CD

 

 CDと言っても、キャッシュディスペンサーでもコンパクトディスクでもありません。税関でCDといえば、それは「コントロールドデリバリー」を指します。何かと言うと、早い話が泳がせ捜査です。

 そもそも日本の入管法や関税法においては、禁制品持ち込みは断じて御発度、発見し次第ことごとく検挙というのがこれまでのやり方でした。これで運び屋を逮捕し、以降密輸組織全体へと捜査を "突き上げ" て行くんですが、近年は密輸組織も賢くなって、この突き上げ捜査がなかなかうまくいきません。

 携帯電話はじめ通信ツールが発達した結果、運び屋が雇い主の顔や住所を知らないという事も珍しくなくなりました。仕事の話は携帯電話や電子メールで行い、顔や住所はもちろん場合によっては本名さえも知らなくて済むという御時勢です。その「ケータイ」や「メルアド」が裏取引きで入手されたものである場合、名義と実際の使用者は違う訳ですから、番号などを手がかりに犯人までたどり付こうとしてもまず無理でしょう。

 そこで窮余の一策として導入されたのがコントロールドデリバリーです。

 平成4年から施行された「麻薬特例法」に、日本で初めてコントロールドデリバリー規定が盛り込まれました。具体的には、薬物犯罪の捜査に関し「当該外国人を上陸させる事が必要である」あるいは「当該規制薬物が外国に向けて送り出され、又は本邦に引き取られることが必要である」旨の「検察官からの通報又は司法警察職員からの要請」が税関にあり、かつ「規制薬物の散逸及び当該外国人の逃走を防止するための十分な監視体制が確保されている場合」に、実施されます。

 要するに、サツ官辺りが「泳がせ捜査やりたい」と言ってきて、しかもブツを持った運び屋をきちんと監視できる時、そういう時にやるという事です。平成7年には、このCD規定を新たに盛り込んだ改正銃刀法も施行されました。これで銃と麻薬、密輸事犯のツートップに法の網がかぶせられる事となりました。

 CDにはクリーンCDとライブCDの2つの手法があります。クリーンCDは禁制品を抜き取り、又は無害な物質と差し替えて行なうCD、ライブCDはそうではなくて禁制品そのままで行なうCDの事です。ライブCDだと禁制品散逸の危険性が常に付きまとい、かといってクリーンCDだと相手に抜き取り/差し替えがばれたらおしまい、といずれも一長一短で、どちらがより優れた手法であるとは一概に言えません。

 少々前置きが長くなりました。このCDに、税関、中でも監視部が深く関わっているというのが本項のお話です。

 まず、CDは司法警察職員や検察官の要請に基づいて行われるものではありますが、実施に許可を出すのは税関です。具体的には、禁制品あるいは禁制品を持った人物が通関線を越える事(要するに輸出/入する事)への許可を出すのです。通関線を管理するのは税関ですから、これはまあ当然と言えましょう。

 またCDの対象とは密輸ですが、これはつまり関税法違反。そして関税法違反事件は、税関からの告発がないと起訴ができません(でしたよね?>法律学専攻及び関係者の皆様)。事件を起訴・有罪まで持ち込むには税関の告発が要り、そのためには税関側でも調査する必要がありますが、それはとりもなおさずCDに税関が加わるという事です。ここで、面倒な関税法違犯は抜きにして薬物や銃器の不法所持だけで起訴するという手もありそうな気がしますが、しかしこうすると薬物や銃器を持っていた当の本人だけしか起訴できないという危険性があります。運び手だけでなく買い手も、場合によっては売り手まで含めて一網打尽にするというのがCDの精神ですから、密輸を依頼したり助けたりした人物まで根こそぎにするにはやはり関税法違犯容疑での告発が必要なのでありました。

 以上、CDの実施に税関が深く関与している事、分かって頂けましたか。

 こしゃくな密輸組織に一矢報いる有力な手段ということで、CDはなかなか活用されているようです。最近のCD実施件数は、平成9年が19件、平成10年29件、平成11年19件、平成12年29件、平成13年28件、平成14年26件、となっております(※平成12年は30件する資料もあり)。しかし、どういった事件について利用され結果いかほどの禁制品が摘発され何人が検挙されているのか……という数字になると、残念ながら分かりません。が、場合によっては割とお手軽に利用される捜査手段であるようです。

 銃や薬物の密輸と聞くと、ぱっと頭に浮かぶのは「組織の手になる密輸」でしょう。つまり、例えば暴力団のような、組織の構成員か雇われの運び屋が、海外で銃や薬物を買い入れ、それを手荷物なり別送貨物なりに隠して持ってくる。それを事前情報でもって察知し、網を張る…というものです。ここで運び手をしているのは、いわば職業犯罪人みたいな方々な訳ですから、ある意味その道のプロみたいなものです。ブツを追ってこれを監視する時は、ばれないよう充分気を付けなければなりません。とすると監視態勢は手の込んだ大掛かりなものとなり、準備も大変でしょう。こういう場合、CDはそう簡単に実施できるものではないかもしれません。

 しかるにその一方で、外国から薬物などの禁制品を個人輸入したり、通信販売で購入したりする「一般人」も結構おります。この場合、「輸入」された貨物は、通関が済むと何も知らない郵便屋なり宅配業者なりの手で届けられる事になります。こういった御手軽密輸をCDで挙げる例というのが、実は結構あるようです。

 泳がせ捜査と聞いてふと頭に浮かぶ「事前情報」という単語とはうらはらに、この場合、保税地域での貨物検査や郵便物検査で初めて密輸が発覚するという例がかなり多いようです。仮に税関だけで事を済ませるならば、ひとまず禁制品は没収、裁判所から許可状を得て当人宅などを捜索し、証拠品を押収した上で検察に告発するというものになります。

 ここで捜索先からブツの注文票や料金払い込み票などが出て来れば良いのですが、大体においてはさっさと処分されているものでしょう。インターネットを利用した通販になると、益々証拠は残り難くなります。そうなってしまうと「自分の住所氏名を使って誰かが勝手に注文したんだ」と言い訳される余地が残ってしまい、裁判運営上あまりよろしくありません。

 そこで、税関では敢えて没収を行わず一度ブツを届けさせ(つまり泳がせて)、手を付けた事を確認してからガサ入れするという事が多いようですね。大体、検査で薬物などが出ると、直ちに通関部門から監視部門へ、さらには管轄の警察へと通報が飛ぶ。そこでの調査の結果配達の手段や届け先などがはっきりすると、折り返し警察から税関にCD実施依頼が来る。この場合、「その筋の人」が運んでる訳ではないのでブツの監視も簡単。場合によっては業者に捜査協力を要請し、便宜をはかってもらう事もできる。

 いわゆるフツーの人の多くは、こうして挙げられているらしいです。実際、こういう一般人の犯罪の場合では警察も割と積極的にCDを要請し、実施許可される件数も多いとか。密輸組織の摘発を狙ったCDの精神とはいささかずれる摘発パターンのような気がしないでもないですが…しかしまあ、実績は実績です。

 司法警察は人を追い、税関はモノを追う。2つ合わせて密輸を摘発する車の両輪という訳です。こうして、運び屋、買い手、場合によっては売り手まで、全員まとめて一網打尽にしちまえという訳ですね。実際使いこなすのは難しそうですが、ここは一つがむばってもらいましょう。いやしかし、こうまでしないと密輸を取締れないとは。なんとも物騒な話ですって…

 

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