警備担当裁判所事務官

 

 前項では、立法機関=国会において秩序維持に当たる職員であるところの衛視について見てみました。立法が出たんなら司法も、という事で(?)ここでは、司法機関=裁判所において秩序維持に当たる職員について見てみます。

 まず、裁判所や裁判官には、法廷における秩序維持のため、妨害排除の権限が与えられています。法廷における裁判所・裁判官の職務の執行を妨げたり、「不当な行状」をなす者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、または処置を執ることができます。いわゆる法廷警察権(裁判所法71条)。また、他の法律にもとづき裁判所・裁判官が法廷外で職務を行う場合についても、類似の内容が定められています(同72条)。

 しかるに、退廷命令その他秩序維持・妨害排除の命令を裁判官等が下したとして、相手が素直にそれに従わないような場合はどうするか。手立てはとりあえず3つ。まず第一は、裁判所職員に命じて執行させるというものです。裁判所法上、法廷警察を行う裁判官等は、必要な「処置を執る」ことができるとされていますから、例えば廷吏などに命じ、当人を法廷の外につまみ出すなり何なりさせる。

 第二は、警察の手を借りるというものです。裁判所や裁判官には、こうした法廷秩序維持・妨害排除のため、警視総監・道府県警察本部長に対し警察官の派出を要求することができるとされており、派出された警察官は裁判長または裁判官の指揮を受けて行動します(裁判所法71条の2)。場合によっては、裁判の開廷前にあらかじめ派出を受けることも可能。ということで、法廷や法廷外での職務執行が荒れそうだという時には、警察官を出してもらい、いざとなったら法廷警察を行う裁判官等がこの警察官を指揮し、退廷や妨害排除を執行するというものです。

 第三は、審判妨害罪(裁判所法73条)の適用。裁判所法71条・72条違反の罪には1年以下の懲役もしくは禁錮または1000円以下の罰金が科されることになっています。検察官の起訴があれば、審判妨害のかどで罪に問うことができる。

 しかしながら実際は、これだけではなかなかうまく行きません。法廷警察権の執行といっても、とりあえずその場で妨害を排除できるというだけで、組織的・計画的に妨害されると、その都度妨害を排除するだけではなかなか法廷の秩序が維持できません(*)。1人退廷させてやっと静かになったと思ったら今度は別人が騒ぎだし、その人間もどうにか退廷させたらまたまた別の人間が騒ぎ出し……。

 さらには、命令執行のため裁判所職員が出向いても、椅子にしがみついて離れようとせず、なおも大声を上げ続けたり。あるいは相手が傍聴人の中に紛れ込み、裁判所職員から逃げ回りつつなおも騒ぎ続けたり。しかも、命令を執行するため裁判所職員が追って来ると、騒いでいる人間に傍聴人が加勢し、肩を組んだりして裁判所職員の邪魔をしたりetc(*)。

 警察官の派出を受けた場合も同様で、基本的には、命令を執行するのが裁判所の職員ではなく警察官になったというに過ぎません。場合によっては、公務執行妨害で逮捕というようなこともあり得るかもしれませんが、それは結果としてそうなったというだけであって、「妨害があればその都度排除」という法廷警察の基本形は変わりません。しかも、要求すればいつでも必ず大勢の警察官が来てくれるとも限りませんし。

 審判妨害罪の適用も、容易ではありません。これを適用するとなると、刑事事件にするということですから、まず検察官の起訴が要ります。裁判所が自らの判断で起訴、という訳にはいかない。しかも、処理にもそれなりの手続きを要しますし、控訴・上告されるとそれだけ時間もかかります。そのせいか、(かなり古い話で恐縮ですが)労働争議や共産党のいわゆる「火炎瓶闘争」で公安事件が多発した昭和20年代後半、法廷の荒れ模様に比して審判妨害罪の適用例は極めて少なく、昭和27年6月の時点で73条の適用例は累積わずか3件であったということです(*)。

 そんな状況に対処すべく定められたのが「法廷等の秩序維持等に関する法律」(法廷秩序維持法)と、「監置」という処分です。国会提出時は「裁判所侮辱制裁法案」という名前でしたが、衆院の委員会審査で名称・内容が修正され、現在の形になりました。

 現行法(平成22年7月現在)では、まず2条において、「裁判所又は裁判官(以下「裁判所」という。)が法廷又は法廷外で事件につき審判その他の手続をするに際し、その面前その他直接に知ることができる場所で、秩序を維持するため裁判所が命じた事項を行わず若しくは執つた措置に従わず、又は暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動で裁判所の職務の執行を妨害し若しくは裁判の威信を著しく害した者は、二十日以下の監置若しくは三万円以下の過料に処し、又はこれを併科する」と定めています。

 同条に定める行為があった場合、裁判所は、その場で直ちに、裁判所職員又は警察官に行為者を拘束させることができます。その後、実際に監置・過料の制裁を科する場合は裁判を開きます(法廷秩序維持法3条)。

 ここでいう「秩序を維持するため裁判所が命じた事項」とは、裁判所法71条に基づく命令を指し(*)、法廷警察に従わない者は監置などそれなりの制裁が科されることになります。しかしそれが全てではなく、「暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動で裁判所の職務の執行を妨害し若しくは裁判の威信を著しく害」した場合にあっては、裁判所法71条に基づく命令抜きで法廷秩序維持法上の処分が下されることもあり得ます。

 身柄を拘束された人物は、24時間以内に監置の裁判にかけられるか、そうでない場合は釈放(法廷秩序維持法3条)。制裁を科する裁判を後日に回したり(行為があった日から最大1ヶ月以内・同4条)、制裁が監置ではなく過料という場合がこれに当たります。ちなみに各地方裁判所には、拘束した人物の身柄を押さえておくための「仮監置室」が設けられているそうです。寝台や寝具も備えているということなので、さながら裁判所専用の留置場(*)。

 制裁を科する裁判はなかなか独特です。まず、監置・過料は刑罰ではなく「秩序罰」とされ(*)、それを科する裁判も刑事裁判ではありません。検察官の起訴は必要なく、裁判所が自らの発意で行うことができます。手続きも簡略で、刑事裁判なら必須となっている証拠調べ(刑事訴訟法292条)は、その必要があるときに「することができる」とされるにとどまります(法廷秩序維持法4条)。理由は、制裁の対象となる行為が、裁判官の面前その他その他直接に知ることができる場所でなされた、明白なものであるから。証拠調べも必要でないような明らかな行為に対し、専ら裁判所の威信の保持と司法の健全な運用の保護のため、裁判所・裁判官が自身の発意に基づき速やかに制裁を下す、という趣旨です(*)。

 さてここで、拘束に従事する人々について。警察官は分かるとして、「裁判所職員」とは何者か。裁判所職員とは、裁判官を除く裁判所事務官・書記官・調査官・廷吏〜のことを指しますけれども、具体的に事務官なのか書記官なのか調査官なのか廷吏なのかetcといった部分は、法文上限定がかかっていません。よって法律上は、裁判所職員である限り、誰が違反者の身柄拘束に従事しようと別に構わないという事になっている模様。しかし実際は、警備や秩序維持に従事する裁判所職員というのは決まっています。(と言いますか、決まっているという事を教えてもらいました)

 裁判所は最高裁判所を頂点に高裁、地裁、家裁、簡裁などが存在しますが、中でも地裁の事務局に、警備を担当する部門があります。大体は、総務課に置かれる警備係がそれに該当し、ここに警備を担当する裁判所職員が配置されています。俗に「法廷警備員」。

 法廷警備員は、身分としては裁判所事務官ですが、一般的な事務官とは異なり(*)、他の事務部門に異同したりはせずほぼ一貫して警備畑のみを歩む(※補職解除された場合は別)という、かなり特殊な事務官です。そもそも採用からして特別で、聞いた話では、裁判所事務官3種の採用枠中に警備担当者の枠が設けられているとのこと。やあ、これは、裁判所事務官と言いつつ実質は「裁判所お抱えの警備員」といった存在ですね。

 この要員が配置される警備担当部署は、先にも書いたように地裁の事務局にある警備部門です。具体的には、またまた古いデータで恐縮ですけれども、昭和40年代後半の時点で高裁所在地(東京・大阪・名古屋・広島・福岡・仙台・札幌・高松)が中心となり、このほか一部地方の裁判所(静岡・神戸・山口・熊本など)に配置されていたことが分かっています(*)。裏を返せば、高裁や家裁には警備要員が置かれていないという事。これではいざという時不都合な気もしますが、裁判がらみでなにか問題が起こりそうな時にはあらかじめ警備要員を地裁から応援派遣する、という形で対処しています(*)。

 人数は昭和45年3月の時点で100人。その後、70年安保や成田の関係で法廷が荒れたことから、45年度当初予算でさらに100人増員され、定員200人になったことが分かっています(*)。もっとも、増員分の採用は結構難航したらしく、およそ4分の1は既存の裁判所職員を法廷警備員に振り替えることで充当し、また一部の裁判所では警察官を新規に採用(警察への復帰を前提にした出向ではない)した例もありました(*)。

 その後の推移は不明ですが……昭和57年の時点で既に、法廷警備を要する「要警備事件」は、事件全体から見ると非常にわずかである、と言われています(*)。また後述する通り、この時期になると法廷秩序維持法に基づき監置の制裁を受けた人物も大きく減っています。さらに、似たような警備畑の人で、庁舎警備を担当する守衛という職の人がいますけれども、こちらは現業担当の「技能労務職」に属していることも手伝い、近年削減が進んでいます(*)。警備をめぐるこの辺の状況から想像するに、法廷警備員も、減員されこそすれ増員はなされていないような。

 警備といえば気になる装備の方面も、はっきりしたことはほとんど分かりません。相手を取り押さえたり連行したりするために、特殊警棒なり手錠なり何かしら得物を持っているのかどうか、定かではありません。防御面では、平成5年に法廷警備員の殉職事件が発生(※後述)した際、最高裁において法廷警備員に防刃ベストなどを配布したいという話が出たそうです(*)。しかるに、その後この話がどの程度進展したのかは残念ながら不詳。

 ところで。裁判所で秩序維持に当たる職員といえば、古くから「廷吏」という肩書の人がいます。裁判所法第63条により、廷吏は、法廷内において裁判官の命ずる事務に従事します。内容は裁判の進行に係る事務で、法廷内での号令かけや、書類の授受、証拠物の運搬、呼び出しや取次ぎなどなど。裁判の際には法廷内に必ず、最低1人はおり、また法廷内の秩序維持にも従事します(*)。法廷事務の専門家で、裁判所事務官とは別扱いの官職でした。

 しかるに現在では、廷吏は実質廃止の方向に動いているようです。聞いた話では、今では廷吏職としての採用もなくなり、裁判所事務官が兼ねてやるのが普通らしい。……肩書がそれっぽいので、当初ここは、ずばり「廷吏」と項目名立てて書いていましたが。今となっては昔話。

 かくして法廷の秩序維持を担っている警備担当裁判所事務官・法廷警備員。法廷の秩序を乱したかどで、これらの要員によって拘束される人間は年間どのくらい出ているのでしょうか。これは、身柄を拘束された人の数そのものは分からないのですが、監置の制裁を受けた人物については、各年の『犯罪白書』に数字が出ています。

 まず、法廷秩序維持法が制定されたばかりの昭和27年は2人。その後しばらく1桁代が続き、昭和42年から人数が増え始めます。特に44年以降は顕著。昭和45年に至っては、男性1,075人、女性83人の合わせて1,158人!が監置に処されています。46年以降も、若干減りはしたものの3桁代の年が続き、昭和50年代に入っても毎年300人近い人間が監置監置監置。まあそれでもピーク時に比べればだいぶ減っています。昭和57年には2桁代になり、それ以降は一気に急減。1桁代か、多くてせいぜい十数人という程度です。

 これを書いている時点で最も新しい平成21年版の『犯罪白書』では、ついに監置に処された人数の記載が消えました。そういえば新聞などを見ても、ここしばらく、「裁判を妨害したかどで法廷警備員により拘束」なんて記事を見掛けた記憶はありません。

 ただ、だからといって法廷警備員がヒマを持て余しているかというと、決してそうではありません。イデオロギーに基づき衆をたのんで裁判を妨害するケースは激減したものの、刑事事件で被告人が、自分に不利な証人が出廷したのを見て危害を加えたり(*)、民事事件で当事者の一方が、裁判所内で相手方に危害を加えたりする例もあります(*)。また、平成20年の少年法改正で、被害者等による少年審判の傍聴が可能になりました(少年法22条の4)。家裁で少年審判を行う際に用いられる審判廷は狭く、その分、不測の事態が起こる可能性というのも高まります(*)。法廷警備員の出番です。

 原告なり被告なり証人なり傍聴人なりが加害の意志を持っている場合、止めに入る法廷警備員にも危険が及びます。実際、平成5年には法廷警備員が殉職する事件も起きました。東京地裁で、民事事件の被告の男性が原告の女性を襲って連れ去ろうとし、その際、取り押さえようとした法廷警備員を登山ナイフで刺したという事件(*)。表に出ることは滅多にないものの、だからといってのほほんとやれる楽な仕事でないことは、この一件だけを見ても明らかです。

 

Special Thanks to:ギンガさん


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