アルコール事業担当経済産業省事務官

 

 アルコール、といってもお酒ではなく、工業など他の用途に用いられるアルコールの事です。もっとはっきり言うと、度数90%以上のエチルアルコールのこと(アルコール事業法2条1項)。

 工業・産業用アルコールの輸入・製造・販売・使用はアルコール事業法によって規制されており、国から許可を受ける必要があります。これに関連して違反があると、国が強制力でもって取締りを行う事もあります。

 これら産業用アルコールは、もともとは国家事業として製造・販売されていたものでした。始まったのは昭和12年で、当初は燃料用、具体的には油の増量剤であったようです。国が造って国が売る、という事で、かつての産業用アルコール事業は「専売」という制度の下で運営されていました。アルコール専売の歴史そのものについて詳しく書く事は避けますが、担当官庁だけを挙げると、最初は大蔵省専売局が受け持ち、後に商工省燃料局、軍需省、戦後軍需省がなくなると再び商工省、さらに同省の後身である通商産業省へと受け継がれていきました。

 通産省によるアルコール事業は昭和24年に始まり、しばらく専売が続きますが、この制度はやがて廃止されます。これを書いている現在(昭和23年2月)は、専売ではなく、許認可権でもって民間の活動を監督し、違反があった時だけ国が乗り出すという形になっています。

 という訳で。同じアルコール事業関連の取締活動でも、専売廃止前と廃止後ではかなり中身が異ります。よって以下、時代ごとに分けて見てみるとしましょう。

アルコール専売法時代

 先にも触れた通り、アルコール専売自体は昭和12年から始まっているのですけれども、戦前の事から書き出すとややこしいので……ちょっとはしょります。戦後の話だけ。

 アルコール専売制度の目的は、簡単に言えば、製品を販売して利益を得る事です。アルコール専売法の下、アルコールの製造権と輸入権は政府に帰属し、政府の特許を受けて民間が製造したアルコールについても全量政府納入の義務がありました。専売アルコールを売るのは政府指定の専門業者で(売捌人)、その販売価格も政府が設定し(政府売渡価格)、すべては官の監督下で行われました。

 こういう事になっていますから、アルコールの密造・密輸・密売は厳禁、不正なアルコールの所有や消費も禁止。また、燃料の増量用・工業用・輸出用のアルコールについては政府売渡価格とは別に価格が設定される事になっていましたが(具体的には、政府売渡価格よりも安価)、これは用途を限定したアルコールですから、担保を取った上、使用後には「使用済証明」を出させ、仮に所定用途外に流用した場合には担保没収ないし政府売渡価格との差額を徴収します。特に工業用アルコールについては、事前に「変性」という処理を加えて用途外の流用防止につとめました。

 戦後すぐの時代、取締りの対象としてとりわけ問題になっていたのは、専売アルコールの横流しでした。先にも触れた通り、特定用途に供する専売アルコールは政府売渡価格とは別に価格設定がなされており、要は安く買い求めることができます。これを政府売渡価格で横流しすれば、特別価格との差額の分だけうまみが出る。この時期、変性がなされた工業用の専売アルコールを買い付けておきながら、使用済みを装い、変性のままあるいは「変性戻し」した上で横流しする事件が多発しました。これら横流しアルコールは、ほとんどが密造酒の原料となっていました。(*)

 こうした専売違反の取締りに当たっては、間接国税犯則者処分法(昭和23年7月以降は国税犯則取締法)が準用され、間接国税の犯則事件として犯則調査がなされました。すなわち、通産省の専売官吏は、裁判所の許可を得るか、あるいは違反行為を現認して、強制的に臨検・捜索・差押を行う事ができました。犯則品は押収し、調査の結果犯則が確定すれば、不正をもって納付を逃れた金額の納付を命じ(通告処分)、場合によっては検察に告発する(司法処分)措置が取られます。工業用アルコールの横流しの場合、工業用アルコールの特別価格と政府売渡価格との差額が納付を逃れた金額に相当します。

 敗戦直後は経済も社会も混乱し、酒を飲んで憂さを晴らそうにもその酒すら満足に飲めません。社会の混乱の結果、遵法意識が低下した事も手伝い、一時期は密造酒がらみの専売アルコールの横流し事件が頻発し当局は手を焼いたそうです。工業用アルコールは工業用だからこそ安価に価格設定してあるのであり、これを流用されては政府売渡価格の意味がなくなる、ひいてはアルコール専売の意味がなくなってしまいます。加えて密造酒は、正規の酒とは違って酒税も逃れていますから、さらにたちが悪い。しかも、変性剤が入った工業用アルコール由来の酒などというあやしげなものを飲んで、体に良い影響などあろうはずなし。メチルアルコール飲んだら失明する、という話は結構有名かと思いますが、それだけでなく、肝臓を悪くして死に至る事もあり、放っておく事はできません。

 当時の取締り態勢について、残念ながら詳しい事は分かりません。ものの本によると、要員不足などの理由から、この時期は満足な取締りができなかったらしい(*)。一応本省でアルコール専売を管掌した部署を挙げると、昭和20年8月26日に商工省が「復活」した当初は同省燃料局醗酵工業課が管掌しました。その後20年12月に工務局液体燃料課へ移り、21年1月には鉱山局石油課・工務局醗酵工業課・官房会計課が分掌、23年3月に化学局アルコール課が設置されるとここが集約して管掌するようになります。(*)

 昭和24年5月に通産省が出来ると、当初は通商化学局アルコール課がアルコール専売を管掌し、同課の総務以下7班のうち販売班が専売取締りを担当していた模様。以降昭和36年までは、専売アルコールの販売担当部門が取締りも兼ねていたようです。通商化学局アルコール課は、後にアルコール第1課・第2課に分かれ、専売取締りは第1課の販売班が担当(昭和27年1月)、通商化学局から軽工業局へ横すべり(昭和27年7月)、軽工業局に審議官級のアルコール事業長が置かれ両課はその下に移転(昭和30年4月)、両課を廃止してアルコール事業室を設置、同室には総務担当と業務担当のアルコール管理官が置かれ、専売取締りは業務担当管理官下の販売班(昭和31年3月)(*)。こうした体制の下で実際に取締りを行うのは、各地方の通商産業局でした。

 また昭和25年8月、大蔵・通産両省次官の申し合わせにより、大蔵省の収税官吏を通産省の専売官吏と兼務とし、アルコール専売犯則の摘発に当たらせる措置も取られています。アルコールの専売違反の中でも厄介だったのは、前述の通り工業用アルコールの横流し。横流しされたアルコールは密造酒の原料になる。そして、酒類を監督しているのは大蔵省・国税庁。酒を接点として通産・大蔵が手を結んだ形です。この取り決めにより通産専売兼務となった収税官吏は、全国で1,000名に上ります。通産省側で実際に取締りを行うのは地方の通産局員ですから、大蔵省側でもそれに合わせて地方の国税局・税務署員を兼務要員に指定しました。(*)

 兼務の始まった当初は、収税吏員も通産局員と同じく、アルコールの使用済み検査や工業用アルコールの変性立ち会いといった一般的な検査を行っていました。税務吏員なだけに間接国税犯則取締に関する知識と経験を生かし犯則摘発に辣腕を……と思いきや、そうでもないみたい。まあ、昭和20年代前半に犯則の摘発が振るわなかった理由の一つに「要員の不足」が挙げられているほどなので、ともかく頭数を揃えるという意味もあったのでしょうか。もっとも、この運用態勢は後年見直され、昭和32年度からは、一般的な予防検査は通産局員がこれを行い、兼務者は犯則の取締りのみを行うように改められました。(*)

 アルコール専売の犯則は、昭和20年代に大量に発生し、以降社会の安定化に従って減って行きました。それでも昭和30年頃まではまだまだ「悪習」が残り、工業用アルコールの変性もどし事件が相当数発生していた旨、ものの本では述べてあります(*)。ただ、それも昭和30年代の半ばを過ぎると終息に向かいます。しょうけつを極めた時期の年間摘発数などは分かりませんが、昭和35年以降においてはおおむね年間1件程度、昭和40年以降にはほぼ皆無となったようです。事態が鎮静化したため取締り陣も縮小され、税務官吏の専売兼務は昭和37年7月に廃止されました(*)。

 ちなみに、この時期における通産省本省でのアルコール専売部門の動きについて。上記の通り、これまではアルコール管理官(業務担当)下の販売班が専売取締りをも担当していたところ、昭和36年8月に、総務担当管理官の下に新たに法規班を設け、ここが専売の取締りを担うようになりました。販売業務と専売取締業務の分離です。さらに昭和37年4月、アルコール管理官を廃して新たに軽工業局アルコール事業部を設置。管理・職員・業務の3課が置かれ、専売取締担当の法規班は管理課に属するようになりました。もっとも同班は、犯則事件がほとんど発生しなくなった事から昭和40年3月に廃止され、取締業務は同じ管理課の総括班が吸収しました。(*)

 昭和57年にはアルコール専売法が改正され、国が産業用アルコールを製造する体制が廃止されました。それ以前にも国営アルコール工場の民間譲渡は進んでいましたが、この改正で製造自体がすぱっとなくなったのです。産業用アルコールの製造は、国に代わって特殊法人新エネルギー開発機構(NEDO)が行う事となり、国は、専売法を通しての業務監督と違反取締りのみに当たる事となりました。

 国によるアルコール製造事業は、そうひどい経営をしていた訳ではないようなのですけれど、当時は財政赤字削減のための行政改革が叫ばれており、その一環として通産省アルコール事業部の現場業務部門、具体的には製造工場が、民営移管される事になったのです。世にいう「三公社五現業」の民営化措置、というやつ。

 これで、産業用アルコールの製造については国は手を引きます。しかし専売制度そのものはまだ生き残っており、製造されたアルコールは全量政府に納入され国が売る事になっていました。実際は、国から委託されたNEDOが代わりに実施するのですが、少なくとも形式上国が産業用アルコールを専売する制度は残ります。従って、横流しや密製造などの専売違反が発生した場合は、通産省による取締りがなされる事になっていました。ただ、この時期になると違反そのものが全くと言っていいほどないので、実際取締りに着手する事はなかったようです(*)。

アルコール事業法時代

 アルコール専売制度がなくなるのは、2000年・平成12年の事です。平成12年4月制定のアルコール事業法により、産業用アルコールを政府に納入する仕組みがなくなり、民間業者が国から許可を受けて、自由に製造・輸入・販売・使用を行うようになりました。この時、アルコール専売法も廃止され、国税犯則取締法を準用して摘発を実施する体制も消滅しました。

 専売廃止に伴って特殊法人の業務内容も変化し、それまでアルコールの政府納入の業務委託を受けていた新エネルギー開発機構改め新エネルギー・産業技術総合開発機構(略称は同じくNEDO)は、「特定アルコール」を販売するようになります(アルコール事業法3章。ただし平成18年4月まで)。

 民間業者が製造・販売する一般のアルコールの場合、工業目的での使用には通産省(※後に経産省)の許可が要り(アルコール事業法26条)、希釈は制限され(同35条)、使用許可を受けた者等以外の者へ再譲渡した場合には、後述する「加算額」の納付義務が生じます(同36条)。これに対し特定アルコールの場合、使用に際して通産省の許可を得る必要がなく、また希釈や再譲渡も自由に出来るなど、一般のアルコールに比べ使いみちが広いのが特徴です。ただし、その価格には「アルコールが酒類の原料に不正に使用されることを防止するために必要な額として経済産業省令で定めるところによる額」(加算額)が上乗せされます(同32条)。この特定アルコールの販売で得られた加算額分の収入は、納付金として国庫に納められました(同33条)。

 なお、アルコール流通の許可制・自由化に伴い、特殊法人によるアルコール製造事業も縮小の方向に向かうのが筋というべきところ、これまでの経過に鑑みて、「当分の間」同機構によるアルコールの製造事業と非営利目的での一般アルコールの販売事業が続きました(アルコール事業法附則2条、附則3条)。もっとも、いかに非営利とはいえ、NEDOのアルコール製造と一般アルコール販売は、あくまで「当分の間」の経過措置に過ぎません。事業法の附則では、事業法の施行後5年をめどに「機構の行うアルコール製造業務及び一般アルコール販売業務を同時に終了させる(中略)ため、必要な措置を講ずるものとする」ことが定められていました(同附則8条)。

 NEDOは平成14年に特殊法人から独立行政法人となった後、平成17年4月に「日本アルコール産業株式会社法」に基づき同名の会社を全額出資で設立(※株式は政府保有)、アルコール関連の事業をそちらに移すこととしました。実際に移管がなされたのは1年後の平成18年4月(日本アルコール産業株式会社法附則1条、同附則19条)。かくして、特殊法人・独立行政法人がアルコール製造・流通の現業に関与する体制は終わりを告げ、国有ながらも企業が営利活動としてこれを行う形になりました。

 さらにこの日本アルコール産業株式会社も、設立法の附則中にて「会社をできる限り早期に民営化する」事が目標として掲げられていました(日本アルコール産業株式会社法附則2条)。その後平成20年3月に至り、財務省関東財務局が同社株式の一般競争入札を行い、同社は完全民営化されました(*)。

 現在(平成23年2月)、アルコールの製造・輸入・販売・使用はすべて企業活動でもってまかなわれています。流通と使用が許可制の一般アルコールのほか、特定アルコールについても、製造業者・輸入業者が経済産業省からの許可を得た上で、「譲渡」を行う体制になっています。特定アルコールが一般のアルコールに比べ使いみちが広い事は、既に述べました。なお特定アルコールの譲渡価格には前述の通り加算額が上乗せされており、この加算額分はやはり国庫に納めなければなりません(アルコール事業法31条)。

 さて、アルコール専売制度の廃止後、通商産業省及びその後身である経済産業省が行って来た取締りは、アルコール事業に関連して国庫に納入されるべき納付金が生じてそれが滞納された場合に、強制徴収を行う事です。

 特定アルコールの販売・譲渡に伴う加算額は納付金として政府に納める義務があり、また一般のアルコールの取引の際にも、上述の通り、許可を受けた事業者以外の者に譲渡した場合には取引量に応じて加算額が課せられます。これら納付金の国庫納付義務が履行されない場合、経済産業大臣は、国税滞納の例にならって納付金を強制徴収する事ができます(アルコール事業法36条、37条)。実際には、大臣から権限委任された各地方経済産業局が代理で実施します。

 国税滞納の例にならって、という事ですから、つまり国税徴収法の規程を準用し、滞納者が納付の督促に応じない場合において、経済産業局の人員が証票を持って出向き、納付額・延滞金額に相当する財産の引き渡しを受ける、引き渡されない場合は差し押える、というものです。他の項でも何度となく出て来た話ですね。なお、これまでこうした滞納処分が行われた例があったかは、寡聞にして耳にしません。

 
 
主要参考資料;
『アルコール専売三十年史』 編:通商産業省化学工業局アルコール事業部 刊:財団法人醗酵協会 1969
『アルコール専売事業五十年史』 編:通商産業省基礎産業局 刊:社団法人アルコール協会 1987

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