探偵

 

 探偵が殺人事件を調査する。この、現代日本ではまずあり得ないシチュエーションでもって展開していく物語が、日本にはなんて多いんでしょう。いやあまあ、多くある事自体は別に構わないんですけど…それなりに正確で面白くさえあればね…(笑)。

 探偵稼業は、業種名としては「調査業」となります。ですから探偵さんも、かしこまって呼ぶと「調査業者」となります。民間において、専門の業務として様々な調査活動を行う、いわゆる探偵業・調査業は近代の産物であり、日本においてもこれが生まれるのは明治以降の事です。どうでもいい事だけど、探偵が犯罪の調査に当たる伝統は日本にはありません。基本的に物語というのは「現実にある物事」を下敷きにして生まれて来るものですから、そう考えると日本には探偵物語を生み出す素地はないはず。では今現在の探偵物語の隆盛は何なのか、となりますが…。日本における探偵物語のそもそもの始まりは、輸入モノじゃーないですかね?

 物語の中では犯罪調査に大活躍の探偵ですが、実際のところはどうかと言いますと。

 まずは探偵業、正確には調査業の定義からです。民間にあって各種調査活動を専門的に行う者、というのがその定義になりましょうか。各種調査活動というだけあって、その活動内容は様々です。最も一般的なのは個人事情調査、中でも浮気調査になります。けど、もちろんそれだけじゃありません。他にも列挙すると

  • 企業・個人の経済的信用調査
  • 個人の一般身辺調査
  • 家出人・遺失物の所在調査
  • 各種保険の事故調査
  • 裁判所等の証拠調査

こんな感じになります。

 経済的信用調査というのは、依頼主の取引先の経済的信用を調査する、というものです。又たまにですが、自社/自分がどれだけ周囲から信用されているか調べてくれという信用調査依頼も来るみたい。それにしてもまあ、全然探偵らしくないですねー。なんだか一般的なデータ収集といった趣で、「犯罪」だの「治安」だのとは一見からんで来なさそう、ですが。でも取引相手が大変な赤字企業だったり幽霊企業だったりしたら、こっちが損をしますので。予防的な側面は十分にあります。ちなみに、調査会社の大手さんは大体この経済調査の会社であるようです。

 個人の身辺調査は、先にも触れた浮気の調査なんかも含まれるんですが、最近はそれだけでもないみたい。このところとみに問題になっているストーカー、この対策に調査業者が乗り出しているところがあり、具体的には、被害者の身辺を調査してストーカーを捜し出すというものです。平成12年5月にストーカー規制法が制定され、この対策には警察も乗り出しているんですが、そうはいってもありとあらゆるストーカーに警察が出張るには至らないようで(警察も忙しいですから…)、そこで調査業者の出番、という訳です。

 調査の手法は、すぐ上でも挙げたように、被害者の依頼を受けてその身辺を調査し、ストーカーを割出すというものです。ストーカーが分かったら、依頼人にその事実を告げ、場合によっては当人から「二度としません」と念書を取ったり、悪質なら警察に通報したり。最近ではテレビの情報番組で取り上げられる事も多くなりました。

 所在調査となると、探偵さんな香りが益々強まって来ます。これは、読んで字のごとく。普通家人に家出されると捜索願を出すものですが、捜索願は年間通して相当数提出されており、これまた警察だけですべてをこなすのは到底不可能なようです。そこで、探偵に依頼して警察とは別に探してもらう人も多いようですね。

 各種保険の事故調査ですが、これはまさに事故を装った保険金詐欺を防ぐためになされる調査です。病気、怪我、不慮の事故、さらには火事に盗難にと保険のお世話になるケースはいくらでもあります。が、世の中にはこうした事態を装って保険金をせしめようとする輩は実はかなり大勢いるようです。それどころか中には「保険金を狙った殺人」だってあるくらい。

 最初はなんでもない事故と思われていたものが、調査会社の調査で詐欺が発覚、保険金不払どころか警察への告発にまで至ったケースも1件2件ではないという話ですから…すごいものですね。まさに犯罪との闘いといいますか。調査会社の中には、この保険調査を専門にするところもあります。

 最後の証拠調査ですが、これは民事裁判で使う証拠集めが大半です。離婚調停を有利に運ぶために浮気の証拠をつかむ、なんてのはその典型と言えましょう。まあ、それだけなら個人の事情調査や一般素行調査と大して変わらないのですが、刑事裁判関連の証拠調査となると話も変わって参ります。

 一頃、交通ひき逃げ事件被害者やその関係者が検察審査会に容疑者不起訴処分の見直しを訴え出る事がままありました。ここで、被害者・関係者の依頼を受け事件の精密な状況再現やら新たな目撃者探しやらをやって審査会を動かすきっかけを作った人々の中に、弁護士に混じって調査業者もいたといいます。これもまた、犯罪調査的な感じがする活動ですね。

 この他珍しいところでは、警備業者と組んで、あるいは独自に、企業やら各種法人から内部調査・監査の依頼を受けたり、自らのノウハウを生かしたセキュリティ・コンサルタンティングを行っている調査業者もいるそうです。機密を保護し情報流出を防ぐテだとか、そういうものを伝授するんでしょうけど。こちらも、旧来の探偵さんイメージとは似ても似付きません。このように調査業は安全関連産業的な側面を色々持っているものでして、今回ここで取り上げてみました。

 調査業者は、各種ひっくるめ国内におよそ3000社余りが存在するそうです。もっとも、その内の多くは幽霊会社で、実際に調査活動に従事しているのは1000社程度だとも。「警備業法」がある警備業界とは違い、調査業界には業界そのものを監督する法律がまだなく、実態は分かりにくいのが現実です。監督法規がないという事は法律が調査業を一個の業種として認めていないという事であり、こういったところに調査業の「根の浅さ」がうかがわれます。物語の中でいくら活躍しようとも、実社会ではまだなじみも薄く、ともすると珍奇なものと見られがちな訳です。もちろん、警察を差し置いて殺人事件調査なんてしないし、第一出来ないです。(笑)

 さて、調査業者が調査業者たるためには調査活動が欠かせないんですが、その調査活動とそのための権限について。問、探偵は、調査活動に当たって何か特別な権限を持っているのか? 答、そんなコトはない。調査業者は一民間業者でしかありませんから、持っている権限は一般私人と変わりません。彼らの特異なるところは、その権限にではなく、ノウハウにあります。

 例えば、法令に違反しない範囲での尾行、張り込み、会話録音に写真撮影、他人への聞き込み、企業登記簿や写真・雑誌といった公開文書の閲覧、私人でもできる調査活動手段といえば、こんなところでしょう。工夫をこらせば、それなりに成果を挙げる事ができます。

 家出人捜索のためにその友達筋に聞き込みかけるとか。浮気調査のために当人尾行して、ホテルに出入りした時は写真撮るとか。信用調査のため登記簿見たり関係者に聞き込みをするとか。生命保険の調査で入院先の医者に話を聞くとか。まあ、尾行や写真撮影をするに際してはバレないよう、聞き込みに際しては場所と相手と状況により言葉を選ぶ、といった特殊な工夫も要りますけど。ざっと書くとこんな感じ。

 いずれの場合も調査する相手の権利を侵害しない、あるいは相手が承諾した範囲内の活動・手段でなければいけません。例えば社長の依頼を受けての社内調査、とかいうきわめて特殊な場合を除き、探偵=私人に直接にしろ間接にしろ強制調査権などありはしないのですから。

 そういう訳でだ。任意調査なら警察だってやるし、又警察には現場遺留品を組織的に収集分析するシステムと技術がある。特に後者のシステムと技術は、一介の探偵の目利きや思い付きとは比べ物にならない強力な証拠提出能力を持っている。従って、警察が探偵にある程度協力するか、あるいは警察がよほどずさんな捜査をやるかしない限り、探偵が殺人事件を解決してみせる機会はないのである。そゆ事。

 いや別に、調査業にことさら恨みがあって言ってる訳ではないですからね。でもねー、警察の存在をまるきりムシしたかのような探偵小説って、読んでてハラ立つんですよねー(笑)。その探偵が刑事訴訟法をもムシしてる時は、なおさらハラ立ちます。おまーは「違法収集証拠排除の原則」を知らんのかコラ!!ってなもんで。いやぁ、ほら、私って警察まにあなもんですから。(笑)

 とかなんとか色々書いてきましたが。警察は動いてくれなさそうな小さな、それでいて困ってしまう事件や疑問、あるいは民事上の問題とか。そういうのを抱えてしまった時、弁護士に頼るのも一つのテですが、調査業者に(も)頼るという選択もあります。弁護士の力が法律の知識なら、調査業者の力は調査技術です。正規の良心的な調査業者は、弁護士とはまた違った形で、困ってしまったあなたの力になってくれるでしょう。

 
主要参考資料;
『講座日本の警察4 防犯保安警察・警備警察』 編;河上和雄、國松孝次、香城敏麿、田宮裕 刊;立花書房 1993
『保険犯罪調査官』 著;福島正人 刊;PHP研究所 1999
書庫にある書籍、雑誌(^^;

戻る
前の項へ
inserted by FC2 system