お前がしないなら俺がやる・行政編

 

 ここでは、「行政代執行」という強制執行について少し見てみようと思います。この行政代執行、「執行」の名を冠してはいても執行官とは関係なかったりするんですけど、強制執行の1つであるという事で、取り上げてみました。字数稼ぎなどと勘ぐってはいけない。(苦笑)

 行政庁は、法律や法律に基づく規則などによって命令を出す事が非常にしばしばあります。命令が出されると、出された側にはそれを履行する義務が生ずる訳ですけれども。しかし、義務を履行しようとしない人間はどこにだっているもので。

 裁判の結果が履行されない場合に、裁判所の決定によって第三者が代わって執行をなす「代替執行」について、前項で書きました。行政命令の不履行についても、代替執行と似た制度があり、それが行政代執行です。簡単に説明すると、義務者に代わって行政側が自ら執行する、というものです。もっとも、行政の課した義務であればどんなものでも代執行できるものではなく、「代替可能な義務」だけが代執行に対象になります。具体的には、建物の移転とか、立木の撤去とか、家屋内の消毒や施設改善などなどなど……という事なのですけど、細かい事は抜きにしまして。(苦笑)

 まず、「義務者がこれを履行しない場合、他の手段によってその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められる」とき、行政庁は、「相当の履行期限」を設定したうえで「戒告」を行います。これこれの行政命令に基づきあんさんに課されているこれこれの義務について、○月×日までに履行なされない場合、代執行をしますよ、という旨の通知を文書で行う訳です。

 この戒告で相手が動いてくれれば世話はないんですが、そうでない場合。戒告にも従わず、設定された履行期限を過ぎてしまったら。そうなれば、いよいよ代執行に着手する事になります。

 実施に当たって行政庁は「代執行令書」を作り、それでもって義務者に「代執行をなすべき時期、代執行のために派遣する執行責任者の氏名及び代執行に要する費用の概算による見積り」を通知します。令書による通知が済めば、すぐにでも代執行を開始できます。少し時間を置いて、義務者に考える最後の時間を与えても構いません。

 さて。強制執行の実施に当たっては、それへの妨害をどう排除するかというのが常に問題となります。ここで、執行官による執行や民事上の代替執行の場合は、民事執行法により執行官へ妨害排除の権限が与えられています。しかるに行政代執行の場合、行政代執行法には妨害の排除に関する明文の規定がありません。例えば、建物の撤去を命令された地権者が、実行を拒み、あまつさえ代執行させないようにその中に居座る場合。これを実力をもって排除してよいとする規定がないのです。

 これがどういう事かというと、代執行への妨害があった場合、これを排除できないかもしれない……という事です。実際は、妨害されて排除できないのでは話にならないので、妨害の排除を「代執行実施に随伴する機能」と見て事実上の妨害排除を行っているらしいですが。つまり、代執行は義務内容を強制的に実現する強制執行手段であるから、その「強制」という観点からすると、代執行の実効性を確保するために最小限の実力を行使し抵抗を排除するすることは可能だと理解される、という事です。とはいえ、個人の身体の自由に制限を加えるような行為には法律による権限付与が必要、という法の原則からすると、一抹の不安定感は免れません。

 大体行政代執行というものは、その多くは行政が発注した公共事業や公共工事に伴って行われます。ダム、発電所、港湾、道路、廃棄物処分場etc。開発には自然保護などの見地から反対が付きもので、それもかなり大がかりな反対になりがちです。それだけに、行政命令の不履行も、不履行を受けてなされる行政代執行への反対と妨害も、数が多いだけでなく往々にして組織的・継続的です。超が付くくらい有名なのは70年代こじれにこじれた成田空港用地取得問題ですが、その他にも九州地方建設局による下筌・松原ダムの用地取得、最近では平成12年(2000)10月の東京都による廃棄物処理場用地取得、などなど。代執行の妨害というのは、挙げればきりがありません。これだけ問題になるのに、法律上きっちりした条文がないなんて。ううむ。

 ちなみに、現実問題として行なわれている代執行への抵抗排除ですが。これは執行官による執行や民事上の代替執行と同様のものです。実力行使といっても、なるだけ穏便に済ませる。道路を塞ぐ人々を路肩に排除し、座り込みする人々をゴボウ抜きし、土地を占拠する障害物や違法建築物を撤去し、撤去される建物に立てこもる人々を連れ出す。これら妨害排除活動にまで激しく抵抗するようなら、それはもはや犯罪(公務執行妨害・強制執行妨害)に該当する可能性が高いので、警察にお出まし願う事になります。かの成田紛争などは、極左過激派が暴力をもって代執行に抵抗したため、警察も機動隊を動員して鎮圧に乗り出し、ああなりました。他の強制執行ではこんな警察沙汰にまで発展する事は少なそうですが、こと行政代執行となると、反対派と警察が「攻防戦」を繰り広げる所まで行く事は、時折見られるようです。

 
 
主要参考文献;
『行政代執行法』 著;広岡隆 刊;有斐閣 1970

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