公正取引委員会審査官

 

 先に出た証券取引等監視委員会と同じく、準司法的役割を負った委員会として、公正取引委員会があります。まあ、歴史はこちらの方が古いのですけど。

 「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」、いわゆる独占禁止法が公正取引委員会の設置根拠法規です。委員会は同法にもとづいて活動する他、同法を補完するものとして制定された下請代金支払遅延等防止法(下請法)、不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法・景表法)にもとづく活動も実施します。

 公正取引委員会は、当初は総理府の外局として設置され、平成13年の行政改革で総務省の外局に、そこからさらに内閣府の外局へと異動しています。内閣府外局ですから、総理大臣の手の内にある機関。その重要性の程が分かります。委員会を構成するのは委員長及び4名の委員、さらにその下に実動組織たる事務総局があり、その職員中には特に検察官・弁護士、あるいはその資格者を混ぜなければならないと定めてあります。地方組織としては七つの地方事務所と、内閣府沖縄総合事務局内の公正取引担当部局があります。

 公取委が担う任務とは、市場における私的独占・不公正な取引きを監視し、摘発する事です。例えば一企業あるいはごく小数の企業による談合での市場独占、価格操作、独占状態を利用した不公正な取引などなど。一見、なんだか高校現代社会の教科書みたいで今いち現実感が湧きませんが……しかしカルテルのような談合や私的独占、不公正な取引きは、結局は物価の高騰や詐欺まがいの商品宣伝といった形で一般消費者を襲います。それを考えると、案外に生活と関係深い組織だとも言えますか。

 独占禁止法、及びそれに基づく公正取引委員会は、戦後にアメリカの反トラスト法を模範として設けられました。さかのぼってみればなんと昭和22年にまで至りますから、まさに戦後すぐ。財閥解体を初めとする「経済民主化政策」の一環という事でしたが、はっきり言ってこれは、当時の日本になじみの薄い思想に基づく法と組織でありました。何と言っても、戦前の日本では大財閥が経済界に君臨し、市場の独占も珍しくはない。そこに外から経済民主化なる思想を導入しても、そう簡単に受け入れられないのは理の当然です。独禁法の事を「経済憲法」と称するのは同法が尊重されていた証ですが、現実には、その骨抜きが不断に目指されてもいました。随分と嫌われてきたものですね。

 モノの本によると、日本が主権を回復して占領軍が出ていった途端、「後ろ盾」を失った公取委の活動は停滞したそうです。昭和30年代半ば頃までの公取の活動は低調で、市場の独占に繋がりかねない企業合併にも文句を言いません。

 昭和40年代頃になって来ると、経済発展に伴う商品販売競争が激化し、商品の表示と中身が違う不当な販売であるとか、談合による価格つり上げが横行します。ここで何もしなければ、文字通り「公取委なんていらない」状態になってしまいます。公取委はカルテル摘発に奔走し、どうにか面目を保ったという事でした。もっとも、カルテルを摘発しても物価の方はなかなか下がらず、独禁法の限界もまた見えたのでした。そうした穴を抱えてはいますが、それでもできる範囲で手を打って来たという事です。

 こうした公取委の仕事について、以下少々。

 企業は、大規模な株取引だとか役員の交代・任命だとか特定の幾つかの情報について公正取引委員会に報告する義務があります。また公正取引委員会は、日頃から独自に、市場に関する一般調査(特定の犯則事件調査ではなく)を企業相手に行って、様々な情報を蓄積しています。そういった情報から犯則の疑いの端緒をつかむと、さらなる調査が展開するのです。

 が、これはあくまで建前。実際のところ端緒として一番多いのは、個人からの情報提供=いわゆる「たれこみ」だとか。私的独占の疑いを抱いた個人は公正取引委員会に通報することができる、という規定が独禁法にあります。名前や住所を告げる義務は一切ないため、これでもって通報してくる人が結構いるみたいなんですね。ここで被害受けている人が泣き寝入りせず訴えて来る場合はともかく、実際には逆恨みで通報してくる困ったさんもいないではないという事なのですが。これはまあ、よくある話。なお、下請法や景表法にはこうした規定はないのですけれども、独占禁止法に関連する特例法たる存在なので、実際には独占禁止法同様個人からの情報提供は受け付けしています。

 情報やら通報やらで犯則の疑いありとなると、犯則調査が行われます。景表法と下請法には犯則調査の項目はありませんが、「報告および検査」の項目があり、内容としては独占禁止法にもとづく犯則調査とほぼ同じです。

 公正取引委員会において犯則調査を行うのは、事務総局審査局に属する審査官ですが、この肩書を持った人がいつも審査局にいる訳ではないようです。独占禁止法によると、どうやら調査の都度ごとに職員中から適任者を選んで審査官に指名するらしい。以後の調査活動は、全てこの指名された審査官が行います。

 ここは「治安機関エトセトラ」のコーナー、広い意味で治安維持に当たっている機関で強制力もそれなりに持っている皆様、という但し書きが付いたコーナーです。という訳で、ここで出てくる公取委審査官さんも、一応強制力をお持ちです。「一応」と付けたのは、持っている強制力が限定的なものだからという理由からなのですけれどもね。

 例えば警察官は、裁判所から令状をもらった上で、自分自ら捜索等に当たる事が出来ます。つまり、立会人同伴ながら、他人の家にずかずか踏み込んで、机の引き出しやら床下やら、あちこち探し回って構いません。「直接強制」というやつです。ところが公取委審査官の場合、そうではありません。彼らの持つ強制力は「間接強制」といって、自分でごそごそ探し回る事はできない事になっております。

 つまり審査官の場合、相手に「これこれを出しなさい、もし断ったりウソついたりしたら、あなたは罰せられますよ」と言うだけなのです。それで相手が素直に目的の資料を出せばそれで良し。出さなかったりウソついてそれがばれた場合などは、だからと言って自分で探しに出る事はできなくて、せいぜいが違法行為の容疑でもって告発ができる程度。それだけ。以前出た消防官や、国税職員の項目中の国税調査、丁度あの辺と同じようなものです。

 手緩いと、言ってしまえばそうですけれども。しかし独禁法および関連する特例法の目的は、市場の競争秩序を維持する事であり、犯罪を摘発し違反企業をとりつぶしてしまう事ではありません。だから、秩序維持のための犯則調査をやる審査官の権限もそこまで強いものではないという訳です。

 またこの場合、間接強制ですから、いかに罰則というムチが後ろに控えているとはいえ、究極のところ資料その他の入手は相手方の任意という事になります。顔はにっこり手にはムチ、と見えても、任意は任意。任意調査に令状はいらん、という事で、審査官の犯則調査に当たっては裁判所の令状は不必要という事になっております。

 なお、調査の結果犯則が明らかになった場合。この場合、公取委は相手の企業などに対し独占状態を排除する命令や、課徴金を納める命令を出します。独禁法に基づく時は「適当な措置」を取るべき勧告を行い、下請法だと「必要な措置」を取るべき勧告、景表法だと不当表示を取り止めるべき排除命令を出します。また、独禁法には課徴金に関する条文もあり、不公正取引で利益を得た場合においては、課徴金納付を命ずる事もできます。ただし、これらは行政上の命令であって、刑罰ではありません。上でも書きましたが、公取委の目的は市場秩序の維持であって、犯罪を摘発し罰する事ではないのです。

 一応独占禁止法にも罰則はありますが、それが適用される例はほとんどないようです。というのも、市場の私的独占や不当取引などを独占禁止法違反でもって立件する場合、起訴の必須条件として公取委からの告発が挙げられています。しかるに公取委は、仕事は市場秩序の維持であって刑事責任の追求ではないという事で、私的独占や不当取引などの容疑での告発はあまりやりません。これをもって公取委の事を「ほえない番犬」と呼ぶ向きもあるようですが……どうなんでしょうね。

 なお、公取委の命令に相手が従えば問題ありませんが、不服ある場合は公取委が開く「審判」の場で白黒付ける事になります。審判は独占禁止法に規定されており、「事件を審判手続に付することが公共の利益に適合すると認めるとき」に開かれます。なので、勧告や課徴金納付命令抜きでいきなり審判という事も出来なくはありません。しかし実際は、審判に先だって勧告あるいは課徴金納付命令を出し、それに異義が出た場合に審判開始という流れになっています。

 下請法と景表法では、勧告/排除命令に従った相手には審判を開かない事が明示されており、まずは行政命令というのが基本です。あと、下請法には審判開催に直接関係する条文がありませんが、これは審判を開かないという事ではありません。独占禁止法違反・下請法違反の両方の疑いで犯則調査を進め、まずは下請法に基づく勧告を行い、だめなら独占禁止法違反に切替えて審判、という事です。

 審判では、犯則調査を担当した公取委の審査官と被疑者ならぬ被審人が意見を述べ合い、証拠を提出し、それに基づいて裁判官に該当する審判官が「審決」を下します。裁判の仲間みたいなものですね。ただ、裁判と違って一審限り。再審も上告審もありません。審決の内容に不服がある時は、公取委にさらなる異義申し立てをするのではなく、裁判所に行政処分取消の訴訟を起こす事になります。審判も審決もあくまで行政行為ですので、裁判所に訴え出る事ができます。

 ちなみに。審決は審判が開かれなかった場合にあっても下される場合があります。独占禁止法にもとづく処分は審決によって確定しますので、独占禁止法に基づく勧告・課徴金納付命令に最初から従った場合であっても、審決は下されます。これを勧告審決といい、審判にもつれ込んだら審判審決といいます。なお、下請法に基づく勧告や景表法に基づく排除命令に従った場合は、審決はありません。

 審判審決は勧告審決よりも執行力が強く設定されており、必要とあらば、公取委は審決の内容が遵守されているかどうか調査を行う事ができます。この調査は、犯則調査の場合と同様に間接強制でもって行う事ができます。もし違反があれば、今度はもう審判など開かず、独占禁止法第90条第3号違反(審決確定後の遵守義務違反)で検察に告発という事に。有罪となれば、2年以下の懲役あるいは300万円以下の罰金が待っています。

 勧告審決の方は、違反への罰則は設けられていますが、公取委による遵守状況の調査権は設定されていません。こういう差が出ている理由は不明です。素直に従ったから大丈夫だろう、って事なんだろうか。もっとも、課徴金については強制徴収権が設定されており、公取委から課徴金納付命令を受け、あまつさえ督促まで受けておきながらなお納付しない相手に対しては、国税徴収の例にならって徴収を行う事ができます。税務署員よろしく、証票持って出向いた職員が自らガサかけられる。この辺りにもまた微妙に強制力が備わっております。

 
 
主要参考文献;
『特別法コンメンタール・独占禁止法』 編;阿部芳久 刊;第一法規出版株式会社 1978
『独占禁止法』 編;正田彬 刊;株式会社日本評論社 1974
『独占禁止法入門 第四版』 著;今村成和 刊;有斐閣 1993
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