公安調査官

 

1.公調基礎編

 平成9年1月、公安審査委員会は、オウム真理教に対する破壊活動防止法の団体規制規定の適用申請を却下する決定を下しました。公安調査庁が団体規制手続きを始めてより約2年。世間を騒がせた破防法騒動はひとまず終わりを告げました。

 法務省外局、公安調査庁。この一連の事件でこの官庁の名前と存在を初めて知ったという人も多かったようですね。その知名度の低さをなんとかカバーするだけの働きもしようという心積もりか、一連のオウム事件では大いに張り切ったようです。しかるにせっかくの団体規制請求は却下され、一時は公調もはやこれまで… とも見えました。

 ところが、と言うべきか。破防法団体規制請求却下から一転勢力拡大を始めたオウム真理教を規制するため、平成11年末に新たな団体規制法である「無差別大量殺人を犯した団体の規制に関する法律」が制定されました。その新法の執行官庁として、公安調査庁は警察と並びその名を連ねたのです。公調起死回生、と言うか転んでもタダでは起きませんね。

 破壊活動防止法をそもそもの存立基盤に据える公安調査庁は、その名の通り「公安調査」をほぼ唯一の任務とするかなり特殊な官庁です。調査結果によっては上記のように法に基づいた規制請求をする訳なんですけど、しかし現実にそこまで到ったのはオウム事件が初めてです。それまでは、ただひたすら公安、つまりは治安情報の収集をして来たというのが現実でした。情報収集官庁だから、普段目立たないのは当たり前と言えば当たり前なんですけどね。

 一応年末に『内外情勢の回顧と展望』という資料集みたいなのを出してはいるんですが、何分内部資料なもんですから外の目には触れにくく、情報収集の成果すらも目に付きません。うん、ますます目立たない。

 その公調、職員定数は約1600。霞ヶ関の本庁をトップに、地方に公安調査局8、さらにその下に調査事務所43という陣容です。大体、各都道府県に1つは局なり事務所なりがある計算になりますかね。で、こうした第一線で情報収集に当たっているのが公安調査官です。庁の職員の内どのくらいが調査官なのかまでは調べがつきませんでした。失礼!

 ちょっと考えればすぐ分かる事ですが、公安情報、治安情報の収集ですから、仕事の内容が警察の警備セクションの情報収集任務とほぼ重なるんですねー。わざわざ重なる任務に1500人以上もの人員と多額の税金を注ぎ込むメリットは何なのか……。法務省に言わせれば「警察だけに権限を独占させておく事はない。」という事ですが、効率悪いような気もするんですけどね……。現に、末端における警察と公調の情報源の取り合いには凄まじいものがあると聞きます。うん、偉い人のお考えになる事は今一つ分かりません。(^^;

2.公調応用編

 以下、公安調査庁についてもう少し見てみましょうか。大本はさかのぼれば戦後すぐに設けられた内務省調査局に行き着きます。内務省ですから、もともとは警察と同系統の組織であった訳です。内務省調査局は昭和21年8月に設置され、任務は旧軍需物資の処置を始めとして幾つかありますが、最大のものは勅令百一号なる法令に基づく「進駐軍の占領目的に敵対する団体の調査・解散指定」です。戦後すぐとあって、内務省調査局の調査によって解散させられた団体はすべて軍国主義的・超国家主義的な主張を行う、言わば極右団体でした。

 昭和22年に内務省が解体される時、調査局は総理庁内事局第二局を経て昭和23年2月、新設の法務庁(後に法務府)特別審査局として再出発しました。もともと内務・警察の系統だった本機関が法務・検察の系統に移ったのはこの時です。法務府特別審査局の任務は、前述勅令百一号、さらにはこれを改正した団体等規制令に基づく「軍国主義的、極端な国家主義的、暴力主義的及び反民主主義的団体の調査・解散指定」です。時代の流れからか調査対象は極右と限らず、この頃にはむしろ左翼勢力の調査・監視がメインとなっていたようです。本局が団体等規制令を発動して解散させた団体も、左翼団体でした。

 ところで、特別審査局にせよもともとの内務省調査局にせよ、拠って立つところの法令はいわゆるポツダム勅令です。時の連合軍の命令により制定された「罰則付き政令」であり、国会審議を経て成立した「法律」ではありません。従って、講和により日本占領が終わり命令の出所である連合軍が撤退すれば、効力を失う性質のものでした。そこで講和後も引続き特別審査局の機能を受け継ぐために、新たな法律が必要となりました。その法律が破壊活動防止法であり、またそれを根拠法令として設けられたのが公安調査庁です。

 昭和27年に公安調査庁が設置されると、そこの職員には特別審査局の職員がほぼ横すべりで収まりました。以降、彼らは破防法に基づく調査活動を半世紀近くに渡って継続して来ました。しかるにその間調査結果に基づいた団体規制請求がなされる事はなく、オウム事件でなされた初めての請求は却下され、あわやと思いきや、新しい権限を獲得してどうにか生き残っているというのは上記の通りです。

 こうした公安調査庁の情報収集について。現在公安調査庁が行なっている情報収集は、大きく分けて2つあります。

  1. 破壊活動防止法に基づいた、団体規制に関する情報収集。
  2. 新団体規制法に基づいた、団体規制に関する情報収集。

 「団体規制に関する」情報収集であるというところがミソで、公調の調査活動は、単に調査報告すれば事足れりとするものではなく、後々の団体規制を見越してなされるものです。なので、「公安調査」庁とは称すれど、本当は調査さえしてりゃいいってもんではありません。

 まずは、破壊活動防止法関連から。破壊活動防止法によると、「暴力主義的破壊活動を行なった団体」は、「継続または反復して将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行なうおそれのある場合」、規制措置をかけられます。具体的には、公安調査庁長官の規制請求に基づいて公安審査委員会が審査を行ない、審査が通れば、次に挙げる規制のいずれかが適用されます。

  • 6ヶ月を越えない期間での、団体活動の制限。(デモ行進や集会の禁止、機関誌の発行禁止、など)
  • 活動制限では危険を除去できないとみられる場合、あるいは活動制限への違反があった場合、団体の解散

 これらの規制に関して公安調査官は、必要な調査を行なう事ができます。規制に関する必要な調査とは、当該団体への規制の必要性を立証するための証拠集め、及び団体規制がかけられた後きちんと処分が守られているかどうかの調査です。もっとも、現在のところ破防法による団体規制はただの1度も発動されたことはないため、後者の調査は未だなされたことはありません。

 続いては、新団体規制法関連です。平成11年に成立したばかりのこの法律によると、「無差別大量殺人行為を行なった団体」について、将来さらに無差別大量殺人に及ぶ危険があると認められる事実がある場合、規制措置をかけられます。こちらもやはり、公安調査庁長官の請求に基づいて公安審査委員会が審査を行ない、審査が通れば規制が実施されます。具体的には、以下のいずれかになります。

  • 3年を越えない期間での観察処分。(公安調査庁に対する団体の役職員名・資産状況などの報告、公安調査官による立ち入り検査、など。期間更新あり。)
  • 観察処分では危険を除去できないとみられる場合、あるいは観察処分への違反・妨害があった場合、6ヶ月を越えない期間での再発防止処分。(財産取得の制限、土地・建物の使用制限、団体加入勧誘の禁止、など)

 これらの規制に関して公安調査官は、やはり、必要な調査を行うことができます。規制に関する必要な調査とは、これまたやはり、当該団体への規制の必要性を立証するための証拠集め、及び団体規制がかけられた後きちんと処分が守られているかどうかの調査です。この調査を行うに際しては、破壊活動防止法の調査関係条文が準用されることになっており、調査手法は実質破防法に基づくそれと変わるところがありません。

 このような情報収集の対象となる相手は、結論から述べてしまうと、破防法ないし新団規法に引っかかってそうな(と公調が認識した)団体です。具体的には、オウム真理教ことアレフだの、左右両翼の過激な団体だの……。上にも書いたように、警察の警備セクションとおもいきりかぶっちゃう領分です。ただ公安調査庁の場合、実際に調べる相手について本庁の方であらかじめ「調査対象団体指定」というものを行ない、調査官は主にこれで指定された団体についての情報を集める事になっているようです。別に法律でそう決まっている訳ではないですが、内規でそう決まっているとか。まあ確かに、のべつまくなしに網を広げるよりは、こうしてあらかじめ相手を見定めておいた方が効率良いといえば良いですか。

 ところで少し考えれば分かる事ですが、ここで指定を受けたという事は、つまりは暴力主義的破壊活動なり無差別大量殺人行為なりを実行していそうな容疑団体だと公調が正式にみなした事になる訳です。さしずめブラック団体リストみたいなもの、とでも言いますか。で、実は破防法の規制に関する「調査対象団体」の中には、合法政党であるはずの日本共産党が含まれております。なぜ……なのかについては、下にリンクを張っておきましたー。

 ただ付言するならば、調査対象を指定するということの意味は、情報を集める対象を絞るということであって、実際に調査活動を行う相手を絞るということではありません。前出各法による調査は、 "規制に関する必要な調査" であることから、規制のために必要とあらば調査活動の相手を広く見積もることも不可ではなさそうに見えます。ここから、対象指定団体と関係ある(と公調がみなした)他団体や個人も実際には公調の情報収集対象となっています。その団体に規制請求を行なうつもりはないけど、対象指定されている "本命" 団体の「危険性」を側面から立証するために必要な情報収集とかなんとか、具体的にはそういう理由付けになるんでしょうね。

 また当然の事ですが、何かの形で破壊活動に関与したと疑われるような団体が新たに現れれば、言うまでもなくそれらの団体は「内偵調査」を受ける事になります。ただしこの段階での調査は、「対象団体」に対する正式な調査ではないため(内偵の結果疑いが深まれば調査対象指定をする訳ですから、当たり前ですね)、後述するように正式な調査とは若干趣を異にします。

 さらに。調査対象指定団体・指定団体の関係団体に対する調査/疑わしい団体に対する内偵調査の他にも、各法の団体規制とは全く関係なく展開する一般的な公安関係調査というのもあります。法に明記してあるところの公調の任務とは、あくまで「団体規制に関する調査」であり、こういった一般的な調査活動までもが明確に記されている訳ではありません。そういう訳で、公調がこうした手広い調査を行なう事については批判的な意見も強くあったりします……が、これについても細かい話は後述。

 さて。では、以上述べたような調査活動において、公安調査官はいかなる権限を行使し得るのか。実際に調査をする際の権限についてです。「泣く子も黙る公安」みたいな言い方をよくされるんですが、警察なんかと比べてみるに公調の法律権限というのはさほど強くありません。一般的に強制力を伴った調査活動はできず、ほとんど任意に限られます。だから、基本的な調査手法は調査対象者を尾行したり、張り込みで監視したり、団体の集会などの視察内偵、あるいは機関誌やパンフを入手するとか市販の新聞・雑誌で関係情報を集めるとか。「協力者」からの情報、というのも一応任意収集された情報になります。ざっと挙げればこういうもの。

 市販の新聞雑誌で情報収集というのは要するに記事スクラップなんですけど、こんなもので信頼できる情報を集められるのかどうか。他人が集めた情報なので厳密な意味での信頼性には欠けるだろうけれども、一般的な判断だとか行動の端緒・きっかけに利用するのならまずまず使えるという話も聞きます。ただ、当たり前ですが、裁判の証拠になる程の厳密性はありません。そういう訳で、団体規制請求の際の証拠として新聞記事を出されても「それはちょっと…」となるのでした。

 また張り込み・尾行というのは、単なる対象の動静監視だけでなく、場合によっては会話の秘密録音、対象の秘匿撮影みたいな事をしもするそうな。公認ストーカーというかなんというか…まあ、相手になにか不利益を強制したりいやがらせしたりしてる訳ではないので、バレない限りは任意調査だとか、そういう事ですか。(苦笑)

 「協力者」とは、要するにスパイの事ですけど、強制調査権を持たない公調はこれを情報獲得手段として非常に重視しているという事です。例えば警察なら、何か事件があれば令状を取っての捜索差押、あるいは逮捕しての取り調べ、といった事が可能です。こうした強制捜査は任意調査の結実・事件捜査の山場であると同時に、重要な情報獲得手段でもある訳で、現に警察は任意調査と強制捜査を織り混ぜ多彩に情報を収集しています。しかるに公安調査庁は、そういう真似ができません。そこで公安調査庁に残された最後の(?)手段が、つまりは協力者を通じた情報獲得という訳です。まあこれも、実質はともかく形式は相手の「協力」によるものであると、よって一応は任意調査の1手段とされています。

 破防法の調査対象指定団体に対する調査、および対象団体に関連する他団体・個人の調査では、以上挙げたような手段が大活躍します。一方、内偵や一般調査では事情が少し違います。内偵や一般調査の段階では、調査を行うにしても、相手の秘密を侵害する可能性のある活動を行うには必要性や合理的根拠といったものが不充分です。という訳で、相手の個人的プライバシーや団体の秘密保持権などを侵害する可能性がある調査手段は、たとえ任意とはいえ利用してしまうと、法的に問題が出て来そうです。先に挙げた中で該当しそうなのは、会話の秘密録音や秘匿撮影、協力者工作、さらには組織的で大掛かりな尾行・監視活動などでしょうか。

 さてこうしてあれやこれやと調査するんですが、場合によっては、任意だけにはとどまらない、もう少し強い権限を行使しての調査もできます。すなわち、各法の団体規制に関し調査をする場合において、公安調査官には、警察等の行なう強制調査に立ち会う権限・警察等の捜査機関に証拠閲覧を求める権限が与えられています。公調には強制権がないので、代わりに司法警察機関の持つ強制力を間接的に借りちゃおうと、そういう訳ですね。

 うまく使えばなかなかいけそうな規定ではありますが、実際これを使うとなると公調側も本腰を入れる必要があり、使う相手も当然に調査対象指定団体という事になります。現にこの規定を利用したのは、私が知っている限りでは、オウム事件の時だけです。この時公安調査庁は自ら調査し、破防法にもとづく団体規制をかけるための資料集めをした訳ですが、その他この規定を利用して検察庁から容疑者の調書(検察官面前調書)を借りています。

 なおこの他、調査活動とは少し趣が異なりますが、似たような活動として、新団規法のところで挙げた観察処分があります。まず、前述の調査活動で団体の危険性が確認されたなら、公調長官は公安審査委員会に対し団体の「観察処分」を申請します。この申請が受理されれば、公安調査官が当該団体を監視する訳です。具体的には、引続き団体の調査を行い、さらに必要とあらば団体の所有する建物へ立ち入って検査し、中にいる人に質問し、また資料提出を受けることができます。

 この立ち入り検査に令状はいりませんが、同時に公調側に強制執行権もありません。例えば相手が扉を閉じたまま立ち入り検査に応じない、という場合。公調は強引に扉を破るなんて事をしてはいけません。「調査妨害のかどで告発しますよ」「解散させられても知りませんからね」と言って相手に考えさせるのです。消防の原因調査や、税務署の税務調査、公取委の審査などと同じ、罰則で効力を担保するいわゆる間接強制というやつです。調査官自らひっかき回すのではなく、相手の「協力」を得てやる調査、という訳で、法的にはこれでも任意調査の範ちゅうに入っちゃう。ですから、最初に書いた通り令状は必要なし。

 平成12年2月1日、公安審査委員会は、元オウム真理教・現アレフに対する公安調査長長官による観察処分請求を認可しました。これを受けて、同2月5日、公調は警察と合同でアレフに対する初めての立ち入り検査を実施しました。その日の公安調査官のいでたちは、「公安調査庁」の白字ロゴが入った青いスタッフジャケットに、同じく白字で「PSIA」のロゴが入った紺色のキャップ。失礼ながら、私の目から見るにお世辞にもスマートとは言えませんが、でもPSIAキャップだけはちょっとばかり欲しいかも… なんて事はどうでもいいですね。失礼しました。(笑)

 この立ち入り検査報道の映像の中に、固く閉ざされた門の前に立った一調査官が、「え〜、公安調査庁です。立ち入り検査に参りました。誰か出てきて下さい」とのたまう場面がありました。検査する側が「誰か出てきて」と頼む。こういうセリフが出てくるのも、任意調査という形式のなせる技。

 最後に、公調の行う情報収集活動とそこで用いられる手段の関係について、今一度ごく簡単に表にまとめてみます。

  1. 破防法・新団規法に基づく団体規制に関する調査

     法に基づく正式調査として、場合によってはプライバシー侵害のおそれある手段をも含め、各種手段の行使が認められる。任意の手段としては尾行・監視活動、秘匿撮影、会話録音、協力者工作など。また特別な手段として、警察等司法警察機関が行う捜査への立会い、司法警察機関への証拠品閲覧申請(破防法・新団規法)、観察処分(新団規法)がある。

  2. 容疑団体に対する内偵調査、あるいは一般公安調査

     一般調査活動であり、プライバシー侵害のおそれのある手段は使用できない。使用可能な手段は、公表された資料の収集、簡単な面接や聞きこみ、小規模な尾行、長期に渡らない張りこみなど。

 以上、公安調査官関係の「当たり触りのない話」でした(笑)。もう少し突っ込んだ話が読みたい方は、下記のリンク内容を御笑閲下さいな。

 
 
主要参考資料;
『警備情報活動に関する裁判例 増訂版』 編;警備研究会 刊;立花書房 1963
『破防法 日本を揺るがした400日』 編;北原斗紀彦・田原裕 刊;時事通信社 1997
『戦後治安体制の確立』 著;萩野富士夫 刊;岩波書店 1999
『溶解する公安調査庁』 著:半田雄一郎 刊:現代書館 1999
『オウム真理教の実態と「無差別大量殺人を行った団体の規制に関する法律」の解説』 編著;治安制度研究会 刊;立花書房 2000

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