撃たせろぉ

 

 先の「強行移乗」とも一部通ずる話、発砲に関する話です。

 本編のところで5件ほど射撃事例を紹介しましたが、強行接舷時に抵抗抑止のため発砲した野母崎沖の事件を除き、後はいずれも逃走する船舶に対する射撃事例である、という共通点があります。

 思えば、海上における犯罪とはほぼ例外なく船舶で実施されるものであり、逃走や抵抗を繰り返す船舶をどう制圧するか……というのはなるほど大問題でありましょう。こうして見れば、海保による射撃事例がいずれも船舶に対するものであるというのは、ある意味うなずける話です。

 本編でも触れましたが、長らくの間海保内部では、逃走を防止するために船体に直接射撃を加えることは威嚇射撃の範囲を越えるものと見られていました。船体射撃を行なうには、警察官等職務執行法の危害射撃要件に該当していなければならないと考えられていたのです。

 ラズエズノイ号事件にしても天草沖密漁船事件にしても、該船の乗組員は抵抗しています。まあ、ラズエズノイ号事件の際は、まだ現行の警察官等職務執行法は施行されていないため、現在と単純に比較することはできませんが……。ともかく、該船乗組員の抵抗が船体射撃に踏み切るきっかけになったであろう事は容易に推測できます。

 いささか妙にも聞こえますが、伝統的な海保の法解釈では、武器を使ってでも相手の足を止める必要がある場合、相手に "抵抗してもらう" 必要があったと言える訳です。無抵抗の相手にこちらから先に武器を使うのがいささか憚られるのは、なるほど一見分かる話ですが、しかしかと言って武器を使わずに相手の足を止める方法があるのかと言われると、そういううまい手はなかなかありません。

 一応、巡視船艇の性能が相手船を上回っておれば、先回りして航路に割り込んだり、接舷して強行移乗したり、といった手でどうにか足止めできない事はないでしょう。しかし問題は、相手船の性能が巡視船艇のそれを上回っていて追い付けなかったり、あるいは土壇場での相手の抵抗が予想されることから移乗に踏み切れなかったり、といった事情がある場合です。

 能登半島沖不審船事件は、まさにこうしたケースでした。相手の駿足に追い付くことができず、かと言って(当時の)警職法の解釈上船体射撃に踏み切ることもできず、ついには取り逃がす事となったのです。

 また能登半島沖事件を遡ること14年、昭和60年(1985)4月にも、似たような不審船事件が発生しています。「不審船を迎え撃て」の項で触れた日向灘での不審船事件ですが、この時も海保は、相手の駿足に追い付くことができませんでした。しかしこの時は、威嚇射撃さえも行なうことはありませんでした。

 これらの事件当時、該不審船にかけられていた容疑は「漁業法違反(立入検査忌避)」です。法律上、凶悪犯というにはちょっと……というもので、通常なら逃走したところで発砲に至るなど考えられないでしょう。そんなことすれば、過剰反応だと批判されるのは目に見えています。かくして見ると、能登半島沖の事件において海保が敢えて威嚇射撃に踏み切ったのは、非難覚悟の決断であったことが分かります。それが、当時海保が法の範囲内で打てると踏んだ精一杯の手だったからです。

 余談ですが、能登半島沖事件の後、取り逃がしてしまった事をもって海保訳立たず論を唱える向きが一部にあったのは、個人的には極めて噴懣やるかたないところがあったものです。満足な職務執行の手段を与えずにおきながら訳立たずとは何事、恥を知れと言うべきです。海上警備の実情をかけらも知らず、関係法令も知らず、それでいて一風の批判をなす者の多いこと、不愉快極まりないとはまさにこれです。

 さて、少し話が逸れてしまいましたが……。能登半島の事件の後、平成13年、海保はついに伝統的な枠組みから一歩を踏み出しました。11月に海保法を一部改正し、警職法によらずとも危害を加える射撃を可能としたのです。さらに12月の奄美沖不審船事件では、従来の警職法に基づいたものながら、実際に船体に対する威嚇射撃を実施しました。この時の警職法解釈は、「危害を加えない限りにおいては」船体に対する直接射撃も威嚇射撃の一環である、というものでした。

 ただ付言するならば、この奄美沖事件の際の警職法解釈はかなりリスキーなものと言えます。危害を加えなければ船体射撃も威嚇射撃の一環、というのは理屈としては分かる話ですし、陸の警察も似たようなことをやっています(例・車のタイヤを撃って容疑車両を止める)。また、後でも触れますが、船体の要所をピンポイントでかなり正確に射撃してのけるだけの装備もあります。しかし、威嚇のつもりの射撃であっても、相手が死傷してしまった場合、逆に刑事責任を問われかねません。

 残念ながら、と言うべきなのか…… 平成13年11月に成立した海保法の新しい射撃規定が適用されるのは、相手が領海内にいる場合のみであり、EEZ内の事件については適用がありません。この場合、銃の1発でも撃ちたいと思ったら、警職法によるしかないのです。

 このところ、より能動的な警備組織へ脱皮しつつある海保ですが、その業務執行に当たっては、いまだに少しばかりアクロバティックな法解釈を要する部分が残っています。こういう不安定なところが早く解消されることを願ってやみません。

 改めて、現在の海保による船体射撃実施の法的根拠をまとめてみますと。

警察官等職務執行法7条準用による射撃

 逃走防止や抵抗の抑止のため一般的に認められた権限行使。危害要件に該当しない場合は威嚇射撃の一種として実施する。その場合、相手を死傷させてはいけない。例えば、相手の船体「だけ」を狙い撃つのは威嚇射撃としてぎりぎり許容範囲内であるが、乗員を傷付けてはいけない、といった具合。

 相手からの抵抗がある、凶悪犯罪容疑がかかっている等といった危害要件を具備している場合にあっては、射撃の結果相手に危害が及んだとしても免責される。

海上保安庁法20条第2項による射撃

 当船が外国船と思料され、領海内にあり、凶悪犯罪の準備を行なっていたとみられる等の条件が揃っている際に、海保長官の許可の元に実施する。相手の抵抗がなくとも海保側の判断一つで射撃することができ、また「合理的に必要」と判断されれば危害射撃も可能…であるが、実際はケースバイケースであり、"やってみないと分からない" 部分も多かるべしと思われる。

補足・領海外にある外国船(偽装)への実力行使

 領海のすぐ外縁にある接続水域、及び200カイリEEZはいずれも公海であるため、沿岸国の権限行使は制限される。基本的に公海上にある外国船の取締は船籍国が行う事となっており、沿岸国の権限行使は、接続水域内において一部犯罪取締、EEZ内において経済活動規制に限られる。容疑船が外国船を偽装している場合はこの点ネックとなり、例えば漁業法にもとづく取締(漁業=経済活動の規制)を名目として実質犯罪捜査・実力行使、というのも分からない話ではないが、いささか脱法気味で、根拠とするには少々うさんくさいところ。

 以上のようになっています。警職法準拠時で危害要件抜きの場合は "船体は撃ってもいいけど中にいる人間に怪我させるな" と、なかなか実現困難な要求内容となっておりますが…まあ仕方ありません。それに、海保の側でも黙って手をこまねいていた訳でもない。

 先に「強行移乗」の項で触れた捕捉機能強化型や高速特殊警備船の場合、赤外線暗視カメラと連動して自動的に照準・射撃が可能な新型のRFS20mm機銃を搭載しています。これを使えば、従来よりもかなり精密な射撃が可能になります。ピンポイントでの船体射撃もある程度まで可能でしょう。この新型機銃は一部の一般巡視船への搭載も進んでおり、現在(02年1月現在)各種合わせて10隻の巡視船が装備しています。

 実際に射撃を行うに当たっては、そのための特別な人員配置である「射撃部署」が発令されます。部署発令でどのような配置がなされるかは、当の巡視船艇次第で結構変わってくるものですけれども、とりあえず、私の知っている巡視船「ちくぜん」の例、平成14年頃のものを挙げますと。まず、射撃部署が発令されると、船の運航に当たる要員を除いた航海科・機関科の要員で射撃班を編成し、航空科の要員で採証班を編成します。「ちくぜん」は35mm機関砲と20mm機銃を各1門装備しており、射撃班はそれぞれについて2班ずつ編成されます。射撃班は実際に砲側について射撃を行い、採証班は状況の記録と弾着の観測を行います。

 ところで、「採証」班がいる事からも分かる通り、射撃は立派な捜査行為の一つです。後日の裁判に備え正当な職務行為であることを証明する資料を揃えておく必要があることから、採証員を配置し、ビデオカメラで状況の一部始終を撮影させます。後日裁判があれば、この時の映像が大活躍する訳です。なおこの時の映像は、必要があれば広報用にも回されます。

 

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