陰の(?)国際派

 

 海保の国際的活動の話です。先に領海警備やプルトニウム護送といった、国際的な色あいある話をしました。またそもそも海保は海上保安機関として日本近海で発生した海難事故に対応しますが、これには日本領海外で外国船が遭難した事故も当然含まれます。平常業務からして国際の香り漂う訳なんですが、ここではそれ以外の活動、それも海上警備と関係あるやや特殊なやつを取り上げる事にしましょう。

・国際警察官的海保

 武装した正体不明の連中に襲われた船、緊急信号出したけど、届いたかどうか分からない、抵抗空しく味方は倒れ、あわや船は賊の手に……。と思ったその時、船を照らしたサーチライト、飛び来るヘリ、入り乱れる靴音。おお、間一髪間に合ったっ! という筋書きの映画は多いようで最近少ないですね。まあ別にいいんですが。

 犯罪というのは発生するのに時と場所を選びませんで、これは海の上でも同じ事です。ところで、公海上の船舶が犯罪に従事しているとすると、これの取締り権限を持っているのはその船が籍を置いている国になります。ですから、例えば日本近海の公海上にあるフランス籍船に何かしら犯罪に従事している疑いがある場合、これに対応するのは原則としてフランス当局になります。実際はフランスから官憲が来るのを待つのは時間の無駄なので、海保辺りがフランス当局と協議して取締りに乗り出す事になります。

 しかるにこれには例外があって、それが「海賊」です。海賊は、どこの国の船であろうと関係なく取締りができます。まずその海賊の定義ですが、海賊とは海賊行為を行う連中のこと、で海賊行為の定義とは「公海上にある他の船舶・航空機またはその内にある人物や財産に対し、私有の船舶・航空機の乗組員または乗客が行う不法な暴力、抑留・略奪行為」のこと、です。要するに公海上で他の船や飛行機を襲う私有の船舶・航空機、及びその乗員のことを海賊と呼ぶ。そう考えてもらえれば分かりやすいですかね?

 こうした海賊行為は海上の安全を損なう行為ですので、自由な交通と通商を阻害する "人類の敵" としていかなる国であっても取締りができる。そういう旨、国際条約たる国連海洋法条約で定めてあります。ですから例えば、仮に公海上でどこかの船が海賊に襲われて、それを海保が確認した時。海保は、その海賊船がどこの国籍であろうと関係なく、直ちに海賊の取締りに着手できます。……まあ、実際は、活動根拠となる国内法が整備されていなければ現実に着手はできないですけれども。しかし、国内法整備さえ済めば不可能ではありません。

 ところで海賊と聞くと、まず最初にジョリーロジャーを掲げた帆船が頭に浮かび、大航海時代の話なんではないですか〜……とも思ってしまいます。ですが聞いた話によると、海賊なんてのは何も昔の話ではなく今でも立派に存在しており、それどころか最近では海賊活動がひどくなっているとさえ見られるという事だそうです。

 例えばインドネシア周辺海域は日本にとって重要な海上交通路ですが、最近この海域での海賊事件が多発しているという話です。日本の船舶の中にも、あの辺で海賊に襲われて積み荷どころか船まで奪われてしまったものがあるとか……。あの辺は多島海ですので、海賊が隠れるにうってつけ。しかも交通の要衝なので、獲物となる船には事欠かない。などなどなど。海賊が棲みつくには都合が良いようで、何とも物騒な話です。

 さて、こうした海賊の対策に海保が乗り出すという噂が、平成11年・1999年の一頃流れた事がありました。当時のインドネシアは国内が混乱しており、当局はその対応で手一杯、海上治安の維持まではなかなか手が回らなかったようです。その折も折、1999年10月、日本人乗組員も乗船している貨物船アロンドラ・レインボー号がインドネシアのクアラタンジュンを出港後に消息を絶つ、という事件が発生しました。日本人が事件に巻き込まれたということで、海上保安庁は現場海域へ巡視船「はやと」(第十管区のヘリコプター1機搭載巡視船)を派遣し、さらにジェット機を飛ばして捜索に当たりました。幸い同船の乗員は全員無事であり、また船自体も、船名等を偽装して航行中していたところインド沿岸警備隊に捕捉されたのですけれども(*)。しかしこの事件を直接のきっかけとして、海賊対策への関心は大きく盛り上がりました。

 かような関心の高まりにまつわり流れて来たのが、先の噂という訳。かの噂の具体的(?)中身は、海保がインドネシア当局に協力し、海賊被害が発生すれば直ちに駆けつけられるよう、該当海域に巡視船を派遣し巡回させる……というものです。先の巡視船「はやと」派遣は、既に起きた事件に対応してなされたその時限りの臨時措置でしたが、そうではなく正規の措置として、しかもある程度長期間に渡り巡視船を巡回させようというのです。派遣されるのは十管ないし十一管区新配備のヘリ巡で、海賊船への強行移乗をも想定し特殊警備隊が同乗するとか何とか。噂の輪は広がる、広がる。(笑)

 領海どころか近海ですらない遠くの海の事なのに、日本の国内機関たる海保がわざわざ出るなんて、と噂を聞いた当初は思わなくもなかったんですが。でも先にも書いたように、国際法上、どこの国の機関であろうと公海上での海賊取締りはできます。加えて日本の海保は、海上保安機関としては装備も練度も規模も世界屈指とされます。さらに、国連海洋法条約では、海賊鎮圧について各国が可能な限り協力することと定めています。海賊が頻発している(頻発していた)のが重要な海上交通路だという事も含め、海保が取締りに「海外派遣」されるというのは、話半分の噂としても、あながち嘘っぽくない。

 さてこの噂、実際どうだったかと言いますと…… 蓋を開けてみますれば、細部に食い違いはあるものの、ほぼ「ほんとの話」だった事が判明しました。まず平成12年、すなわち2000年に、インド・マレーシア・インドネシアなどの海上警備当局との間に開催した海賊対策国際会議にて「アジア海賊対策チャレンジ2000」という共同文書を採択、同文書に基づき共同訓練のため巡視船が派遣されました。平成13年以降は、共同訓練に加え、公海上での哨戒をも目的として定期的に巡視船が派遣されています。派遣される巡視船は三管のヘリ2機搭載型巡視船「みずほ」「やしま」が中心ですが、同じく三管のヘリ2機搭載型「しきしま」、十一管のヘリ1機搭載型「りゅうきゅう」も派遣実績があります。平成15年2月に派遣された「りゅうきゅう」の場合、海賊対策だけでなくテロ対策をも視野に入れ、海保のテロ対応特殊部隊(つまりは特殊警備隊だ!)が同行したと思しき記述が散見されます(*)。

 いやあ、凄いですね! まあ、実際は、哨戒活動といってもそれは公海上での事であり、また海賊の取締りについても、日本籍船を襲った海賊以外はやりづらい部分があるらしい等、いろいろ限定かかっているようですが…… そうは言っても、これぞまさしく世界の海を渡り歩いて取締りに従事する保安官、とでもいいますか。いやはや。

 ところで、もし公海上での哨戒活動中、実際に海賊に出くわしたとして、海保はどの辺まで実力行使ができるのか、について。

 まず通常の場合ですが、公海上で外国船に対し武器使用ができるのは原則として「正当防衛・緊急避難に該当する場合」に限られています(まあ、ほんとはEEZや接続水域の問題、追跡権行使の問題などが例外としてあって結構面倒なのですが……ここではとりあえず無視します・苦笑)。要するに自船あるいは襲われている他船を守るために最小限使ってよろしいというもので、取締りのための積極的武器使用とは異なります。(*)

 そもそも、公海上にある外国船とは、外国そのものと言ってもいい。上でフランス籍船の例を出しましたが、フランス籍船の中はフランスです。船内に居る人間に日本法に違反した疑いがあったとしても、だからといって海保がずかずか船内に踏み込む事はできません。無論、銃弾を撃ち込むなんて事はやってはならない。フランス籍の船はフランスそのものと言ってもよく、そこはフランス法が通用する世界であって、日本法は通用しない。日本の警察機関たる海上保安庁は、公海上のフランス籍船内の人間を取り締まる権限を持たず、公海上のフランス籍船に実力を行使する権限を持たず、従って原則として一切の手出しは出来ない。

 しかるに上は通常の場合。海賊取締りは、通常の場合とは異なります。公海上であっても、どの国の公船であろうとも、海賊は取り締まってよい(と言うより取り締まるべき)ものです。ここで、日本の巡視船はどのような権限を行使できるんでしょうか。

 結論から言うと、「国内法の整備が済めば」、海賊相手には公海上であっても日本領海内にいるのと同様に権限行使できます。つまり、刑事訴訟法に基づいて海賊を逮捕してもよい。そのためなら海上保安庁法・警察官等職務執行法の範囲で武器を使ってもいい、という訳です。武器使用の基準や内容は、本編で書いた通り。犯人の逮捕や逃走防止、公務執行などのために使用してよい。相手が凶悪犯の場合は威嚇射撃にとどまらず危害を加えるような射撃も許される。海賊船の船籍が外国であっても、公海上であれば、乗り込んで行って相手を逮捕できるし、逃げる相手に発砲して足止めもできる──「国内法の整備が済めば」。

 なーんだそんなもんか、と言ってはいけない。自分の国の法律は自分の国の中でだけ通用する、というのが国際ルールです。それを、海賊取締りの場合は特別に「自分の国でなくても自分の国の法律を通用させていいよ」としてくれているんです。本来なら正当防衛・緊急避難の目的でしか撃っちゃいけないはずの外国船も、海賊相手ならたとえ外国船であろうとも、捕まえる目的で追いかけ回して銃を撃ってもいい。これはやはり、ただ事ではないんです。

 なお、これはあくまで公海上での話です。海賊船が他国の領海内にある場合は、その領海を有する国が取締り権を持ち、いかな海賊取締りといえども他国の公船がこれに従事する事はできません(※主権侵害に当たります)。例えば、公海上で海賊行為を行った船舶が他国の領海内に逃げ込んだ場合。一国の公船がこれを追跡していたとしても、かの船が他国領海内に逃げ込んだら、追跡はそこで終了です。後は、領域国の当局に通報し、追跡を引き継ぐ事になります。

 現在(※平成18年7月)のところ、日本には海賊取り締まりのための国内法はありません。国際法(国連海上法条約)上は海賊船は特別扱いされ、旗国でなくとも取り締まりができるのですが、日本の国内法は海賊船を特別扱いしていないため、日本法の世界では海賊船であっても普通の外国船と変わらない扱いを受けます。中には、国際法でもって海賊取締りの授権がなされている事をもって、直ちに海上保安庁が海賊を取り締まる事が可能になる、という見解を持つ方もおられます(*)が、行政法の専門家にいわせると、そう単純には行かないようで……。すなわち、公海における海賊取締りとは、公海海上警察権の行使に当たるが、このためにはまず海上保安庁法5条に列挙されている海上保安庁の所掌事務中に公海海上警察権の行使が含まれていなくてはならない。海賊取締りに関する国内法がない現在では、庁法5条28号に謂う「(庁法)第2条第1項に規定する事務」に、公海海上警察権の行使が含まれる、という解釈を取る事になる。これは、庁法2条1項に謂う「法令の海上における励行」任務に、国際法上の管轄権の執行をも含ませるという解釈だが、これが妥当な解釈かとなると、それは疑わしい(*)。

 以上から、公海上にある外国船は、海賊船であると否とを問わず、その船内に一歩入れば日本法は通用しない。海保は船内に踏み込んで容疑者を拘束する権限を持たず、また容疑者拘束のため当該船舶にいかなる実力を行使する権限も持たない。公海上で、外国籍船に対し海賊行為を働いた外国籍船があり、それを海保が確認したとしても、すぐさま海保が取締りに乗り出す事はできない。という訳で、現在海保が行っている海賊対策の哨戒活動とはまさに見回りで、自ら摘発に乗り出す事はまず出来ません。実力行使をする場があるとすれば、それは海賊に襲われている現場に急行し、被害船を守るために例外的緊急避難行為として実力行使をするか、または被害船の船長・船籍国から承認を得た上で、被害船に保安官を乗り移らせ、被害船の船内で鎮圧活動を行うか、くらいです。これ以上の、海賊船そのものを制圧・拿捕するための実力行使となると、現状ではできません。

 ……まあ、以上は被害船は外国籍船である場合の話であって、海賊被害に遭ったのが日本籍船であれば、もうちょっと手を打つ余地はあります。海保は、庁法17条・18条を根拠に海賊船を臨検し、拿捕する事ができます。海賊船が日本船に向けて発砲しておれば艦船破壊や器物損壊、物を奪えば強盗、乗組員を殺傷すれば傷害・殺人、他にも脅迫、拉致監禁、威力業務妨害etcの犯罪容疑で捜査に乗り出す事ができ、現行犯・準現行犯で逮捕したり、場合によっては海賊船を日本の港まで回航させる事もできるでしょうか。実際、先に「日本の船を守ります」の項でも触れたように、日本船に銃撃を仕掛けた怪しい船を拿捕した例もありますし。

 純白の巡視船、サイレン鳴らし、紺碧の多島海に白波蹴立て、追うは不届き海賊船、遂に砲声轟きて、宙を切り裂く曳光弾、ひるみし相手に殺到するは、つはもの乗れる警救艇、……などという場面は今のところ訪れていませんが。とはいえ、海保の守備範囲の意外な(?)広さを知らせてくれる一件でありました。

・緊急対応部隊的海保

 外国で政変や暴動、戦争などが発生し、ために当該国に滞在する邦人の身に危険が生じた時にあって、その身柄保護に海保も一役買っている……という話です。こちらは、「にっぽんの危機」の在外邦人保護項に移しましたので、そちらを御覧下さい。

 

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