原因調査担当消防官

 

 消防官です。普通消防の仕事といえば耐火服着て火を消す(レスキュー、救命救急てのもありますが……)のが仕事と考えられてますが、それだけじゃありません。火災の原因調査も、消防法に定められた立派な消防の任務なのでした。

 火災原因の調査は、将来の火災予防に役立てるのは勿論ですが、犯罪捜査とも関わって来る結構大事な問題です。放火が重大な犯罪である事は疑いありません。しかしそれだけでなく失火、すなわちうっかりして火事になった場合も、これも立派な「失火罪」という罪になるんでして。加えて人が死傷したりすれば業務上過失も付きます。そもそも火事になったら消防と一緒に警察も来て、鎮火の後は現場検証を行なうところからもうかがい知る事ができるでしょう。火災現場を保全し原因を調査究明して犯罪の捜査に協力する事は、消防の重要な任務の1つです。

 とは言え、消防の行う調査はあくまで行政上のもの、出火原因に出火点からの延焼経路・避難状況、焼損状況と消火活動の経過などを組み合わせて将来の防火・防災に役立てるためのものです。犯罪捜査を目的とした司法警察的なものではありません。それは警察の仕事です。もちろん警察の捜査に「協力」する事はありますけど、本分はあくまで行政的な原因究明そのものです。

 消防法上、放火や失火の疑いがある場合における原因調査の責任・権限は、市町村の消防機関の長及び署長が有しています。消防本部を置いている市町村にあってはトップたる消防長と消防署長、消防署のみを置いている市町村にあっては署長。がしかし実際は、消防長・消防署長から権限の委任を受けた一線の消防官が原因調査に従事します。

 なお、消防署のみで消防本部のない市町村、あるいはそもそも消防機関がない市町村(あるのは消防団だけ)においては、要請があれば都道府県知事がこの責任と権限を代行します。この場合、都道府県には消防機関がありませんから、実際に調査に従事するのは、消防防災課や都道府県立消防学校等で消防関係事務を行っている職員です。

 さらに。地方の消防機関だけでなく、中央の総務省消防庁が調査に乗り出す場合もあります。消防長ないしは都道府県知事(市町村の要請で調査に従事している場合)からの要請があるか、あるいは長官が特に必要と認めた場合、消防庁自ら火災について原因調査を行う事ができます。長官自ら責任を負う特別な調査という事で、「長官調査」とも呼ばれます。長官調査には、消防庁の職員が従事する他、独立行政法人消防研究所の職員が消防庁長官から委任を受けて従事する事もできます。この機関は火災現象や消防活動について日夜高度な研究を行っていますから、困難な事案の調査についてはその知恵を借りよう、という訳です。

 実際の火災原因調査の流れは、簡単に書くと以下の通りです。まず、火事が起これば、当たり前のようにポンプ車や救急車がやって来ますけれども、同時に原因調査の車両もやって来ます。消火の間は、本格調査に備えて、現場の保全や火点の確認につとめたりします。そうして火が消えると、本格的な調査の始まり。

 火災原因究明のために、消防官は関係者に質問をし、資料の提出を命じ、現場に立ち入って検分する事ができます。現場を検分するに当たっては、原則として日の出から日没までの間に実施する事、個人の住宅は原則として当人の承諾を得てから検分する事、という制限が付きます。また、必要なら関係機関に照会をすることもできます。これらでもって、いつ火事に気がついたか、どこら辺りが燃えてたかetcなどなど関係者の証言を集めたり。現場を検分して燃え広がった方向や燃え具合を調べたり。図面をチェックしたり。気になる遺留品があったら借りて帰って鑑定したり…。そうして、何が原因でどこから火が出てどう燃え広がり、消防はそれにどう対応してどうなったか、今後はどうすれば良いか、などなどが調査されるのです。

 こうした消防の調査は、警察の現場検証のように裁判所から令状もらって強制的に出来るものとは違います。基本はやはり相手の権利を侵害しない範囲での、あるいは相手の協力ないし承諾を得ての任意調査。とはいえ、こうした調査に誰しもが協力的という訳でもなし。中には、質問に答えないとか、関係資料を渡さないなどという行為に出る人もいるかもしれません。そういう場合の調査に実行力を持たせるために、調査活動の妨害や質問への虚偽解答には罰則が定めてあります。当局自ら手を下すのではなく罰則の威力で協力させる、いわゆる間接強制というやつ。

 もっとも、消防は司法警察権を持ってませんから、ウソや妨害があったからといってその場ですぐ相手を逮捕するなんて真似は出来ないんですけど……。とは言え、「素直に調査させないと/質問に答えないと警察呼びますよ」という消防官のせりふは、それなりに相手の頭を冷やしてくれるでしょう。ちなみにその罰の中身は、消防法によると、「罰金30万円または拘留」との事です。

 調査を担当する消防官の所属セクションですが、消防内部でも予防部門か警防部門のどちらかに属するもののようです。原因調査は消火活動中から既に現場保全という形で始められるものなので、消火を担当する警防部門の中に調査担当部署を設ける消防局がある一方、原因調査は将来の防火・防災に役立てるものであるという趣旨から、防火指導・検査などを担当する予防部門の中に調査担当部署を設ける局もあります。天下の東京消防庁は後者の形式を採用しており、一方我が街福岡の消防局は前者の形式を採用しています。

 実際の消防に即してみると、まず東消の場合、本庁予防部調査課と各署の予防課指導調査係が調査担当部署です。火災が起こると、署の調査員が現場に臨場して現場保全を行い、引き続いて原因調査を行います。署レベルの調査で済まない場合には、本庁調査課が出動して本格的な原因調査を実施します。一方福消の場合、本部警防部警防課調査係と各署の警備課警防係が調査担当です。火災が起こると署の調査員が警防調査隊を編成し、現場で調査を行います。ところで福消では、原因調査はすべて署の警防係で行い、本部警防部の調査係が直接乗り出す事はありません。同じ原因調査といっても、その体制は局によっていろいろと違うものです。

 こうした火災原因調査の任務と権限が消防に加わったのは、戦後のことです。戦前の消防は、内務省の下に集権化された官設消防と市が設置する公設消防に分かれ、いずれも警察の監督下にありました。仕事はほぼ純粋に火消しであり、原因調査は警察に任されていた訳です。これが戦後になると、消防は警察と分離され、さらに設置も自治体の責任でもって行うという風になりまして、この際に原因調査任務も与えられました。

 この原因調査について、エピソードらしきものを2つほど挙げておきます。

 以上、消防官による原因調査の話でした。なお、ここで取り上げたのは消防のほんの一側面の話でしかありません。消防そのものに関する話は「にっぽんの危機」の災害対策コーナーにて書いております。その気と時間のある人は、どおぞ。

 余談ですが1991年の映画『バックドラフト』では、ロバート・デ・ニーロがベテランの火災調査官を演じてました。かっこよかったっすねー。あれ位スマートにとは行かないでしょうが、しかし日本の消防でも同じような仕事がなされている訳です。表にこそ出て来ませんが、ね。

 
主要参考資料;
『現代地方行政講座6 警察消防行政他』 著;今村弘 刊;ぎょうせい 1979
『放火犯が笑ってる』 著;木下慎次 刊;イカロス出版 2003
『J-レスキュー』 編集・発行;イカロス出版

Special Thanks to:CHEETAHさん、まさやんさん


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