務省に対する官庁間協力。このため、保護に任ずる(小なりとも、非常設なりとも)専門性を備えた部隊などあろうはずがなく、既存の組織を、そのままの形で流用することで対応しています。

 すなわち、邦人保護活動を行うと決まれば、その任に耐えるような大型巡視船に、既存の特殊部隊やその他の部署から応援の人員を上乗りさせて、必要なら追加の資材も積んで、臨時に任務付与して送り出す。上乗り要員は、特殊部隊かもしれないけれど、邦人保護のための専門部隊などではないし、巡視船からしてそう。一時的に保護活動任務を帯びただけで、活動が終われば元に戻ります。あくまで、既存の組織を、そのまま流用しているだけなのです。

 これはいささか付け焼刃な感がないではない(失礼!)のですが……なぜこういう仕組みになっているのかと言いますと。

1. 使いやすい

 巡視船派遣に必要な手続きは、「外務大臣からの要請」と「国土交通大臣の命令」だけで済みます。これは、自衛隊を派遣する手間に比べるとずいぶんと簡略です。自衛隊を派遣する場合、先にも触れた通り「必要に応じ、(中略)閣議の決定を行うこととする」事になっています。閣議は全閣僚を招集し、決定は全員一致で下します。もちろん、自衛隊を派遣する場合にあっても閣議を経ない事はあり得るのですが、もし閣議を経る必要ありと判断されれば、意思決定はそれだけ複雑になります。

 例えばの話、閣議決定の必要を認めこれを行う事にしたとして、閣僚の中に自衛隊部隊派遣に反対する者がいたら? どうしても説得に応じず、あくまで反対し続けるとしたら? 同人を罷免してでも邦人輸送のため閣議決定を通す……という姿勢を貫けるかどうか。

 これに比べると、外務大臣と国土交通大臣の間だけで話がつけられる「巡視船派遣」は、かなりお手軽と言えましょう。関係者が少なくて済むというのもさる事ながら、場合によっては会わずに電話だけで話をつける事もできそうです。これができれば益々お手軽。

 さらに。飛行機であろうが船であろうが、自衛隊を海外派遣するとなると必ずと言って良いほど異論が出るものです。自衛隊の海外派遣は侵略とも結び付くものだ、憲法違反だ、云々。しかるに海保の巡視船を派遣するとなると、さほど批判は出ません(全く出ない訳ではありませんが)(*)。政府にしてみれば、面倒が少なくて助かるでしょう。こういうところにも、海保を利用する理由の一部があるようです。

2. 活動能力がある

 使いやすくても能力がなければ、そもそも話になりません。この点、海上保安庁の大型巡視船は海外まで足を伸ばせるだけの能力があります。保護した邦人を乗せるだけのスペース的余裕もあります。ヘリコプターも積んでいて、機動的です。職員の中には、特殊救難隊のように高い救急・救助技能を持った者がいます。また、ある程度武装も整えてあります。外務省がきちんと相手国の了解を取り付けていてくれれば、海上保安庁法第20条(にて準用される警察官職務執行法第7条)でもって、最低限の武器使用もできます。アシもあるし不測の事態にも対応できるし身も守れる。

 ところで……もし、能力を有する官庁で、使いやすいところがあれば、そこは海保と同様官庁間協力で邦人輸送任務に従事できてしまう、という事になるんでしょうか。例えば水産庁とか。船ならあそこもそれなりに持っていますし。武装が要るなら海上保安官なり警察官なりの上乗りで。根拠は国家行政組織法2条とかで。だめかな?

 普通、外国ではこういう "荒事" は軍隊がこなす領分になっています。しかし日本の場合、「諸事情」あって容易に自衛隊を海外に出し得ないところがあり、それゆえ海保にお鉢が回ってきた、というところが大きい。

 難点としては、法律上の根拠付けが薄そうなところです。前述の通り、海保は在外邦人輸送を直接の任務としている訳ではありません。あくまで、官庁間協力でしかないのです。本来は海上警備・警察機関である海保に在外邦人輸送活動まで行わせようという発想の「ずれ」が、この辺にじわっとにじみ出ている感じ。なんだか、都合の良い便利屋状態にも見えます。あるいは好意的な見方をすれば、海保の実力がなさしめた。やりくりすればこんな仕事もこなせる程に海保の能力は高いのだ、とか。以上が海保の話です。

 

 さて、外務省から防衛庁・自衛隊/海上保安庁まで、自力脱出から救出部隊派遣まで、日本の邦人保護態勢についてざっと概観して来ました。最後は、これら邦人保護態勢が実際に活動した事例についてです。

 外務省が危機に際して対策本部を開設した事例というのは、探せば結構たくさん出て来ます。最近の規模の大きなものをかいつまんで挙げてみますと、

  • 在ペルー・日本大使公邸人質事件(平成8年12月〜翌9年4月)
  • キルギス日本人技師拉致事件(平成11年8月〜10月)
  • アメリカ同時多発テロ事件(平成13年9月〜?)
  • イラク日本人人質事件(平成16年4月)

など。いずれも、外務省は対策本部を設置し、安否確認はじめ各種の情報収集を行いました。

 情報収集だけにとどまらず、実際に現地在留邦人の保護活動を行った事例(活動準備も含めて)も幾つかあります。最近の規模の大きな事例をまた挙げてみますと、

平成9年(1997年)7月のカンボジア治安悪化に伴う邦人輸送準備

 7月12日に外務省大臣官房領事移住部長から防衛庁防衛局長(※いずれも当時)宛に公信が出され、航空自衛隊の輸送機(C-130H)3機及び人員約70名が隣国タイのウタパオ空港で前進待機。(*)

平成10年(1998年)5月のインドネシア政情不安に伴う邦人輸送準備

 外務大臣から防衛庁長官にあて、隊法100条8による邦人救出の可能性があること、および5月19日中に自衛隊機を近隣に待機させてもらいたいとの公文による要請があり、航空自衛隊が出動。輸送機(C-130H)6機及び人員約210名がシンガポールのパヤレバ空軍基地で前進待機(*)。
 また5月18日には外務大臣から運輸大臣(※当時)に対し、ジャカルタ近郊の公海上で巡視船を待機させてもらいたい旨の要請があり、海保の大型巡視船が派遣された。まず、沖縄近海で通常業務中だった「みずほ」に資機材等を搭載し、19日にインドネシア方面に向け派遣される。また「えちご」が18日に新潟を出港し、同じく沖縄で資機材等を搭載しインドネシア方面に向け派遣される。2隻は那覇港で毛布などの資材を積んだ他、外務省職員(連絡要員)、厚生省国立国際医療センターの医師・看護婦、海保の特殊救難隊員らを乗船させた。現地に到着した巡視船はシンガポール港を拠点とし、インドネシアの首都ジャカルタ沖の公海にて待機(*)。

平成11年(1999年)9月の東チモール治安悪化に伴う邦人輸送準備

 海保の大型巡視船「みずほ」を当地沖の公海に派遣。派遣された巡視船はオーストラリアのダーウィン港を拠点とし、東チモールの都市ディリ沖合で待機。(*)

平成16年(2004年)4月のイラク日本人人質事件に伴う邦人輸送

 イラク人道復興支援活動のため既に隣国クウェートに展開していた航空自衛隊の輸送機(C-130H)3機を、邦人の退避に備えて待機させた。実際の活動としては、同じく人道復興支援のためイラク入りしていた陸上自衛隊が、部隊の宿営地に退避した報道機関関係の邦人10名を装甲車で近隣の米軍基地(タリル飛行場)まで移送、さらにそこから空自輸送機でクウェートのムバラク飛行場まで輸送した。空自による輸送活動は、隊法100条の8(※当時)に基づく初めての実働事例。ただし、輸送機の待機・輸送の実施に当たりいかなる閣議決定がなされたか/なされなかったかについては、定かでない。(*)

以上のような例があります。また平成13年(2001年)9月の米国同時多発テロ事件の際にも、空自が政府専用機のアメリカ派遣準備を行ったとのこと(実際には派遣されず)。これらの大半は待機のみに終わり実際に保護活動を展開することはありませんでしたが、イラクの事例だけは唯一(小規模ながら)保護活動を行っています。

 なおイラクの事例においては、空自による輸送の前に、陸自が空港までの「移送」を行っているんですが、通常ですとこれはできません。現行の隊法84条3・94条5でもって可能な活動は、集合済みの邦人を輸送する事・集合場所において警備を行う事だけで、集合そのものは自力でやってもらわなければならないのです。にも関わらずイラクでこうした活動が行われたのは、イラクの人道復興支援を目的として当時既に陸自がイラク国内に展開済みであり、その陸自の宿営地に関係者が集合して来たためです。

 肝心の実施根拠については、公式には「(宿営地のある)サマーワと他のイラクの都市間において商用航空便は運航されておらず、また、いわゆる民間車両のみで陸路にて国外に退避することは困難を伴う状況となっていたことにかんがみ、サマーワからタリルまで陸自による輸送を行った」と述べられているのみであり(*)、「基本計画」に謂う「人道復興関連物資等の輸送」(*)の一環としての活動かとも思われるのですが、事後に行われた防衛庁長官の定例記者会見の席上では「我々(※自衛隊)の活動を円滑に行うために広報というものがあり、これはその一環と申し上げてよいと思う」「報道に当たっておられる方々を無事に安全なところへ移動させるということが、これはイラク特措法の実施の措置、対応措置の一環というふうに私は整理しているところである」旨の発言がありました(*)。もっともこれだけでは、ここで謂う広報協力なるものが、イラク特措法・基本計画と具体的にどう繋がるのか分かりません。基本計画上の業務たる輸送と広報協力ではどう違うのか、基本計画上の業務なのかそれとも特段の根拠はない任意の事実行為なのか……。ともあれ、いずれにしても護衛・護送・警護などとはいえず、一歩間違えれば法律上かなりきわどい事になっていたのですけれども。

 ところで。これは少々余談なのですが、例えばこのイラクの事例のように、事前に何らかの形で自衛隊部隊が現地に展開していて、同部隊が在留邦人保護の関連活動を行う場合というのもあります。こうした場合、現地部隊には隊法84条の3にいう在外邦人輸送活動よりも広い範囲の活動まで求められるところがあり、そのため往々にして触法すれすれとなってしまう事が多い。イラクの事例でいえば、陸自宿営地から空港までの移送がそれです。

 この問題は、自衛隊の本格的PKO活動の始まりとして特筆されるカンボジアPKOの時から既にありました。カンボジアのものも含め、関連する事例をとりあえず列挙してみますと、以下の通りです。

カンボジアPKO

 内戦が終結したカンボジアの国家再建のため、1992年・平成4年の9月から翌93年9月まで実施。自衛隊は、陸自の施設部隊及び輸送業務を行なう海自・空自部隊を派遣した。陸自の施設部隊は、当初、建設と生活関連施設復旧・整備の業務を行なったが、後に活動内容は変更される。すなわち、平成4年12月に新たに輸送、保管の業務及び浄水の業務が加わり、平成5年2月には医療・防疫、同4月末には給食及び宿泊用・作業用施設の維持管理業務も加わった(*)。
 この内、平成4年末以降の新規付与業務はカンボジア制憲議会選挙を視野に入れたものである。UNTACの要請を受け、具体的には輸送業務としてUNTAC要員や選挙関連物資の輸送、医療業務としてUNTAC要員への医療支援、また建設業務の一環として、道路・橋梁の補修のための偵察活動に際し、投票所へ立ち寄っての情報収集などが追加されている(*)。これらの追加業務は、邦人保護とも関連が深い。
 当時、カンボジアには選挙支援要員として日本人41名が送り込まれており、その安全確保が問題となっていた。現地では選挙に反対し武力による選挙妨害・阻止を公言する武装組織(ポル・ポト派)が活動しており、選挙実施に伴い支援要員に危害が及ぶ可能性もあった。ここで、法に触れない範囲で現地の陸自部隊が日本人選挙支援要員の安全確保に寄与できるように考え出されたのが、先の追加業務である。
 輸送業務の場合、選挙関連物資・UNTAC要員輸送という事で日本人選挙支援要員を輸送する場合もあるが、この際、輸送に当たる陸自隊員は武器を携帯することができる。また日本人選挙支援要員の居る投票所へ物資を届ける場合もあるが、従事する陸自隊員はもちろん武器を携帯することができる。建設業務に含まれる道路・橋梁の補修のための偵察活動の場合、情報収集の一環として日本人選挙支援要員が居る投票所への立ち寄りがなされるが、この際陸自隊員は武器を携帯することができる。さらに医療業務の場合、UNTAC要員への医療支援という事で、襲撃に遭った日本人選挙支援要員への「医療支援」も予定されていた。武装勢力に反撃を加え鎮圧・救出するのではなく、負傷者を収容し医療支援を行う形式を取り、医療支援を行う陸自部隊が攻撃を受けたならば携帯した武器で自己防衛する、というものである。(*)
 これらはいずれも、輸送業務・建設業務(のための偵察)・医療支援という形式を取りつつ、武装要員による警護・巡回あるいは救出に準ずる効果が期待されていた。公式には、警護等の活動を行ったものではなく、あくまで支援活動という事になっているが、現地の陸自施設部隊には「選挙監視員の支援活動にあっては、自ら危険事態に積極的に参加し、自ら正当防衛・緊急避難の状況を作り出すこと」が命ぜられている。武器使用を伴う事実上の邦人保護活動を可能とするために取られた措置。(*)

ルワンダ難民支援

 ルワンダの内戦に伴い流出した難民の支援のため、1994年・平成6年9月から12月まで行われ、陸空自の部隊が従事した。陸自部隊はザイール(当時)のゴマに派遣され、業務内容は医療・防疫、被災民の捜索・救出・帰還援助、食糧等生活関連物資配布、被災民収容施設設置、輸送・保管・通信・建設等、及び浄水、給食、宿泊用・作業用施設の維持管理であった。空自部隊の業務は、輸送である(*)。
 派遣期間中の11月3日、現地で活動していた日本の医療NGOが難民に車を強奪される事件が発生した。難民キャンプ内の診療所へ向かう途中、群衆に取り囲まれ、乗っていたトラックを奪われた。NGO要員はとりあえず近場のUNHCR事務所へ避難し、通り掛かった陸自の防疫班に収容される。一同は防疫班の車両で診療所へと向かい、当日の診療を中止して引き返す事を決定した。診療所の要員も含めたNGOスタッフ全員を防疫班の車両で運ぶのは不可能なので、防疫班からの連絡を受けて陸自が車両を出し、全員を収容。陸自宿営地へと輸送した。収容に出動した陸自部隊は、宿営地の警備班を中心とした22名で、高機動車3台および救護用の車両1台で構成されていた。この活動では武装要員が派遣されているが、実施計画中で定められた「輸送」業務の一環としての活動であり警護や救出などには当たらないと説明されている模様。(*)

東ティモールPKO

 東ティモールでの活動は幾つかの段階に分かれて実施されたが、最も大規模なものは、2002年・平成14年2月から平成16年8月にかけてUNTAET・UNMISETに協力して行ったPKOである。主力は陸自の施設部隊であり、東ティモール内の4ヶ所(※1ヶ所は西ティモール内にある東ティモールの飛び地)に駐留し、業務内容は医療・防疫、被災民の捜索・救出・帰還援助、食糧等生活関連物資配布、被災民収容施設設置、被災した生活施設の復旧、輸送・保管・建設等、さらに被災者の捜索救助、浄水、給食、宿泊用・作業用施設の維持管理、消防等、多岐に渡った。また、陸自部隊のほか、輸送業務に従事する海自・空自部隊も同じく派遣されている(*)。
 派遣期間中の平成14年12月4日、東ティモールの首都ディリにおいて大規模な暴動が発生した。当時ディリ市内には数人の自衛隊員を含む多数の邦人が滞在していたことから、施設部隊は、隊員の安全確保・邦人保護の観点から状況掌握のためチームを派遣。派遣チームは、保護を求めて来た邦人5名を掌握した他、人道的観点より外国人4名を保護し、宿営地に収容した。さらに、自力で陸自部隊宿営地に保護を求めて来た邦人および外国人およそ40名についても、宿泊・給食等の便宜供与を行っている。宿営地内に邦人を保護したのは、この件が初めて。(*)

 先にも述べましたように、憲法上の制約があり、自衛隊が海外で武力を行使する事はできません。襲撃から救助するために出動するとなると、武装組織との戦闘が想定されますが、戦闘想定すなわち武力行使に繋がる可能性、という事で問題となります。武力を用いた救出活動や、護衛などは、出来ない相談でした。……とは言うものの、実際危機に瀕した同胞を見捨ててよいというものでもない。そこで考え出されたのが、警護ならぬ「輸送」、巡回ならぬ「建設業務のための偵察」、救出ならぬ「医療支援」「輸送」。名目上は戦闘想定抜きで、輸送し、偵察し、怪我人が出れば医療支援、孤立者が出ればこれも輸送。なおこの時、出動する自衛隊員は武器を携帯し、また自衛官に対する攻撃があれば自己防衛のため武器を使用するが、これらはいずれも法で認められた権限であって、憲法で禁じられた武力行使には当たらない……

 とはいうものの、同じ日本人を守るためなのに、こうしたぎりぎりの選択と行動をしなければならないとは。一体どういう事なんだと首をひねってしまうものです。しかもこうした活動を、一部の政党(とりわけ社会党)は非難しました。なるほど確かに、これらの活動はどうも危うい。明白に違法とは言わないまでも、いささか脱法の気配があるというか、少なくとも通常の活動範囲で納めてよいものかどうかは疑わしい。しかし、現地の情勢を勘案すれば、何事もせずに座して静観しておく、などという事ができるかどうか。それはつまり、極端な話、助けを求める仲間を見捨てるという結果になるのですから。

 違法な行動はいかんと言うなら、違法にならないよう、適当な行動ができるように、法律を制定するのが立法者の役目のはずです。適切な行動ができない法律を作っておきながら、四苦八苦して現場が考え出した策にけちをつける。これはどうかと思います。憲法を守って仲間を見捨てよ、と主張する政党には、私は票を投じたくありません。

 総じて言うに、日本の在外邦人保護態勢というのは、国際問題化を避け事を穏便に済ませようとする配慮が割と強く表に出た態勢だ、という感があります。自衛隊が「安全が確認されたときに」出る事になってるとか、憲法上の配慮から海保が出る事もあるとか、そういう辺りなど特にそう。確かに穏便なのはとてもいい事ですが、でも正直な話、ちょっとばかり頼りないかも。

 日本の態勢が今一つ腰引け気味に見えるのは、憲法上・国際関係上の配慮が強く働いているせいもありますが、これまで本当の意味で緊急な在外邦人保護の必要に迫られた事がない(らしい)事も作用している気がします。

 他国の場合、詳しくは知りませんし単純比較ができないのも分かっていますが、それでも、近年の例で言いますと、1990年にリベリアとソマリア、1994年にルワンダ、1995年にイエメン、1996年に中央アフリカ、1997年にアルバニア、ザイール、そしてカンボジア、1998年にエリトリア、2000年にシエラレオネ、ソロモン、それぞれで政情不安や暴動等により当地に在留する自国民保護活動が展開されました(*)。活動内容は、日本に比べるとかなり迅速かつ果敢です。それなりに修羅場を経験してもいます。でも日本にはそれがない。準備派遣やちょっとした活動の経験ならあるけど、実戦はなく、本当にまずい事態になると結局のところ他国に頼る結果になっています。

 他国に頼るのは、それはそれでいい手なのですけど、でも頼ってばかりというのは問題でしょう。アテにできない時はどうする。保護する能力がない、というのなら諦めもつきますが(ほんとか?)、そんなことはないんだから。もうちょっと頑張ってもらいたいです。

 とかなんとか言ってますが、まあ所詮は個人的で勝手な感想です。無視されても、文句は言いません。

 

 ・在外公館警備

 もともとこの項目は「在外邦人保護活動」のためのものであって、在外公館警備に関する記述は余談めいたものになってしまうんですが…まあ、それはそれとしまして。

 本来、外交官と在外公館は、国際法によって特別に保護された存在です。「外交関係に関するウィーン条約」に基づき、外交官は特権免除という権利を与えられています。その内容は、身体の不可侵、不逮捕特権・裁判権免除、社会保障/課税/役務の免除等々、様々です。その外交官が駐在する外交施設もまた、不可侵の存在です。領事館のような領事機関と関係職員については「領事関係に関するウィーン条約」で基本的な事項が定められており、外交官ほどではないにせよ、それに準じて一定の特権免除と不可侵権を与えられています。特別な存在なのです。

 しかるに、この特別な存在たる外交官・在外公館に敢えて攻撃を加える、という例も、古今ないではありません。近年の有名な例は、1979年のイラン・イスラム革命に伴う在イラン・アメリカ大使館占拠事件、1980年5月の在イギリス・イラン大使館人質事件、1983年4月に発生した在レバノン・アメリカ大使館爆破事件、そして1998年8月に発生した在ケニア/在タンザニア・アメリカ大使館爆破事件、などなど。日本も、1996年12月から翌年4月にかけての在ペルー・日本大使公邸人質事件(※大使公邸も大使館に準ずる特権を持つ)を経験しています。

 本来、在外公館については、受け入れた国の側が、その安寧を維持するためにできる限り努力する事を義務付けられています。例えばの話、日本国内にある外国公館の警備を行う責任は日本にあり、公館を置いている当の国が自前で行うものではない、という事です。これを裏返して考えれば、在外の日本公館を警備する責任は当の領域国にあり、日本が自前で行うものではない。

 とはいえ、背に腹はかえられぬ、とでも言うのか、諸外国の中には在外の自国公館を自前で警備できるようにしている国もあります。日本でも、最近、同様な活動ができないか?という議論がなされるようになりました。

 現在のところ、日本が外国に設置している公館の警備は、従来の原則に従って実施されています。現在(2009年3月現在)在外公館の警備業務を担当しているのは、外務省本省においては大臣官房在外公館警備室。現地の在外公館においては、「在外公館警備対策官」という肩書の職員です。外務省本省職員の他、関係省庁からの出向職員、さらには一部民間警備会社の職員も任命されています。任務は、公館警備計画の企画立案や公館警備に関わる治安情報の収集、現地警備員の指揮監督など(*)。基本的に警備を「要請」する立場の人でありまして、自分で警備を実行するものではありません。という事で、警備専門の担当官といえども非武装であるのが普通。

 在外公館に警備専門の担当官を置く制度がいつから始まったかは定かでありませんが、本格的に配置するようになったのは昭和52年以降の事です。

 昭和52年9月末、日本赤軍が日航機をハイジャックし、いわゆる「ダッカ事件」を起こしました。事件直後、日本政府は内閣官房長官を首班とする「ハイジャック等非人道的暴力防止対策本部」を立ち上げ(*)、各種の日本赤軍対策を策定・実施しますが、この中に在外公館の警備強化も含まれていました(*)。ダッカ事件そのものは航空機のハイジャック事件であり、在外公館と直接の関係はありません。しかし日本赤軍は過去に在外公館を狙ったテロ事件を起こしており(昭和50年のクアラルンプール事件など)、将来のテロに備えた対策として警備強化が打ち出されました。具体策は幾つかありますが、「警備官」と呼ばれる警備担当者を在外公館に派遣する事も含まれていました。

 警備官は、在外公館において、公館の長の指示下に警備体制の企画立案、現地の警備員の指揮監督、および現地治安当局との連絡調整などを行いました。現在の在外公館警備対策官の前身に当たります。主力となるのは他省庁からの出向職員(特に警察庁・防衛庁)ですが、身分は「外務事務官」。また警備官というのは内部での呼称に過ぎず、対外的な公称ではありませんでした。外務事務官としての職階も高くはなかったようで、最下級の外務職員である「外務書記」扱いだったという噂を聞いたことがあります。かつ、警備と言いつつも、当初は銃の携帯などは行わない非武装の要員でした(*)。ただし、後になると「特に危険度の高い状況下にある在外公館警備官に対しては、個々に検討の上、その生命、身体等の安全を確保するため、接受国の法令を尊重しつつ、護身用の武器の携行を認める」(*)例も出て来ます。

 ダッカ事件前、例えば昭和51年の段階では、在外公館に派遣されている警備官は総勢およそ30名程度、職員の出身は外務省の他警察庁と法務省でした。これがダッカ事件後大増員されますが、まず昭和53年度に50名増員される事になり、増員に当たっては警察庁と防衛庁から25名ずつ人員の出向を受けました(*)。またこれに続いて、民間警備会社の職員を警備官として採用・派遣する事も始まりました(*)。この後警備官の人数はゆっくりと増えていき、例えば平成11年の段階では183名に達していました(*)。

 「警備官」が「在外公館警備対策官」に変わったのは平成11年10月の事。「外務職員の公の名称に関する省令」(昭和27年4月22日外務省令7号)が改正され、新たに在外公館警備対策官の名が、在外公館において警備関係業務に携わる外務職員の公称として明記されました。これにより、それまで外務書記扱いだった警備官は在外公館警備対策官に身分を切り替え、正式な肩書としてこの名を名乗るようになります。

 在外公館警備対策官の任務と活動は、既に述べた通りです。ちなみに、在外公館警備対策官の他、いわゆる外交官あるいは領事官も兼ねるのが普通らしい。例えば、平成14年5月8日に脱北者の駆け込み事案が発生した在瀋陽日本総領事館の場合、当時2人いた副領事の内1人は在外公館警備対策官を兼ねていたことが明らかになっています(*)。

 まあ、正直な話、肩書が変わったというものの中身は同じ。しかし人数は大幅に増えていて、平成14年度末で234名、平成15年度定員が245名、さらに予定では平成16年度中に264名まで増える事になっています(*)。また警備と言えば気になる武器がらみですが、非武装が基本である事は既述しました。ただ、警備官時代に状況次第で武器携帯が認められる例があった事を勘案すると、警備対策官も状況(と当人の権限)次第では武器携帯が認められるのかもしれません。

 さて。こうした在外公館警備対策官を中心とした在外公館警備とは、現地で警備員を雇用し、また現地警備当局に警備実施を依頼する、現地で全てまかなう方式です。これに対し、自前の警備部隊を送り込んで自前で警備を行う、というやり方もあり得ますが、これは今の日本ではなされていません。一応、場合によっては日本人警備員が送り込まれる事はあるんですけれども、警備対策官を補佐する目的で送られているに過ぎず、自前で警備を行うための要員ではありません。この補佐要員は外務省からの委託を受けた民間人であり、「警備専門員」と呼ばれています。もちろん非武装。人数もごく少なく、全体合わせてわずか20名しかいません(平成14年度末現在)(*)。在外公館警備対策官本人については状況により武器を携帯する場合もあり得ますが、そうはいっても要は護身用であって、公館そのものを守れるほど重武装で固める訳ではない。

 現在のところ、在外公館が治安上の危機に晒された場合は、現地警備員を増員するか当局にさらなる警備強化を要請するか、さもなくば公館を閉鎖して職員を撤退させます。自前の警備を行わない理由は、幾つかあるとは思いますが、最大の理由と考えられるのが憲法上の制約です。

 憲法9条1項が、戦争と並び武力行使についても「国際紛争を解決する手段」として用いることを禁じている点は既述しました。これにより、日本の人的・物的組織体を海外に派遣し戦闘に従事させる事は原則不可能、そもそも戦闘を想定して海外に派遣する事自体が原則不可能となっているのも、既に触れた通りです。現在、在外公館警備を自前で行うとするならば自衛隊を派遣する事が予想されますが、自衛隊を使うとなるとこの憲法上の制約は避けて通れません。在外公館「警備」という活動の性格上、敵を撃退する事が任務となる訳で、当然ながら戦闘を想定します。かつ、在外公館とは、海外です。

 よく、「大使館は治外法権」あるいは「在外の日本大使館敷地内は日本領土」と誤解してらっしゃる方がいますけれども、これは間違いです。公館の敷地内は、不可侵権の設定でもって領域国当局の干渉から守られているだけで、公館設置国の領土になった訳ではありません。また、領域国の法令遵守義務も定められています。という事ですから、在外公館の敷地内は、あくまで領域国領土のまま。主権はあくまで領域国のものです。また裁判管轄もきっちり領域国に留保されていますから、治外法権とも言い難い。治外法権があるのなら、公館敷地内での行為は、その主体を問わずすべて領域国の管轄から外れることになりますが、実際はそんな事ない訳で。

 つまり、在外の日本公館の敷地内は、あくまで領域国領土のまま。主権はあくまで領域国のもの。日本国の領土になったのではないし、日本の法が排他的にまかり通る場でもない。そこへ警備のため自衛隊を派遣する行為は、海外への自衛隊派遣に他ならない。警備という活動の性格を加味して考えてみると、警備のための自衛隊派遣はすなわち「武力の行使」を前提とした海外派遣であると見られ、憲法違反の疑いなしとしない。現状ではおいそれと実行できません。

 憲法でも禁じられていない武力行使といえば、まず個別的自衛権に基づく武力行使が挙げられますが、在外公館の警備を個別的自衛権で行えるかというと、それは怪しいという結論になります。憲法上、自衛権を行使するにはいわゆる「三要件」(我が国に対する急迫不正の侵害があること/これを排除するため他に適当な手段がないこと/必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと)に該当する必要があります。三要件の中でも、在外公館への攻撃を「我が国に対する急迫不正の侵害」と呼べるかどうか、換言すれば、在外公館への攻撃は、我が国への組織的・計画的な武力に該当するかどうか。この点は、「余り想定できない」とされています(*)。100%該当しないと完全否定されてはいないものの……該当しない気配は濃厚です。

 個別的自衛権がだめなら、別の手はないか。現在のところ、いわゆる「自己保存のための自然的権利」としての武器使用、そして武器等防護のための受動的・限定的武器使用については憲法9条の例外として許されると解されています。またこの他の武器使用も、相手が国又は国に準ずる者「ではない」ことがはっきりしている場合には、(別途立法措置を要することはさておき)憲法上許容される余地があるだろうと見られています。この辺りはどうか。

 これまた、結論から先に言えば、まず無理でしょう。第一の自己保存のための自然的権利とは、まさに読んで字のごとく自分や付近の人間の身体生命を守るためのものであって、施設や区域を守るためのものではありません。第二の武器等防護のための受動的・限定的武器使用は、自衛隊の武器等という日本の防衛力を構成する重要な物的手段を破壊・奪取といった行為から防護するための必要最小限の行為であるがゆえに認められており(*)、外交施設は対象外。第三の例は、国又は国に準ずる者が相手になった場合はどうしようもありません。

 もしかすると、「武器等防護のための受動的・限定的武器使用」の考え方をちょっと引き伸ばして外交施設まで敷衍して、「日本の外交力を構成する重要な物的手段を破壊行為から防護するため」云々とかいって新規立法できたりしないかな……なんて妄想も頭をよぎったりますが……所詮は妄想。

 現状で何か手があるとするなら、それは自衛隊ではなく警察の活用です。自衛隊による武力行使ではなく、警察機関による、警察活動の一環としての警備、という事でもって、警察部隊を派遣し警備を行う。法律上は、できないではありません。まず、外務省が、警察部隊の派遣や警備の実施について接受国から了解を得る。その上で、警察が部隊を派遣する。具体的には、警察法61条に基づく都道府県警察の管轄区域外における職権行使という形で、警備警察官を派出してもらう(警察庁は実働機関をほとんど持っていませんから)。万一の場合の武器使用は警職法に基づいて行う事になるが、これにつき外務省が事前に接受国から了解を取っておくべきなのは言うまでもなし。(*)

 あくまで警察活動である、というところが格別重要で、この辺の理屈をよくよく詰めておく必要があります。憲法9条1項で禁じられている「武力の行使」は、その主体を問いません。自衛隊はもちろん海保や警察であっても、「我が国の人的、物的組織体」である以上、憲法に定める武力行使禁止の制約を受けます。警察を使うという手で行くのなら、憲法に引っかからないようきちんと理論武装しておかなければならない。

 またこの手法の問題としては、本来なら国内機関である警察を、敢えて国外で活動させる点も挙げられます。警察権は統治権に含まれ、その領域国が独占的に行使し得るものであるのが基本ですから、それをさしおいて外国たる日本が警察権を行使する(警察部隊を派遣し警備を行う)のは、国家主権への大きな制肘です。……まあ、自衛隊を派遣するのであっても主権の問題は存在するのですが。でも警察の場合 "統治のための国内機関たる警察" を "敢えて" 出す訳で、そこが響きそうな予感。あとは、警察は自衛隊に比べ武装が軽く、また戦闘訓練も受けていないので、例えば重武装のテロリストが襲撃してくるケースなどを想定すると不安が生ずるかもしれない、というところでしょうか。

 ちなみに。外国における在外公館警備の体制について。有名どころであろう米国の例を挙げてみますと、次の通りです。

 まず、合衆国の在外公館警備を担当しているのは国務省の外交警備局(Bureau of Diplomatic Security / DS)です。これに加えて、国務長官から要請があれば、海軍長官が指揮下の要員を在外公館の警備担当者に指名することになっています。合衆国統一法典(United States Code)を見ると、2008年9月の時点で、Title10 Chapter 41 Section 5983に

Upon the request of the Secretary of State, the Secretary of Navy may assign enlisted members of the naval service as custodians under the supervision of the principal officer at any embassy, legation, or consuluta.

なんてことが書いてあります。また、ここで言及されているenlisted members of naval serviceとは、実際には海兵隊の要員になるようです。海兵隊には海兵隊保安警備大隊(Marine Security Guard Battalion / MSGB)という部隊があり、同大隊のWeb Pageには

The Marine Security Guards primary mission is to provide internal security services at designated U.S. Diplomatic and Consular facilities to prevent the compromise of classified information and equipment vital to the national security of the United States of America.

とありました(*)。10 U.S.C. Sec.5983に謂うcustodiansとは、MSGBのMarine Security Guardsである模様。それにしても、外交施設である大使館・公使館はともかく、領事施設である領事館まで海兵隊で警備ができるようにしてあるとは恐れ入りました。

 この規定による公館警備は、日本国内でもしっかり行われている模様。昭和27年に外務省が米大使館への海兵隊員の配属に同意しており、昭和48年の時点で10名の海兵隊員が在日米大使館内の保安・館内の秩序維持に当たっていることが明らかになっています。「外交関係に関するウィーン条約」上の身分は「役務職員」。外交官ではないので、特権免除の範囲も外交官よりは狭くなります(ウィーン条約第37条第3項)。また、海兵隊員ではありますが大使の指揮下にあり、給与も国務省から出ていることから、安保条約・在日米軍地位協定の適用もなし。(*)

 海兵隊員が実際に警備に当たっているとなると、ではどういう武器を持っているのか?というところが気になります。しかるに残念ながら(?)、この点は明らかではありません。ウィーン条約上、外交使節を派遣する国は接受国の法令を遵守する義務を負いますが、その一方で大使館には不可侵権があります。仮に、接受国=日本の国内法で所持・携帯等が禁止されている武器弾薬類が大使館内に貯蔵されていたり、海兵隊員が大使館内でそれらの武器弾薬を所持・携帯して活動していたとしても、日本側が大使の同意抜きにそれを確認することはできない。(*)

 またこの他、海軍長官の下にあるnaval serviceの要員だけにとどまらず、陸軍の要員も在外公館における警備活動に一部協力している/いた……という話もあります。かつて、レバノンの首都ベイルートの米国大使館には陸軍特殊部隊の隊員が派遣されており、その任務は要人の警護で、派遣に際しては国務省職員の身分を帯びていたとか何とか(*)。

 日本の場合、これまで在外公館の警備実施に当たり、自前の警備部隊を派遣して警備陣を敷いた事はありません。とは言え、それは自前の警備ができないからではなく、やっていないだけで、現状でも警察を使えばなんとかならないこともない。特殊部隊まで狩り出すアメリカほどではなくとも、やろうと思えばそれなりのことはできます。

 自前で在外公館の警備ができた方がいいのかどうか、よくは分かりません。ただ、在外公館の中でも大使館/公使館は外交の拠点ですから、紛争地でも強力に外交を押し進めるのだとなると、自前での警備ができた方が安心といえば安心かも。あと、在外公館の不可侵権を利用し、当地に在留する自国民を公館に避難させ保護する……というのはしばしばある話です。こういうケースも考えると、いざという時は少々なりとも自前で警備できた方が安心感はありましょうか。

 

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