航空保安官

 

 2001年・平成13年9月11日のアメリカ同時多発テロは、航空機のハイジャックから始まりました。都合4機が乗っ取られ、うち2機がニューヨークの世界貿易センタービルへ、1機がワシントンDCのアメリカ国防総省に突っ込んだのです。しかるに、ここでもし、ハイジャックを未然に防げていたら。未然防止が無理なら、せめてハイジャック犯の機内制圧ができたなら。そしたらあのテロはぎりぎりどうにか防げたんじゃないか? 現に4機目は、乗客達が自らハイジャック犯を阻止しようとした。結果、当の航空機は墜落してしまったのだけれども、一方その機体がテロ攻撃に使われる事はなかったじゃあないか。

 そこで出て来たのが、航空機に同乗しハイジャックや航空機へのテロを警戒する、航空保安官です。

 航空保安官自体は、エアマーシャル、あるいはスカイマーシャルという名前で以前から存在していました。しかしその活動はどちらかというと低調で、目立たないものでした。それが、この事件を境に注目を浴びるようになったのです。

 航空保安官の雄といえばやはりアメリカになる訳なんですが、アメリカの航空保安官制度が始まったのは1962年です。発足のきっかけは分かりませんが、担当官庁は連邦航空局(FAA)、連邦航空保安官プログラム(Federal Air Marshal Program / FAM)という名称で保安官の養成と活動を行ってきました(*)。ただ、発足当初の60年代におけるFAMの具体的な姿や活動は、明らかではありません。

 1970年に入り、一時FAAは財務省関税局(税関・USCS)と協定を結び、USCSが税関航空公安官プログラム(Customs Air Security Officers Program)という名称で航空保安官業務に従事するようになった事もあります。FAAの属する運輸省とUSCSの属する財務省との間の合意に基づき、1970年10月から始まりました。このプログラムによって税関航空公安官(CSOs)に任ぜられたのは1,784名。バージニア州の陸軍基地フォート・ベルボアで訓練を受け、情報によりハイジャックの危険性が高いと判断された航空便に私服着用・武装の上で乗務しました。(*)

 同プログラムの元、航空保安官にかかる活動はFAAではなくUSCSのCSOsによって担われました。が、このプログラムは1974年6月で終わってしまいます。理由は、国内の空港にX線検査装置が設置されたため(*)。これで航空機内への武器持ち込みが防止できるからということで、廃止されてしまったらしい。

 Customs Security Officers Programが廃止された結果、結局は前の通りFAAがFAMを担う形に戻ります。この1970年代のFAA FAMは、FAAの民間航空安全部門(CAS)に属する要員からの志願者で構成されていました。志願者はFAMプログラムに編入されて所定の訓練を受け、FAM業務を行います。ただし、これは本来の業務と並行して行う兼業でしかなく、しかもボランティアでした。FAA内でFAM専門の職員というのは、まだ存在していなかったのです。

 当時のFAMの活動内容は、情報にもとづきハイジャックの危険性が高いと判断されたフライトに同乗し警備を行った、という事です。危険が予想される便のみ臨時・選択的に警乗したのみであり、恒常的な警乗がなされた訳ではありません。対象路線が国際線国内線のいずれか、あるいは双方なのかは、不明です……が、なんとなく、国内便だけのような気がする。

 1980年代に入ると、当初はフロリダでキューバ難民が航空機をハイジャックする事件(※キューバに帰るため)が発生、また1985年にはギリシャでアメリカの航空会社が運航する航空機のハイジャック事件(TWA847便ハイジャック事件)が発生しました。これにより航空機の安全確保が重要視され、FAMプログラムは拡大します。

 これはタカ派で知られた当時のレーガン大統領からの指令で、運輸省と国務省が協力し、国際線に就航しているアメリカの航空会社の旅客機に武装警備要員を乗せるというものでした(*)。拡張したFAMプログラムは、FAAのCASが担当し、同部の地方事務所(CASFO)要員中からFAMを指名するように決まりました。FAMに指名されたCASFOの要員は、CASの本来の活動を45%、FAMとしての活動を55%の割合で行うものと定めらます。さすがに専従専任ではないけれど、以前のようなボランティアでもなく、正式な指名を受けての活動です。従来CASFOは、空港の保安体制の監察や航空機の検査などを通して民間航空の安全確保を図っていましたが、これにFAM活動が加わりました。

 かくしてFAAの正式な活動となったFAMですが、しかるに1992年。FAMを正式指名する体制は廃止され、またもや、CAS要員が志願してボランティアで勤務する体制に戻ってしまいました。ちょうど冷戦も終わり、左翼テロ集団が「西側帝国主義」への打撃を狙ってハイジャックを起こす可能性は低下しました。パレスチナ過激派組織の活動も収まり気味で、ハイジャック対策の重要性は低まったと考えられたのです。FAMの規模・体制は縮減され、例えば保安官の人数でいうと、同時多発テロ直前の保安官の人数は33名だったそうな(*)。

 同時多発テロの後、民間航空の安全が声高に叫ばれ、FAMプログラムは大拡張されます。規模も警備体制も膨張し、また官庁の担当換えもめまぐるしい。

 まず事件直後、FAAはFAMプログラムを一新し、「前例のない数」のFAM要員を確保する事を目指します(*)。細かい数字は不明ですが、数千人規模での大増強であったようです。しかるに、それだけのFAM要員を即座に確保することは不可能であり、しばらく間、FAAは他の部署からの応援要員でFAMをまかなっていました。まずはUSCSで、125人のSpecial Agentが臨時にFAM業務に従事しました(*)。また司法省でも志願者を募り、250人を越える麻薬取締局(DEA)Special Agentが7ヶ月間FAM業務に携わったということです(*)。

 ところでその一方、テロから2ヵ月後の2001年11月に議会で「航空および運輸安全法」(ATSA)が成立し、同法に基づき運輸安全局(Transportation Security Administration / TSA)が設立されました。TSAはFAAと同じく運輸省の下部機関で、民間航空を含む運輸機関の安全確保を司ります。安全確保専担の官庁が出来た事で、FAM任務はFAAから新設TSAへと移りました。(*)

 2003年3月、TSAは運輸省から新設の国土安全保障省に移ります(*)。同省はアメリカ国内の対テロ安全保障を一手に引き受ける官庁であり、航空機テロ・ハイジャック対策を担うTSA・FAMも新設省に引き抜かれた形です。さらに同年11月、FAMはTSAから分離し、国土安全保障省の入国・税関執行部(ICE)に移りました(*)。が、運輸安全を包括担当する官庁からFAMだけを切り離す事には支障があったらしい。2005年7月にはFAMをTSAに戻す方針が発表され(*)、同年10月にFAMはICEから再びTSAへと戻されました(*)。

 同時多発テロから4年少々で100倍にもなろうかという規模拡大、そして4度に渡る組織改編。こうも急激に動けばひずみも出ようというものです。当初FAMの活動は、保安官の訓練体制や、セキュリティ・クリアランスの確保、また任用された保安官の勤務スケジュールの混乱などで問題を抱えていたらしく、一時かなり批判の対象ともなりました。今はどうかな。

 現在(2007年1月)、FAM業務を担当しているのは、TSAのFAMS(Federal Air Marshal Service)です。FAMSは全米に21の地区事務所を起き、ニュージャージー州アトランティックシティに訓練学校と本部を置いています。保安官の人数は数千人、正確な人数は機密!だそうです。装備の詳細も不明ですが、拳銃はSIG SAUER P-229を採用しています(*)。以上の体制で、国内線国際線を問わず警乗従事中。

 さて、以上はアメリカの話でした。じゃあ日本はどうかと言いますと、日本の場合、航空機への同乗警備を専門に行う航空保安官のような存在はありません。しかし、航空機の警乗業務自体は存在しています。専門の航空保安官を設けるのではなく、他の機関=具体的には警察に業務を任せており、警乗するのは警察官です。

 日本でいわゆるスカイマーシャルが本格的に始まったのは本当につい最近、平成16年12月からの事です。これを書いている時点(平成19年1月)で、まだ2年とちょっとしか経っていません。生まれたての新制度。

 スカイマーシャルの必要性そのものについては、大きなハイジャック事件の度にあれこれ議論が行われて来ましたが、なかなか導入には至りませんでした。昭和45年3月末に日本初のハイジャック事件、いわゆる「よど」号事件が起こると、警備要員の乗務の可否は早くも議論になっています。当時の橋本登美三朗運輸大臣は、一時「航空公安官といいますか、そういう者を私は乗せる義務を与えてもいいんじゃないか」「やはり飛行機の公安官というものをやっぱり法律で規定してほしい」「こういう措置をほんとうに急速にやってもらう必要を私は心から痛感いたします」とまで言っており(*)、また野党の民社党・公明党からも積極意見が出ていました(*)が、しかし導入に踏み切るまでには至りませんでした(*)。

 時代は下って昭和52年10月、ダッカ事件が発生し再び航空機への警備要員警乗が検討課題になったものの、導入見送り(*)。もちろん平成13年9月のアメリカ同時多発テロ事件後も、警乗の可否が論じられましたが、結果は見送り(*)。事件と議論を経つつ、日本ではスカイマーシャルの導入は見送られ続けたのですが、しかしそうも言っていられない時がやって来る。

 2002年・平成14年、韓国・日本FIFA W杯の開催に伴いテロ対策をどうするかが問題となりました。時あたかもアメリカ同時多発テロ後、テロ組織アル・カイダの拠点があると目されたアフガニスタンには多国籍軍が攻撃をかけ、報復のテロ事件発生も予想されました。アメリカ同時多発テロの事を考えると、航空機ハイジャック対策にはとりわけ力を入れる必要がある。そこで政府は、ついに、警察官による航空機警乗実施に踏み切ったのです。

 爆発性又は易燃性を有する物件その他人に危害を与え、又は他の物件を損傷するおそれのある物件で国土交通省令で定めるものは、航空機で輸送してはならない。
2 何人も、前項の物件を航空機内に持ち込んではならない。

航空法 第86条

 法第八十六条第一項の国土交通省令で定める物件とは、次に掲げるものとする。
一 火薬類 火薬、爆薬、火工品その他爆発性を有する物件
 (〜中略〜)
十 凶器、鉄砲、刀剣その他人を殺傷するに足るべき物件
2 前項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる物件は、法第八十六条第一項の国土交通省令で定める物件に含まれないものとする。
一 告示で定める物件(放射性物質を除く。)であつて次に掲げるところに従つて輸送するもの
 (〜中略〜)
四 搭乗者が身につけ、携帯し、又は携行する物件であつて告示で定めるもの
 (後略)

航空法施行規則 第194条

 規則第194条第2項第4号の告示で定めるものは、別表第18の品名の欄に掲げる物件であって同表に定める数量以下のものとする。

別表第18 搭乗者が身につけ、携帯し、又は携行する物件 (抄)
品名数量備考
銃砲刀剣類(銃砲刀剣類所持等取締法(昭和33年法律第6号)第5条の2第2項第2号の銃砲刀剣類をいう。)、銃弾その他航空機内における犯罪の制止のために使用される物件(日本の国籍を有する航空機にあっては、法令に基づき職務のため所持するもの。外国の国籍を有する航空機にあっては、当該外国において航空機内での所持が認められているもののうち、国土交通大臣が適当と認めるもの) ── 持込み手荷物又は受託手荷物
数量は、携行者1人について定めたものである。
質量及び容量は、正味質量及び正味容量である。ただし、装弾(スポーツ用)については包装込みの質量である。
持ち込み手荷物は、搭乗者が航空機内において身につけ、又は携帯する物件である。
受託手荷物は、搭乗者が航空機に搭乗する前に、航空運送事業を経営する者に委託する物件である。
航空機による爆発物等の輸送基準を定める告示 第27条、および別表第18

 航空法86条・航空法施行規則194条にもとづき、航空機内への武器持ち込みはできません。しかし、例外的に許されるのが、「銃砲刀剣類、銃弾その他航空機内における犯罪の制止のために使用される物件(法令に基づき職務のために所持するもの)」。犯罪制止の目的でもって職務上銃器を所持する人といえば、警察官です。

 告示の該当箇所は、もともとは「銃砲刀剣類及び銃弾(法令に基づき職務のため所持するもの)」とだけ規定されていました。政府要人を護衛する警察官が、武器を携帯したまま搭乗することを念頭に置いた規程であるらしく、実務上は文字通り機内持ち込みができるだけにとどまっていました。機内で使うことなど、もとより考えていません。これに、"航空機内における犯罪の制止のために使用される" という文言を付け加える事によって、航空機内での武器使用がある事を前提とした武器持ち込みができるようにしたのです。機内における犯罪防止のための武器持ち込みを可能とする運輸省告示の改正作業は平成14年5月に行われ、同月末にFIFA W杯が開催されると、早速武装警察官の警乗が始まりました(*)。

 これが、日本におけるスカイマーシャル活動の始まりです。実際にどの路線・どの会社の航空便に乗務したかは定かでありませんが、国内線・国際線双方において警乗を行った事だけは明らかになっています。ただし、W杯に合わせたこの措置は、当初は臨時のものと考えられていました。W杯終了と同時に警乗活動も一旦は終了しました。(*)

 その後2003年・平成15年に入ると、8月に警察庁が「緊急治安対策プログラム」を策定し、当面力点を置くべき治安課題とそれに対する警察の対応策を公開しました。同プログラムを受け継ぐ形で、2004年・平成16年8月に「テロ対策推進要綱」が警察庁から発表されます。同要綱はテロ対策に特化した内容となっていますが、そこでは、水際におけるテロ対策の強化案として「スカイマーシャルの導入」がうたわれました。その直前、6月に開催された先進国首脳会談においてスカイマーシャルの取り組みを強化する事が合意されており(*)、これを受けたものです。こうして警察側は恒久的なスカイマーシャル実施に向けた意思を表明し、そうして12月に至り、ついにスカイマーシャルの実施が政府部内で正式に決定されました(*)。

 報道によると、成田を擁する千葉県警と関空を擁する大阪府警が実施を担当し、専門部隊を設置して、私服の警察官が拳銃携帯の上で乗務する計画とのこと(*)。部隊は「航空機警乗班」と称し(*)、乗務対象となっている便はアメリカ路線の航空便だそうです(*)。なお、W杯時とは違って国内便は対象外。また国際便でも、アメリカ路線以外の路線は今のところまだ警乗対象外です。といっても、これは、アメリカ路線の国際便にしか警乗できないという事ではありません。航空法施行規則と運輸省告示では、武器持ち込み可能な路線を限定したりはしていませんので、日本国内で登録された航空機であれば、国際線であろうと国内線であろうと、アメリカ路線であろうとよその路線であろうと警乗することができます(実際、W杯の際にはそうしている訳ですし)。やろうと思えばできるけど今のところはやっていない、というだけの話。

 かくして正式発足した日本のスカイマーシャル。まだ生まれたばかりの、新しい活動です。これからどう歩んで行くのか要注目。

 ところで。これは余談ですが、本編にて触れた通り、航空機内の秩序維持に関しては機長も一定の権限を持っています。これとスカイマーシャルが、どうからむのかについて。

 スカイマーシャルの実施を決めた平成16年12月10日国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部決定「スカイ・マーシャルの実施について」では、この点につき

 航空機警乗警察官は、警察法及び警察官職務執行法その他の法令に基づく責務を負い、権限を有し、機長は、航空法に基づき航空機の運航に関する包括的な責務を負い、権限を有する。航空機警乗警察官と機長は、航空機の運航の安全確保のために相互に連携協力するものとする。

と書かれているのみで、細かい事には触れていません。協力して事に当たれ、というだけ。

 そこに書いてある通り、スカイマーシャルに任ずる警察官の権限と、機内秩序維持のための機長の権限は、それぞれ別の法律で定められたものであり、どちらが上とも下とも言えないものです。例えば警察官が警乗中の航空機内でハイジャックが起こりかけたとして。警乗する警察官は、警察法・警職法等に基づく独自の権限でもって制止し、警告し、あるいは武器を使用し検挙するのであり、これに際して機長の承認を得る必要はありません。一方で、警乗する警察官は、航空機の運航に関わる権限は持たず、いかにハイジャック制圧のためとはいえ、機長にあれこれと命令する事はできません。

 どちらが上とも下とも言えず、両者の間に指揮・命令の関係がある訳でもないので、協力して事に当たれ、というくらいしか書きようがないんですね。

 ちなみに。以下は仮定に基づく妄想話ですが、もし民間の警備業者がスカイマーシャルに乗り出すとなると、機長の権限が活躍する事になりそうです。現状、民間の警備業者は、警備業法に基づき国から認可を受けているとはいえ、警備活動のため特に強い権限を付与されている訳ではありません。警備業に従事している普通の人、というだけ。従ってこういう人がスカイマーシャルに従事しハイジャックを制圧するとなれば、その活動は航空法に謂うところの、機長が行う「拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置」に対する必要な援助、という枠で捉えられ、「機長の要請又は承認に基づき」行われる事になります。

 今のところ(※平成19年1月現在)、日本において、民間警備業者がスカイマーシャルを行っているという話は聞きません。しかし、出来ない訳ではない。機長の要請または承認の下で「援助」を行う事は、航空機内にいるすべての人物が実施可能であり、警備員が同乗しておれば、当然実施が可能です。現に、わずかながら実施例もあります。

 民間の警備要員を同乗させようという手法は、かの「よど」号事件直後に早くも議論の俎上に載っています。報道によれば、事件解決後の4月7日に開かれた定例閣議において、橋本運輸大臣から当面取るべき航空機乗っ取り防止策について報告があり、了承を得ました。この防止策の中に、機長あるいは操縦室を防護するための警備要員若干名を「航空会社の責任において」搭乗させる、というものがあったそうです(*)。

 しかるに、この話の具体的な中身となると一切不明です。残念ながら、当の閣議の資料は国立公文書館でも見当たらず、また全日空や日航の社史を見ても該当するような話は載っていません。当時はまだ航空機内の秩序維持に関する機長権限を定めた航空法の規程はなく、また警備業法も未制定でした。どこから要員を調達してどういった身分・役割で乗せるつもりだったんでしょうか……。なんとなく、思い付きで出た一策であって、結局実行はされなかったんじゃないか?という気がします。

 「よど」号事件以降、この手法はしばらく採用される事はありませんでした。幾度か議論に登っては消える事を繰り返した航空保安官と違い、こちらはそもそも話題にすらなりません。忘れられた一手ともなりつつあったこの方法が復活したのは、「よど」号から時を経ることおよそ30年、平成14年のFIFA-W杯開催時のことです。

 平成14年5月末のFIFA-W杯開催に伴い、暴力的なサッカーファン、いわゆるフーリガンによる暴力事件の発生が懸念されていました。航空機内においてこの種の暴力事件が起きる事を予防するための措置として、全日空が「スカイガード」と呼ばれる保安要員の航空機同乗措置を取った例があります。同乗するのは、航空機への警乗業務で実績を持つヨーロッパの企業から派遣された保安要員です。テロ対策ではなくフーリガン対策ということで、同乗対象の路線はW杯のゲームスケジュールを考慮して選択された国際・国内の路線です。(*)

 この措置は、航空会社の職員によるものではなく専門業者が警備業として行う活動であるため、W杯終了後のことながら、警備業法を所管する警察庁からも関連する通達「航空機内における外国警備会社による警備業務に係る警備業の認定申請等に対する適切な対応について」(平成14年9月24日付警察庁丁生企発第186号)が出ています。これを書いている時点で同通達は既に廃止されており、調べてないことも手伝って正確な中身は不詳です。ただ、内容の一部が同通達の後を継いだ通達「警備業法等の解釈運用基準について」(平成17年5月25日付警察庁丙生企発第50号)に受け継がれていることは分かっています。

 平成17年の通達では

列車、航空機その他の交通機関に乗務し、乗客等による粗暴行為等の事故の発生を警戒し、防止する業務は、法第2条第1号及び第4号の業務に該当する。

と述べられており、航空機警乗業務が警備業の活動の一としてある事を認めています(*)。事故発生を警戒し航空機に警乗する、となれば、これはスカイマーシャルとも繋がるもの。この内容は廃止済みの平成14年の通達から受け継いだ内容です。また、平成14年の段階では外国警備会社によってこうした活動が行われることが前提となっていたのに対し、平成17年ではこの前提が外れました。

 このように、平成14年のW杯を契機に、民間警備業者による航空機への警乗も当然あり得るものと考えられるようになりました。全日空のフーリガン対策は当時の状況を踏まえた一時的なものであり、W杯終了をもって警乗も同じく終了しています。しかるに、警備業者による警乗活動そのものは、警備業法上に実施根拠を有する警備業務の一として把握されていますから、今後も同様な業務を実施することは十分可能であり、その下地は既に整っています。……まあ、今現在においてどの程度活用され実施されているか、となると、それは分からないのですけれども。

 民間警備員の警乗があり得るとなれば、次に気になるのは、その警備員の得物です。正式なスカイマーシャルこと航空機警乗警察官であれば、拳銃携帯の上で警乗を行うことができるのですが、警乗する民間警備員は、何か得物を持てるのでしょうか。より具体的には、警備業者の警備員が警備業法にて携帯できることとなっている「護身用具」を、航空機への警乗に際して機内で携帯できるかどうか。

 これは、個人的な結論を先に述べますと「出来ないような気がします」。現在のところ、航空機内に持ち込み可能な物件として運輸省告示で挙げられているのは「銃砲刀剣類、銃弾その他航空機内における犯罪の制止のために使用される物件(法令に基づき職務のため所持するもの)」です。警備員の携帯する護身用具とはまさに護身のためのものでありますから、「犯罪の制止のために使用される物件」とは言い難く、また護身のための携帯は「法令に基づき職務のために所持する」とも言い難い。その一方で、例えば護身用具の一つである警戒棒などは航空法施行規則194条1項10号に謂う「凶器、鉄砲、刀剣その他人を殺傷するに足るべき物件」に当たりそうな気もしますし。

 警乗はできるけど護身用具なし、となれば、丸腰ということになり、いささかおぼつかないものです。しかし幸いな事に、と言うべきか、上で挙げた航空法施行規則と運輸省告示は、機内持ち込みが可能/不可能な物件を定めているのみで、その物を持ち込む主体を限定してはいません。持ち込み主体は単に「搭乗者」と書くだけで、警察官に限るとまでは書いていない。航空機への警備員警乗自体は、既に書いた通り、認められています。という事は、航空法施行規則と運輸省告示の該当部分が書き変われば、あるいはその解釈次第では、警備業者が護身用具携帯の上で警乗に乗り出す余地もないではない。いやもしかすると、私の勝手な思い込みとは正反対に、実際は警乗警備員は警戒棒までの護身用具なら携帯可能、なんてことになっているのかもしれない!?

 懐に特殊警棒しのばせ乗客を装い搭乗する私服の警備員、イザという時は警棒引き抜き気合い一閃、ハイジャッカーを取り押さえ、落ち着き払ってアテンダントに機長への報告とその承認を求める……なんて場面、治安ヲタとしては食指そそられませんかな?

 いや、そもそもハイジャックなどないのが一番である事は、言うまでもないですが。

 

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