警備員

 

 ガードマンです。いつ頃でしたか、警察官の制服が現行の紺色メインのデザインに変わった時、友人がそれを評して曰く、「警察官というよりガードマンみたいだ」。同じような事を言うのは割と結構多くいて、個人的にはそんなもんかいなーと疑問に思っておりましたが……。まあ、似てると言えば、似てなくもないかな?

 とは言え、時代も変われば変わるもので。最近の警備員さんの中には、もはやお巡りさんとは似ても似つかない程カラフルな制服を召された方もいます。福岡は中央区天神のデパート・ダイエーショッパーズの警備員さんは薄桃色基調の制服に白いケピ帽、福岡ドームの外勤警備員さんの冬服は深緑基調のフロックコート、襟の折り返しで赤い裏地を見せ、かぶっているのはえんじ色のベレーといういでたちです。数年前熊本に行く途中で見た交通整理の警備員さんは、制服もかぶっているキャップも真っ赤でしたねー。まあ何と言いますか、華やいでおります。もちろん、昔ながらの寒色系制服制帽姿の警備員さんもまだあちこちで見かけますけれどもね。

 ともかく、我々は現在至るところで警備員の姿を目にする事ができます。デパートや銀行で警備中の姿、工事現場などで交通整理中の姿、イベントなどで観客を整理誘導中の姿。代表的なのはこの辺かな。でも、これだけが警備員の仕事ではありません。ここで挙げた他にも

  • 建物の夜間管理
  • 個人のボディガード
  • 大規模小売店舗での保安
  • 災害時の各種警備
  • 原発・空港等重要施設警備
  • 現金・核燃料物質等貴重品輸送護衛

などなど。安全や防犯に関わる事を色々とやっています。原発警備や核燃料物質の輸送護衛も取り扱ってしまうところに、その実力の程を見出す事ができましょう。

 警備員が行うこうした仕事を、ひっくるめて警備業といいます。警備業の内容は法で定められており、現行の警備業法によると以下の通りです。(※平成19年1月現在。行末のかっこ内は引用者付与。)

 この法律において「警備業務」とは、次の各号のいずれかに該当する業務であつて、他人の需要に応じて行うものをいう。
一 事務所、住宅、興行場、駐車場、遊園地等(以下「警備業務対象施設」)における盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務 (※一号業務)
二 人若しくは車両の雑踏する場所又はこれらの通行に危険のある場所における負傷等の事故の発生を警戒し、防止する業務 (※二号業務)
三 運搬中の現金、貴金属、美術品等に係る盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務 (※三号業務)
四 人の身体に対する危害の発生を、その身辺において警戒し、防止する業務 (※四号業務)

(中略)

5 この法律において、「機械警備業務」とは、警備業務用機械装置(警備業務対象施設に設置する機器により感知した盗難等の事故の発生に関する情報を他施設に送信し、及び受信するための装置で内閣府令で定めるものをいう。)を使用して行う第一項第一号の警備業務をいう。

警備業法 第2条

 日本で警備業が一個の事業として成り立つようになったのは、つまり警備会社という会社ができるようになったのは、戦後の事です。逆に言うと、戦前の日本に警備会社はありません。理由は簡単で、需要がなかったから。(*)

 戦前では、例えば建物の警備・管理は、その所有者が自主的にやるのが通例だったようです。つまり、会社なら自社の要員でもって行います。古目の小説で登場人物が「今日は宿直だ」なんてせりふを言う事がありますが、宿直とはつまり会社なら会社に泊り込んで夜間の管理・警備に当たる事です。ここには外部(=警備会社)の警備員にたのむという発想はなく、警備業の需要というのはありません。又この他に、警察官を常時派遣してもらいその必要経費を派遣先が負担する「請願巡査」制度というものもありました。まあ、こちらはあまり活用されなかったようですが。ともかく、戦前においては警備業は業種としては成り立たなかったのです。

 戦後、アメリカからの日本向け援助物資の警備をきっかけとして警備会社が生まれました。その後しばらくは建物の警備を中心に警備業は成長してゆく訳ですが、当初は知名度も低く、ぱっとしなかったようです。

 昭和39年・1964年の東京オリンピックにおいて選手村の警備を成功させた事で、警備業は一躍その存在を世の中にアピールする事になりました。警備業を取り上げたテレビドラマも出来たといいますから、社会にもようやくその根を降ろしたというところでしょう。ちなみに件のドラマ、東京放送系局で放映された『ザ・ガードマン』という番組なんですが、相当人気をはくしたそうです。ただ、私は見た事なくて、人づてに評判聞いただけなんですけれど。

 昭和47年・1972年には国会で警備業法が成立、業界を監督する法律が出来ました。法の上でも一個の業種として認めらた訳です。これ以降警備業は規模的にも質的にも大きく発展し、今では重要施設警備も任される程、というのは前述の通りです。ちと古いデータですが、平成3年12月の数字を挙げますと、警備員は本職とパート合わせて約27万人、警備会社は約6,000社にも上ります。単純に数字だけ見ると、ガードマンはお巡りさんよりも多い。さらに付言すれば、現在ではもっと数字が増えています。

 このように、今では警備員はあっちこっちにいて色んな事をやっています。警備業法も、時代の変化に合わせて幾度も改正が繰り返されて来ました……が、その改正の流れについては不勉強(お恥ずかしい)な上、ややこしいし繁雑なので、ここでは割愛させて下さい。

 さて、あちこちで色んな事をやっている警備業・警備員ではありますが、警備員個々人の権限というのはそんなに強くありません。というより、我々一般人と同じです。それもそのはず、警備員だって要は一民間人です。警備に携わる関係上、活動の中身が他人の自由を制限するものであったり護身等のため実力行使したりする事がありますが、しかし中身は一般民間人。原則として民間人に他者の自由や権利を制限する実力行使の権限などありませんから、警備業者の側にも、この原則を踏まえた適正な活動が求められます。

 警備業法を見ると、ずばり、次のような条文があります。

警備業者及び警備員は、警備業務を行なうにあたつては、この法律により特別に権限を与えられているものではないことに留意するとともに、他人の権利及び自由を侵害し、又は個人若しくは団体の正当な活動に干渉してはならない。

警備業法 第8条

 警備員は、しばしば制服を着て警備従事中である事をアピールしていますが、この制服、どんなものを着ても良いのではありません。制服は警察官・海上保安官の制服と明確に識別できるものである必要があり、またその色やスタイルを、警備業務を行う地方の公安委員会に届出なければなりません(警備業法16条、施行規則27条〜32条)。届出は、警備員が個人のボディガードなどで私服を着用する場合にあっても必要であり、どんな恰好をするかというような服装の細部についてはともかく、私服を着用する事自体はきちんと届出なければなりません。

 警備員はしばしば腰に特殊警棒を提げていますが、これは「必要があるから」「護身用に」持っているだけです。警備員は仕事の内容によっては人から襲われるような危険な目に遭いもしますので、必要に応じこういう護身用具を持ちます。包丁持って他人が襲って来た時、手近なところに木刀があれば、それで身を守ろうとするでしょう。自分の生命身体を守る正当防衛というやつですが、それと同じ事です。逆に言うと、身を守るべき必要がない時は、当然護身用具を持ってはいけません。だから、例えば交通整理中の警備員などは護身用具を持っていないはずです。何故なら、その必要がないから。

 なおこの護身用具は、上で挙げた服装と同じく、その内容・用途を公安委員会に届出てる必要があり、場合によっては公安委員会による規制がかかることもあります(警備業法17条、施行規則28条〜32条)。使用できる護身用具の中身には色々と制限があり、国家公安委員会が定めた基準によると

  1. 金属製の盾は不可
  2. 警戒棒・警戒杖(詳細は略)及び非金属製の盾(※詳細略)を除く、鉄棒その他人の身体に害を加えるおそれのあるものは不可
    1. 部隊を編成するなど、集団の力を用いて警備業務を行う場合、警戒棒・警戒杖の携帯禁止。ただし競輪場等の公営競技場において警備業務を行う場合は、警戒杖のみ携帯禁止。
    2. 以下に掲げる警備業務を除き、警備業務を行う際は警戒杖・非金属製盾は携帯禁止。なお掲げた項目中、常駐警備にあっては警察官が現に警戒を行っている施設に限定され、それ以外は同じく携帯を禁止。
      1. 機械警備業務の内、指令を受け現場において活動する業務。
      2. 空港、原発等原子力関係施設、大使館等外交関係施設、国会関係施設及び政府関係施設の常駐警備
      3. 石油関係・電力関係・水道等々、テロ行為が行われた場合に多数の者の生活に著しい支障が生じるおそれのある施設の常駐警備
      4. 火薬・毒物・劇物の製造/貯蔵施設等、テロ行為が行われた場合に施設内/周辺に著しい危険が生じるおそれのある施設の常駐警備
      5. 核燃料・貴重品の運搬警備
    3. 以下に掲げる警備業務以外の警備業務を行う場合にあっては、非金属製の盾は携帯禁止。
      1. 深夜における警備業務対象施設への常駐警備

となっております(*)。なかなか、細かいですね。

 もともと、警備業法が制定されたばかりの頃は、ここまで細かく決まってはいませんでした。制定当初の昭和47年の段階では、金属製の盾と、警戒棒(※詳細略)を除いた他の鉄棒その他人の身体に重大な害を加えるおそれのあるものが携帯禁止品となっているだけでした。また部隊編成時に関しては、競輪場など公営競技場において警備業務を行う場合の他、部隊編成時等集団力をもって警備業務を行う際には警戒棒を携帯禁止とする旨を定めるにとどまっていました(*)。

 昭和47年当時の内容を現行の内容と比べてみると、非金属製の盾も警戒杖も持ち物に挙がっておらず、重要施設の常駐警備や核燃料物質・貴重品の運搬警備の話もありません。簡素なものです。この簡素な基準は、昭和47年の制定以来ながらくの間手付かずであり、平成15年に初めて改正され、現在の内容になりました。改正理由は、平成13年9月に発生したアメリカ同時多発テロによって重要施設の警備の必要性が高まったこと、また警備員の受傷事故発生の防止、などであるとされています。(*)

 ところで上の基準において、「××の場合は◯◯を許可」ではなく、「××の場合は◯◯を禁止」という形式で条件設定をしているのには意味があります。すなわち、許可条件列挙という形式だと、本当はダメなのだけど警備上必要があるから "特別に" 許可が下りている、という見方をされてしまう余地があるため、それを防ぐ意を込めて禁止条件列挙という形式を取っているのだそうです。

 この問題は、昭和47年に国会で警備業法の法案審議をした時から早くも持ち上がっていました。護身用具の携帯制限について、当初の政府原案では「法令の規定により禁止されているものを除き、必要な護身用具を携帯することができる。」という条文を含んでいましたが、この書き方だと護身用具携帯が特権視されるのでは?と問題になり、国会での修正によって削除されてしまったほどです。加えて、法案採決に伴い、警備員が特別な権限を持つものではないことを改めて確認する附帯決議も付いて来ました。(*)

 かように細かく、厳しく制限のかかった護身用具の携帯。実際どのような時に何を持てるのかは、禁止条件を裏返して見る事で判断します。

 例えば、空港を警備するとして、そこが警察官が現に警戒をしていない空港だった場合。昼間に常駐警備を行う警備員は、金属/非金属製の盾は持てず、また警戒棒を除いた護身具の携帯も禁じられます。つまり、警戒棒は禁止対象外。また同じ空港で、深夜の常駐警備を行う警備員は、警戒棒を除いた護身具と金属製の盾が携帯禁止対象です。つまり、警戒棒と非金属製の盾が対象外。で、その対象外の品を実際に持ちたいと思ったら、警備業者は事前に地方公安委員会に届出をして、そうして晴れて携帯可となるのです。

 ちなみに。我々一般人も、普通に生活する分には護身の必要はないと判断されておりまして、常日頃護身用具を持ち歩くなんて事はできません。もしやってそれがバレたら、軽犯罪法違反(みだりに凶器を持ち歩く罪)に問われるかも。

 警備員がイベントなどで人員整理をしたり、好ましからざる人物につき建物や敷地の外まで「退去要請」をするのは、管理権の行使というやつです。イベント主催者・建物所有者と契約を交わす事により、警備員にもイベントや建物の管理に参加する権利が生じます。我々が、居て欲しくない他人に自分の部屋や家から出て行けと言うorそもそも中に入れさせないのと同じ事です。警備員の場合、主催者や所有者自らがやる代わりに警備員がやっているというだけの話。

 警備員が、暴れてものを壊したりするやつを取り押さえて警察に突き出すのは、私人逮捕という正当な行為です。現行犯逮捕は、誰でもこれを行ってよろしい、という記述が刑事訴訟法の第214条にありまして、警察官に限らず誰であろうともできる。だから警備員ももちろんできる。という事なので、例えばあなたの目の前で万引きがあった場合、見掛けたあなたはそいつをひっ捕らえて警察に連れて行っても構いません。もちろん見逃しても(!?)結構です。でも一旦見逃すと、それはもう現行犯ではないので、気が変わったからと言って後からひっ捕らえるのは問題有り。

 現行犯逮捕といえば、近頃はテレビの情報番組に大規模小売店舗(要するにスーパーやデパートです)の保安員が出てくる事も多くなりました(*)。その会社の社員であったり警備会社から派遣された警備員であったりと所属や身分はまちまちなようですが、仕事の内容は「万引き対策」でどこも大体同じです。警備業法でいえば、2条1項1号のいわゆる一号業務。テレビ見てると、出来心で手を出す人間がいる一方、筋金入った常習犯もいまして……。対する保安員も、主婦がバイトでやっている事が多いといいつつ、テレビに出るだけあって腕がたちます。非常に身近な場所での静かなる攻防、とでも言いますか。

 ところで。こうした一般的な警備員の他に、「軍雇用」と称される特殊な警備員も存在します。彼らは在日米軍のために働く要員で、米軍の指揮監督下にあって関連施設の警備活動を行いますが、その装備や権限は警備業法に定められたものとは大幅に異なります。歴史もなかなか古いもので、発足したのは戦後間もなくの事。警備員関連の異色なエピソードという事で、以下に別に項目立てて書いております。

 犯罪に立ち向かうのは警察ですが、犯罪を予防するといいますか、人の身体や財産を守るという形で、警備員・警備業も犯罪に立ち向かって来ました。まあ今はこういう御時勢ですから、警備業の需要はこれからも減りはしないでしょう。いざという時は、警察と並んでどうぞよろしく。

 
 
主要参考資料;
『講座日本の警察4 防犯保安警察・警備警察』 編;河上和雄、國松孝次、香城敏麿、田宮裕 刊;立花書房 1993

Special Thanks to: たかちゃんさん


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