密造酒取締

 

 間接国税取締の中でも、とりわけ華々しい(?)のはこの密造酒取締りでありましょう。

 酒に掛ける酒税というやつは日本の税の中では古株中の古株で、何でも室町時代には既に営業免許税的な酒税が存在していたとか。現行酒税法の施行も明治13年の事といいますから、途中幾度も改正を経たとは言え、大したもんです。

 この酒税を確実に徴収するため、長年、国税庁は密造酒の摘発にやっきになって来ました。一瞬、酒は食い物だから農水省、あるいは厚労省……と思いきや、そうではありません。明治時代の事ですが、酒に税金を掛ける過程上大蔵省が酒類行政を握ってしまうという一幕があったのです。

 すなわち、昔は酒の自家製造が各家庭でごく一般的・習慣的に行なわれていて、誰も市販の酒なんか買いません。酒税は市販の酒に掛けられていますから、これでは税収あがったり。そこで国税当局は一計を案じ、酒税収入確保の見地から、酒の自家製造に制限を加え、ついには完全に禁止してしまうんです。明治32年の事でした。

 さらには製造・販売業者の乱立を防ぐために免許制を整備して課税と検査を容易ならしめ、加えて醸造試験場を設立して課税のための酒の鑑定、後には中小業者への技術指導すらも行ない、かくして酒類行政は完全に大蔵省の手に落ちたのでありました。

 しかし、これまで当たり前のように家でお酒を作って来たのが明日からダメだと言われても、素直に従うはずがありません。かくしてここに、国税当局による密造酒摘発が始まります。最近でもたまにどぶろくの製造が摘発されますけど、昔はそれこそ酒の密造が横行していました。といっても、この頃も酒の密造は、自家用の酒をちょっと作るという程度で、まだまだかわいい方だったのです。

 酒の密造は昭和に入って一時鎮静化、ところがその後大戦で酒造業者が被害を受けた事で供給が需要に追い付かなくなり、せっかく下火になった密造が再び横行する事になります。しかもこの時期の密造は、それまでと違い、とかく社会的悪影響の大きなものでした。

 当時は食糧事情が極めて悪かったのですが、そんな中ただでさえ不足している米を酒の製造などに横流しされては、状況益々悪化してしまいます。また、米や麦を用いた密造だけでなく、なんと工業用アルコールを流用しての密造も広く行われ、極めて危険な酒が出回りました。その密造も販売を目的として行われる事がほとんどで、それ以前の自家用酒の密造などとは全く様相が異なる、極めて大規模悪質なものでした。酒税の賦課徴収ができなくなる恐れすらあり、断固、放っておく事はできません。昭和25年に各国税局間税部に置かれた監視課は、間接国税の犯則を摘発する部署ですが、当時最も力を入れていたのがまさにこの密造酒の監視=摘発でした。

 密造酒摘発といっても、行うのは国税当局ですから、権限もやり方も国税流です。犯則嫌疑は酒税法違反(無免許製造)、摘発は犯則調査と称し、間接国税犯則者処分法、昭和23年以降は国税犯則取締法にもとづいて実施します。裁判所の許可を得るか、あるいは違反を現認して、臨検・捜索・差押を行います。具体的には、酒税法違反の証拠品として密造酒と密造器具をごっそり押収、罰金を納付するよう通告、場合によっては検察に告発します。相手を逮捕する事はできませんが、必要なら警察の応援を求める事ができます。

 敗戦後という事で人心もすさんでおり、中には一村まるごと、村ぐるみで密造を行ない、検挙に向かった収税吏員をフクロにし、当局が警察に応援を頼めば村の方でも人手を集めて対抗する……というような無茶なケースもありました。当時の写真を見てみると、収税官吏と警察官を乗せたトラックがコンボイ組んで密造酒摘発に向かう風景を写したものもあったりして、「おいおい」って感じです。昭和22年には、密造酒摘発に携わった税務署員が帰宅途中に相手方の「お礼参り」に遭い、殉職してしまう事件も発生しています。なんたる事でしょう。合掌。

 一度二度摘発を受けたくらいではへこたれず村ぐるみで密造を行う、というところが特徴であり、そのため国税庁は昭和28年「特定集団密造地域」指定を実施しました。ここで指定された地域は、とりわけ悪質かつ大規模な密造地域であるとして、重点的に取締りがなされました。

 その後も酒の密造はしつこく残り続けますが、昭和30年代後半以降、社会の安定化に伴って事件数は減り、昭和40年代に至り、ようやく、ほぼ終息したのでありました…。

 ところでこれは余談になりますが、宮沢賢治の作品中に『税務署長の冒険』というやつがあるのですが、御存知の方、いらっしゃいますでしょうか。私は読んだ事ないんですけど、題名通り税務署長が酒の密造摘発で危険と隣合わせの大活躍!という話なんだそうです。しかるに、この作品を国税庁がPRに使ったという話は耳にした事ありません。どうなんでしょう。ほんとにそうだったら、勿体ないなぁ。

 

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