軍艦じゃないけれど

 

 またの題名を、「陰の(?)国際派・その2」。またまた海保の国際性に関するねたです。

 軍艦、というのは、誤解を恐れずに言えば「国の顔」みたいなもんでして、どこにあっても完全に旗国の管轄の下にあり、外国の管轄下に入る事はありません。他国の領海内で犯罪行為をやらかしてしまったとしても、軍艦自体に責任を問う事はできず、できてせいぜい領海外退去要求を突きつけ、併せて旗国に責任所在を問責するくらいです。また、軍艦の内部は旗国の国内法が通用する世界。例えばの話入港先で、港のある国の人間が、入ってきた軍艦の内部で犯罪を働きその場で捕まったとすると、旗国の法律で裁判を受ける事になります。逆もまたしかり。軍艦の乗員が上陸中に犯罪を為し軍艦に逃げ戻って来た場合、裁判管轄は軍艦の旗国にありまして、港のある国は口は出せても手は出せません。

 軍艦は国の顔、国がバックに付いた名代としていろいろ特権を持っているのです。

 さて一方。海上保安庁も含まれるところの海上警備組織ですが、ここは、国内法の励行を第一の目的とする警察機関である事が普通です。警察機関というやつは国内組織でありまして、その国の法律が流通するところでだけ力を持つのが原則でありますから、他の国に行くとたちまちその力を失ってしまう事になります。がしかし、海上警備組織についてはどうも事情が違っているようで、結論から言うと、警察機関でありつつも、その船は軍艦並みの特権を享受しております。

 現在、軍艦を含めた船舶の国際的地位について規定しているのは国連海洋法条約という条約ですが、これが成立する前は領海条約・公海条約という2つの条約で規定してありました。ここで、それらの条約から、船舶の国際的地位について定めた条文を抜書きしてみましょう。

※旧領…領海及び接続水域に関する条約(領海条約。1958年署名、64年発効・68年日本加入)
※旧公…公海に関する条約(公海条約。1958年署名、62発効・1968年日本加入)
※新…海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約。1982年署名、94年発効・1983年日本加入)
領海の無害通行権に関し、軍艦以外の政府船舶に適用される規則
旧領第22条;
  1. この章のA及び第18条の規定(註.通航や入港にかかる役務負担料金の支払い、海上交通法規の遵守に関係する規定)は、非商業目的のために運航する政府船舶について適用する。
  2. 1に掲げる規定による例外を除き,この条約のいかなる規定も、前記の船舶がこの条約の規定又は国際法の他の規則に基づいて享有する免除に影響を及ぼすものではない。
 
新第33条;
A並びに第30条及び前条の規定(註.通航や入港にかかる役務負担料金の支払い、海上交通法規の遵守に関係する規定)による例外を除くほか、この条約のいかなる規定も、軍艦及び非商業的目的のために運航する他の政府船舶の免除に影響を及ぼすものではない。
 
領海の無害通行権に関し、軍艦に適用される規則
旧領第23条;
軍艦が領海の通航に関する沿岸国の規則を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行われた遵守の要請を無視した場合には、沿岸国は、その軍艦に対し領海から退去することを要求することができる。
 
新第30条;
軍艦が領海の通航に関する沿岸国の法令を遵守せず、かつ、軍艦に対して行われた当該法令の遵守の要請を無視した場合には、沿岸国は、その軍艦に対し領海から直ちに退去することを要求することができる。
 
新第33条;
A並びに第30条及び前条の規定(註.通航や入港にかかる役務負担料金の支払い、海上交通法規の遵守に関係する規定)による例外を除くほか、この条約のいかなる規定も、軍艦及び非商業的目的のために運航する他の政府船舶の免除に影響を及ぼすものではない。
 
「軍艦」の定義と公海上における免除
旧公第8条;
  1. 公海上の軍艦は、旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除される。
  2. この条約の適用上、「軍艦」とは、一国の海軍に属する船舶であって、その国の国籍を有する軍艦であることを示す外部標識を掲げ、政府によって正式に任命されてその氏名が海軍名簿に記載されている士官の指揮下にあり、かつ、海軍の規律に服する乗組員が配置されているものをいう。
 
新第29条;
この条約の適用上、「軍艦」とは、一の国の軍隊に属する船舶であって、当該国の国籍を有するこのような船舶であることを示す外部標識を掲げ、当該国の政府によって正式に任命されてその氏名が適当な軍役簿又は軍役簿に相当するものに記載されている士官の指揮下にあり、かつ、正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されているものをいう。
 
新第95条;
公海における軍艦は、旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除される。
 
公海における公船の免除
旧公第9条;
国が所有し又は運航する船舶で政府の非商業的役務にのみ使用されるものは、公海において旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除される。
 
新第96条;
国が所有し又は運航する船舶で政府の非商業的役務にのみ使用されるものは、公海において旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除される。
 
拿捕権の行使
旧公第21条;
海賊行為を理由とする拿捕は、軍艦若しくは軍用航空機により、又は政府の公務に使用されているその他の船舶若しくは航空機でこのための権限を与えられたものによってのみ行なうことができる。
 
新第107条;
海賊行為を理由とする拿捕は、軍艦若しくは軍用航空機により、又は政府の公務に使用されていることが明確に表示されたかつ識別可能な他の船舶若しくは航空機でこのための権限を与えられたものによってのみ行なうことができる。
 
臨検
旧公第22条;
  1. 条約上の権限に基づく干渉行為の場合を除き、公海において外国商船に遭遇した軍艦がその商船を臨検することは、次のいずれかのことを疑うに足りる十分な根拠がない限り、正当と認められない。
    1. その船舶が海賊行為を行なっていること。
    2. その船舶が奴隷取引に従事していること。
    3. その船舶が外国の旗を掲げているか又はその船舶の旗を示すことを拒否したが、実際にはその軍艦と同一の国籍を有すること。
  2. 軍艦は、1(a)、(b)又は(c)に定める場合において、当該船舶がその旗を掲げる権利を確認することができる。このため、軍艦は、嫌疑がある船舶に対し士官の指揮の下にボートを派遣することができる。書類を検閲した後もなお嫌疑があるときは、軍艦は、その船舶内においてさらに検査を行なうことができるが、その検査は、できる限り慎重に行なわなければならない。
  3. 省略
 
新第110条;
  1. 条約上の権限に基づく干渉行為の場合を除くほか、公海において第95条及び96条の規定に基づいて完全な免除を有する船舶以外の外国船舶に遭遇した軍艦が当該外国船舶を臨検することは、次のいずれかのことを疑うに足りる十分な根拠がない限り、正当と認められない。
    1. 当該外国船舶が海賊行為を行なっていること。
    2. 当該外国船舶が奴隷取引に従事していること。
    3. 当該外国船舶が、許可を得ていない放送に従事しており、かつ、当該軍艦の旗国が前条の規定に基づき管轄権を有すること。
    4. 当該外国船舶が国籍を有していないこと。
    5. 当該外国船舶が外国の旗を掲げているか又は当該船舶の旗を示すことを拒否したが、実際にはその軍艦と同一の国籍を有すること。
  2. 軍艦は、1に定める場合において、外国船舶がその旗を掲げる権利を確認することができるものとし、このため、嫌疑がある船舶に対し士官の指揮の下にボートを派遣することができる。書類を検閲した後もなお嫌疑があるときは、軍艦は、その船舶内において更に検査を行なうことができるが、その検査は、できる限り慎重に行なわなければならない。
  3. 省略
  4. 1から3までの規定は、軍用航空機について準用する。
  5. 1から3までの規定は、政府の公務に使用されていることが明確に表示されたかつ識別可能な他の船舶又は航空機で正当な権限を有するものについても準用する。
 
追跡権
旧公第23条;
  1. 省略
  2. 省略
  3. 省略
  4. 追跡権は,軍艦若しくは軍用航空機又は政府の公務に使用されているその他の船舶若しくは航空機で特にこのための権限を与えられたもののみが行使することができる。
  5. 省略
  6. 省略
  7. 省略
 
新第111条;
  1. 省略
  2. 省略
  3. 省略
  4. 省略
  5. 追跡権は、軍艦若しくは軍用航空機又は政府の公務に使用されていることが明確に表示されたかつ識別可能な他の船舶若しくは航空機でこのための権限を与えられたもののみが行使することができる。
  6. 省略
  7. 省略
  8. 省略
 

 以上、とりあえず条文をばばっと列挙してみました。改めて、まとめてみますと、次の事が言えます。

  1.  領海内では、軍艦は、その行った違法行為について「退去の要求」を受ける。領域国において裁判を受ける事はない。海上警備組織の船舶については、退去の要求に該当するようなものは条文上見当たらないが、しかし領域国において裁判を受ける訳でもない。実際には、軍艦と同じく退去要求を受ける事になる。
  2.  旧領海条約下では、領海内の軍艦について役務関連料金の支払いや法令遵守に関する明文の規定がなく、一見海上警備組織船舶よりも広い免除を受けているように見える。が、実際面では同じ扱いを受けていた。なおこの点は新しい海洋法条約では改まっている。
  3.  公海上では、軍艦も海上警備組織の船舶も等しく免除を受ける。
  4.  公海上での拿捕権と追跡権は軍艦・海上警備組織の船舶いずれであっても行使可。
  5.  公海上での商船の臨検について、旧公海条約ではこれを軍艦のみが持つ権利としていた。軍艦と海上警備組織船舶の違いが出るのはここ。しかるにこの点に関しても、新しい海洋法条約では双方が持つ事となっており、違いは消滅した。

 領海内での行動について、条文上若干違いがある訳なんですが、しかし実際には両者同じ扱いを受ける事になります。目立った違いであった臨検の権利についても、国連海洋法条約では同じ扱いになりました。すなわち、こと免除という点に関して、旧領海条約・公海条約で既に軍艦と海上警備組織船舶の間に法律上の差はありませんでした。国連海洋法条約では、権限の面でも差がなくなりました。つまり現在、法律上、軍艦と海上警備組織船舶は同じ地位にあると言えるのです。

 国の顔たる軍艦と同じ地位にある、とは、大したものだと思いませんか。とりわけ日本のように「軍艦」(海自の護衛艦)をおいそれを海外に出せない国の場合、代わりに海上警備組織の船舶を出すという手が使える訳で、なかなか使い勝手の効きそうないい感じです。

 ついでに言えば、たとえ法律上の地位は同じであっても、軍艦と海上警備組織船舶では持てる「政治的意味」に違いがあるものなんだそうで、その点からもまた使える規定だと言う事です。

 例えばの話、先にも出した海賊対策で、海自の護衛艦を出すか海保の巡視船を出すか。公海上であればどちらであっても取締はできます。国際法的には、どちらを出しても違いはありません。でも政治的には、どちらを出すかで大きく違って来ます。

 巡視船を出せば、ひたすら海賊対策に絞って仕事してるとアピールする事ができますし、また周囲もそう受け取ってくれるでしょう。しかし護衛艦を出すと、海賊対策以外に何かやるつもりなんじゃないか、海外覇権確立の狙いがあるのか、などと痛くもない腹を探られてしまいます。ほんとに海賊対策だけが仕事だったとしても、周りはそう受け取ってくれないかもしれません。これでは困ります。特に日本の場合、自衛隊に関しては国内外に気を配らなきゃいけないところが多いので、大変でしょう。ここで、海上保安庁というオプションがあるのとないのとでは大きな差です。

 軍艦に代わって、とまではいかないでしょうが、軍艦と同等に国の顔として幅きかせられる海上警備組織。あなどれません。

 

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