公安の仕事の話。ここでするような話は、実はネット上探せば結構あるみたいです。警察による国民監視許すまじ!という訳で、国民監視組織=公安と見て、その公安の情報収集活動について色々書いたページは、必ずしも珍しくはありません。 まあ、ぽんの趣味はどちらかと言うと警備情報活動よりは警備実施活動でありますので。それに公安を取り扱ったページは他にもあるし別に無理して警備情報活動ページは作らなくてもいいかな……と考えた事もありました。しかし。総体としての警備警察を理解するには情報活動の理解も欠かせません。それに、情報活動にも決して関心がない訳ですし。 という事で、なんだかんだ言いつつも作ってみました情報活動ページ。既に書いたように同趣旨のページは他にも幾つもあります。従ってここでは単に情報活動だけでなく、情報活動と並んで重要な活動である捜査活動についても出来る限り書いてみましたが、いかがなものでしょう? どんぱちな話じゃないんでいまいち燃えない向きもありますけれど…… 細かい話に入る前に、今一度、公安の基礎、と申しますか、組織についての話を少しだけ。 公安の任務は、既に触れました通り、ごく簡単に挙げると
というものになります。これが、警察組織に任務分担される段階でもう少し小分けされ、例えば警察庁の場合、公安一課が警備情報の収集と警備犯罪の捜査(ただし、公安二課および外事課が司るものを除く)、公安二課が右翼に特化した警備情報収集と警備犯罪の捜査、を取り仕切っています。以前は、極左過激派に特化した警備情報収集と警備犯罪捜査を仕切る公安三課がありましたが、今では極左の脅威も薄れたという事で、公安一課に吸収されました。なお、警備実施に関わる犯罪だけは、公安でなく警備課の所掌であり、また警備情報/資料の総合的分析や管理については、警備局の筆頭になる警備企画課が受け持っています。 中央から地方に移り、警視庁・同府県警察本部の段階になると、警察庁にならいつつそれぞれの警察ごとに特色ある任務割り振りがなされ、なかなかバラエティ豊かになります。 大所帯の警視庁公安部の場合、極左の情報・犯罪捜査担当の公安一課、同じく極左と労働紛争担当の公安二課、右翼担当の公安三課があり、残りの警備情報・犯罪捜査は(外事各課が担当するものを除いて)公安総務課がまとめて引き受けます。また資料の管理は別に公安四課を設けて行なっています。警備実施に関連する犯罪は、公安部担当ではなく、警備部の警備一課取り扱いです。 一方、警備課と公安課、警備一課と二課しかないような小所帯の警察になると、こう細かく割り振りができるはずもなく。基本的に公安部門に任せつつ、警備実施関連だけ、あるいは警備実施関連と右翼関連の警備情報・犯罪捜査を警備部門に任せるという割り振り方が多いようですね。工夫をこらしています。 あと、これは余談。刑事・生安部門に機動捜査隊その他の捜査部隊がある事にならってか、公安にも、捜査部隊がある事があります。 割とよく知られているのは、警視庁公安部の公安機動捜査隊でしょうか。現在の公安機動捜査隊は、平成元年に発足し、「警備犯罪の初動捜査、採証、特殊鑑識その他特命事項の捜査」をその任務としています。ところで "特殊鑑識" とは聞き慣れませんが、これは核・生物・化学兵器が関連する疑いのある事件が発生した場合にその鑑識活動を行なう事を指しています。公機捜の内部には、平成12年にNBCテロ捜査隊という部隊が置かれ、ここがかの特殊鑑識を担当します。 他の道府県警察になると、一部に、公安捜査隊あるいは公安特別捜査隊という名前の部隊を置いてある事が確認できます。今のところ、北海道、秋田、埼玉、三重、岡山県警にあり、また愛媛県警にも置いてあるようです。 公安捜査隊・公安特別捜査隊については、詳しい事は分かりません。ただ、北海道警の「公安捜査隊規程」や愛媛県警の「人事記録等に関する訓令」を見ると、部隊は重要な警備事件あるいはそれに発展するおそれのある事案の捜査に当たる事を任務とし、隊員は、警備事件捜査に適する者が、上司の推薦によって指定ないし指名されるとの事です。配置換をする訳ではなく、一種の兼務のようなもので、出動時のみ部隊編成をする非常設に近い形態なのでしょう。 1.陰にひそんで。 警備情報は警備警察の基礎である。という事で、警備実施活動と並び従来から警備情報活動は警備警察の車輪の一方とされて来ました。警備情報活動の大きな特徴の一つは、何か具体的に事件が起こるおそれがなくとも、社会の動向を知るための一般情報活動という名目で不断に継続されるという点です。学生運動や労働運動が沈滞しこのところ警備実施活動の方は空回りしていますが、警備情報活動の方はそうでもないようです。 例えば、原発反対運動。例えば、カルト宗教団体問題。例えば、皇室反対運動。あるいた例えば過激派諸団体の動向。何か警備犯罪が起こりそうな兆候はあるか、あるとすればいつ・どこで起きそうか。こうした事柄に関する情報を陰に陽に集めるのが警備情報活動です。警備警察の基礎としてその活動には万全が期され、違法な手段に走る事もなくはない……と。先に書きましたね。 「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその任務とする」。警察法2条1項
警察が警備情報を集めてよろしい、と法律にはっきり書いてある訳ではありません。しかし「公共の安全と秩序の維持に当たる」その目的の範囲内で警察は各種の活動を行っており、警備情報活動もその各種活動の一環とみなされています。ここにおいて何か強制力を行使するような場合には法律による根拠を必要としますが、任意手段に渡る場合には別段個別の法律の根拠を必要とするものではない、と。 こうして警備情報活動は警察の仕事の一つとされております。ただ、任意手段ならどんな手段でも許されるという訳ではありません。具体的に警備情報活動を行うに当たっては
という、3つの原則があります。情報収集に当たっては、この3つの原則につき個々に判断し、手段を選択しなければなりません。それというのも一口に警備情報収集活動と言っても、犯罪捜査の一環としてなされる事もあれば、また具体的犯罪とは無関係に一般的調査としてなされる事もありますから。こういった警備情報収集活動は、大きく3つに分類されるようです。
これら大まか3つに分けられる活動を実施する際、具体的に用いる手段を取捨選択するのが、先に述べた必要性・相当性・妥当性の原則になる訳です。例えば1の捜査情報の収集というのは要するに犯罪捜査の事ですので、強制捜査権を含め様々な権限を情報収集に利用することができます。対して一般情報・基礎情報の収集となると、犯罪発生とは直接関係のないところで行なわれる情報収集活動ですから、犯罪捜査時のように各種権限を駆使できる訳ではありません。逮捕や捜索などの強制権を使いたいといっても、それは妥当ではないのでダメ、という事になります。 かくして公安は警備情報収集活動をその任務とし、犯罪発生時はもちろん平素から不断に上記のごとく警備情報収集活動を行っている訳ですが、彼等が実際に情報を収集する、その具体的な手段というのは一体いかなるものなんでしょ? その中の何が合法で、何が違法なんでしょ。以下、問題とされている部分を云々しつつ情報収集についてより詳しく見ていきましょう。 情報収集の手段にはいかなるものがあるか。前掲書『警備警察全書』によりますと
端的にリストアップしてざっとこんなもんです。後半部ちょっと分かりにくいかな。工作とは「情報提供者の獲得」、投入とは「情報員の潜入」の事です。スパイ、と言ってしまうと元も子もない。又張込みは、単に対象者を見張るだけではありません。当人や関係者の写真撮影、秘聴器(盗聴器の公称)による会話/通信傍受も含まれます。 これらを駆使し、例えば目をつけた人物を徹底して尾行・張り込みし、その立ち寄り先・交友関係を監視する事を通して、これまで警察が把握していなかった団体構成員・団体アジトなどをあぶり出して行きます。また団体の集会を視察したり、あるいは当人や関係者に対する巧みな聴き込みなどを通して、団体の目的や組織を解明して行きます。そして団体に関するより詳細な情報収集を行なうとなると、秘聴器を使用し、また工作や投入を実施します。 さてこうした情報収集の手法は、例えば写真撮影は肖像権の侵害、例えば通信傍受は通信の秘密の侵害、といった面から常に批判にさらされて来ました。そうした批判に、警察はどう答えているんでしょうか。ここでは秘聴器使用と工作・投入を例に挙げて簡単に見ていきたいと思います。 まず秘聴器の使用ですが、厳密には電話などの通信を傍受するために使用する場合と、口頭の会話を傍受するために使用する場合とに分けられます。昨今秘聴器使用といえば通信傍受の話題でもちきりですけれども、通信傍受は令状を取って行なう強制処分です。よってこれは犯罪捜査手段というべきで、(少なくとも表向きは)情報収集目的には使えません。しかるに口頭会話の傍受・録音は、通信傍受に比べると強制処分としての度合は低いと見られており、犯罪捜査ではなく情報収集の手段としても用いられています。よってここで取り上げるのは後者、会話傍受の方です。通信傍受については、また改めて触れる事にしましょう。 秘聴器を利用した会話の傍受、とは、例えばAさんが自室あるいは町の喫茶店などでBさんと会って話をした、その時の会話を傍受するというものです。自室での会話を傍受するには、あらかじめ何らかの手段で室内あるいは室内の声が聞こえる箇所に秘聴器を仕掛けます。屋外や店内での会話傍受では、傍受する場所の近くに仕掛ける事もありますが、大体は秘聴器を持った情報員がなにげなく寄っていって録音しているみたいです。 この会話傍受、傍受された側には(一見)何らの不都合も与えてはいません。何か物品や所有物を押収した訳でも、身柄を拘束した訳でもありません。もちろん、強引に聞かせろと迫って記録した訳でもない。という事で、なにも不都合を強制してる訳ではないからこれも一応任意に行なう情報収集の範囲内である!という事になるみたいです。 とはいえ、遠き者は音にも聞けとばかりに怒鳴る時はともかく、普通、我々は会話がこっそり傍受されてるなんて思いません。まして自分の部屋の中ともなれば。そういう訳で、こうした会話傍受については、個人のプライバシーを侵害するものであるという批判があります。これについて、又々前掲書『警備警察全書』によりますと 「『捜査目的を達成するに必要な範囲と限界においていわゆる秘聴器を使用することは、そのために軽度の悪影響が与えられたとしても、合法的な捜査行為として公共の福祉を図る所以であるから、職権を濫用したことにならない。』とした東京高裁決定(*1)がある。理論的には捜査情報の収集に限らず、事件情報の収集の手段としても同様妥当とされるばあいがあることになろう。」
という事だそうです。事件情報の収集までなら、やむを得ずとして許される余地があるみたいですね。まあ、プライバシー侵害の可能性ありという事で、いかに任意処分のはんちゅうに含まれるとはいえ基礎情報・一般情報の収集に用いるのはさすがにまずいみたいですけれども… そもそも、秋葉原辺りの「その手の店」に行けば、盗聴以外の何に使うんだと聞きたくなるよな極小型マイクが市販されてたりします。また盗聴マニアを検挙するにしても、その罪状は大体が電波法違反(無許可で無線装置=盗聴器から電波を飛ばした)、不法侵入(他人の家に盗聴器仕掛けに侵入した)、などです。会話傍受の罪で検挙、なんてのは聞いた事ありません。こうして見ると、直接会っての会話を傍受する事は、日本ではそれほど犯罪視されていないんですね。少なくとも、法的にはそうです。ちなみに。警察が個人の部屋など屋内に秘聴器を仕掛ける場合は、家主・管理人の協力を得て仕掛けます。でないと、万一ばれた時に対応できない(協力を得ての任意活動です、と主張できない)んで困るから、ですと。 じゃあばれない自信がある時は、協力なんか得ずに知らん顔してこっそり仕掛けるのか?という点については……お察し下さい! という訳で、警察が会話傍受を情報収集に用いたとしても、それすなわち違法という事にはならないのでした。だとすると会話傍受って、実は割にメジャーな情報収集手段として使われてるのかもしれない? まあ、個人のプライバシー保護上の要請もあるので、そうそう広範囲にやる訳には行かないはずですけど。 ついでに言うと、最近は会話傍受といっても単に小型集音マイクを仕掛けるだけでなく、指向性マイクを使った装置だとか、レーザーを話者の近くの物体(部屋の窓ガラスなど)に照射し空気振動(つまりは音声)の伝播を検知する装置だとかを用い、遠方から会話傍受する手法も発達してきているとの事です。これなら、会話傍受の秘匿性、外面上の非強制性はますます高まりますね。もっとも、外面上なにも強制されてないとはいえ、窓ガラス越しの傍受なんて普通は防ぎようがありません。つまりプライバシーを守る権利を行使する余地がない訳で、そんなのまで任意活動として実施できちゃうなんてあんまりだっ、という意見があるのもまた事実です。ここらは、思案のしどころでありましょう。 さて次は、スパイ、と言ってはいけない、団体に対する工作・投入の話です。 工作とは、前述の通り団体構成員の「協力」を得て情報を収集する事です。協力するかしないかは(一応)相手の意思次第ですから、法的には任意処分であるとされます。もちろん、警察の脅迫の結果しぶしぶ協力という形であれば、相手に不都合を強いた事になりますので違法です。が、実際の工作は、対象者を厳選した上、工作の第一段階である「接触」からして練りに練って実施されるものであり、そういう "荒っぽい" 手なんて使わないみたいですね。接触後は、個人的親交を深める、金や職の援助をしてやる、困り事相談などなどなど、そういった事を通して相手を警察の手の内に絡めとります。で、頃合いを見て「協力要請」「説得」し、相手が協力しますと言えば「獲得」。以後は協力者として「運営」されていくんだそうな。 しかるに対象団体のガードが固いなど工作がしにくい時は、投入という事になります。警察官が組織の一員として入り込み、情報収集を行なう訳です。まあなんとも凄い手ですが、これについても、物を盗んだり具体的に活動妨害したりして対象団体に不都合を強いない限りは、やはり任意処分と見なされるんだそうで…ううむなるほど… ところで。当たり前と言えば当たり前ですが、工作にしても投入にしても、「警察ですけれども〜」と言って正面からアタックしたりしません。大体、警察から目を付けられるような団体は警察が嫌いなものです。そういったところに正面から尋ねていっても、丁重にあしらわれるのがオチ。ですから、警察官が工作対象者に接近する時は、身分を隠して接近する事も多くあります。さらに投入となると、ほとんどの場合警察官はその身分を隠した上で対象団体へ加入します。 しかるに、いかに不都合を強いた訳ではない任意処分とはいえ、警察官がその身分を隠してこうした情報収集に当たる事につき異を唱える向きもないではありません。個人にプライバシーがあるように、団体にもプライバシーに該当するような団体固有の秘密があります。たとえ警察でも、みだりに個人のプライバシーを侵害して良いものではなく、同様に団体のそうした秘密を探知してよいものでもありません。団体にだって秘密を持つ権利があり、そうした秘密を警察に探知されない権利がある。しかるに情報活動に当たる警察官が身分を隠していると、そうした権利があるにもかかわらず警察に団体の秘密を知られてしまうではないか…。 こうした批判への答えですが、個人のプライバシーは犯罪捜査など警察側の合理的な疑いに基づく活動によって制限される事がありますから、団体の秘密だって同様です、という事のようです。という訳で、犯罪に関与している可能性アリなどといった「合理的な疑い」を警察から持たれた団体に対し、警察官がその身分を隠して情報収集を行なう事は、活動内容が強制に渡らない任意のものであれば違法とはいえない、という事になっています。具体的には、またまた上記の分類を利用しまして、いうところの事件情報までなら収集手段として許される余地がある、とか。 もう少し細かい話をすると、「工作」は一応相手側の任意協力を得ての活動であるのに対し、「投入」は相手の協力を得るというより、むしろ相手の裏をかいた活動です。という事は、団体が秘密を守る権利を行使する余地を狭めている訳ですから、よほどしっかりした疑いを持っていないと違法な活動というそしりを免れません。投入に比べると工作はまだ任意性が高い訳ですが、やはりそれでも警察の行なう情報活動ですので、実施する相手はそれなりに合理的な疑いが持たれる団体、となります。 ちなみに。現在投入は行なわれていないという事ですが、その理由としては法的なハードルが高いというものの他、団体によっては投入が発覚した場合潜入した警察官の命にかかわる、というものもあります。まあ確かに、相手が極左過激派だとか一頃のオウムだとかになると、そういう事も考えられるでしょう。 以上、秘聴機の使用と工作・投入に関する話でした。いずれの手段も一応「任意」手段に分類されるんですが、これまで書いて来たように、任意とはいえプライバシー侵害の可能性がある手段なので、実際の運用に当たっては「合理的な疑い」に基づき、事件情報レベル以上の情報収集活動に利用することが求められています。こうして見ると、任意手段というよりは、むしろ「強制ではない手段」という言い方の方がしっくり来るような気もします。なにせ、相手の意に沿ってやってる訳では全然ないですからね…… またさらに言うなら、そういった「強制でない手段」が使える事件情報収集活動というのは、情報収集活動の中でも結構グレーゾーンな活動といえるでしょう。まだ事件化した訳ではないにもかかわらず、強制に渡らないものの個人や団体のプライバシー侵害の可能性がある手段を行使している訳ですからね。しかも、「公安を害する事態や事件発生のおそれ」を認定するのは他ならぬ警察です。何かあると思って調査して、結果何もなかった場合。それはそれで喜ばしいものの、秘密裏に侵害されたプライバシーはどうなるんでしょう。これはなかなか、微妙です。 最後にこの項目の締めるに当たり、今一度、情報収集活動とそこで用いられる手段についてごく簡単に表にまとめてみましょう。
以上、色々あれこれ書いてきましたけれども。はっきり言って、上の話はそのほとんどが建前論です。何事につけ秘密裏に活動を進める公安の事、実際に何をどこまでやってるかは、バレない限りこっちには分かんなかったりします。 2.タイホしちゃうぞ。 公安の仕事は情報収集……である事は確かですが、それだけではありません。そもそも警察の最大の責務は犯罪の捜査と犯人の逮捕であります。で、公安は警備犯罪の捜査をもその任務としております。 公安が捜査対象とする警備犯罪は本来、警備実施に関連する警備犯罪を除いた残りの警備犯罪、であります。ですから、例えば治安出動中の機動隊員が殴られた事件の捜査は警備でこれを行い、爆弾事件やスパイ事件の捜査は公安がこれを行う、と、こういう事になっています。一応。 ところで、公安は警備犯罪捜査や情報収集で、法律知識や捜査・内偵のノウハウに通じておりますが、警備は必ずしもそうではありません。というのも警備の本来的任務は警備実施ですから持っている法律知識やノウハウも警備実施に関するものなのであります。現行犯で犯人を逮捕するにも実際は色々要件がありますから、とっさにその要件を判断するのは難しい。よって実際は、治安警備の場にも公安捜査官が割と出張って来られているようです。 さて、ここでは警備犯罪の捜査というものについて触れてみる事と致しましょう。機動隊でもって暴徒追い散らしたり盗聴器使って情報かき集めたりしても、それが具体的な結果=犯罪の検挙に結び付かなければ結局は一過性のもので終わってしまう訳です。こうした警備上の努力を結果という形で結実させるためには、やはり犯罪事実というものをあぶり出して犯人の特定・検挙がなされねばならなりません。 警備犯罪の捜査には、大きく分けて2つの種類が存在します。1つは、先にも述べた治安警備の現場における捜査です。機動隊と共に予め現場に出ておいて、治安警備実施と並行して犯罪の検挙や証拠集めを行うものです。犯罪発生を予期して前もって現場に展開しておくもので、警備に特徴的なものと言えましょう。 もう1つは、何らかの警備犯罪が起こった時に出動して捜査を開始する、というものです。警察の他のセクション、例えば刑事や生活安全・交通捜査といった部署の行う犯罪捜査と同じようなもので、犯罪捜査として伝統的になされている手法であります。
警備犯罪は何も集団犯罪に限ったものではない、と前にも書きました。で、ここに取り上げるのはそういった集団犯罪ではない警備犯罪の捜査、であります。 爆弾が炸裂したと言っては出動し、過激派が盗みに入ったといっては令状を取り、スパイがいるらしいと情報を得ては内偵する。集団犯罪の捜査とは異なり、個別の警備犯罪の捜査は一見すぐれて刑事的です。すなわち、事件が起こってから、事後に出動し捜査を開始・展開する。というのも考えてみれば「公安を害する犯罪」=警備犯罪といっても個別で起こった場合は普通の犯罪一般と見かけ上は同じな訳です。誰が殺されてもコロシはコロシ、何が盗まれてもドロはドロですからね。 こうした見かけ上は他の犯罪を変わらない犯罪の捜査を、何故公安という別個の組織に担当させるのか。その理由は「警備犯罪だから」。警備犯罪なるが故に、その特殊性故に、公安という組織が設立され取締に当たっている訳です。 警備犯罪の特徴は、前にも書きましたが、その犯行が目的意識に基づいた確信的なものである事。それゆえ、犯行は計画的にして迅速、さらに現場にほとんど証拠を残しません。これらを可能とする程に、犯行主体は高度に組織化されています。組織化されているが故に構成員の役割分担がはっきりしており、秘密化とあいまって実行犯逮捕からさらに捜査を拡大していく事が困難です。目的意識に基づくが故に、同様の犯行を繰り返す場合も少なくありません。etc……。まぁ、警備犯罪の中には、ここに挙げた特徴の一部が当てはまらないものもありますけど。しかし、大体こういったものと考えてもらって差し支えないかと。 刑事、ditective styleの伝統的な捜査手法は、ともかく事件現場とその周辺をごっそりさらって回り、片端から物的証拠と目撃者を確保するというものです。並行して被害者の「利害関係人」を洗い、その中に物的証拠・目撃者の証言と一致しアリバイがない人間がいればはいビンゴ! 令状を取り、手錠片手にお目に掛かって一件落着と。まあ、およそ冗談みたいな説明ですが、ざっとこんなもんです。 しかしこうした伝統的・正統的な手法は、警備犯罪の捜査にはあまり役に立ちません。理由は、先に述べた通りです。曰く、現場証拠も目撃者も少ないので、それらを起点とした捜査だけでは成果を上げ難い。曰く、容疑者を特定できても、組織が逃走を援護したりしてかばうのでなかなか逮捕できない。曰く、せっかく逮捕しても、とにかく黙秘して一切供述しない。などなど。 こうした困難さを伴う警備犯罪の捜査に欠かせないものと考えられているのが、高い情報能力です。平素から「怪しい」団体についての情報を蓄積し、その行動を監視する。で、警備犯罪が発生したら、その犯行の目的とするところを推測し、手持ちの情報に基づいて犯行の主体についてアタリを付けます。アタリが付いたら、とにかく対象を洗う。誰がいつどこで何をしたかという事を徹底して割り出し、疑わしくないものを切り捨てていくのです。残ったやつが容疑者という訳。ばさりと掛けた網をじわじわと絞るような、ピースの山の中から該当しそうなものを選び出してパズルを組み立てるような、そんな捜査です。 犯人に向かって一直線に突き進むのではなくて、外堀を埋めて犯人をあぶり出す。こうした捜査の内容は、具体的には個人に対する監視活動です。状況から見て事件を起こした団体は甲、そこの構成員でこんな事をやりそうなのはA、しかしAの所在は不明。そこで団体甲の構成員BとCを監視する。あいつらは、いつか必ず秘密アジトへ行ってAと接触するはずだ…。ざっと、こんな具合です。従って基本的に警備情報活動と同じなのですが、しかし具体的な事件の捜査という事で、必要とあらば強制力の行使も出来るところが単なる情報活動と異なります。 強制力、つまりは刑事訴訟法に基づく逮捕と捜索、さらには通信傍受法に基づく通信傍受です。普通、逮捕は逮捕した当人を起訴するために、捜索と通信傍受は起こった事件の証拠固めをするために行うものです。が、警備犯罪の捜査は網を絞っていく捜査、容疑者はあぶり出すもの……という訳で、強制力の行使の仕方も独特です。 すなわち、強制力を外堀を埋めるためにも使う。容疑者AさんとBさんがいるとすると、Aさん自身の起訴のためのみならず、Bさんに関する情報収集のためにAさんの逮捕・捜索・通信傍受を行う事もあるという事です。具体的には、こんな感じ。 ざっと書くとこういった具合です。うまいと言うべきか何と言うべきか。違法行為ではない、とも言えますし、違法ならぬ脱法的行為だという言い方もできましょう。 さて、こうした強制力行使ですが、問題点も当然あります。そもそも強制力の行使は当の権限行使対象の事件を解明するためになされるものです。それなのに、事件にかこつけて全く無関係な情報収集がなされたり、単なる威嚇・牽制のためだけに強制力が行使されかねません。これは、刑事訴訟法の立法理念とは一線を画します。 また警察の通信傍受については、そもそもそれ自体違法である旨の主張が根強くなされています。内容は様々ですが、代表的なのを挙げますと、まず通信の秘密は憲法で保証されてるものですので、これを受けて通信傍受即違法という見方。また仮に傍受が認められるとしても、通信傍受で集められる情報は基本的に「これから起こるであろう」犯罪に関する情報である。ここで、犯罪捜査とは基本的に「過去の犯罪」について行なうものであり、かつ刑訴法上の強制手段で集められる犯罪の証拠というのも「過去の犯罪」についての証拠である。よって通信傍受は捜査に使えず、違法、という見方。ふむ。 ここら辺りの詳しい解説は、専門の本にやって頂くとしてですね…。それにしても、一方には人権尊重の要求があり、また一方には捜査上の要求があり。うーーーーん、両者の並立はなかなか困難である様子。ここは思案のしどころでしょう。 集団犯罪に立ち向かうのは機動隊、機動隊は警備の組織、よって集団犯罪の捜査は警備実施セクションたる警備が行う。とまぁ、本来はこういう事になっているんですけど。ところで警備というところは、どちらかと言うと体張って何とやらなセクションであります。警備実施の現場は荒れます。その混乱した現場で瞬間的に判断を下し、犯罪者を逮捕し証拠を押さえるのは容易な事ではありません。そういう訳で、警備実施の場にも公安の捜査員は結構出てきてらっしゃるようです。 さて、憲法・刑事訴訟法の理念に基づき、人は合理的な疑いなしに逮捕される事はありません。又、物的証拠であれ目撃者であれ、何か当人の犯行を裏付ける根拠となるようなものがなければ裁判で有罪とはなりません。これは大事な約束事です。 警備実施にからむ容疑者逮捕は、大抵の場合現行犯逮捕です。警察官が犯行現場を視認して逮捕に踏み切る訳ですから、逮捕自体はまあよろしい。しかし逮捕した容疑者を裁判で有罪とできるだけの証拠を治安警備の荒れた現場で確保するのは、かなり困難です。そこで、専門技能を持った公安の出番であります。 以上、公安に関するお話でした。どうです、面白かったですか? |
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