児童相談所職員

 

 児童相談所は、児童福祉法(昭和22年法律第164号)にもとづき設置される施設で、置かれるのは都道府県および地方自治法に定める指定市・中核市、並びに児童相談所を設置するものとして政令で定められた市(児童相談所設置市)。児童福祉法の実施に当たるところなので児童の福祉に関して様々なことをやるのですが、その業務の一つに、児童虐待の防止があります。

 児童虐待防止については、平成12年に「児童虐待の防止等に関する法律」(平成12年法律第82号、以下「虐待防止法」と表記)が定められたところですが、これは、児童福祉法を補完する法律に当たります。従来から児童福祉法中にあった調査や児童の保護に関する諸措置について、できるかどうか明らかでなかった行為につき明確な権限付与をしたり、特に児童虐待防止の観点から児相側に幾つかの義務を課すといった事がなされています。平成12年の制定当初は、児童虐待防止の専門法ができたとはいえ児童相談所の権限が飛躍的に強まったと言うほどのことはなかったのですけれども、なかなか改善しない状況の下で法改正が繰り返され、平成19年には児相が臨検・捜索できるようにするところまで行きました。従来は間接強制止まりだったので、これは大きな変化です。

 児童虐待の防止のため、児童相談所は大きく分けて3つの活動を行います。第1は調査、第2は児童の保護、第3は虐待を加える保護者の指導です。この内、とりわけ強制力行使の香り漂う活動は調査および児童の保護活動であり、以降はこれを中心に話を進めていく事にします。

・調査活動関連

 まずは、調査活動について。児童相談所が行う児童虐待に関する調査は、要は児童の安全を確認する活動なのですけれども、これには間接強制による調査と直接強制による調査があり、両者は密接な関係を有しています。少々込み入っているので、ばっと図示してみます。

児童虐待が行われているおそれがあると認めるとき 児童を保護者に監護させることが著しく当該児童の福祉を害する場合において、当該児童の施設入所等の措置を取ることが親権者・未成年後見人の意に反するとき
児童の保護者に対し、児童同伴での出頭を要求 (虐待防止法8条2)
   ↓
出頭に応じない場合、職員による立ち入り調査 (虐待防止法8条2、同9条、児童福祉法29条)
   ↓
職員による立ち入り調査 (虐待防止法9条、児童福祉法29条)
   ↓
当該児童の施設入所等の措置を取るため、職員による立ち入り調査 (児童福祉法29条)
保護者が立ち入り調査を拒否・妨害あるいは忌避する場合、児童同伴で出頭を要求 (虐待防止法9条2)
   ↓
出頭に応じない場合、職員による臨検・捜索 (虐待防止法9条3)

 これら各種の調査の内、児童福祉法29条、虐待防止法8条2、同9条に基づく調査はいずれも任意の調査です。担保罰則がありはしますが(児童福祉法61条5、虐待防止法9条)、相手が拒否しているのをなお押し切って踏み込む、というようなことはできません。これに対し虐待防止法9条3の臨検・捜索は、裁判所(地裁、家裁あるいは簡裁)から許可状の発布を受けて行う強制調査です。

 児童相談所が行う調査活動といえば、もともとは、「要保護児童」(これは虐待を受けた児童に限りません)の通告を受けた場合に、児童の施設入所措置等を取るために行う児童福祉法29条の立ち入り調査だけでした。これに、平成12年の虐待防止法制定によって、まず同法9条に基づき「児童虐待が行われているおそれがあると認めるとき」に行う調査が加わることになります。また虐待防止法10条により、同法に基づく調査を行う際には警察官の援助を求めることもできることとされました。

 児童福祉法のみに拠った場合、立入調査は児童福祉法27条1項3号にいう里親委託/施設入所といった措置を取るに当たって親権者・未成年後見人の承諾を得られない場合について行う事となっており(28条・29条)、かなりハードルが高いものでした。また警察官の援助に関し、明確な法文上の根拠付けはなされていませんでした(実務上は行われていたとのことです)(*)。平成12年の虐待防止法制定によって、施設入所を前提とせずとも、児童虐待のおそれがあればそれだけで立入調査が実施できるようになり、警察官の援助要請もはっきりと条文に明記されました(*)。

 これらの規定にのっとって、この時期どれくらい立入調査や警察官の援助が行われていたか。当年の虐待相談対応件数と合わせて、一覧にしてみました。

  立入調査(*) 警察官の援助
(※15年度以降は立入調査以外も含む)(*)
児童相談所における虐待相談対応件数(*)
平成10年度 13件 2件 6,932
平成11年度 42件 -- 11,631
平成12年度 96件 70件 17,725
平成13年度 194件 -- 23,274
平成14年度 184件 -- 23,738
平成15年度 226件 247件 26,569
平成16年度 287件 364件 33,408
平成17年度 243件 320件 34,472
平成18年度 238件 340件 37,323

 相談対応件数が優に5桁に達しているのに対し、立入調査の数字は随分と控え目です。双方の数字の間にこうした差がある理由は、関係者の弁によるに、「初期の調査や介入の段階で安易に立入調査を行いますと、保護者との摩擦が大きくなる、後のソーシャルワーク援助において支障となったり、結果として親子再統合が困難となるなど、子供にとって望ましくない状況を招きかねない、こうした理由から、児童相談所はできる限り保護者の理解を得ることを優先すると、立入調査の実施に極めて慎重であったということがこれまでの実施状況に影響を及ぼしている面もあるのではないかと考えているところ」だそうです(*)。

 さて、控え目ではありつつも虐待防止法の制定でやりやすくなった立入調査。実際、1年の間に行われる立入調査の数もじわじわ増えていきます。しかるに平成19年以前の時点では、まだ直接強制は導入されていません。児童福祉法29条・虐待防止法9条いずれの調査であっても、担保罰則ありの間接強制にとどまっていました。従って、言う事聞かない相手には「罰金刑に処される可能性がありますよ」とでも言って引き下がるよう促すのがせいぜい。抵抗排除して踏み込んだり、まして相手を逮捕したり……なんて事はできません。

 一応、相手が脅迫をしたり殴りかかって来るなどといった場合には、警察官が警職法に基づいて制止や警告を行い、甚だしければ暴行や脅迫の現行犯で逮捕する事になります。凄まれたり殴りかかられたりした職員は恐い思いや痛い思いをするかもしれませんが、一方で相手もその場で直ちに規制の対象となります。

 問題は、家の鍵をかけて中に閉じ籠り、職員に応対しようとしない場合。あるいは、インターホンでの応対に終止し、のらくらと言を左右にして職員を中に入れようとしない場合。こういった態度は明らかな妨害・忌避行為ではありますが、しかし、それだけを理由に、児童相談所の側が無理にでも屋内に踏み込むことはできません。警察側もまた同様。

 こうした実力行使の限界については、児童虐待防止に係る児童相談所に対する援助のあり方について述べた警察庁の通達でも触れられています。警察庁通達「執務資料『児童虐待の防止等に関する法律第10条を踏まえた援助要領』の送付について」(平成12年11月17日付警察庁丁少発第170号等)の一節を見ると……

「第9条の立入調査等において、保護者が施錠するなどして、児童相談所長等の立入りを拒む事態が想定される。こうした場合に、鍵を破壊するなどの実力の行使が可能であるかが問題となる。
ア 児童虐待の防止等に関する法律そのものは、こうした実力行使の権限を警察官に与えるものではない。
イ しかし、保護者等が児童相談所長等の立入りを拒む場合であって、例えば、家の中で児童が暴行を受けて悲鳴が聞こえるなど、児童の生命、身体に危害が切迫し、あるいは現に危害が加えられているようなときで、警察官職務執行法第6条第1項の立入りの要件を満たす場合は、立入りのため必要があれば、社会通念上相当と認められる範囲で、鍵を壊すなどして立ち入ることができる。
 また、現行犯逮捕の要件を満たす場合において、必要があれば認められる住居等への立入り(刑事訴訟法第220条第1項第1号)についても同様である。
(後略)」

 鍵の破壊などの実力行使について、"児童虐待の防止等に関する法律そのものは、こうした実力行使の権限を警察官に与えるものではない。" 制定当時の虐待防止法は、児相の立ち入り調査を罰金刑で担保した児童福祉法の規定を踏襲するにとどまっており、それ以上ではありません。直接強制なしの間接強制のみ、しかも(これは後述しますが)安全確認・一時保護活動に至っては担保罰則もなく、間接強制ですらない全くの任意。当然、警察官に新たな権限付与がなされたものでもなし。悲鳴が聞こえる等の状況であればまだしも、無反応だったりすると、打つ手に窮します。

 では、立入調査の拒否や妨害に罰金を科すると定めた罰則の威力はどうか。そのような行為は罰金刑に当たる可能性がある事を告げ、この「罰則」の威力で相手が折れてくれればよし。しかし、そうではない場合、またも問題が出て来ます。実際に罰則を適用し立件するかどうか、という問題です。

 立入調査の拒否・妨害・忌避に対する罰則を定めた児童福祉法61条5は、立入拒否罪と称されていますが、平成18年の段階(この時点で、臨検・捜索はまだ制定されていない)で、この立入調査拒否罪が適用された例は皆無だそうです。理由は幾つかあるでしょうが、ものの本には「児童虐待の場合、加害者は被虐待者の保護者であり、警察が検挙することにより児童相談所と保護者の関係が修復できない程度まで悪化してしまえば、その後、児童相談所が親子関係の修復を行うこと等が困難となることも懸念される」と書いてありました。(*)

 仮にこの立入拒否罪を適用するとなると、児相職員による立入調査を保護者が「拒み、妨げ、若しくは忌避」することが構成要件となる関係上、児相職員から告発を受けて捜査・検挙、あるいは職員の処罰意志を確認して現行犯として検挙、ということになる模様(*)。もっとも、実例皆無なのは前記の通りです。それでなくとも適用の事例が少なさそうな行政刑罰。児童福祉法の立入拒否もまたその例に漏れず。たかだか50万程度(失礼!)の罰金刑ではこれが相場なのか……? しかしこんなことでは、担保罰則と言いながら竹光も同然です。

 直接強制で児童の居宅に入ることが許されない中、立入拒否事案への対応に児相はかなり手を焼いていたようです。例えば平成17年度中の立ち入り検査207件(*)中、保護者の拒否・抵抗により調査を執行できなかった例は8件ありました。これらの8件は、その後何らかの形で児童の安全確認が行われたとのことですが、その安全確認までに児童相談所等は膨大な労力を費やした、ということです(*)。あるいは調査ができた事例でも、調査ができるまでひたすら説得したり合鍵を準備したり(*)。もしくは親族に来てもらい、その親族が鍵を開けてチェーンまで切ったり(*)。手がかかることこの上ない。

 また平成15年には、児童相談所の職員に同行した警察官が警職法6条1項(避難等の措置あるいは犯罪の予防及び制止のための立入)に拠って児童を保護した例もありました。この事案では、児童が約1年間不登校で、親族である祖母すらも児童の安否を確認できず、その上1年2ヶ月前から生活保護・児童手当の受給を辞退していて世帯に収入なし。さらに当該居宅の電気・ガスは止められている、という状態でした。ここから、児相の職員に同行した警察官は児童の生命・身体に危害が切迫しやむを得ないとの判断を下し、警職法6条1項に基づきドアチェーンを切断して居宅に立ち入ったということです。その際保護された児童は、年齢11歳、体重は20kg、血圧50。著しい衰弱状態にあったそうです(*)。なお、この時立ち入りができたのは警察官がいたからで、児相職員だけではこういうことはできません。

 とにかく、拒否事案には手がかかる。手をかければなんとかなる、と言えばそうでしょうけれど、それにしても手がかかりすぎる。限りある行政リソースを食い潰します。児童虐待防止の現場は、虐待防止法制定前はもちろん制定後も、保護者の強い拒否・抵抗があっても立入調査が確実にできる実効ある制度が必要という要望を持っていました(*)。

 児童虐待防止のため、関連機関に直接強制の立入調査権を与えてはどうか、という話が本格的になされるようになったのは、平成16年頃からのようです。まず同年2月、自民党の小委員会が虐待防止法の改正案を策定したという報道がありました。同案では、児相による立入調査が拒否された場合、一定の要件を付した上で、警察官と共に鍵を壊して踏み込むことを認める内容になっていたそうです。近々これを党の最終案としてまとめ、超党派の議員立法に繋げる予定(*)……ということでしたが、しかるにこの案は実現せずに終わります。

 一方、ほぼ同じ時期に、衆院の青少年問題に関する特別委員会でも虐待防止法の改正に関する話が進んでいました。委員会所属の議員が協議を重ねて作った案を基に起草がなされ、平成16年3月に法案が完成し委員長名で提出(第159回国会衆法第11号)。法案は委員会審査を省略し衆院本会議を全会一致で通過、参院でも同じく委員会・本会議共に全会一致で通過し、4月14日に公布されました(平成16年4月14日法律第30号「児童虐待の防止等に関する法律の一部を改正する法律」)。

 この改正法の眼目は、児童虐待の定義の拡充、関係各機関の連携・体制強化、虐待通告の義務化、警察官の援助を求める場合の手続きの整備、3年後の見直し規程などなど。立入調査の直接強制は盛り込ませんでしたが、しかし法案起草前の協議の段階では、直接強制をどうするかという問題も盛んに話し合われたそうです。残念ながらというべきか、この「協議」は委員会における議案の審査ではないため、官報にも議事録などは載っていません。しかし、参院厚労委における法案審査の際に話題になっており、そこから概略が分かります。

 まず、広く児童の安全確認と確保に関し直接強制を付与するかどうかについて、2つの要請と2つの制約が問題になりました。2つの要請とは、事態が切迫している場合にはとにかく確実に児童の身柄を確保したいということ、並びに、家庭内で何が起こっているかまるで分からない場合になるべく確実かつ迅速に安全の確認をしたいということ。一方2つの制約とは、憲法35条に定める住居の不可侵とという制約、もう一つは迅速性という制約。憲法35条を尊重しつつ、それでいて迅速性ある形で、確実に安全確認なり確保なりができる制度とはどういうものか。(*)

 具体的な立入調査の手法として出た案は2つ。第一は、犯罪がまさに行われようとしていると外部から判断できなくても住所又は居所への立入りを行って児童の救出を行うべき場合があるのではないか、という観点から、一定の要件の下で警察官が(警職法によることなく)住居又は居所へ立ち入ることができるようにする案(キックイン、と呼ばれます)。第二は、児童相談所長が裁判所に対し児童虐待を受けた児童の救済を請求し、その請求を人身保護請求の請求とみなして人身保護法を適用する案。しかるに前者については、行政機関の立入りをどこまで/どのような場合に認めるかは、憲法35条との関係で慎重な議論が必要だとされました。また後者については、人身保護請求の手続きでは迅速性に問題がある、とされました。(*)

 こうした経緯から、直接強制の付与にはまだ議論すべき余地があるということで、平成16年の虐待防止法改正法案には盛り込まれませんでした。

 それから時は下り、3年後の平成19年4月。児童虐待に関する相談件数は依然右肩上がりで、前年10月に京都府長岡京市で起きた3歳餓死事件の衝撃も覚めやらぬ中、新しい虐待防止法改正案が作られます。16年の改正法案の時と同じく、衆議院青少年問題に関する委員会の所属議員が協議して作った案を基に起草され、委員長名で提出した法案(第166回国会衆法第20号)です。委員会審査は省略、衆院本会議は全会一致で通過。翌月には参院の委員会と本会議も無事にパスしまして、6月1日に公布されています(平成19年6月1日法律第73号「児童虐待の防止等に関する法律及び児童福祉法の一部を改正する法律」)。

 3年前には議論されつつも形にならなかった直接強制による立入調査は、この改正法でついに実現しました。法案の起草に繋がる協議の内容は前回同様明らかでないのですけれども、報道によれば、超党派の議員勉強会(協議の主体)が直接強制導入の方針を固めたのは19年2月。その前の1月の段階では、与党自民党が警察による強制的な立ち入りを視野に入れた主張を行い、野党がそれに難色を示していました。その後の協議の結果2月下旬に、警察ではなく児童相談所が裁判所から令状を取得して立ち入り、という形式が固まります。なお、この時点では警察による立ち入りも併せて法案に盛り込む方針だったと報道されていますが、実際にはこちらは実現していません。1月の段階で、警察による立ち入りを野党が渋っていたそうですから、こちらは結局話がつかなかったのでしょう。(*)

 強制的な立ち入りを導入する理由は、発議者の1人が後に国会で答弁したところによれば、「保護者の執拗な反対、扉の施錠等によって立入調査ができなかった事例が(中略)あったことからも分かりますように、現行法の枠組みでは児童の安全確認又は安全確保が困難を極める事例もありまして、このような事例にどのように対応するかが問題となってきたところ」「必要とあれば解錠等の実力行使を伴う臨検、捜索の制度を設けることとしておりまして、これにより現行法の枠組みでは立入調査ができないような事例に対しても十分に対応できる」とのこと(*)。

 立入調査に対する保護者の抵抗・拒否がある事案の中でも特に厄介とされるのが、現に児童の生命身体に危害が切迫しているという状況を確認できないため警職法による警察官の立ち入りもできないケースです。児童を閉じ込め育児放棄をする、いわゆるネグレクト関連のケースがこれに当たります。保護者による暴行がなされているといった事案であれば、悲鳴を聞いて警職法6条で立ち入ったり現行犯で検挙ということもありえますが、しーんと静まり返って姿も見えず声も聞こえず、それでいて保護者は立入拒否、となると任意では埒が明かない(*)。「現行法の枠組みでは立入調査ができないような事例」とは、具体的にはこういう事案を指し、これらの事案であっても立ち入れるようにと考案されたのが新しい直接強制の制度。

 従来の制度では対応困難な事例にケースに対処するための制度……ということで、臨検・捜索はあくまで例外手段。警察と連携しつつ任意の立入調査を行う従来の手法で安全確認ができるものについては、新制度ができた後も引き続き従来通りの手法で立入調査をすべきこと、となっています(*)。それでは無理だという事案に限り、臨検・捜索を行うということです。

 新設の臨検・捜索では、出頭要求(※場合によってはこれはなくてもいい)→(出頭拒否)→立入調査→(調査拒否)→再度の出頭要求→(出頭拒否)→裁判所から許可状の発布を受けて臨検・捜索、という手順を踏みます。児童の安全確認のために迅速な強制立ち入りを可能とし、同時に憲法35条も担保するために編み出された手順です。

 そもそも裁判所から許可状発布を受けるにしても、刑事処分としての捜索・差押に相当するような手続きでは、要件が厳しくて迅速性に問題あり。さりとて要件を緩和するとなると、今度は憲法35条が保障する住居の不可侵に抵触しないかという問題が出てくる。また仮にこの問題を脇に置くとしても、裁判所が発布の判断を比較的短時間の内に下せる要件の設定とは一体いかなるものか(*)。こうした課題への答えが、任意の出頭要求・立入調査を事前に必ず行う、という手順の設定でした。児童虐待のおそれがある中で、児童同伴での出頭を拒否し任意の立入調査も拒否と来れば、なるほど心証面ではかなり黒くなる。

 臨検等をする場合、まず都道府県知事または指定市等の市長もしくは権限委任を受けた児童相談所長が、虐待が疑われる児童の住所あるいは居所を管轄する地裁、家裁あるいは簡裁に対し、疎明資料を添えて許可状を請求します。臨検できる場所は当該児童の住所もしくは居所、捜索の対象は当該児童本人です。許可状は裁判所から知事へ、さらに知事から「児童の福祉に関する事務に従事する職員」へと交付され、執行されます。要は児童相談所の職員。臨検等に当たっては開錠等の必要な処分、関係場所への出入り禁止などを行うことができ、一方で立会人の同席、夜間執行制限の原則があります。臨検等に従事する児相職員は身分を示す証票を携帯し、関係者の請求があったときはこれを提示しなければなりません。

 また臨検等の際には、警察官の援助を求めることもできます。ただし、警察官はあくまで児相の援助。児相の職務執行に関連して犯罪などが発生すること等がないよう警戒し、万一の時は警職法等により措置する、というのがその趣旨です。臨検等の主体は児相側にあり、警察が表に立って実施するものではなく、かつ警察は児相の権限行使の補助者でもありません。万一に備え警察の援助を受けた上で、児相が独力で臨検等を実施する、ということになります(*)。

 臨検・捜索の中身自体は、警察機関などでおなじみのものです。とはいえ、福祉目的の機関に位置付けられる児童相談所に、こうした「豪腕」を与えたところが特徴と言えましょう。児相にとっては異色のこの制度、制定から日が浅いこともあってかまだそれほど活用されてはおらず、平成20年度の実施例は2件、臨検等の前段階に当たる再出頭要求も3件の実施にとどまっています。ちなみにその2件の臨検・捜索実施例とは、以下のようなものでした。

  • 西日本での事例。児相の具体的な所在地・名称は非公開(*)。
     平成19年秋に母親と共に移って来た子供3人について、虐待の疑いが持たれる。転居後も住民票の転入手続きや転校の手続きなし。数十度に渡り児童相談所が家庭訪問を行っても反応はなく、他の関係機関からの連絡にも一切応じず、児童の安全確認できず。アパートの居室からは異臭。平成20年2月に、立入調査もあり得る旨を記した文書を居室に投函し、出頭要求(虐待防止法8条2)。これに応じなかったため立入調査(虐待防止法8条2、同9条、児童福祉法29条)を行ったが保護者と接触できず、再度の出頭要求(虐待防止法9条2)を行うものの、これにも反応なし。家庭裁判所に臨検・捜索許可状を請求した。許可状は即日発布され、翌日に臨検を実施。従事したのは児相の職員6名、他に応援の警察官(虐待防止法10条)が複数。呼びかけに応じないことから、親族から借りた合鍵にて児相職員が開錠し、さらにアームロック(*)を切断、臨検・捜索を行った。児童は児相が職権で一時保護(虐待防止法8条、児童福祉法33条)し、その後強制措置のため家庭裁判所に申し立てを行う。
  • 東日本での事例。児相の具体的な所在地・名称は非公開(*)。
     平成19年11月以降、1年以上に渡り児童の未就学状態が続いたことから、児相・学校等が家庭訪問を実施するも、両親はこれを拒否し、児童の安全確認できず。住居内はゴミだらけで、異臭が漂う。安全確認のための出頭要求(虐待防止法8条2)・立入調査(虐待防止法8条2、同9条、児童福祉法29条)・再出頭要求(虐待防止法9条2)を行ったが、親はいずれにも応じず。よって家庭裁判所に許可状を請求し、平成20年12月に臨検・捜索へ着手。その際、警察官の応援(虐待防止法10条)を受けた。まず児相職員が、管理人から借りた合鍵で開錠したところ、親の方からドアチェーンを外したため、そこでひとまず説得を試みた。しかし1時間が経過しても児童に会えないことから、外で待機していた警察官の先導を受け居室に踏み込み、臨検・捜索を実施。児童は児相が職権で一時保護(虐待防止法8条、児童福祉法33条)し、その後強制措置のため家庭裁判所に申し立てを行う。

 許可状ありとはいえ、やたらそれを振りかざすのではなく、なおも説得を試みたり。でもやはりいざとなればアームロックをぶった切ってでも中に入る。やる時はやるんだということです。今後大いに活用を!……と言いそうになりますが、この制度がばんばん活用されるようでは、それはそれでよろしくないことでもあり……

 余談ながら、平成19年の虐待防止法改正後、厚生労働省はそれまで竹光状態だった立入拒否罪の適用についても以前より積極姿勢を取るよう指示を出しており、ここにもこわもてな側面がじわりと浮き出ています。平成20年3月14日付の厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知「児童相談所運営指針等の改正について」(平成20年3月14日雇児発第0314003号)で『児童相談所運営指針』(*)を一部改正し、従来は「必要に応じて法第62条第1号の規定の活用を図ること」(*)とだけ書かれていた箇所を大拡充。告発への移行も視野に入れた上で保護者による立入調査拒否の状況を記録しておくべきことや、具体的な告発の手順、心得、告発状の様式などをみっちり書き込んでいます。これを受けて実際に立入拒否罪の告発がなされたという話はまだ聞いたことありませんが、結構やる気だ。

・児童保護活動関連

 調査活動に続いては、児童の保護に関する活動について。これは、被虐待児童もその内に含む「要保護児童」(児童福祉法6条2)関連での活動は市町村・福祉事務所なども一枚噛んでおり、色々と複雑です。なのでこちらはばさっとはしょりまして、虐待防止法を中心とする、やや狭い意味での被虐待児童の保護に焦点を当てます。まずは、どういう活動があるかを列挙。

  • 面会その他の手段による当該児童の安全確認 (虐待防止法8条)
  • 原則2ヶ月以内の一時保護 (児童福祉法33条、虐待防止法8条)
  • 施設入所等 (児童福祉法27条・28条)
  • 一時保護・施設入所等の措置が取られている児童に対する保護者の通信・面会の制限 (虐待防止法12条)
  • 一時保護・強制入所の措置が取られた児童の居所・住所の秘匿 (虐待防止法12条)
  • 強制入所の措置が取られた児童に対する保護者の接近禁止 (虐待防止法12条4)
  • 親権喪失請求 (児童福祉法33条7、虐待防止法11条)
  • 未成年後見人の選任もしくは解任の請求 (児童福祉法33条8・33条9)

 先に触れた調査活動と同じく、児童保護関連の活動でも、従来の児童福祉法のみに拠った場合と平成12年の虐待防止法制定・平成19年の同改正以降とでは幾つか特筆すべき違いがあります。中でも、強制的にどうのこうのという観点から言えば、安全確認のために児童の住所・居所を訪問できる/その時に警察官の援助を求められる/必要に応じ一時保護を行える/この時にも警察官の援助を求められる/一時保護・施設入所中の児童に対する保護者の接触を制限できるようになったは大きな変化です。

 児童福祉法だけの時代は、要保護児童の通告を受けてまずは家庭訪問というような場合、立入調査とは違いますから条文上には規程なし。一切が任意。被虐待児童を33条でもって一時保護しようとしても、拒否・抵抗などへの罰則なし、警察官の応援に関する規程なし(ただし実務上は応援がなされていた)(*)。ということで保護者等の抵抗に遭えば実効性は薄く、保護を行うのは難しい状況でした。27条1項3号の施設入所等も同様で強制はできず、一方28条1項1号の強制入所に必要な家裁の承認には時間がかかり、もたもたしていては被害が拡大するばかり。どうにか一時保護・施設入所等に漕ぎ付けても、保護・入所先の施設に保護者等が「子供を返せ」と押しかけて来たら、これに応ずるのがまた難しい。

 そもそも、児童福祉法に謂う要保護児童とは、「保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童」を指します(児童福祉法6条2)。虐待の被害を受けた児童を含むものではありますが、必ずしもそれだけではありません。例えば、児童福祉法25条には要保護児童の通告に関する規定がありますが、同条の後半には「ただし、罪を犯した満十四歳以上の児童については、この限りでない。この場合においては、これを家庭裁判所に通告しなければならない。」とあります。ここで謂われている「要保護児童」とは、どちらかというと、孤児であるとか、あるいは親の手に負えない、念入りな指導の要りそうな児童という感じ。はみだし者の困ったやつを「保護する」という観点が透けて見え、虐待の被害者たる児童という観点はいささか薄そうな気配です。

 思い返せば同法の制定は昭和22年。同法制定の過程では、初期においては被虐待児童も含む「要保護児童」に重点が置かれていたものの、後に一般児童の保護に重点が置かれるようになり、「結局、児童虐待防止策及び被虐待児童保護は、一般児童の福祉及び戦争孤児問題の陰に姿をかすめてしまった、と言えるであろう」という指摘もあります(*)。時代というやつでしょうか。

 そんな時代を経て、新しい法律の制定で幾つもの権限を手にするようになった現在の児相。上で挙げた幾つもの問題点は、虐待防止法の成立(とその後の改正)で随分と改まりました。かくして現在、児童相談所が児童の保護のため活動していて相手の抵抗や加害があった場合、どの程度の実力を行使できるものなのか、について。

 安全確認・一時保護を実施する際の話は、立入調査と似ています。立入調査と違って担保罰則はありませんが、虐待防止法10条に基づき警察官の応援を求めることはできます。よって、しかるべく応援を求めておれば、子供を取られる!などと逆上した保護者が殴りかかって来たりした場合にも警察官に制止してもらえるはず。

 実際に児童の一時保護・施設入所等に到った後は、必要ある場合は通信・面会の制限を保護者に課し、引き取りの強要などを防ぎます。これを破って保護者がちょっかいを出す場合、担保罰則はありませんが、その代わり別な手があります。

 まず児童福祉法27条1項3号に基づく通常の施設入所児童であれば、「(施設入所等の措置が)保護者の意に反する」ということで、とりあえずは施設入所等から同33条の一時保護に切り替え。同時に、同28条に基づく強制入所の手続きに取りかかります(虐待防止法12条2)。一時保護している児童も、「(施設入所等の措置を取るとしたら、その措置は)保護者の意に反する」と認められる場合にあっては強制入所の手続きが始まります(虐待防止法12条3)。

 また、警察の応援を頼むという手もあります。虐待防止法上、一時保護・施設入所等による児童の滞在先へ保護者が押しかけて来た時に警察の応援が頼めるとは書いていないのですけれども、禁止されてもいません。安全確認/立入調査/一時保護着手の際とはやや異なり、特定の条文に拠らない事実行為の形で実施されます。「本法(※虐待防止法のこと)の趣旨、目的にかんがみ、例えば、児童又は担当者に対する保護者等の加害行為等に対して迅速な援助ができるよう、第10条に準じた対応をすることが適当である」(*)というのがその理由。

 さらに進み、児童福祉法28条に基づく家裁の承認を得た強制入所まで来るとかなり強力です。条件が整えば、保護者に対し担保罰則付きの接近禁止を課することができます。刑は「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」(虐待防止法17条)ですから、かなりのもの。それでもなお違反してどうこうするとなると、後は司法の場で……という事に。

 

 かつては、あれこれ権限を持ってはいるものの、その多くは強制執行権を有するものではなく、調査の際に間接強制があるくらいだった児童相談所。妨害や抵抗に遭ったとしても、それを実力で排除なんて事はできず、警察官の援助を頼むか、後は家庭裁判所の判断を仰ぐ。いささか回りくどい……と言ってはいけない、いかにも児童福祉の執行機関らしい活動を展開していました。福祉の枠の中で行う活動ですから、ばりばりの治安機関よろしく令状片手に直接強制で力ずく、という手法はなじまないとされたのでしょう。

 しかしそれゆえにというべきか、児童を保護しようにも妨害の抵抗に遭って児童の保護を阻まれることは多々あり、さらには職員自身も保護者からいわれなき暴力・脅迫など様々な被害を受けて来ました。報道での数字で、しかも少々古いものですけれども、厚生労働省が2003年(平成15年)に全国の児相60ヶ所を対象にサンプル調査を行ったところ、次のような結果が出たそうです。まず、全体の7割を超える42児相から「01〜03年までの間に、保護者から職員が加害行為を受けた」との回答が寄せられ、さらに「身の危険を感じるようなケースがあった」という回答を寄せたのは9割を超える56児相(*)。公安職でもないのに、なんだこの数字は。

 近年の法制定・改正により、現場では警察官という用心棒を付けられるようになり、厄介なネグレクト事案には臨検で対抗できるようになりました。「福祉」のイメージにはそぐわぬ一面もあるやもですが、こうでもしないとやってられん。児童虐待相談の件数はなお増加傾向にあり、平成19年度の虐待相談対応件数は前年度比約3,000件増の40,639件(*)。虐待通告を受けて着手してみれば、身の危険を感じるような処遇困難事案も少なからず。警察官の援助を願う例もなかなか減りません。子供の命を、そして自分たちを守るために、少々の荒事はもはや避けて通れず。……とは申せ、なんと厳しい……。

 
 
主要参考資料;
『厚生省五十年史(記述編)』 編;厚生省五十年史編集委員会 刊;財団法人厚生問題研究会 1988

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