麻薬取締官等

 

 名前くらいは聞かれた事あるのでは。アメリカ連邦政府司法省の同業者「DEA」が有名ですけど、日本にも、あるんです。麻薬捜査の専門機関が。ただし陣容はと言うと、こちらの方がはるかに小さいかも……。あまりに小さいので、平成8年9年辺りの橋本行革では警察に吸収される寸前まで行きましたが、運良く(?)生き残りました。

 厚生労働省医薬局に監視指導・麻薬対策課という部門があり、そこは麻薬・覚醒剤の取締を担当している部門です。ここには刑事訴訟法に基づく強制捜査権を持った取締要員も置かれており、日夜違法薬物との闘いを繰り広げております。

 取締要員は麻薬取締官と麻薬取締員とに分かれています。麻薬取締官は、厚生労働省職員中一定の資格を有する者の中から大臣が任命し、同省医薬局監視指導・麻薬対策課を筆頭とし全国に8つある地方厚生局麻薬取締部及び沖縄地方麻薬取締支所に配属されます。取締官になるための資格は、

  • 通算2年以上の麻薬取締り事務従事経験
  • 通算3年以上の薬事行政事務従事経験
  • 法律または薬事関係の学士号
  • 短大または高専にて法律あるいは薬事に関する科目を修め、かつ通算1年以上の麻薬取締り事務従事経験

のいずれかになります(麻薬及び向精神薬取締法施行令10条)。麻薬取締りの専門捜査員なだけあって、薬学などの専門知識が重要なようですね。実際、やや古い平成9年5月のデータですが、当時の麻薬取締官176名中の47%(人数換算で82〜83人くらい)が薬剤士資格者だという数字もあります(*)。薬学部の学生さんで見込みありそうな人は、「厚労省なんてどうかね?」と教授からのお誘いがある……という噂も、なるほど分からない話ではありません。

 一方麻薬取締員は、都道府県の職員中から、知事が、その地方を管轄する検事で一定の地位にある者(具体的には地方検察庁の検事正)と協議の上で任命します。知事が配下の職員中から任ずるということなので、配属先もそれぞれの都道府県です。任命資格は、以前は麻薬取締官と同じでしたが、平成11年に地方分権推進の一環として資格の規程が削除されました。現在は法定の資格がありませんので、各都道府県がそれぞれ任命資格を定めることになります。

 官/員の使いわけが面倒なんで、ここでは以下、麻薬取締官・員合わせて「麻薬取締官等」と総称します。「麻薬Gメン」なんて呼び方もあるそうですが、個人として思うにはあんまり格好良くないのではないかと。(失礼!)

 日本に麻薬取締りの専門官が設けられたのは戦後の事、進駐軍の指導で設けられたそうです。それ以前の麻薬の取締りは、警察の役目でした。取締り対象は主にあへんで、阿片法(※現行のあへん法ではなく、明治30年制定の旧法)や刑法に基づき行われていました。戦前は麻薬の使用が社会問題になる事もなく、ことさら取締りに躍起になる事もなかったと聞きます(*)。が……

 戦後、軍用に備蓄されていた麻薬が民間に放出され、それに伴い大量の中毒患者が生まれてしまい、その取締りは瞬く間に社会問題化します。さらに、戦時中、軍需工場での作業能率向上や前線での兵士の戦意昂揚のために覚醒剤が多用されていた結果、多くの覚醒剤中毒者が生まれていました。覚醒剤も戦後、麻薬と同じく軍用備蓄が放出され、中毒拡大に拍車をかけてしまいます。(*)

 終戦直後の1945年10月、GHQより、麻薬の規制に関する最初の覚書が厚生省宛に出されました。戦後の麻薬取締体制整備はここから始まります。これを受けて厚生省は、麻薬類の製造、輸入、原料植物の栽培、旧軍保有の麻薬類の保管/払出、薬剤としての製剤、販売、さらに取扱について規制を加える一連の省令を制定しました。これらの省令は、俗に「ポツダム勅令」と呼ばれる勅令の規程に基づいて発せられ、法律と同等の効力を持ったものでした(*)。ただ、ここで規制されたのは麻薬類と大麻・あへんであり、覚醒剤はまだ通常の医薬品扱い。禁止薬物として規制されてはいませんでした。

 麻薬類取締りの専属要員が置かれたのは、1946年・昭和21年6月の事です。都道府県の薬事行政職員の内、麻薬取締りに従事する者を「麻薬統制官」に任命したのが最初です。ただし、麻薬統制官は司法警察権は持たず、取締り活動の内容も、先の省令で定めた各種の規制が守られるように業者を指導・監督するというものでした。しかるにこの制度は定着せず、この後麻薬取締要員の権限や身分はめまぐるしく変転していきました。

昭和22年4月 麻薬統制官を麻薬統制主事と改称。(地方自治法の施行に伴う措置。権限には変化なし)
昭和22年9月 「司法警察官吏及司法警察官吏ノ職務ヲ行フヘキ者ノ指定ニ関スル件」(大正12年勅令528号)を改正し、麻薬統制主事のうち、知事が推薦し厚生大臣が指定した者へ司法警察権を付与、「麻薬ニ関スル罪」の捜査に当たらせる。司法警察権を与えられる麻薬統制主事は全国で合計200名。また、麻薬統制主事は地方の吏員であるが、麻薬に関する罪を捜査する際には「当該都道府県ノ区域外ニ於テモ捜査ヲ行フコトヲ得」とされた。
捜査対象となった「麻薬に関する罪」とは、「麻薬を客体とするあらゆる犯罪」とされており、具体的には当時の麻薬・大麻・ヘロイン等の取締規則違反、阿片法違反、刑法のあへん煙に関する罪等が捜査対象となっていた(*)。
昭和23年7月 麻薬取締法(※旧法)及び大麻取締法施行。阿片法及びポツダム勅令に基づく麻薬・大麻規制諸省令は廃止される。麻薬取締法では、麻薬統制主事に対し、厚生大臣の許可を受けて麻薬の授受を伴うおとり捜査を認めた。
昭和23年12月 麻薬取締法を改正。麻薬統制主事中から厚生大臣が麻薬取締員を指名し、司法警察権を付与する方式に改める(※現行の麻取法にいう麻薬取締員とは異なる)。刑事訴訟法の施行に合わせた法改正である。同時に、旧来、司法警察権を持つ者も持たない者も等しく「麻薬統制主事」と呼ばれていて紛らわしさがあったところ、司法警察権を持つ者に特別の名称を付する事で混乱を避ける目的もあった(*)。
この他、捜査対象の犯罪が、麻薬統制主事時代の「麻薬に関する罪」から「麻薬若しくは大麻に関する罪及び刑法第十四章に定める罪」へと改まったが、実際の中身は麻薬統制主事時代と同じ。麻薬取締員の人数は以前より若干増えて全国通して250名以内とされ、また武器の携帯権も与えられた。
昭和25年3月 麻薬取締法を改正。麻薬取締員を廃止、新たに麻薬取締官を置く。麻薬取締官の権限は旧麻薬取締員と同じだが、身分は国家公務員となった。麻薬取締りを一元的に行うための措置(*)。取締官は全国通して250名以内が配置され、各都道府県に駐在した。
昭和26年3月 厚生省設置法を一部改正。4月より地区麻薬取締官事務所を開設。
昭和26年7月 覚せい剤取締法施行。ただしこの時点では、同法に基づく犯罪捜査は麻薬取締官の権限外であった。
昭和28年4月 現行麻薬取締法施行。旧法は廃止。
麻薬取締り業務の一部を国から都道府県に移し、これと同時に、麻薬取締官とは別に都道府県へ地方公務員たる麻薬取締員を置く。設置当初の人数は、取締官の配置数上限250名という旧来の枠を取締官と取締員で分け合って、取締官が150名以内/取締員が100名以内とされた。これにより、都道府県に駐在する取締官の一部が地方公務員へ身分を改め、取締員となった。
都道府県の麻薬取締員は、麻薬取扱の免許チェックや麻薬取扱状況の検査などの業務を遂行するが、麻薬取締官と同じく司法警察権・武器携帯権も持つ。現行制度の始まり。

 以来現在まで、麻薬取締官等は薬物犯罪の捜査に奔走して来ました。昭和29年に現行のあへん法が施行されると同法に基づく取締りも行うようになり、当初は取締権限を持たず懸案となっていた覚醒剤についても、1972年・昭和47年の法改正で取締りが可能になりました。また平成8年9年頃の行政改革では一時消滅の危機に晒されましたが、すんでのところで生き残ったのは前述の通り。

 橋本行革とも称されるこの行政改革は総理府付きの審議会である「行政改革会議」が主導し、同会議の方針では、厚生省(当時)の麻薬取締部門は海上保安庁と共に国家公安委員会の下に置かれる事になっていました。一応、独自の事務部門を持って警察とは別組織、という形ではありましたが……。かくて厚生省から切り離される運命が定まりつつあった麻取。しかし、行政改革会議の最終報告書発表を目前に控えた平成9年11月、政府・与党間協議で海保は国家公安委員会下に置かずという事が決まります。海保を置かないなら麻取も……という運びで、公安委の下に警察・海保・麻取三者を配置する行革案は土壇場で急転直下、消滅しました(*)。

 結局、麻薬取締部門は厚生省の後を継いだ厚生労働省の中に薬物取締りの専門機関として残り続けます。平成13年には通信傍受法でもって犯罪捜査のため電話などの通話内容を傍受できる権限ももらいました。これでもって摘発する対象は、もちろん薬物犯罪です。人員もじわじわと増えており、現在(平成18年9月)のところ、麻薬取締官の定数は223名(麻薬及び向精神薬取締法54条、同施行令9条)。麻薬取締員は、かつては都道府県別に定数が決められており、総数180名程度でしたが、地方分権推進の一環として平成17年4月の法改正で定数規程が削除され、現在では法定の定数上限というものはありません。都道府県が必要と判断すれば、判断しただけ任命できます。

 さて。この麻薬取締官等は、現在、「麻薬及び向精神薬取締法」第54条の規定により、同法、大麻取締法、あへん法、覚せい剤取締法、麻薬特例法の各法違反の罪、刑法第二編第十四章(亜片煙に関する罪)に定める罪、麻薬・あへん若しくは覚せい剤中毒により犯された罪について、司法警察職員としての職務を行います。つまりはヤクがらみの罪を司る。

 こういった罪は勿論警察でも取り締まります。というより、警察での取締りの方が有名ですか。ヤクの取締りが警察と麻薬取締官等の双方で並行して行なわれる事の利点は、当局者の言によれば

「薬物犯罪の特性に応じ、一般の警察組織とは別に、予防啓発、医療用麻薬等に対する監督、中毒者対策と、薬物犯罪捜査を一体的に扱う組織が存在することが効率的である。海外においても、薬物乱用に対し厳しい姿勢を示している米国、タイなどにおいては、警察とは別にこのような組織が設置されている。」

とのこと(*)。なるほど、犯罪捜査だけに着目すれば警察も麻取も同じであり、両者を分けておくのは非効率とも映るのですが、もう少し広く薬物行政との関連で見てみれば必ずしもそうではない……という主張です。そういう訳で、麻薬取締りの専門官を薬事行政官庁に置く事にはそれなりの意味があるんでしょう。

 一応、非効率を避けるために警察との間に相互協力規定もあります。その内容は、捜査に要する資料・施設・器材の相互協力、情報交換、捜査実施に当たっての相互協力、便宜供与(麻薬取締官等による警察署の留置場使用、鑑識施設の相互協力)などなどなどです(*)。特に警察からの便宜供与は、麻取にとって重要であるようです。というのも、麻取は小組織ですから、警察のように大規模な鑑識専門組織・留置管理組織を抱えることなどできず、また施設そのものも小さいものにならざるを得ないからです。もっとも、個人的には、この辺に麻取の小組織なるがゆえの悲哀を感じてしまう……(再び失礼!)

 麻薬取締官等は薬物犯罪捜査の専門官、という訳で、彼らは薬物犯罪の捜査に当たっては警察官の持っていない権限と手法が使えます。それが、おとり捜査です。おとり捜査自体は警察でも行なわれておりますが、取締官のそれは警察のよりも徹底しています。というのも、取締官の場合中毒者やら転売人やらを装って密売人から薬物を受け取っても、それが厚生労働大臣の許可を受けたおとり捜査である場合、罪にはなりません。

「麻薬取締官及び麻薬取締員は、麻薬に関する犯罪の捜査にあたり、厚生労働大臣の許可を受けて、この法律の規定にかかわらず、何人からも麻薬を譲り受けることができる。」

麻薬及び向精神薬取締法第58条

「麻薬取締官及び麻薬取締員は、あへん又はけしがらに関する犯罪の捜査にあたり、厚生労働大臣の許可を受けて、この法律の規定にかかわらず、何人からもあへん又はけしがらを譲り受けることができる。」

あへん法第45条

 最初読んだ時は何の事だかさっぱりでしたが、実はこれ、おとり捜査における取締官の薬物受け取りを正当化する条文だったのでした。麻薬もあへんも、本来ならば所持禁止(麻薬及び向精神薬取締法12条、あへん法8条)。しかし取締官等のおとり捜査に際しては、例外的に、これらの禁止薬物を受け取ってもよい、という事です。

 この薬物を受け取るおとり捜査は麻薬取締官等に認められた特権、という訳で、取締官らも実際の取締に当たってはこの手法を大いに活用しているようです。ものの本など見てみますと、薬物授受を伴うおとり捜査で大手柄を挙げた話が、幾つも誇らしげに載っております。

 なお、上でも触れましたように、麻薬・あへんの譲り受けを伴うおとり捜査は麻薬取締官等だけに認められた特権です。法文上、警察官には認められていません。ですが、警察が薬物譲渡を伴うおとり捜査を一切やらない/できないのかというと、実はそうでもないらしい。

 2002年・平成14年11月、警視庁が覚醒剤取締のおとり捜査を行った事がありました。報道によると、このおとり捜査では、捜査員が通行人を装って密売人に近付き、覚醒剤を販売したところで検挙しました。通行人を装った捜査員は実際に薬物を買い、それを別な捜査員が簡易鑑定し覚醒剤と確認して検挙した訳です(*)。覚せい剤取締法上、薬物譲り受けに関する権限規程は存在しません。警察官はもちろん、麻薬取締官等であっても、「何人からも覚せい剤を譲り受けることができる」とは書かれていません。それでも、このおとり捜査は警察の手で敢行されました。

 従来より、おとり捜査そのものは明文規程などなくとも任意捜査の一環として行われており、また判例も条件付きでそれを認めているところです。しかるに今回は、薬物の譲渡を伴うおとり捜査ですから、おとり捜査そのものはともかくとして捜査員が薬物を買った行為=薬物譲渡は大丈夫なのか、と心配になります。が、その後音沙汰ないところから見るに、どうやら問題視されなかった模様。薬物譲渡は捜査上必要な正当業務行為であって、明文規程がなくとも可能……という事らしい(*)。

 話を麻薬取締官に戻しまして。気になる彼らの業績ですが、結構やってくれているようです。若干古い数字ですが、平成7年度の検挙数は、麻薬及び向精神薬取締法違反が47件46名、大麻取締法違反が62件72名、あへん法違反が10件12名、覚せい剤取締法違反が348件263名、であります。おそらくは延べ数なんでしょうけど、悪い数字ではないのではないかと。

 ついでに。「大きな成果」という言葉が検挙人数・麻薬押収量の大なる事を指すのはもちろんですけど。検挙の結果社会の注目を浴びる事も、組織として見れば「大きな成果」と見られます。で、これはほんの噂ですが、麻取はけっこー有名人の検挙を狙ったりするらしい。

 最近では、2000年2月に関東信越地区麻取事務所(当時)が俳優観月ありさの母親を覚せい剤等所持の現行犯で(*)、01年8月には近畿厚生局麻取部が俳優いしだ壱成を大麻所持の現行犯で(*)、01年9月には関東厚生局麻取部が俳優カルーセル麻紀を大麻・麻薬類所持の現行犯で(*)、03年2月には近畿厚生局麻取部が作家中島らもを大麻・麻薬所持の現行犯で(*)、それぞれ検挙しています。現行犯で引っ張ってるところが、いかにも狙ってましたという感じ。

 また、これは狙ってた訳ではないでしょうが……随分前のこと、来日したポール・マッカートニーが税関検査で大麻の所時がばれた時、彼をしょっぴいて取り調べたのもなぜか麻薬取締官でした。1980年・昭和55年に起こったこの事件、ちょっと新聞をめくって調べてみると(*)、発生したのはその年の1月16日、成田税関の旅具検査で大麻所持が発覚しました。現行犯で取り押さえられたポールは麻取官に引致、当時の関東信越地区麻取事務所にて取り調べを受けました(なぜ地元の千葉県警成田署ではなかったんでしょうか?)。ちなみに、逮捕されたポールの留置場所は、前述の理由から警察に間借りしまして、西新橋にある警視庁の施設に留置されたとの事です。

 取り調べを担当した麻取事務所の前にはファンの女子高校生らが蝟集したといいますから、まあ、昔の漫画みたいな話です(何度も失礼!)。麻取での取り調べ後、1月18日に大麻取締法違反で東京地検へ送致、その日のうちに10日間の勾留決定。さらに地検が取り調べた末、25日に至り起訴猶予処分で釈放されました。が、釈放後直ちに任意同行の形で入管に身柄が移り、結局、同日中に退去強制処分となったそうな。

 最後、麻薬取締官等の武装について。彼らは司法警察職員として職務を行なうに当たり、小型武器の携帯と使用が認められております。小型武器、具体的には拳銃ですね。

 取締官等の武器携帯が最初に認められたのは昭和23年12月、旧麻取法を改正して麻薬取締員を創設した際のことです。麻薬取締り活動において、武装を要する例が増えてきたために取られた措置でした。ただ、すんなり武装が始まったかというとそうでもないようです。法の改正案が公布されたのは23年12月、施行は24年1月、その直前の23年11月の段階では、取締員の装備に振り向けられる武器のあてはありませんでした。仮に麻取専用の武器が確保できなかった場合には、武器携帯の必要が生じた場合に「その都度融通してもらう」ことも考えていたそうです。(*)

 当時の麻薬取締員の人数は上限250名。その250名分の拳銃調達にも難儀していた辺りにこの時代の厳しさがにじみ出ている、とでも申しましょうか。

 その後の麻取の武装は、ものの本によりますと、1960年代前半の時点で「回転式拳銃」「手のひらサイズの自動拳銃」があり、また1972年以降の時点で「回転式コルト38口径」「コルト38回転式」があったことが分かっています(*)。がしかし、これはどうにも漠然とした記述でしかありません。具体的に何という拳銃を持っているのかという細かい話になりますと、残念ながら自前では調べがつきませんでした。

 一応、お世話になってる方々から教えて頂いたところによりますと、拳銃の種類は警察も使っているところのニューナンブM-60、あるいはコルトデティクティブポリスのような38口径スナッブノーズリボルバー(銃身が短く携帯に易いリボルバー……と思って下さい)が主という話です。加えて先程の潜入・おとり捜査に際して拳銃を携帯する時のために、小型の25口径自動拳銃・ベビーブローニングも装備されているという話です。

 さらに近年(平成12年2月)放送されたテレビの情報番組(*)では、麻薬取締官が大型の自動拳銃を射撃場で撃っている場面がありました。教えていただいたところでは、ベレッタM-84という拳銃だそうです。新たに導入された銃なのでしょう。38口径、装弾数は13発!といいますから、なかなかゴツい。日本の警察機関といえばリボルバーが好みと見えますが、こうして見ると麻取は装備を回転式に限ってしまったりはしないようです。

 ちなみにこれらの拳銃は「職務を行なうに当たり携帯」とありますので、文字通り仕事上必要がある時だけ(※訓練時を含む)身に付けてよい事になっています。お巡りさんのように、常時 "所持" している訳ではありません。

 銃の使用に当たっては、警察官職務執行法が準用されます。という事で使用要件は警察官と同じですが、麻取官の武装の詳細について定めた「麻薬取締官けん銃警棒等使用及び取扱規程」(平成18年5月16日厚生労働省訓令第1号)によると、「弾倉の収容弾数に応じた数のたま」を装填するものと定めてあります。また厚生局/支局麻取部長等が必要と認めた場合には予備弾の携行も許されます(同規程第11条)。この辺りは、警察のやり方とはいささか異なります。

 警察官の拳銃使用について定めた「警察官等けん銃使用及び取扱い規範」(昭和37年5月10日国家公安委員会規則第7号)では、銃には「(警察庁)長官が別に定める数のたま」を装填することになっています(第13条)。ただし、これは平成13年12月以降の事であって、それ以前は、リボルバーたるとオートマチックたるとを問わず装填弾数は一律5発を原則としていました(所属長判断による例外は認められていましたが)。また、予備弾携行に関する条文はありません。

 翻って麻取の場合、現行規程に先だつ旧規程(名称は現行に同じ、平成5年4月14日厚生省訓令第2号)において既に、通常リボルバーの拳銃には5発、オートマチックの拳銃には弾倉一杯に弾をこめることを定め、また地区麻取事務所長(※当時)判断での予備弾携行を認めていました(旧規程14条)。この時点で警察はまだ5発装填が原則で、弾倉一杯の装填は例外扱い、予備弾の規定なし。平成13年12月に公安委規則から5発装填の原則は削除されますが、予備弾携行に関する規定はまだ盛り込まれていません。

 装弾数の多い大型自動拳銃にフルロードで予備弾あり。これは、そこいらの警察官とはかなり違います。こうして見ると、麻取は武装についてはなかなか積極的な姿勢であるようですね。

 また、これも聞いた話ですが、各麻薬取締部の事務所には逮捕術訓練のための武道場も完備してあるそうです。小なりと言えども、訓練はきっちり。装備もなかなか。うむ、これは結構あなどれません。最初この項作ったばかりの時は、組織の小ささだけに目がいって「名前負けしないようにね」なんてナメくさった事を書いてしまったりしましたが、いやはや……若気の至りです。どうかご勘弁下さいませ。

 
 
主要参考資料;
『厚生省五十年史』(記述編・資料編) 編;厚生省五十年史編集委員会 刊;財団法人厚生問題研究会 1988
『麻薬取締官』 著;鈴木陽子 集英社新書 2000
『ガサ! 麻薬Gメン捜査ドキュメント』 著;小林潔 刊;徳間書店 2004

Special Thanks to:CHEETAHさん、RMさん、やべさん、ニフティの一会員さん(ハンドルネームは何ですか?)


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