情報公開とはいうけれど

 

 平成14年5月、防衛庁に情報公開請求した人物の身元が調査されそのリストが防衛庁幹部間に配布・閲覧されていた事が発覚しました。通称、防衛庁リスト問題事件。新聞の報道で明るみに出た事件ですが、まだ皆さんの記憶にも新しいところのものかと思います。

 発端となったのは、海上幕僚監部情報公開室に勤めていた三等海佐による請求者リスト作成ですが、この三佐、情報公開室に勤めた後は海自岩国航空基地の調査分遣隊長(当時)に転出しました。つまりは調査畑の人であった訳で、請求者リストも組織防衛の観点から作ったものと見られます。同リストの配布先に海幕調査部調査課情報保全室・海自中央調査隊(当時)が含まれている事からも、それが伺われます。

 この請求者リスト作成問題、そもそも非公開であったこのリストがなぜ外部に漏れたのかも、防衛庁側にしてみれば問題である訳ですが、一般的には、合法的な資料請求が調査の対象になるのはプライバシー侵害、という点に批判が集まりました。

 これは、なかなか象徴的な事件ではないでしょうか。

 自衛隊が行う情報保全活動といえば、なんとなく、隊内にもぐりこんだスパイ摘発!というイメージが先行します。なるほど確かに、自衛隊に潜入し、あるいは自衛隊員と接触し、もしくはハイテクを駆使して外部から機密情報を盗み出す諜報活動への対策は、情報保全活動のもっとも重要な一部分です。しかしそれだけでなく、情報公開制度を逆手に取られ公開情報から機密部分を推測されてしまう事も警戒しなければならない、というところもあるのです。

 情報公開といえば、自衛隊イベントもある種情報公開みたいなものですけど。ここで、あまりしつこく根掘り葉掘り聞いて回ってると、スパイかなにかと思われて調査隊に目付けられるぞ…というのは、ヲタクの間ではやっている噂。そういえば確かに私自身、とある自衛隊イベントで、展示装備品の周りをしつこくうろついていたら、明らかに一般客ではない私服の黒眼鏡さんと眼が合ってしまったことがある。(笑)

 まあ、すぐ上の例は半分笑い話みたいなものですが、そうは言っていられない話もあります。いささか古い上に情報保全隊とも関係ない話なのですが、1989年・平成元年に、沖縄の那覇にある海上自衛隊対潜作戦センター(ASWOC)の情報公開を巡り、国と那覇市の間で訴訟になった事がありました。建築基準法上の適合審査を受けるために那覇市に提出されたASWOCの設計図面の公開を平和団体が求め、市がこれを認めたのに対し、国が差し止めを求めて訴訟を起こしたというものです。

 建築資料の公開によりセンターの警備に重大な支障が生じると考えられ、当資料は防衛上の秘密に該当し、公開すべきでない、というのが当時の国の主張でした。当裁判の細かい経緯は略しますが、2001年・平成13年7月にいたり、ついに国側敗訴が確定しました。

 公開対象となった設計図面にいかなる内容が記載されているかは知らない(見た事ないし、建築基準法にも疎いもんですから)のですが、国側の憂慮する気持ちは分からないではありません。図面を見て内部構造が分かれば、襲撃の参考になります。どのくらいの爆薬で建物のどの部分を破壊すればすれば致命的打撃を与えられるかが分かります。また図面からオペレーションルームの広さも分かり、どれだけの機材を持ち込みどれだけの人員規模で運営しているかを推測する手がかりにもなるでしょう。軍事的専門知識を持って図面を見れば、海自対潜作戦指揮部隊についてある程度の事を推測する事ができ、また警備上の弱点を知る事もできるのです。

 自衛隊に関する情報全て機密にしてしまうのは、今の世情に合っているとは言えません。とはいえ、いざという時の事を思うと、兵器性能や部隊行動の中核に関わる情報までほいほい晒してしまうのは考えものです。この辺りのバランスをどう取るか。

 件の三等海佐はじめ、請求者リストを作った自衛官が何を考えていたかは分かりませんが、組織防衛・情報保全という視点は理解できます。もうちょっと泥臭い事を言えば、反自衛隊団体と思しき連中が情報公開制度を利用して自衛隊攻撃の材料を探している、と思っちゃったとしても、その気持ちも理解できます。(苦笑)

 本編でも書きました通り、調査隊改め情報保全隊というのは、自衛隊お抱えの探偵さん、みたいなところがある部隊です。あやしからんと思ったら調査に乗り出す訳で、それが「プライバシーの侵害だ!」「弾圧だ!」なんて言われちゃうところもあるでしょう。いわゆる平和団体が相手の時は特に。

 自衛隊の秘密保護と個人のプライバシー、秘密の重要性と知る権利、天秤にかけてバランス良く仕事するのは、なかなか大変です…。

 

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