郵政監察官等

 

 明治時代に生まれて以降長らく行政が行ってきた郵政事業、その監察官であります。戦後、郵政省設置と同時に特別司法警察職員として発足し、公社化後の2003年・平成15年4月より郵政公社が同事業を実施する事となっても、なおその権限を保って来ました。しかるに2007年・平成19年10月、郵政公社は民営化・4分割され、これに伴い監察も役目を終えることとなります。昭和24年に生まれてより60年になんなんとするその歩みは、いかなるものであったでしょうか。

・行政機関時代

 話の始まりは戦後から。終戦時、郵便含む郵政事業は逓信院という行政機関が担っており、後に逓信省、さらには郵政省へと受け継がれて行きます。名前は色々変わりますが、行政機関である事に変わりはありません。当然、郵政事業も国家の行政活動の一環として実施されて来ました。この時期の監察官は、紛れもない行政機関の監察官です。平成13年1月の行政改革で郵政省は消滅し、郵政事業は総務省外局郵政事業庁が引き継ぎました。それに伴い郵政監察官は郵政省から郵政事業庁に移りましたが、しかしこの時も、実施主体はまだ行政機関です。

 その後平成15年4月にいたって、郵政事業庁は公共企業体の日本郵政公社となり、監察官も公社に移りました。郵政事業の実施主体は大きく変貌しましたが、しかし監察官の権限に大きな変化はありません。長年行政機関の監察組織として存在して来たものが、そのまま横滑りで存続した……という見方も、まあ出来ないではない? ともあれ、公社時代に入ってからの話は後で改めて致しますので、ここではこれまで。

 ところで。監察官といえば、省庁ならば大抵のところにはいるものです。しかるに監察官といっても、普通は内部での調査権があるという程度で、よそにまで手を伸ばせる強い権限を持つ事はまずありません。しかし郵政監察官は別で、限定的ながら司法警察権を持っています。司法警察権あるいはそれに類する権限まで持った監察官といえば、警察と海保を除けば国税庁監察官くらいですから……やはり税金だ貯金だといって現金を扱う官庁になると、そこら辺りは厳しいのでしょうか。

 当時の郵政監察官は郵政省設置法第26条(平成13年の行革後は郵政事業庁設置法第4章)にもとづいて置かれていました。人数は700名以下、管理職経験者の中から、郵政大臣(平成13年の行革後は総務大臣)が任命します(*)。取り扱う業務は、監察官の名の通り「郵政業務の監察」として業務の考査を行い、また郵便物に事故があった際の調査もここが実施します。加えて、特別司法警察職員として司法警察権を有し、犯罪の捜査にも従事しました。管区警察学校に送られて教育を受けることもあったそうです。捜査対象は「郵政業務に対する犯罪」。ただし、司法警察権はあっても武装の権限はなく、銃の類は持てませんでした。

 組織構成は、まず本省(本庁)に主席監察官がおり、また地方支分部局として地方郵政監察局、その下に地区郵政監察室がありました。かなり古いですが平成元年の数字を挙げますと、地方郵政監察局は10、地区郵政監察室は48あったということです。(*)

 犯罪捜査だけでなく業務考査に郵便事故調査、という事で、実際の仕事の幅はかなり広いものです。この仕事を監察官だけで手がけるのはなかなか大変というべきで、補佐役として郵政監察官補という職員も置かれていました。設置されたのは昭和32年(*)。監察官補は地方郵政監察局長の指揮下にて業務考査を行い、また業務に関する非違、事故及び利用者の不服申告の調査を行っていました。こうした考査や調査を通じて事故や犯罪の防止につとめるものであり、司法警察権は与えられていませんでした。任用は、選考試験をパスして任用候補者名簿に載せられた者の中から任命していたそうです(*)。とはいえ監察官「補」とある通り、監察官の補佐もやる訳で、犯罪捜査面でもできる範囲で手伝いをしていたとか。人数はよく分かりませんが、聞いた話だと、郵政事業庁時代の平成14年の時点でおよそ250人いたとの事です。

 こうして見ると、犯罪捜査や難しげ怪しげな事故調査については監察官、一般の考査や調査については監察官補、という仕事分けができていた事が分かります。まあ、郵便事故だけとってみても発生件数は年間約8万件といいますから、監察官補がいなくては首も回らなくなりそう。ちなみにそれら郵便事故の内で解決するのは、おおよそ半分程度であるとか。(*)

 さて話を戻しまして、郵政業務に対する犯罪の捜査や、怪しげ難しげな郵便事故調査を行う郵政監察官。その特徴は、やはり何と言っても司法警察権を持っている事です。でもその肝心の司法警察権は、強制捜査に関し捜索・差押・検証などはできますが、逮捕はできませんでした。「郵政監察官は、被疑者の逮捕を必要とする場合は、警察官(中略)に、これを逮捕させなければならない」と定められていたからです。これは、逮捕状請求はできるもののその逮捕状を郵政監察官が執行する事はできず、警察官に代わりに執行してもらわなければならない、ということを意味します(*)。警察官に逮捕してもらった上で、引致を受ける形になっていました(郵政省設置法27条、郵政事業庁設置法14条)。このため、例えば容疑者の取り調べを行おうという時は、警察官の手を煩わせるか、さもなくば任意同行を求めてやるしかなかった訳です。

 なぜこんな面倒な仕組みになってしまったのか……。それを知るためには、監察官設置のいきさつにまで遡る必要があります。

 郵政監察官が設置されたのは、郵政省の設置と同時です。すなわち、1949年・昭和24年の事。この当時の郵政事業を巡る状況というのは甚だ厳しく、簡単に言えば、犯罪が横行していました。郵便物の窃盗は頻発し、また郵便貯金・為替に関する犯罪も同様でした。郵便物の中にある現金や為替の窃盗。貯金や為替を巡る詐欺や横領。カネが絡んでいるだけに重大です。それらが横行し大変な状態であったので、取締りのために導入されたのが司法警察権を有する郵政監察官でした。(*)

 機械とコンピューターで業務処理などまだまだ夢のまた夢だった当時にあって、郵政3事業(郵便・貯金・保険)は一切が人手で処理され、その関係で郵政犯罪には部内の人間が一枚噛むケースも多く見られます。とりわけ、郵便物の抜き取りはその傾向が強いものです。監察によってこれを防止できれば、言う事はない。ここで、逓信院・逓信省の監察部署を見てみますと、その任務は業務を考査する事にあり、関連して犯罪が起こってもそれを捜査する事はできませんでした。一通り調査を行った上で、その後の処理は事業担当の部局に引き継ぎ、そこが告発なり債権の回収なり犯人・責任者の処分なりを行う形になっていました(*)。そこで、司法警察権を持つ新たな監察官の設置が求められたという事です。ただし、その時点で非違・事件が多かったとはいっても、それのみを理由とする当面の措置などではなく、多額の金銭や貴重品を人手に委ねるという郵政事業の特性も鑑みた上で、恒久の措置として監察官が設置されました(*)。

 新たな監察官の設置はGHQの指導によって行われ、昭和21年頃から検討が始まりました。当初は、事業部門から完全に独立した監察部門を設置し郵便事故の申告処理を一手に引き受けさせることが目指され、後に犯罪捜査を行うことも追加されました(*)。それまでは事業部門で担当していた郵便事故処理を監察部門で担当するようになった点もさることながら、監察官に司法警察権を与えたのはまさに「画期的」だった、と当時の関係者は述懐しています。(*)

 しかるに、司法警察権を与えつつも逮捕状を執行できないようにしている理由は何か。これは、ものの本によると、まず郵政監察官が行うのは、専門的知識経験を生かした証拠保全であること。郵政犯罪は知能犯であり、また部内犯罪が多いため、身柄の拘束が必要となる場合は少ないこと。さらに、郵便局には留置場施設がなく、事業の性質上今後も設置は適当ではないこと(*)。GHQからの指示はありつつも、諸事情を考慮した結果「司法警察権あり、ただし逮捕状執行権なし」という折衷スタイルになったらしい。

 こうした、アメリカ型の郵政監察に日本の事情を加味するという例は他にもありました。例えば監察官の人数を700名以内としたは、当時のアメリカ郵政捜査官の人数が800名であったのでこれよりは少なく、しかし犯罪が頻発しているので余り少なくても困る、という事でアメリカよりおよそ1割減の700名に決めたそうです(*)。また、一時は監察官が武装できるようにする話がGHQ側より出ていたらしいのですが、これもなかった事に(*)。GHQと日本当局の綱引きがなされている辺り、戦後という時代の匂いを感じます。

 この郵政監察官が取締の対象とした犯罪は、既に触れた通り「郵政業務に対する犯罪」です。郵便法はじめ郵政事業に関係する諸法令に違反する犯罪や、職員による業務上の犯罪、また郵政サービスを利用するに当たっての不法行為(郵政業務の利用関係において行われた犯罪)を、監察官が捜査・検挙しました。郵便法違反の罪を検挙するのはもちろん、刑法犯のような犯罪であっても、それが「郵政業務に対する犯罪」であれば検挙します。

 例えば、他人の郵貯カードを盗んで貯金を引き出せば窃盗。通帳を偽造して金を巻き上げようとすれば文書偽造と詐欺。あるいは、裏モノのえっち本を封筒に入れて普通郵便で送れば郵便禁制品の差出に当たり郵便法違反。もしくは、他人の手紙をこっそり盗み読みすれば、郵便物の不法開披や信書の秘密侵害に当たり、やはり郵便法違反……etc。こういう行為に及べば、監察官が令状片手にやって来る。監察官とはいうものの、郵政職員だけが相手ではありませんでした。職員が不正行為を働いてとっつかまるのは勿論のこと、外部の一般人であっても、郵便や郵貯や簡保がらみで悪事を働けば監察官に追われました。

 なお、こうした犯罪は、郵政業務の正常な運行を侵害する犯罪、と言い替える事もできます。これは、別な見方をすれば、郵政がらみの犯罪でも業務運行とは無関係なものであれば「郵政業務に対する犯罪」にはならない、郵政監察官の捜査対象とはならない、という事です。具体例としては、郵政職員が、郵政業務とは関係のないどこかよそで犯罪に及んだ場合とか。あるいは、郵便局舎の中で利用者同士がいさかい起こして暴行沙汰になったとか。郵政官署に泥棒が入ったけれど、盗まれたものが職員の私物であるとかetc。これらは、なんとなく郵政に関連してはいますが、郵政業務の運行そのものと直接の関わりはない事件につき、郵政監察官の捜査対象にはなりません。また、郵政職員の選挙違反と贈収賄についても郵政監察の捜査対象から外され、警察の担当となっていたそうです(*)。

 上で挙げたような「郵政業務に対する犯罪」の発生状況は、またまた古い数字で恐縮ですけれども、昭和57年から61年までの5年間で年平均約3,000件発生し、この内およそ65%が検挙されていたとか(*)。もうちょっと新しい数字だと、平成7年の段階で、年間約3,000件が発生し検挙・送検される人は約500〜600名程度だったという話を聞いたことがあります。

・郵政公社時代

 長らく国家の行政活動の一環として行われて来た郵政業務が民営化されたのは、平成15年・2003年4月の事です。そもそも平成13年の郵政事業庁発足が、民営化に向けた措置であったりするのですが、しかしまだ国家行政組織が行政活動として実施する建前は崩れていませんでした。それが、ここに来て消滅した訳です。

 付言すると、民営化といっても公共企業体たる公社となったのであり、また公社職員は公務員扱いで、完全な民間企業となった訳ではありませんでした。とはいえ民営化は民営化。いかに職員が公務員扱いとはいえ、郵政公社自体は行政機関などではありません。官庁でないところになぜ司法警察権を持った監察官がいるのか。

 その理由は、「郵政事業は日常生活に必要不可欠なサービスを提供しておりまして、国民が安心して提供を受けられるよう適正かつ確実な実施を確保する必要性があるということから、それを妨げる郵政事業に対する犯罪につきましては、これは同じく厳正に取り締まっていかなくてはいけない」(*)とされています。端的に言えば、郵政事業の重要性に鑑みて、というという事になるんでしょうか。

 この時期、特に事業庁から公社に至る一時は、郵政にとってはあまりぱっとした話題がありません。高祖憲治参議院議員(郵政キャリア出身)の選挙違反事件に伴う郵政関係者の大量逮捕、利権の臭いが付きまとう特定郵便局と「渡切費」の一件などなど、お世辞にも良いとはいえない。とばっちりは郵政監察にまで及び、一時は郵政の公社化に伴い監察の廃止決定、という報道まで飛び出したほどです(*)。

 そんな中でも、結果として郵政監察は存続しました。で、郵政公社が発足したのは良いとして、郵政監察官はどのように変化したのかor変化しなかったのか。

 まず、設置根拠法規が変わりました。郵政公社の郵政監察官は、日本郵政公社法第63条を根拠として置かれることになります。同条によると、

「郵政監察官は、郵政事業(※公社の行う事業をいう)に関する犯罪、非違及び事故に関する調査及び処理その他郵政事業の適正かつ確実な実施の確保に係る職務に従事する公社の役員または職員のうちから、総務大臣の定める者がその役員又は職員の主たる勤務地を管轄する地方裁判所に対応する検察庁の検事正と協議して指名する者をもって充てる。」

という事で、まあ要するに、郵政公社職員中から、公社幹部と地方検察庁の検事正が協議して指名し任命する、という事です。行政機関時代は、ただ大臣が任命するだけでしたが、公社になり検事正と協議して任命する方式に改まりました。また、行政機関時代にはあった700名以内という人数制限がなくなりました。

 郵政監察官の権限は、「郵政事業に対する犯罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察職員の職務を行う」ものと定められ、これにより司法警察権を行使する職員として活動します。実はこの「郵政事業に対する犯罪」の具体的中身が、行政機関時代と比べて少々変わっているのですが、これについては後述。なお、犯罪捜査のみならず、郵政公社職員の業務考査や、郵便物に事故があった際の調査も実施する事、以前の通りです。武装の権限がないところも同じ。

 監察官補については、公社発足後どうなったか、はっきりした事は分かりません。でも、おそらく存在していたでしょう……という事で、本項とりあえず「郵政監察官等」と銘打っておきました。

 この時期に監察官等が属していたのは、公社の監査担当部局です。公社発足当初は、本社監査部門─全国に10ある地方支社に監査本部─末端に本部監査室10、地区監査室49、という組織構造になっていました。しかるに2004年・平成16年4月に組織改革がなされ、地方支社内の監査本部は廃止、本部監査室も廃止、本社監査部門が各地区監査室を直接指揮する構造になりました。なお、この組織改革の事前発表の段階では監査部門の人員を240名ばかり削減する予定になっていましたので、計画通りであれば人も減っているはずです。(*)

 ところがその後、2006年・平成18年5月に、料金別納郵便を利用しダイレクトメールを発送していた業者に対し郵便局が不正な値引きを行っていたという一件(いわゆる長岡局事案)が発覚します。この事案では、長岡郵便局だけでも不正値引きによる損失が約27億円あった上、同様の不正値引きが全国あちこちの局でも行わていたことが明らかになりました。郵政公社は法令遵守と内部統制の強化を迫られ、そこで目を付けられたのが監査部門でした。同年9月に、内部統制強化のため監査部門の人員を690人増加させるという案が発表されています(*)。240人減ったかと思うと、今度は一気に約700人の増。監察官も増員されたのでしょうか。

 さて、改めまして、既に上でも少し触れたところの、公社発足により変化した「郵政事業に対する犯罪」について。

 郵政監察官が取り締まるのは「郵政業務に対する犯罪」でありまして、文言自体は行政機関時代と変わりません。職員の職務上の非違・犯罪のみならず、郵便や貯金や保険を悪用したり不正を働く行為というのも当然含まれます。が、そこでいう「郵政事業」とは、郵政公社の行う事業のみを指す事となり、公社以外のところで行われる郵便類似の事業は、郵政事業に含まれなくなりました。郵政公社発足に伴って変わったのは、これです。

 郵政公社発足後、郵政監察官の担当は「(郵政公社の行う)郵政事業に対する犯罪」に限定され、公社の事業に関連しないところでは手が出せなくなったのです。折も折、平成14年に信書便法(平成14年7月31日法律第99号「民間事業者による信書の伝達に関する法律」)が公布され(※施行は平成15年から)、公社の他にも郵便類似の事業を行う業者が現れる余地ができました。これら民間信書便事業者は、仕事の中身としては公社の郵便事業とよくよく似たものなのですが、しかるにこれらの業者に違法行為があったとしても、またこれらの業者が扱う信書に関連して犯罪があったとしても、郵政監察官が手を出す事はできません。公社が行う郵便事業ではないからです。

 郵便とは公社の郵政事業の一環たる郵便を指し、それに違反するものを監察官が摘発するのであって、民間信書便事業者による信書の送達は公社の仕事とは関係ないにつき、郵政監察官の管掌からは外れるということです。信書便事業者が信書の不法開披をしたり、あるいは事業者の信書便事業を悪用する者がいたり、あるいは事業者がきちんと配達した信書が誰かに盗まれるという事があった場合。こうした事件を捜査するのは、郵政監察官ではなく、警察でした。

 さらに、郵便類似の信書便事業が生まれた事で、郵便法に謂う「郵便事業の独占を犯す罪」というものも実質的に消滅しました。

 以前は、他人の信書を配達する郵便業務は独り国のみが行うものであり、民間業者がこれを行う事は許されていませんでした。信書とは、郵便法によれば「特定の受取人に対し、差出人の意志を表示し、又は事実を通知する文書」とされています(郵便法5条)。封がなされた封書であるか否かは問いません。信書の内容はプライバシーに当たり、検閲をしてはならず、信書の秘密は通信の秘密として憲法で保護された基本的人権です。よってその送達には国が責任持って当たります。という事なので、例えばモグリの配達屋がいた場合、以前なら、郵政監察官はそいつを郵便法違反容疑でひっ捕まえに行く事ができた訳です。

 しかるに信書便法が出来た事で、信書の配達を、郵便とは別に営利事業として行う事ができるようになりました。信書便事業は郵便法による規制の例外として存在し、郵便法には縛られません。ここに、国家による郵便の独占はなくなり、民間による信書配達を「郵便の独占侵害」として一律に犯罪とみなす枠組もなくなりました。

 一応付言すると、信書便事業を行うには、信書便法に基づき総務大臣の許可が要ります(信書便法6条、29条)。この許可なく信書の送達をすると、これは「郵便事業の独占を犯す罪」になり得ます。郵便法第5条(事業の独占)違反容疑で郵政監察官が捜査でき、有罪となれば3年以下の懲役又は300万円以下の罰金、得た利益は没収!

 ちなみに、こうしたモグリの配達屋を郵政監察官が摘発した事例があったかどうかですが、調べのついた範囲では、郵政省時代に少なくとも2件あった事が分かっています。昭和25年の「ジャパン・エクスプレス・サービス等事件」と、昭和34年の「メッセンジャー高村組事件」。前者では、当時517名いた監察官の半数以上を投入して総力上げた捜査・検挙を行い(*)、後者では、判決後に担当者が本省表彰を受けています(*)。郵便事業の独占侵害は郵便の根幹に関わるという事で、特別力を入れたようですね。時代が下ってからは、こうした事件はないようですが……しかるに信書便法施行以前、大手の運送会社が「メール便」という名目の運送サービスを行っていましたが、あれは信書の送達には当たらなかったのでしょうか?

 こうした「郵政事業に対する犯罪」、行政機関時代には年間約3,000件ばかり発生していた…という話を上で書きました。これが郵政公社時代になると、どういう訳か数字がちょっと増えています。平成14年度には5,137件発生し、この内郵政職員による犯罪は183件で検挙者136人。同様に平成15年度が5,260件/142件・133人、平成16年度が4,485件/151件・127人(*)。年平均4,960件発生している計算になります。

・さらば郵政監察

 行政機関時代から公社時代まで、戦後すぐから21世紀まで。時の荒波を乗り越え半世紀を越える歴史を持つ郵政監察にも、終焉はやって来ます。

 郵政監察が終焉に向かう歩みは、郵政民営化の歩みでもあります。郵政事業といえば、かつての中曽根内閣・土光臨調の際に改革が志されたいわゆる「三公社五現業」の一つです。中曽根内閣の時には手が付かなかったものの、時代は下って平成の世に至り、ついに郵政事業の民営化がなされることになりました。

 いわゆる橋本行革により郵政省は廃止され、2001年・平成13年1月に総務省の外局として郵政事業庁が発足しますが、これは民営化に向けた第一歩でした。郵政事業庁設置法は、その附則において「郵政事業庁は、中央省庁等改革基本法(中略)第33条第1項に規定する郵政公社が設立された時に、廃止されるものとする」と定めており、そう遠くない将来に消えることをあらかじめ予定していたのです。監察が廃止されることこそありませんでしたが、郵政事業そのものは既述の通り2003年・平成15年4月に公社化。これで、郵政事業は国家の行政活動から公共企業体の事業へと変わりました。

 そこからさらに先、公共企業体から完全民営化へと話は進んで行きます。おおまかな道筋を付けたのは、経済財政諮問会議(内閣府設置法18条に基づき設置された政策会議)の審議結果でした。これに基づき、「郵政民営化に関する有識者会議」が設けられ、さらに細かい詰めが行われていきます。この有識者会議は、内閣官房郵政民営化準備室が民営化の具体案や必要な法案の作成等の業務を行うに当たっての助言機関(私的諮問機関)という位置付けの組織で、設置の根拠となったのは平成16年4月26日付の同準備室決済「郵政民営化に関する有識者会議の開催について」です。

 有識者会議で細部にわたる議論が続いているさ中の2004年・平成16年9月、「郵政民営化の基本方針」が閣議決定され、内閣に郵政民営化推進本部が置かれます。有識者会議もこちらに移り、平成17年4月には郵政民営化関連法案を推進本部にて了承・決定。いよいよ国会での法案審議が始まります。しかるにこの関連法案は、衆院は通過したものの参院で否決され、これを契機に衆院解散・総選挙となりました。世にいう「郵政解散」の一幕です。選挙明けの平成17年9月、国会に再提出する郵政民営化関連法案が推進本部で改めて了承・決定され、翌10月には国会を通過し成立、公布されました。11月から郵政民営化法の一部が施行され始め、前述の推進本部は、閣議決定によるものは廃止となり、新たに同法に基づく郵政民営化推進本部と郵政民営化担当大臣が内閣に設けられることになりました。

 民営化法の公布から2年間は、民営化の準備期間です。基本的には公社のままですが、同時に政府全額出資の「日本郵政会社」が立ち上がり、民営化を準備します。民営化の開始は2007年・平成19年10月から。例の日本郵政会社が傘下に「郵便事業会社」「郵便貯金銀行」「郵便保険会社」および「郵便局会社」を設立し、それぞれ事業・資産・職員を公社から承継することで公社は消滅します。ただ、事業4社の株は日本郵政会社が持ち、その日本郵政会社は政府全額出資なので、厳密には完全民営化という訳ではありません。さらに平成19年10月から10年間は移行期間であり、移行期間終了(平成29年10月の予定)時には、郵便貯金銀行と郵便保険会社は独立、郵便事業会社と郵便局会社のみが日本郵政会社の傘下に入り、かつ日本郵政会社の株式は3分の1が政府保有、残りは上場公開という運び。これで郵政の民営化は一応の完了を見るということになっています。

 こうした流れの中、平成19年10月の郵政公社の消滅と共に郵政監察も姿を消しました。郵政民営化関連法の中には郵政監察に関する特別な規定は存在しなかったため、同関連法が施行されると監察官は司法警察権を失います。かつて、国鉄の分割民営化に際し、鉄道公安職員が警察に移って鉄道警察隊の母体となったのとは異なり、郵政監察官についてはそうした措置は取られなかったのです。

 先に、事業庁から公社へと移るに当たり、郵政事業の重要性を根拠の一つとして郵政監察の必要性が語られていたことを記しました。しかし公社から日本郵政及び事業4社へと移るに当たっては、こうした論理は持ち出されませんでした。

 郵政民営化の内容について細部の詰めを行ったのは、前述の通り郵政民営化準備室(後に郵政民営化推進本部)の助言機関「郵政民営化に関する有識者会議」です。ここは2004年・平成16年5月以降およそ半年間にわたり活発に会合を開きましたが、監察に触れることはほとんどなかったようです。

 有識者会議の会合で監察が議題に上ったのは、平成16年10月29日に開催された第16回会合の時だけで、内容も実にあっさりしています。議事要旨を読んでみると、有識者一同「監察は廃止でいいと思います」でさらりと流して終わり。廃止か存続か第三の選択かで議論になった気配すらありません。会合の際の配布資料には、同じく公共企業体内で犯罪捜査権を有し活動していた旧鉄道公安職員の例も載せてありましたが、一顧だにされていないような。(*)

 国会でも状況は同様です。民営化関連法案の審議にて監察が話題に上ったのはわずか1回、「郵政解散」前に、参議院の特別委における法案審査でちらりと取り上げられたっきりです(*)。選挙後の新法案の審議では、話題にすらなっていません。

 衆議院解散まで引き起こした郵政事業の民営化に比べ、最後はまるで忘れられたかのようにひっそり消えていった郵政監察……。個人的には、鉄道公安よりも、専売公社の監視部門が消え行く様とダブって見えました。さらば郵政監察。

 おしまいはよもやま話。郵政監察官のエピソードという訳ではないんですけれども、郵便がらみの治安という事で、ちょっとした話題などでも。

 
 
主要参考資料;
『続 逓信事業史』(第一巻・総説) 編;郵政省 刊;財団法人前島会 1963
『郵政監察二十年』 編;郵政省主席監察官室 刊;一二三書房 1969
『改訂 郵政監察概要』 編;郵政監察研究会 刊;株式会社ぎょうせい 1988
『郵政百科事典』 監修;郵政省 刊;株式会社ぎょうせい 1990

Special Thanks to:物体Xさん


    戻る 前の項へ
        
inserted by FC2 system