1. 行刑基礎編 刑務所・少年刑務所・拘置所を合わせて行刑施設と呼びますが、ここには監獄法の適用がありますので、監獄と言えば行刑施設のことを指します。刑務官の務める先も、この監獄こと行刑施設です。しかし、21世紀の平成の世でも監獄という名称がしっかり生きてるんですねえ。 「監獄・分監の長及び特に指名されたその他の監獄職員」というのが、特別司法警察職員たる刑務官としての正確な記述になります。監獄・分監の長たる者はそのまま直ちに司法警察職員として指定されますが、その他に彼らを補佐する部下職員として監獄では3名、分監では監獄に準ずる数の刑務官が同じく特別司法警察職員に指定されます。その数は総勢1300名程、管轄する犯罪は「監獄及び分監における犯罪」です。刑務所で悪いことすれば刑務官につかまる。当たり前……かな? 行刑施設の数は全国合わせて74箇所、これらは8つある矯正管区のいずれかに属しており、その全ての頂点に立つのが、東京霞ヶ関は法務省矯正局です。務める行刑職員は全体でおよそ1万7000名余りで、この内、刑務官はおよそ1万5000名になります。刑務官は階級職員でもあって、その階級は別表の通りです。ところで以前、矯正副長以上の階級については、施設・職階の格付けと実際の階級をうまくリンクさせるのが難しいという理由から実際には発令されていませんでした。かなりもったいない話ですが……最近では改められましたでしょか。
さて行刑施設というものは自ら表に立って治安維持に邁進するというよりは、逮捕された容疑者や犯罪者を収監する "後始末" な施設であります。しかもそこでの生活はうるさい程きっちりした規則に基づいており、ついでに監視つきです。まあ、行刑施設への収監は大抵の場合罰なので、受刑と更正を兼ねた規律正しい生活に服するのもやむを得ず… と言うのは理屈。実際のところは、在監者のだれしもが大なり小なり不自由感とイライラ感を持っている事でしょう。 こうして見ると、行刑施設では、在監者が不満をつのらせて騒動を起こす可能性が常にあると言えます。これを防止し懲戒するため刑務官には各種の取締りの権限が与えられており、犯罪捜査権もその1つです。 刑務官には、もともと監獄法に基づき施設内の規律違反を罰する権限「戒護権」や、武器を持つ権利などがあります。普通規律違反があれば戒護権で懲戒したり、武器で鎮圧したりするんですが、それにとどまらず犯罪として捜査・送検するとなると上記特別司法警察職員たる刑務官の出番になります。戒護権がある事や不断に警察業務を行う機関ではない事から、誰もが司法警察職員である訳ではないのでした。 2.行刑応用編 行刑応用編です。ここからは趣味の領域です(笑)。行刑施設内で行われる業務はそれこそ種々ありますが、治安維持と関係が深いのは、秩序維持業務、通称保安業務です。この行刑施設内の保安体制について、少しくご紹介致しましょう。 まずは、行刑施設の内部組織から。
行刑施設は部制を基本としていますが、医務課だけは部に属せず独立している事が普通です。大規模施設でもない限り、部長を置くほどの事はないのでしょう。また、各施設の支部施設として置かれている刑務支所・拘置支所については、本所に準じて課が置かれています。これら諸部局の中で保安を任とするのは、処遇部です。 総務部内は課制であるようですが、処遇部内は専門官制になっています。部長の下には処遇担当と作業担当の首席矯正処遇官がいますが、この内処遇担当が保安を担います。処遇担当首席矯正処遇官の下には、数名の統括矯正処遇官が担当任務ごとに配置され、その下に複数の主任矯正処遇官、さらに一線の刑務官がいます。各官の階級は、首席矯正処遇官が看守長あるいは矯正副長、統括矯正処遇官は看守長、主任矯正処遇官は副看守長あるいは先任の看守部長になるようです。 いわゆる刑務官の大半はこの処遇部に所属しており、こうして見ると、刑務官の任務とはまさに保安、すなわち施設内の規律秩序の維持にあると言っても過言ではないかもしれません。 さて、処遇部以下の刑務官が普段の秩序維持業務を行っているんですけれども、その中身は大きなものから小さなところまで実に様々です。細かくなってしまうんですが、以下に代表的なものを挙げてみましょう。
こうした各種の予防措置にも関わらず在監者が暴れるだとか大声上げるだとか秩序違反行為に及ぶと、実際に強制力を行使して鎮圧に当たる事になります。この場合、やめろと言って制止するとか、暴れている人間の手から凶器を取り上げる、抱きとめる、とりあえず座らせる、といった一般的な制止・抑止の行動をとる他、戒具・武器の使用ができます。 武器については後で述べることとして、ここでは戒具について触れます。戒具とは、暴れたり、あるいは自殺や逃走のおそれのある在監者をとりあえずおとなしくさせるために使う警備用具で、鎮静衣・防声具・手錠及び捕縄の4種類があります。 鎮静衣は、着用すると両手と胴体を布でぐるぐる巻きにしたような具合になって、動きがとれなくなります。防声具は、茶碗みたいな形をした覆いを口にはめて、文字通り大声を出せなくするものです。いずれも、とりあえずおとなしくさせるには丁度良し。双方とも、戒具としての効果は高いものの、着用者の受ける苦痛も大きいため、鎮静衣については十二時間、防声具については六時間を越えて使用する事は原則禁止となっています。なお、鎮静衣については現在使用されていないという事でした。 比較的使用の易い戒具としては、手錠と捕縄。捕縄は、相手を縛ったり腰に結わえたりして逃げられなくするもので、要は縄です。手錠は、金属の手錠と革手錠の2種類があります。金属手錠については、想像つくと思います。手錠と聞けば頭にイメージ浮かぶであろう、両手にはめるいわゆる手錠です。革手錠は、平成14年に名古屋刑務所で起こった受刑者への暴行事件でちょっと名が売れてしまいました。革ベルトと、そこに手首を固定する腕輪から成っていて、これを着けると腰のところに手首が固定されうまく身動き取れません。鎮静衣ほどではないにしろあまり人道的な戒具ではないという事で、法務省からの通達により、平成11年以降はなるだけ使わない方向で進んでいます。 こうした戒具は、特別の場合や緊急時は別ですが、原則として所長の命令に基づいて使用します。手錠の使用も所長命令でというのは少々驚きですが、しかし緊急時には刑務官判断で使用可能なため、極端に使用に支障をきたしているという訳ではないらしいですね。ちなみに特別な場合というのは、構外出役や出廷、移送などで護送されている時の事です。護送中は手錠と捕縄のいずれか、または双方が必ず装着されます。他の戒具については、防声具は護送中使用はできますが実際には使われておらず、鎮静衣は護送中の使用が禁止されています。 さて、規律違反に関係して戒具の話をしましたが、かような規律違反には懲罰がついて来るものです。刑務所には監獄法に基づき、規律違反者に対して懲罰を与える事ができます。一番軽い懲罰である口頭での叱責から、一定期間図書閲覧や運動を禁止したり、労務の賞与金を減らしたり、独居拘禁させたり、いろいろあります。もっとも、これは刑罰とは違うので、前科が増えたり刑期が延びたりする訳ではないのでした。 規律違反の内容が凶悪で度を越しているとなると、規律違反のかどで戒護権に基づく懲罰を課すのではなく、そいつはもはや犯罪だという事で特別司法警察職員が捜査→送検・起訴となります。これで有罪となれば、前科は付きますし、場合によっては刑期も伸びるかもしれない。 もっとも実際のところ、ここまで至る事案はそうそう多くはなく、また「矯正」という施設の性格上、警察業務を専門に行っているのでもありません。刑務官によって検挙・送検される事案が年平均何件ほどあるのか、詳しい事は不明なのですが、例えば平成6年中の数字を出してみますと、その年間の刑務官による検挙送検者数は「70名」となっています。そんなに多い数字ではありません。そういう訳で、犯罪捜査をする場合には、特別司法警察職員である「監獄・分監の長及び特に指名された監獄職員」がその任に当たり、誰も彼もが捜査権を持ってるのではないと。 なお、刑務官の捜査権についてちょっと補足。この捜査権の及ぶ範囲は「監獄・分監における犯罪」です。捜査対象は、在監者とは限定されておらず、誰であろうと「監獄・分監における犯罪」を行えば、検挙の対象になります。面会に来た一般人や、身内の刑務官だって例外ではありません。近年の例をちょっと挙げてみますと
などなど。こういった例があります。 こうした戒護権や犯罪捜査権は、原則として塀の外には及ぼせません。勿論塀の内側で第三者による犯行がなされて犯人が外に逃げた!というような場合は別でしょうけど、しかし基本的に刑務官の権限は塀の内側で行使する事を前提として定められているものなのです。1つの例外を除いて。 その1つの例外が、逃走した在監者を逃走後48時間以内に限り連れ戻す権利、です。刑務官の権限として塀の外に力が及ぶのは、これだけです。逃げたら連れ戻すのは当然の話で、まぁ当たり前と言ってしまえばそうですが。 それにしても「逃走後48時間」というのはいかにも短そうですが、さにあらず。実際には逃走者は割とパターンな行動を取るらしく、48時間でけりが付く事が多いようです。何でも行刑施設には在監者の家族親類友人恋人等々、関係者のリストが備えられていて、そのリストに載っている箇所を張り込んでおれば逃走者は大体姿を現すとか……。なるほどねぇ。 勿論、この場合も「連れ戻す権利」であって逮捕するのではなく、規律違反のかどで懲罰を加える事はできても、そのままでは犯罪として立件起訴はできません。そうするためには、やはり特別司法警察職員たる刑務官が捜査し、証拠を集め直すのです。 以上、戒護や犯罪捜査や、色々様々保安業務について書いて参りました。これらの保安業務は、通常は保安課の職員が行うのでありますが、では通常ならざる時はどうするんでしょう? そういう時は、そういう事態に対応すべく編成された部隊が出動・活動します。刑務所も、そういった部隊を持っているんです。
緊急時には上記の部隊が出動し事態鎮圧に当たる他、矯正管区長による指揮統制が行われます。また緊急警備用として、各行刑施設には緊急自動車が配備されています。 最後に、刑務官の武装についてお話しましょう。刑務官は職務遂行に当たり武器の使用が認められています。武器とは、つまり銃のことで、拳銃と小銃があります。銃に加え以前は剣も装備されていましたが、昭和28年の刑務官服制改正の際に廃止されました。また武器ではないですが、武器に準ずる警備用具としてガス銃と警棒があります。 ガス銃が武器ではなく警備用具と位置付けられているのは、殺傷を第一目的として使用されるものではなく催涙ガス弾を利用しての「規制」を目的としたものだから──という理由によってです。ただ使い方次第では(例・近距離でガス弾水平撃ち!)充分に殺傷力があるため、取り扱いには武器並の注意を要し、その携帯に当たっては所長の許可が必要です。騒擾の鎮圧に効果大なのは、本場警察の機動隊と同じです。昭和29年から導入が始まり、モノの本によると大型ガス銃・小型ガス銃の2種類が整備されているとの事です。またガス弾は、中距離用・近距離用・小型という3種類に分かれているとの事でした。 警棒ももちろん武器ではありませんが、やはり使い方次第では相手に怪我させるため、警備用具ながらも武器に準ずるものと定められております。表門警衛、巡警に際して携帯が認められる他は、所長が必要と判断した戒護勤務の場合に携帯するものとされます。先にも挙げた矯正定期報告規程によると、第一種・第二種・第三種という3種類の警棒があるそうです。どういう違いがあるのか、ちょっと気になります。 拳銃・小銃についてですが、拳銃はS&W38口径リボルバーだそうです。細かい形式までは分かりませんでしたが、まぁ基本ですね。小銃の方は分かりません。しかしモノの本には「拳銃・小銃を装備し現在は主に拳銃を整備」とありますから、一応持ってはいるんでしょう。前掲矯正定期報告規程にも、定期報告すべき武器類として「けん銃」と並び「小銃」が挙げてあります。また実際、戦前から戦後すぐにかけては旧陸軍の四四年式騎銃を装備していました。これを戦後買い換えたかどうかの確認は取れていませんが、でもモノの本には「人質を取っての逃走事件対策のため高性能狙撃銃が必要」なんて書いてあります。また、Internet上の噂だと、暴動対策にショットガンを装備しているなんてのも……もちろん未確認ですけれどもね。しかし、もしかすると意外にしっかり買い換えてる可能性もある!? 続いては、こうした銃の携帯と使用についてです。基本的に銃は必要時のみ携帯、例外的に常時携帯を許可する場合アリ、となっていますが、拳銃と小銃では細かいところで条件が微妙に異なっています。 まず拳銃について見てみましょう。拳銃の携帯条件としてはまず
と、定めてあります。「監獄官吏ニ銃ヲ携帯セシムルノ件」という明治時代の勅令から引っ張ってきた文章なので用語がいささか古いですが、司法大臣とは法務大臣、典獄とは刑務所等行刑施設の長のことを指します。で、この司法大臣→法務大臣が、銃の臨時携帯について「特に定めたる場合」としては、現在
と決まっております。またこの他、構外出役や出廷などで護送中の場合について
ということになっております。 一方小銃の場合、携帯条件は厳しいもので、常時携帯は許されず臨時に所長命令で携帯できる時があるのみとなっています。その携帯条件は
と決っています。 こうして見ると、門番や施設内巡回、構外出役の見張りを行う刑務官は常に拳銃を持っていてよい、それ以外のイザという時は所長命令で銃を携帯、という事です。まあ、いずれも明治・大正時代の勅令や司法省令、司法省監獄局や行刑局通牒で定められた古ーいものなのですけど、いまだに生きています。 さて、以上は法律上の話でした。実際はどうかと言いますと、最近の刑務官は、勤務中は基本的に丸腰だそうです。警棒さえもあまり持たないらしい。十分な量の武器弾薬警備装備を保有してはいるが日常的に携帯してはいらっしゃらないとかで、これが日本行刑の、1つのウリでもあるようです。 そして最後は、使用・発砲について。発砲については、治安維持話のところで披露したように昭和28年以降実務上発砲はありません。銃の使用条件は監獄法第20条で定めてあり、ちょうど銃の臨時携帯条件の2から5までと符号します。
に、使用できます。在監者が暴行を働いたり凶器を持っていたりする際などに使用が許可されるという事ですね。ちなみにこれは刑務所構内に限った話ではありません。護送や出役で構外にある時でも銃の携帯ができる事は既に触れました。この時、刑務官の監督下にある在監者が上記の行為に及べば、やはり銃を使用することができます。 銃を使用する際には、まず相手方に対し銃を使用する旨警告する必要があります。また、緊急時を除き、原則として所長あるいはその代理たる上官の指揮を受けて使用します。また、事態に応じて合理的に必要とされる範囲を守って使用しなければなりません。特に小銃の場合は、発砲するにしても最初の3発は空砲を使用することが求められています。厳しいですね。 発砲が威嚇にとどまらず相手に危害を与えてもやむを得なくなる場合というのは、きっちり定まっていませんが、正当防衛/緊急避難に該当する場合の他は「戒護上武器を使用する他方法がないと信ずるに足りる相当の理由のある場合」に限られると解されます。……しかし、これは分かりやすい表現ではないですね。銃の使用については、例えば警察官等職務執行法にも規定がありますが、こちらでは相手が凶悪犯(具体的には懲役3年以上の罪に該当する場合などなど)である場合になら危害を加えるような発砲も許される、というように具体的に決まっています。これに較べると、刑務官の発砲許可条件はいかにも具体性に欠けているような。 なお、以上の銃使用規定はいずれも「在監者」に対して武器を使用するに当たっての基準です。第三者に対しては、正当防衛・緊急避難の場合以外には武器を使用できません。ですから、例えば外部から侵入者があったとして、その連中が武器もて刑務官に襲い掛かって来たとすれば、正当防衛として銃の使用ができるでしょう。しかし彼らが在監者をさらってさっさと逃げ出したとすると、待てといって背後からばんばん撃ったりはできません。 そういう訳で、1970年代左翼過激派による刑務所襲撃・在監者奪取の可能性が真剣に憂慮された時は、法改正も検討されたとか。しかし改正されぬまま事態は推移し、今に至っています。最近は改正話はとんと聞きませんが、どうなったんでしょう。 |
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