税関職員

 

1.税関基礎編

 入管と並び海外旅行に出掛けた際には必ずお世話になる所、税関。関税法に基づき禁制品や規制対象品の持ち込み持ち出しを阻止・管理し、関税を賦課徴収し、犯則事件については調査をするのが彼らの仕事です。そもそもは関税徴収を第一の目的として設立されたもののようですが、このところとみに問題となっているのは密輸、中でも密輸入の問題です。

 税関は日本に数ある取締機関の中でも、警察や国税の徴収部門と並んで歴史の古いところです。税関という名前が最初に出てきたのは明治5年、もともと運上所と呼んでいた役所を税関と改称したのが始まりです。明治5年といえば、西暦1872年……。なかなか古いお役所のようですね。

 国際化が声高に叫ばれている今日この頃、情報は勿論ヒトにしろモノにしろカネにしろ、国境を越えたその流れは増えこそすれ減りはしないのが現状です。外国に開かれた港である開港は日本全国で118、同じく外国に開かれた税関空港は21、国際郵便を取扱う通関局という郵便局もあります。

 ここから持ち出したり持ち込まれたりするモノが別段法に触れていなければ何も問題はないんですが、事はそう甘くない。現に密輸は行なわれているし、しかも一向に減る気配を見せません。中でも薬物と拳銃の密輸入は関係者間で大変頭の痛い問題となっているようです。

 さて、この密輸を水際で摘発する事をも任務とする税関ですが、その陣容はいかなるものかと言いますと。頂点は財務省関税局、その下に地方支分部局たる税関が8(函館・東京・横浜・名古屋・大阪・神戸・門司・長崎税関)、地区税関1(沖縄地区税関)あります。手足=実働機関としては、平成14年度現在の数字で税関支署68、支署出張所84、支署監視署7、税関出張所44、税関監視署1。職員総数は8,315名に上ります。まさに全国津々浦々! 監視の目は網の目のごとく、全国に行き渡っています。

 この税関が密輸を取り締まるに当たって行使し得る権限ですが、これも又税関らしい独特のものであります。というのも税関の任務は禁制品の持ち込み阻止、とあって、調査権の対象もモノなのです。税関官吏は、犯則調査に当たり、裁判所の許可を得て臨検・捜索・押収を行う事ができます。任意提出された物件を領置し、また郵便を使用した密輸が疑われる時は、裁判所の許可を得て郵便物を差し押える事ができます。しかし、犯人の逮捕は出来ません。税関の仕事は禁制品の没収まで、その先は税関の仕事ではないと。さすがは(?)法律、この辺はくっきりはっきりしているのでした。

2.税関応用編

 ここからは、税関の仕事の内容を見ていく事としましょう。上記の権限を用いて、税関が実際にやっている事をです。

 密輸の摘発、禁制品の持ち込み阻止と一口に言っても、その細かい内容は実にバラエティ豊かなものです。輸出入貨物を指定の倉庫に一時保管した上で点検する保税・通関業務だとか、入港船舶や航空機の立ち入り検査、下船・降機した乗組員の手荷物チェック、果ては犯則嫌疑者宅へ家宅捜索かけて証拠集めて検察に告発したりと、種々あります。決して空港で旅行者のかばんの中あさくるだけが仕事ではないのでした。

 ここでの話は治安維持、という事で、税関内の幾つかの部署の中でも特に監視部門という部署に注目してみます。監視部門の担当は、その名の示す通り港や空港で目を光らせる見張り、及び発覚した関税犯則事件の調査です。税関の中でも密輸取締りの中核になっているようなところで、最近特にテコ入れがなされている部署でもあります。

 細かい話に入る前に、税関の歩みについて少し。

 今現在、税関は強制力を持って犯則の摘発と調査に活躍している訳ですが、翻ってみると、かなり以前から税関はこうした権限を手にしていました。税関発足後のごく初期から、彼らは密輸や関税逃れといった犯則の摘発を行っており(*)、明治32年に関税法が施行されると、その中に犯則調査および処分に関する税関官吏の権限についての条項も盛り込まれました。当時の用語では、関税警察と称していたようです。(*)

 ものの本によると、当時の税関官吏は、禁制品の輸入や関税逃れ、無許可の輸出入などを調査するに辺り、証票を携帯した上で船車・倉庫その他の場所に立ち入り、臨検・捜索・尋問・物件の差し押えなどの権限を行使することができました。また場合によっては、警察官吏の応援を求める事もできました。(*)

 これを見ると、税関職員の持つ権限は、明治時代の時点で既に今現在のものと較べて遜色ない事が分かります。また、現在税関において密輸対策に当たっている部門として監視部門を挙げましたが、監視部という名称は明治の頃から使われている由緒正しい名前のようです。昔から、犯則摘発は税関の大きな役目であった事がよく分かります。

 ついでに言うなら、税関全体として見た場合、戦前までの税関は現在の税関よりもさらに幅広く業務を実施していました。すなわち、外国貿易に関する官庁として、開港における港湾行政や検疫までも行っていたのです。これは大正13年の港湾・税関機構改革によってなされ、「港湾行政の一元化」と称し、ものの本では華々しく取り上げてあります。(*)

 現在、港湾管理は地方自治体の管轄であり、また検疫は厚生労働省が行っています。例えば、外国貿易船が入港すると、荷揚げの書類を税関に提出して貨物チェックを受け、病気の疑いがあれば厚労省の検疫所に行きます。この他場合によっては、医薬品を持ち込むなら厚労省の薬事監視員、食品を持ち込むなら同じく食品衛生監視員、動物を持ち込むなら同じく動物検疫所、昆虫や植物を持ち込むんなら農林水産省植物防疫所、のお世話になります。で、そうした港湾そのものの維持管理は自治体が行っている。しかし戦前では、これらを税関がほぼ全部一手に引き受けていたという訳です。船の入港そのものに関する業務や出入国管理までは行っていませんでしたが、それにしてまあ何とも手広い官庁だったのですね!

 さて、話を犯則摘発に戻しまして。明治以来連綿と犯則摘発を行ってきた税関ですが、戦争をきっかけとして変化を迎える事になります。まず第二次大戦中、わけても大戦後期になると、貨物の輸出入がほとんど行われなくなります。この結果、昭和18年11月に税関は廃止され、大蔵省主税局にあった関税部門も大幅に縮小されてしまいました。廃止された税関とその要員は、運輸省海運局に統合され海関部となり、そこで港湾業務の一環として輸出入関連の業務を行う事になります。(*)

 戦後、連合軍の占領下で外国貿易が復活し、それに合わせて税関も復活します。運輸省側の抵抗もあったようですが、最終的には昭和21年6月に大蔵省主税局に税関部が出来、税関が復活しました(*)。戦前までの税関に較べると、仕事の中身は減っていましたが、ともあれ復活は復活です。昭和36年11月には主税局税関部から関税局へと昇格、現在に至ります。

 復活した税関の職員に与えられた犯則調査権限は、戦前と同様のものです。すなわち、裁判所の許可を得た上で、臨検・捜索・押収ができます。この権限は、密輸の横行に合わせて逐次強化され、臨検等の活動が夜間でも行えるようになり、また領置や郵便物押収の権限も後に与えられました。

 昔も今も、税関監視部門の敵は密輸なのですね。さてそんな税関監視部の具体的な仕事ですが、現代では、部内にて監視業務と審理業務の2種に大別されます。

 監視業務は、ずばり監視取締りを行なう事で、主に海港・空港での監視取締や、旅具検索と呼ばれる旅行者の手荷物検査などを行なっています。容疑船への立入検査も監視業務の一つです。実際に物に当たり目を光らせ体を張って密輸を取り締まる仕事、といえますかね。その性格上、麻薬探知犬やらX線検査装置やら、他ではちょっと目にしない珍しいハイテク装備も持っていたり。

 一方審理業務の方は、密輸に関する情報収集と、摘発された密輸事件の事後調査を受け持ちます。容疑船への立ち入り検査や、あるいは保税地域での貨物検査などで密輸が発覚した場合、その後の調査を審理業務担当者が引き継ぎます。容疑者や参考人に事情聴取して、必要なら関係先の捜索なども行ない、証拠品を押収し、容疑を固めて検察への告発まで持って行きます。と、こう書くと監視担当からの事務引き継ぎしかしてないような印象を受けられるかもしれませんが、審理担当が独自に一から調査して関税ほ脱事件を立件する事もあります。品物を実際に検分して端緒を見付ける監視業務とは違い、例えば輸入通関書類の不審な点を衝いて、そこから突き上げていく、というようなスタイルになるそうで。

 各税関監視部には、大体、統括監視官/統括審理官という肩書の人がおり、それぞれ監視部の監視業務/審理業務を取り仕切っています。

 この辺のも少し細かい話については、以下に挙げましたるエピソードをどうぞ。治安維持、という事で、中には監視部とは関係の薄い話も混じっていますが……そこはお見逃し頂きたく。

 応用編の締めは、税関の武装についてです。税関も実は任務に当たり小型武器の携帯・使用が認められているなんて、知らない人の方が多いんではないですかね? 実は私もそうで、調べてみるまでつゆ知りませんでした。あれまあびっくりてなもんです。小型武器、つまりは拳銃ですね。

 税関職員の小型武器の携帯・使用を認めている関税法104条によると、「税関職員は(中略)取締又は犯則事件についての調査を行うに当たり、特に必要があるときは、当分の間、小型の武器を携帯することができる」事になっています。携帯した武器は、自己もしくは他人の生命身体を保護する、あるいは公務への抵抗を抑止する場合に、「事態に応じ合理的に必要と判断される限度において」使用が認められています。

 もっとも税関側のお話によると、日常的に携帯する事はないそうです。前出関税法の規定によると、小型武器は「特に必要のある時」に「当分の間」携帯してよいとなっています。これは、逆に言うと必要ない時は携帯しちゃいけないという事になるんですね。だから例えば、取締り活動とはいっても、旅行者の手荷物検査をする時などは、武器の使用に至る可能性はほとんどないと考えられるので、税関の職員さんはもちろん丸腰。

 最初にこの話を聞いた時は、「今度税関のお世話になる時は、お腰のものに注目しておこう。そうしよう」と決意を新たにしたのに。ちょっと拍子抜けしてしまった……

 それでも、例えば犯則調査の時、相手が狂暴で抵抗の可能性があったりすると、拳銃携帯の上出動となってもいい訳です。が。これはあくまで法律上そうできますというだけのことで、実際はどうかと言いますと。実は関税法の中に「税関職員は、臨検、捜索又は差押をするに際し必要がある時は、警察官又は海上保安官の援助を求めることができる」という規程があります。関税法第130条。という事で、発砲沙汰になりそうな危ない事件調査の時は、自前で銃持っていくんでなく、警察官か海保官に一緒に来てもらうんですって。

 せっかく規定があるのにもったいない……とも思われますが……。しかし、これは聞いた話ですが、輸出入の通関、保税検査、課税徴収、摘発調査あれやこれやの仕事を片付けるだけでも相当に忙しいようで、税関本体の業務に必須な訳でもない銃の使用訓練にまで手を回す余裕は、そうそうないらしいですね。で、訓練もなしに銃も持ってっても危ないだけ、だから持たない。ううむ、正論ですな。

 ついでに言えば、関税法の武器使用の条件も今一つはっきりしないものになっています。再び前出関税法の規定によりますと、銃を使っていいのは「自己若しくは他人の生命若しくは身体の保護又は公務の執行に対する抵抗の抑止のため、やむを得ない必要があると認める相当の事由がある場合」、使える範囲は「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」です。使用条件はいいとして、「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」って、具体的にどういう時にどこまで撃っていいんでしょうね。今一つ分かりにくい書き方です。

 ちなみに、例えば警察官職務執行法では、相手が凶悪犯である場合(具体的には懲役3年以上の罪に該当する場合、などなど)は危害を加えるような発砲も許される、それ以外なら原則威嚇のみ、と決まっています。これに比べると、関税法の武器使用規定は確かにあいまいで分かりにくい内容です。

 訓練時間もない、使用条件も分かりにくい、そんなこんなで現在関税法104条は実質的には空文状態にあるようですね。そもそも税関に武器携帯が許可されたのは、昭和25年7月の事です。当時の密輸は随分と凶悪だったらしく、この当時に武器携帯許可を初めとして罰則強化、強制調査権の拡大、通報者に対する報奨金制度と、矢継ぎ早に手が打たれています(*)。この内報奨金制度は非常の措置であったとして後に廃止されましたが、武器携帯権はいまだ残っているのでした。こうして見ると、もともと緊急非常の措置であったものが活用されないままに残ってるだけ……という見方もできますでしょうか。

 税関の保有する拳銃の具体的な形式や過去の発砲件数については、調べがつきませんでした。が、発砲件数は限りなく0に近いと考えて良いのではないですかね。あるとしても、昭和20年代の事でしょう。それにこの分だと、装備更新だってまともにやってるんだかどうだか。せっかく規定があるのにもったいないような気もしますが、ま、それだけ日本の治安がいいって事ですか。

 
主要参考資料;
『財政金融法規解説全集 関税編』 編;財政金融法規研究委員会 刊;大成出版社 1970
『税関百年史』 編;大蔵省関税局 刊;財団法人日本関税協会 1972
『ファイナンス』 編;財務省大臣官房文書課 発行;財団法人大蔵財務協会

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