映画の話

 

 映画の話。故伊丹監督作品「マルサの女」のお話です。2じゃなくて、初代の方ね。

 監督がなんでこんな映画を撮ろうと思ったのか、興味あるとこですねえ。大体、日本映画では実力で治安を維持する機関といえば警察、たまに検察が出て来る程度で、マルサなど顧みられる事すらなかったのに……。エンターテインメントでマルサが主人公で、しかもかなりきっちり出来てて面白いってのは、この作品が初めてじゃあないですか? 国税庁も公開当初から大喜びでPRに使ってますしね。はい。

 私としてはこの勢いでマルサだけでなく麻取だの入管だの税関だののお話も作って欲しくありました。もちろん、二番煎じ三番煎じになるおそれはありますけどね。でも税関なんて、コントロールドデリバリーねたでやると結構迫力あってよろしいのではないかと思われます。まあ、伊丹監督が故人となられた今では、ただの戯れ言でしかありませんが。

 さて閑話休題。きっちり描いてあるだけあって、一つの事件の話ながらマルサというのがどういう組織で何をしているのか、よく分かる映画でした。ここでは映画を材料に、査察に関する具体的な話を少ししてみたいと思います。また、よく出来たとは言え、作中ほんの少しながら首を傾げるような場面もありました。まあ、完全にデタラメだって訳じゃなくて、「慣例上それはやってないみたいですよ」って程度なんですけど。それも、ここで并せて指摘してみたいと思います。

1.東京国税局査察部が実施

 主人公さんが栄転した先は、確か「東京国税局査察部」でしたっけ。国税庁で査察を担当しているのは、本庁調査査察部、東京国税局の査察部、他各国税局の調査査察部です。ここしばらく本庁の調査査察部自らが査察実施に乗り出す事はなく、現場活動はすべて各国税局に任されています。

 査察部設置当初の昭和20年代には、本庁御大自ら査察に駆け回る事も多くありました。しかし現場業務に熱中するあまり本庁のそもそもの任務たる下部組織の指揮監督が不十分になっておる、という批判が高まりまして、最近では本庁はもっぱら監督業務に専念しているというのが実情のようです。

2.1人の査察官が内偵から強制調査までの全過程に関与

 作品中、主人公は対象となったラブホテル経営者の査察について、内偵から査察着手までその全てにタッチしていました。これは、実際にはやってない事だそうです。と言っても「絶対やっちゃいけない事」ではなくて「慣習上、内偵担当と査察担当とに分かれています。1人の査察官が始めから終りまで全過程にタッチする事は実情としてはありません。」という、その程度だそうですが。

 ちなみに主人公も所属していたところの東京国税局査察部では、部員およそ450名が内偵班と実施班に各200名ずつ振り分けてあるようです。内偵班は情報班とも呼ばれ、査察総括第1課長の下、情報を管理して内偵調査を実施します。実施班は査察総括第2課長が指揮し、内偵班の調査結果を引継いで強制調査を行い、証拠品や帳簿類を押収・分析して検察へ告発します。

3.内偵での地味な資料収集、24時間の監視…

 作品中では、脱税しているラブホ経営者は、脱税の証拠書類を自分の愛人に処分させていました。ほんとは焼き捨てるなりシュレッダーにかけるなりしないといけないんですが、愛人はずぼらして、これをそのままゴミに出してしまうのです。張り込みでこれをつかんだ主人公ら査察官は、わざわざ処分場まで出向いてゴミを漁り、書類を見つけて狂喜乱舞…という場面がありました。

 まあ、これは一種誇張した表現でしょうけど、しかしある種本質を突いたものと言えなくもないようです。実際ゴミ漁りをして端緒をつかんだという話は聞いた事ありませんが、警察ばりの24時間張り込みはざらにやっているようです。強制調査のためには脱税で手に入れた現金・有価証券、証拠となる帳簿のありかを探し当て、その流れを監視しないといけません。容疑者を、気づかれないように24時間監視するのは、内偵の地味ながら重要な一手です。

 脱税摘発というと、ついつい事務所で埋もれる程の書類を分析して摘発するものだと考えそうになりますが、それだけではないよという事で。しかし、頭脳労働に加えて肉体労働も要るとは、なんともハードワークな仕事場ですねん。

4.ガサ入れその後

 映画のクライマックスは、ガサ入れでした。ラブホ、銀行、愛人宅、自宅に一斉に捜索が入り、そこで裏帳簿やら、裏口座メモやら、書類偽造用の印鑑やら、証拠品が出るわ出るわ。しかしその中で、たった1つ出ないものがありました。それは脱税で貯めこんだはずの現金、あるいはそれで買ったはずの証券などの貴重品類です。脱税摘発の最大の証拠となるものです。帳簿や印鑑はあくまで状況証拠、決定的最終的な証拠は、「たまり」と呼ばれる、これら脱税で得た金や貴重品類です。しかしそれが出てこない。なんたること、あわやこれまでか、と思われたその時…。あのシーンは圧巻でした。

 これをクライマックスに、映画は終幕へ向かいます。なかなかすっきりする終わり方でした。が、実際はこれで査察が終わる訳ではありません。内偵班から仕事を引き継いだ実施班は、強制調査するだけでなく、そこで得た資料を分析します。そうして脱税の全貌を明らかになって初めて、追徴課税額や重加算課税額が算出され、また検察へ告発できるのです。

 この資料分析は「ブツ読み」と呼ばれます。文字通り、押収してきた帳簿からメモから各種書類から何から、部屋を埋める程の「ブツ」を読んで読んで読みまくる。そうして、脱税の具体像を浮かび上がらせていく訳です。

 ざっと書くとこんなところ。知ってて見ると、一段と面白く見られる……のかな? どうでしょう。

 

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