密漁船との闘い

 

1.領海・EEZ内での取締り

 もともと水産庁が取り締まりの対象としていたのは、沿岸部で密漁を行う国内の密漁者でした。今でも、水産庁が国内の密漁者を取り締まる事はあるのですが、しかるに現在主たる取り締まり対象となっているのは、日本の領海や経済水域に侵入して違法操業を行う外国の密漁者です。

 水産庁による外国船取締りがいつ、どのようにして始まったのか詳しい事は定かでないのですが、法令の面から見ると、昭和41年の末に制定された「外国人の行なう漁業等の取締りに関する省令」がどうやら最初の取締法規となるようです。同省令は、漁業法と水産資源保護法にのっとって制定された農林省令であり、外国人による領海内漁業と漁獲物陸揚げを原則禁止、罰則もありました。

 しかるに同省令は暫定的なものでしかなく、正式な規制法として翌昭和42年、「外国人漁業の規制に関する法律」が制定されます。日本における外国人漁業・漁獲物陸揚げ等が本格的に規制され始めたのは、ここからです。同法においては、領海内における外国人の漁業や日本への漁獲物陸揚げを原則禁止したのはもちろん、領海内における漁獲物の転載行為も禁止、これらの行為に際しては事前に農林大臣(当時)の許可を得なければならない事とされました。

 かくして外国漁船の違法操業を取り締まる根拠法令が整備されたのですが、当時の領海幅は3カイリ(※およそ5km)に過ぎず、これによって違法操業船の検挙が激増した訳ではありません。

 水産庁が違法操業船と対峙するようになったのは、昭和52年7月の「漁業水域に関する暫定措置法」制定がきっかけです。この法律で、日本は太平洋側に200カイリ漁業水域を設定し、その区域内における外国漁船の操業を規制しました。同水域での操業に当たっては、農林大臣(当時)からの許可を要する事としたのです。一応、漁業水域は公海に当たりますから、漁業法始め国内法令の適用は一部停止するとされましたが、漁船への立ち入り検査について定めた漁業法74条は停止対象から外し、漁業監督官が漁船への立ち入り検査を行なえるようになっていました。検査の結果違反が発覚すれば、検挙となります。

 さらにこの年には、新たな領海法によって領海幅を拡張してもいます(3カイリ→12カイリ)。領海内で操業する漁船については当然ながら漁業法が完全適用され、漁業監督官及び漁業監督吏員は、同法や昭和42年制定の「外国人漁業の規制に関する法律」を根拠に取締りを行なう事ができました。

 ただ、上記のように漁業水域を設定し領海幅を広げても、水産庁による外国密漁船の検挙は依然低調なままでした。この原因は、主として暫定措置法の内容に求められます。

 同法では、日本海西部〜東シナ海にかけての一帯には漁業水域を設定しませんでした。これは、それ以前に制定されていた日中漁業協定・日韓漁業協定との兼ね合いを考えての事です。この日中・日韓漁業協定では、領海外縁に一定の幅をもった水域を指定して沿岸国の操業水域とし、さらにその外側に締結国共同の操業水域を設けました。この共同水域における違法漁船の取締りは、その船の船籍国が当たる事を原則としていました。例えば、韓国の船が日韓間の共同水域で違法な漁業を行っていたとすると、これを取り締まる責任は韓国側にある、という事です。旗国主義といいます。

 この時期の水産庁の取り締まりは、太平洋側や日本海東部では警察権を行使し該船の拿捕を行ないますが、日本海西部・東シナ海側では、共同水域内での日本漁船の指導・取り締まりが中心でした。外国密漁船については、見付けても検挙はせず、日中・日韓漁業協定に基づき旗国に通報して検挙を求める一方監視を継続する、という対応を取っていました。しかし、日本海西部から東シナ海にかけては好漁場につき最も密漁の横行する水域であり、目と鼻の先で密漁されていながら手が出せないのでは不満もつのろうというもの。取り締まりの実効性にも疑問があり、早期の改正を求める声は大きいものでした。

 1996年・平成8年に国連海洋法条約が発効すると、状況が一変します。この年、従来の200カイリ漁業水域は新たな200カイリ排他的経済水域(EEZ)として生まれ変わり、漁業主権法を始めとする関係国内法令も整備されましたが、ここでは旗国主義ではなく沿岸国主義が採用されていました。EEZ内の漁業法令違反行為は、そのEEZを有する沿岸国が実施するものとする、という事です。この新しい体制に合うように日中・日韓漁業協定を改訂締結する作業も行なわれ、日韓間では1999年1月末に、日中間についてはかなり難航しましたが、2000年・平成12年2月末に至りようやく締結。これによって、日本のEEZ内における外国密漁船は原則日本側で検挙できる事となりました。これ以降、水産庁は本格的な取締りに乗り出す事になります。

 さて。まずはこの数字を御覧下さい。

平成12年中の密漁船取締り関連の数値
  • 取締予算……約66億8,000万円(我が国200海里内の指導監督及び取締費、漁業監督公務員等研修費)
  • 取締船……35隻(内、官船6隻、用船29隻)
  • 取締航空機……4機(いずれもチャーター)
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ7,531日間、取締航空機にて89フライト、延べ983時間
  • 取締実績……外国漁船への立入検査111件、警告措置49件、拿捕23件
平成13年中の密漁船取締り関連の数値
  • 取締予算……約76億円(我が国200海里内の指導監督及び取締費、漁業監督公務員等研修費)
  • 取締船……35隻(内、官船6隻、用船29隻)
  • 取締航空機……4機(いずれもチャーター)
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ8,040日間、取締航空機にて延べ1,128時間
  • 取締実績……外国漁船への立入検査165隻、警告措置85隻、拿捕24隻
平成14年中の密漁船取締り関連の数値
  • 取締予算……約81億円(我が国200海里内の指導監督及び取締費、漁業監督公務員等研修費)
  • 取締船……35隻(内、官船6隻、用船29隻)
  • 取締航空機……4機(いずれもチャーター)
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ8,029日間、取締航空機にて延べ1,214時間
  • 取締実績……外国漁船への立入検査197隻、警告措置81隻、拿捕34隻
平成15年中の密漁船取締り関連の数値
  • 取締予算……約84億5,000万円(我が国200海里内の指導監督及び取締費、漁業監督公務員等研修費)
  • 取締船……35隻(内、官船6隻、用船29隻)
  • 取締航空機……4機(いずれもチャーター)
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ7,882日間、取締航空機にて延べ1,368時間
  • 取締実績……外国漁船への立入検査177隻、警告措置60隻、拿捕39隻

 取締船35隻で延べ7,500〜8,000日間。1隻平均215〜228日。1年の3分の2近くは海の上に居て、取締りに従事している事になります。無論、200日間連続行動という訳ではありませんが、とはいっても洋上にある間は家族にも会えず、危険と隣合わせ。厳しい勤務です。

 現在の水産庁による不法操業取締りは、大体の場合、容疑船を見付けて立ち入り検査をかけるところから始まります。日本のEEZ内で操業する外国漁船は、「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律」、通称漁業主権法にもとづきその条件が細かく決められています。

 日本のEEZ内で操業する外国漁船は、まず操業許可を受けた上で、船外にその許可表示をなし、許可された漁具のみを用い、操業日誌に操業位置・日付・漁獲量・漁種などを記載しておかなければなりません。また、漁業法に基づく漁業監督公務員の立入検査を受ける義務もあります。これらの許可表示・日誌記載等を怠ったり、許可されていない魚を獲ったり、また違法な漁具を使ったりすれば、検挙の対象となります。水産庁が挙げる不法操業の大半は、こうした漁業主権法上の遵守事項に違反した漁船です。

 通常の立ち入り検査の結果違反行為が確認されて検挙に至る、という案件ばかりであれば波風も立たないのですが、しかしそればかりではないのが実情です。特に、違法と意識していて逃げる気満々な悪質密漁船になると、逃走・抵抗を試みるため、検挙に大きな危険が伴います。

 水産庁と同じく漁業主権法に基づく密漁防止に当たっている海上保安庁の場合、保安官には武器の携帯権があり、また高速が出て小回りも効く巡視艇を持っていますから、危険々々とは言ってもまだなんとかする余地があるのですけれども。しかし水産庁の方は、取締り体制が絶対的に小さいため、様々な困難があります。

 少ない予算と人員で効率良く洋上取締りを実施する必要から、水産庁が保有・用船する船舶は、いずれも排水量数百tないしそれ以上の大き目の船舶です。洋上に長期滞在し立ち入り検査をこなせる事を主眼としているからです。速度についてはさして問題ありません(相手の漁船もそこまで俊足ではないので)が、小回りは効かず、逃走する漁船を追跡するにはあまり向いていません。

 逃走する船をどうにか停船させ得たとして、その後の移乗手段ですが、水産庁はゴムボートを用いています。大型船を直接漁船に横付けするのはかなり危険だからです。しかし、土壇場で相手の漁船が動き出しゴムボートに体当りする可能性がある等、危険は少なくありません。海保の巡視艇のような小型の快速艇があれば便利なのでしょうが、先にも触れたような事情で、なかなかそういうものは持てません。

 また用船された民間船の場合、取締要員として乗船しているのは漁業監督官1名だけである事が普通です。通常の立ち入り検査を行なうのであればこれでも充分なのですが、抵抗が予想される悪質な船を検挙するとなると、心もとないものです。

 もちろん、水産庁の側でも無策ではなく、こうした密漁船にも対抗できるように一定の対策を取ってはいます。

 前に取締船写真コーナーで紹介したように、取締船には放水銃を備え、抵抗の抑止にも用いています。逃走船には音響弾を投擲し、警告に用います。どうしても停船させられないようであれば、カラーボールを投げて塗料を付着させ、後日の捜査で識別・検挙が可能なようにします。

 移乗する監督官は、防水衣の上からライフジャケットを兼ねた防護ベストを着用し、肘と膝にプロテクターを着けます。ヘルメットは、通常のフラットのものの他、顔面保護用バイザーが付いたものもあり、また特に抵抗が予想される場合には特殊警棒も携帯します。監督官には武器の携帯権がないので、現状で打てる手といったらこの辺りが精一杯なのでしょう。

 今のところ、相手の抵抗に遭って監督官が受傷、ないし殉職したという話は聞きません。しかし、だからといって安全な訳では決してない。平成12年2月と平成14年5月には、逃走する密漁船が取締船の追跡を妨害した上、取締船に衝突する事故が起きています。

2.公海での取締り

 領海・EEZ内での取締活動が主に外国漁船を相手にしたものであるのに対し、公海上での取り締まり活動は日本の漁船が対象になります。公海はどこの国の海でもない、どこの国の法律が幅を利かせる訳でもない場所です。公海上での取締りは、いまだに旗国主義に則って行う事が原則となっていますから、公海上で操業する日本漁船の取締りは、日本が責任持って行わなくてはなりません。

 日本国内に漁業関係法規があり、また漁種によってあれこれ細かく漁獲量や漁獲の時期や漁法に制限が付けてあるのと同様、魚種ごとの漁獲量・漁獲時期・漁法制限に関する国際合意というものも存在します。とりわけ有名なのは「くじら」に関する漁業制限(商業捕鯨の禁止)でしょうけれども、他にも、国際的に漁業制限がかけられた魚種というのは幾つもあります。

 水産庁の場合、特にかつお・まぐろ漁船を主対象として公海上における取締り活動を展開している模様です。かつおはどうだか知りませんが(汗)、まぐろは国際的な漁業制限がかかった魚です。公海上にて、日本国籍の漁船がつまらん密漁をしないように見張るのは、水産庁の取締船です。

 さて、前例にならい、まずは取締り関連の数字から見て参りましょう。

平成12年中の外洋漁船監督関連の数値
  • 取締予算……約16億9,800万円(公海及び外国周辺海域の指導監督及び取締費)
  • 取締船……5隻(いずれも用船)
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ838日間
  • 取締実績……日本漁船341隻、外国漁船151隻を視認し、その指導監督を行う。
平成13年中の外洋漁船監督関連の数値
  • 取締予算……約11億9,900万円(公海及び外国周辺海域の指導監督及び取締費)
  • 取締船……4隻
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ681日
  • 取締実績……外国漁船342隻を視認し、うち1隻を検挙
平成14年中の外洋漁船監督関連の数値
  • 取締予算……約11億8,600万円(公海及び外国周辺海域の指導監督及び取締費)
  • 取締船……4隻
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ806日
  • 取締実績……日本漁船285隻を視認、うち2隻を検挙
平成15年中の外洋漁船監督関連の数値
  • 取締予算……約11億600万円(公海及び外国周辺海域の指導監督及び取締費)
  • 取締船……4隻
  • 取締従事延べ時間……取締船にて延べ735日
  • 取締実績……日本漁船410隻を視認し、その指導監督を行う。(検挙なし)

 取締船1隻当たりの洋上滞在日数を算出してみますと、大体160〜180日。平成12年はまだ取締船が5隻いたので、1隻平均167日という低目の数字になっていますが、4隻になってしまった平成13年以降はアベレージもじわっと上がり、平成14年にはなんと平均200日洋上滞在となっています。

 沿岸・近海域での取締りと異なり、こちらは本物の遠洋です。洋上滞在200日といえば、近海域での取締船の活動状況とあまり変わりません。しかし、遠洋での取締りの場合は日本を遠く離れて活動しますから、1ヶ月は海の上〜などという事も珍しくない。その大変さは察して余りあります。予算の割に検挙実績は少ないですが(!!)、だからと言ってムダだなんて言ってはいけない。

 

 長期の洋上滞在を必要とし、時化とも戦い、密漁船がいれば検挙。とはいえ、悪質に抵抗する密漁者あり、また検挙してみても、ボンド制度を逆手に取り、金を出してぱっと逃げてしまう密漁者あり。公海取締りの場合は密漁の現認が困難な事から検挙も難しく、全くもって忍耐の仕事です。苦労の割に報いの少なそうな仕事ですが、しかし、漁業資源保護に監督と取締りは欠かせません。かくして、監督官は今日も海に出る。

 

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