立入検査の作法

 

 本編で、税関職員は犯則調査に当たり令状を取って強制調査を実施できる、と書きました。けれど、基本となるのはやはり船舶や航空機に対する立入検査だとか、海港・空港での監視だとかになります。これは令状に基づく強制調査ではなく、任意の調査です。そもそも、一般人にとってなじみ深い(?)海外旅行からの帰国時における手荷物検査にしたって、これと同様の任意の検査になります。イヤだと思えば、拒否したって構いません。……ただし、別室に「任意同行」の上、とことんしつこく検査への協力を要請されますけどね。

 さて、こうした任意の調査の中でも基本となるものの一つに、船舶や航空機の検査が挙げられます。関税法に基づき、税関職員には、外国貿易に従事する船舶・航空機、あるいは外国貿易に従事はしないものの外国貨物を積んでいる船舶等に乗り込み、それら船舶等や貨物の検査を行なう事ができます。これは犯則調査のための権限ではなく、搭載している貨物の内容や、積荷目録に載っていない貨物を積んでいないかどうかを確認するための、行政上の任意の検査です。

 検査に当たり、税関職員は、関係者に質問し、検査し、あるいはこれらに代えて関係書類を呈示ないし提出させ、または貨物に関する帳簿書類を検査し、貨物や貨物のある場所に封かん(シール)を施すことができます。この検査は任意のものですから、令状は要りません。その代わり、検査係官が自ら検査したいところをいじり回すという事はできなくて、相手に「これこれの書類を出して下さい」「どこそこの部屋を見たいので案内して下さい」「かばん/箱/袋/船倉の中を見せて下さい」と頼んで、やってもらう事になります。

 任意検査ですから、相手の協力を得て検査を実施する、という形なのです。とはいっても、取締上大事な検査ですから、理由なく協力を拒んだり検査妨害したりといった違反行為には罰則が付いています。罰則でもって実効力に後楯を付ける、間接強制というやり方です。なお、実際にこの検査を拒んだり妨害したりすると、罰則うんぬんだけでは済まず、乗組員の上陸や貨物の積卸もできなくなります。外国貿易船・航空機の乗組員上陸許可や貨物の積卸許可も税関の権限であるため、検査が終わらない限り人も物も降ろさせない、入れさせない、という措置を取ることができます。罰則よりも、むしろこちらの方が手痛いかも?

 こうした検査をするに当たり、税関職員は身分を示す証票を所持し、また制服を着用しなければなりません。ちなみに、これがために税関は財務ファミリー中では唯一制服を持っています。

 さて。この検査は任意であると同時に、やるかやらないかは税関の意向次第です。外国貿易船、あるいは外国の貨物を積んでいる船舶、すべて漏らさず検査を行なうとは限りません。なにせ、外国貨物を積んで日本にやって来る船舶も航空機も、その数は大変なものです。その1機1機、1隻1隻をこまごま検査していたのでは、人手がいくらあっても足りないでしょう。勢い、検査の重点をどこに置くかというところが問題になって来ます。

 要は、密輸の疑いがある船舶・航空機に絞って検査をする、という事ですね。具体的にどうやって絞り込みをしているかをここで書くのは避けますが、簡単にいえば、審理部門が集めて分析した情報に基づき、監視部門が容疑船を特定して検査をかけます。

 かような密輸容疑船に対する検査は、本当に徹底しています。犯則の調査ではない任意の検査、という文言を一瞬疑ってしまうほどに。(^^;

 いざ検査となると、税関に加えて、海上保安庁と警察からも応援がやって来ます。税関は、先にも述べた関税法の規定(第105条)に基づき、検査を実施します。海上保安庁は、海上保安庁法の第17条にて、職務遂行上必要な範囲での船舶に対する立入検査が認められていますから、海上における犯罪の予防を名目として検査に従事する事ができます。警察には検査の権限はありませんが、船の周囲で警備に当たる等の協力をなす事はできます。

 大規模な検査では、3機関合わせて動員人数100人以上、検査にかける時間も数時間〜十数時間に及びます。船室、船倉、機関室、調理室、個人用ロッカー、寝床、手荷物の鞄や包み袋の中身、果ては怪しいと感じた通気ダクトやパイプの中(!!)、デッキ床下のすき間、設置機器と壁の合間に至るまで。油まみれ汗まみれになりながら、ここを見たい、あそこを確かめたい、どこそこに案内してくれ、開けてみせてくれ、と……。

 これでもし密輸の品が見付かれば、大当たり。ただし、即座に容疑者探しに移る事はできません。船員の手荷物や個室等から見付かった場合なら、海保や警察が当人を容疑者として現行犯逮捕して取り調べと現行犯逮捕に伴う現場捜索を行なう事ができますけれど、そうではない場合。その時は、容疑者不詳で密輸品を押収するところで終わりです。何といっても、立入検査は犯則調査の手段ではないのですから。

 この後、事案は監視部門から審理部門に引き継がれ、ここが事件としての立件まで持って行きます。船員等に任意の事情聴取を行ない、また裁判所から捜索差押許可状を取り、それに基づいて証拠品の収集を行ないます。容疑者が特定できると、税関に逮捕権はありませんから、海保か警察が逮捕。税関は関税法違反容疑で検察に告発し、これで当人は起訴されます。

 

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