自衛隊情報保全隊員

 

 陸海空の3自衛隊には、「情報保全隊」という部隊があります。以前は「調査隊」という名前でしたが、平成15年3月末の機構改革で名前が変わりました。名前からも察しがつきます通り、自衛隊の持つ機密情報を守り、その漏洩を防止するために存在している部隊です。

 もともと、調査隊時代においても、隊の任務は自衛隊の情報を守る事でありました。ですが、任務遂行のための調査活動を行う、というのが調査隊の業務内容であったため、調査隊は、文字通り調査活動はできても、それ以上の情報保全活動は行えませんでした。また海自と陸自の場合、長官直轄部隊たる中央調査隊と、海自地方隊総監・陸自方面隊総監の指揮下にある方面調査隊とを分けて編成していたため、同じ調査隊であってもタテヨコの繋がりが薄く、各隊連携して効率良い情報保全活動(調査活動)を行うには支障があったみたい。

 平成12年9月、現職海上自衛官がロシア大使館駐在武官と接触し機密情報を流していた事件が発覚しました。まさしく調査隊が内部調査であぶり出してしかるべきこの事件、実際は、当の調査隊は端緒すら掴んでいませんでした。結局警察が摘発して初めて分かった訳で、これは調査隊にとって結構なショックであったようです。

 事件後、防衛庁は秘密保全体制の見直しに着手し、それに関連して調査隊のあり方も見直されました。事件後1ヶ月して提出された防衛庁秘密保全等対策委の報告書によると、従来の調査隊を強化して情報保全隊(仮称)を新編し、調査任務のみならず秘密保全任務そのものをも付与した上で、警務隊との連携を強化することが提言されています。また一部新聞報道によると、そもそも調査隊を警務隊と合併してしまい、警務保全隊(仮称)に再編して内部調査体制を強化する、という方針もあったようです。

 この方針に従って組織の手直しがなされた結果、平成14年度中に、陸海空の幕僚監部調査部調査課内に情報保全室を設置、また戦略情報の収集を任務とする統合幕僚会議情報本部にも情報保全課が設けられました。そして同年度末、従来の調査隊を改編して、長官直轄の情報保全隊が発足しました。ちなみに、隊の新編予算はおおよそ7600万円だそうです。

 新編成った情報保全隊の活動内容は、次の通りです。

  1. 自衛隊に対する外部からの働きかけ等から部隊を保全するために必要な資料及び情報の収集整理
  2. 職員と外国駐在武官等との接触状況に係る資料及び情報の収集整理
  3. 部隊等の長による職員の身上把握の支援
  4. 庁秘または防衛秘密の関係職員の指定に当たって、当該職員が秘密の取扱にふさわしい職員であることの確認の支援
  5. 立入禁止場所への立入申請者に対する立入許可に当たって、秘密保全上支障がないことの確認の支援
  6. 政府機関以外の者に対する庁秘または防衛秘密に属する物件等の製作等の依頼の許可に当たって、秘密保全上支障がないことの確認の支援
  7. 各種の自衛隊施設に係る施設保全業務の支援
  8. 施設等機関等の情報保全業務の支援

 これらの業務は、調査隊時代においても行われていたものではありました。しかるに、まず1の業務について、それまでは「(外部からの働きかけ等が)発生するか、発生した疑いがある場合」に実施していたものを、「発生するおそれのある場合」にも実施するものとし、事前に情報漏洩を防げるようにしました。また2の外国駐在武官との接触状況に係る調査も、以前は1の業務に含まれていましたが、独立させて新任務として付与しました。これはまさしく、平成12年の事件を直接の教訓としてなされた措置です。3〜8の支援業務は、従来は支援要請があった時にのみ、その都度実施していたものですが、こちらも正式な業務として常時行う事としました。

 言葉を変えますと、情報保全という視点から任務の内容を明確化し、必要な新任務をも付与したという事です。かくして、調査を行う部隊であった調査隊は、調査を含む情報保全活動全般に関与する部隊へと生まれ変わったのでした。

 現在の情報保全隊の組織は、陸海空に分かれて設置されておりますが、前にも触れた通り長官直轄部隊としての扱いを受けています。もっとも大所帯なのは文句なしに陸自。陸自の情報保全隊は、まず東京市ヶ谷に本部があります。ここから、全国5つの方面隊に各1隊ずつ方面情報保全隊が派出され、総監部所在の駐屯地に置いてあります。さらに、そこから各基地・駐屯地に派遣隊・担当官が出されています。教育機関としては、東京小平に小平学校があります。もともとは調査学校という名前でしたが、平成13年に業務学校(警務隊の学校)と併合され小平学校と名前が変わりました。

 海自の情報保全隊は、態勢としては陸自と同様です。市ヶ谷に本部、全国5つの地方隊に各1隊情報保全隊があり総監部所在地に駐屯しています。地方隊隷下の情報保全隊からはさらに警備区内の各基地へ分遣隊が派遣されてます。

 空自の情報保全隊は、海陸と比べるとかなり異色な編成になっています。空自の情報保全隊は航空自衛隊情報保全隊として統一されており、市ヶ谷に隊本部、そこから全国の各主要基地に直接地方情報保全隊が派遣されています。隊は中央ですべてひとまとめにしてあり、航空方面隊単位の部隊はありません。

 続いては、情報保全隊が実際活動する際に用い得る権限について。情報保全業務を実施する、とは言いますが、具体的には、何がしかの調査活動が中心になりまして、この点は昔の調査隊とあまり変わりません。上の業務内容のところで挙げた1や2の「情報の収集および整理」はまさしく調査活動ですし、また3〜6の「身上把握/確認の支援」も、要は身辺調査を行って支障ない事を確認する訳ですから、つまりは調査活動です。こうした調査活動を行う際、情報保全隊員が行使し得る権限とはいかなるものか。

 隊内で調査する時は分かりませんが、隊外で調査する場合は、まったくの任意調査に限られます。法律で調査が認められている訳ではないので、強制行為に渡る権限は一切ありません。こういう言い方が許されるなら、自衛隊お抱えの探偵さんみたいなもの…と言えましょうか。他の協力を頼む場合でも、自衛隊内ならともかく、警察のような隊外組織の場合協力が得られるかどうかはまったくの相手任せ。

 なお、一応言っておきますが、情報保全隊が自衛官以外の人間や団体を調査する事自体は、別に違法でも何でもありません。上の業務一覧にて「自衛隊に対する外部からの働きかけ等から部隊を保全するために必要な資料及び情報の収集整理」というのを挙げましたが、例えば反自衛隊活動の一環としてどこぞの団体が自衛官への接触・反自衛隊思想の吹き込みを図っていると見られる場合、情報保全隊はその団体と活動内容について調査を行うでしょう。ただこの場合、調査の権限はまったくの非強制、任意調査の範ちゅうに限られるという事です。

 しかし任意であっても、やり方を心得ればそれなりに情報は入って来るものです。例えば反自衛隊活動に関する情報を集めるなら、新聞記事や雑誌の関係記事、団体発行のパンフなどから始まって、身分を明かすor隠して関係者から話を聞く、尾行や監視カメラなどで動静監視、交友関係から攻める、などなどなど。これで運動している団体、その主張、構成員、その経歴、場合によっては背後関係などが分かるでしょう。任意調査も、根気とノウハウ次第でそれなりに業績が上がるものですと。

 もっとも実際には、情報保全隊がどれくらいのノウハウを蓄積していてどのように調査活動を展開しているかなんて事は全然分からないんですけどね。そもそも組織や規模からして細かいところは分かりませんし(苦笑)。少なくとも部隊があって何かやってるって事だけは事実なので、とりあえず「こういう組織あります」といった程度ですが、取り上げてみました。

 反安保運動のとばっちりが自衛隊にもしばしば飛び火した1970年代などには、「調査隊が弾圧の機会をうかがって秘密調査活動を展開している!」なんてー話がまことしやかに流れもしたそうですが、時代が下るにつれそんな話も聞かなくなりました。そのうち冷戦も終わり、隠れた存在として終わるかと思いきや、最近になって事件がらみで名前が出、組織改革されて情報保全隊へと生まれ変わりました。小さい組織ですが、重要な任務を負っています。

 部隊については、エピソードらしいエピソードなど何も知らないんですが…とりあえず、調査隊時代の話ながら、情報保全の微妙さ加減に関する話が1つあります。

 


戻る
前の項へ
inserted by FC2 system