不審船を迎え撃て

 

 日本の周辺海域でたびたび起こる不審船事件は、最近になって起こり始めたものなどではありません。海保の発表によると、海保当局がいわゆる不審船を初めて公式に確認したのは昭和38年(1963年)という事ですから、実に、40年も前から起こっていた訳です。以降平成15年までに確認されている不審船事案は、20件・21隻にも上ります。本編でも取り上げた平成11年の能都半島沖事件、および平成13年の奄美沖事件は格別有名ですが、この他にもかなり大きな事件として挙げられるのが、昭和60年(1985年)4月25日、宮崎県沖の日向灘で発生した不審船事件です。

 この時最初に不審船を発見したのは宮崎県の漁業監視船であり、それも全くの偶然 であったようです。この時、不審船は漁船を装っていたようであり、県の漁業監視船が立入検査を行おうとしたところ、逃走しました。県からの通報を受けた海保は延べ23隻の巡視船艇と航空機を繰り出し30時間に渡って該船を追跡しましたが、ついに追いつけず、該船は東シナ海に逃走しました。該船は北朝鮮船と推定されているようです。

 平成11年・13年の事件とは違い昭和60年の事件の時は、海自の海上警備行動は無論の事、海保による威嚇射撃さえもなされていません。この対応の違いの原因は、自衛隊の置かれていた世相の差(当時はまだ風当たり強し)、北朝鮮に対する脅威認識の差(ソ連の方がはるかに脅威)などに求める事もできましょうが、別なところに求める事もできます。それは、こういった不審船事件の性格そのものです。

 不審船事案というやつは、その具体的な中身は、何をしてるのか分からない怪しい船がいるので立ち入り検査しようとしたら突然逃げ出した、益々怪しいと追いかけたけど相手船のスピードはやたら速くて追いつけない……というやつなんですが。この種の事件の問題点は、あからさまに怪しい船なんだけど具体的な容疑名が今一つという点にあります。スパイの送り迎えをしていた、のかもしれない。在日米軍・自衛隊の暗号通信やレーダーの電波を傍受していた、のかもしれない。しかし、あくまで「かもしれない」レベルでしかありません。事前に情報が入っていたのならともかく、そうでない場合は確たる容疑・証拠がないのです。

 確たる根拠はなくても、別の何かしらの嫌疑でもって追跡する事はできます。昭和60年・平成11年・平成13年の事件は、いずれも相手が国内外の漁船風であった事から、漁業関係法令違反の容疑でもって追跡を行っています。「漁業法違反(立入検査忌避)」というやつですが、しかし、そのままではやはり立入検査忌避以上の容疑ではありません。これだけでは、船を止めるために実力を行使するのは難しいものがあります。威嚇発砲だとか舵を狙った発砲といった、相手に危害を加えない発砲ならどうにか許される余地もあるでしょうが、しかし死人が出ても構わぬと直接弾を撃ち込むような事はちょっとできない。

 加えて、領海外縁にひろがる排他的経済水域(EEZ)の事も考えると、事は一層複雑です。排他的経済水域といっても要は公海です。公海上での船舶取締は、基本的に該船が属する国(旗国)が行うこととなっており、他国はおいそれと手だしができません。EEZ上で可能な取締り活動は漁業・採鉱など経済関連のものに限られており、その他の犯罪は含まれません。密航だろうと密輸だろうと、殺人だろうとスパイだろうと、公海上の外国船に対しては Untouchable。

 もし相手船が領海内にあれば、経済活動に限らず何がしか国内法に違反した点をもって追跡を行う事ができます。また相手船が領海内にいる時点(場合によっては、領海外縁にある接続水域にいる時点)から追跡を始めれば、公海上に逃げられても「追跡権」があり、継続して国内法にもとづく検挙活動ができます。ですがEEZ上にいる船を取り締まるとなると、経済活動関連以外のものでは手が出せません。

 ということで、例えばの話EEZ上にある外国貨物船に密航幇助の疑いがあったとしても、それだけでは海保が手出しをすることはできないのです。平成13年の奄美沖の事件の場合、不審船はEEZ内にいました。中国の漁船に偽装していたということで、海保は漁業法違反(立入検査忌避)を口実として追跡や射撃に踏み切りました。なるほどそれはそれで一計でしょうが、では例えば外国籍の貨物船や大型ヨットなどに偽装していた場合はどうするのか?とか、問題は小さくありません。今回はたまたま(?)漁業法を口実として経済活動にからめることができたけど、次も同じ手が使えるとは限らない。

 ……さらに、付言すると、そもそも不審船を追跡・検挙するために経済関係法令違反などの "何かしらの嫌疑" を活用する手法自体、全く問題がない訳ではありません。例えば漁船風の不審船を追跡する場合。いかに船の見てくれは漁船風でも、船上にはアンテナ乱立、漁具の姿はまるでなし、加えて漁船ならば考えにくい程の高速。船尾には怪しげな観音扉まであったりして。船体が漁船っぽいというだけで、中身は明らかに漁船ではない、という予想も容易にできます。明らかに漁船ではないとの予想ができる船、という事は、その船が実際漁業に従事していたとは考えにくく、従って漁業関係法令に違反したとも考えにくい。そういう船を、見てくれが似てる事だけを根拠に漁船扱いし、漁業関係法令違反の容疑で追跡する事は合法なのか。よしんば違法とまでは言わずとも、脱法・背理とのそしりからは免れないのではないか。こういう見解も存在します。

 もともと何やってるか分からないので容疑が不明瞭な上に、海と船が持つ国際性もあって、不審船事件の取り締まりにはかなりの困難さがあります。何の容疑で検挙を行うのか、どこまで実力を行使するのか、いやそもそも、当の船に手出しができるのか否か……

 とはいえ。ここでお手上げだなんて言っていては、解決するものも解決しません。今現在海保は、可能な範囲内で対応能力の整備を進めています。

 まず平成13年11月、能都半島沖不審船事件の教訓を汲んで海上保安庁法が改正されました。領海内に外国籍の不審船と思量される船舶がいて、海保長官の許可があれば、思い切って船体射撃ができるというものです。また警職法の解釈を変更し、危害を加えないような慎重・精密な船体射撃なら威嚇射撃の範囲として実行可能、としました。もっともこれらは、刑事責任すれすれの行為を要求されるものでもあり、あまりスマートな解決法にはなってない部分もあるのですが……ともかく一歩前進。

 組織面では、平成15年4月に本庁警備課内に不審船舶対策官を置き、「警備課の所掌事務に係る海上における人命及び財産の保護並びに公共の秩序の維持に関する事務のうち不審な船舶に関する事務」を一手に管轄させる体制を整えました。今後、実際に不審船を迎え撃つ事態に至るならば、この不審船舶対策官が司令塔の役割を果たし、各管区に出動等の指示を飛ばす事になります。

 権限強化と組織整備に加え、装備面での強化も進んでいます。平成11年の能都半島沖事件では、相手の速度性能に巡視船が及ばず、また平成13年の奄美沖事件では、相手船の強力な武装が問題になりました。船舶の性能を高め装備を強化する事は、確実に不審船を捕捉するための重要な対策です。

 奄美沖事件の後の平成14年10月、海保は「不審船への対応について」という文書を発表し、この中で装備強化計画の内容が公開されました。その文書によると、強行移乗の項でも紹介した高速特殊警備船のさらなる整備推進と、これに加えて新たに武装と警備能力を高めた大型巡視船の建造が計画されています。具体的には、1,000t級の「高速高機能大型巡視船」と、2,000t級の「ヘリ甲板付き高速高機能大型巡視船」です。双方とも大型巡視船でありながら30kt以上の高速性能を持ち、射撃指揮装置(Fire Control System / FCS)を搭載して精密射撃が可能な新型40mm機関砲を装備します。2,000t級新巡視船ではさらに、重量のかさむヘリでも発着可能なヘリ甲板を備えています。

 またこの他に航空機の整備も予定されており、部内で「アエロスパシアル式AS332L1型」と呼ばれている、いわゆるシュペルピューマの整備推進、及び大型の新ヘリコプターの調達も予定されています。シュペルピューマは、現在(平成16年6月)4機を保有、羽田航空基地と巡視船「しきしま」にそれぞれ2機ずつを配備しています。当機は海保の現有ヘリの中では最も大きく、積載量・航続距離ともに群を抜いています。使用実績もよく、今後全国的に配備する事を目的として整備が進められる事になっています。しかるにシュペルピューマをもってしても、遠隔の現場へ特殊警備隊を隊員・資機材ともに素早く現場投入するには力不足であると見られており、ここから新たな大型ヘリ整備の計画が持ち上がりました。具体的な機種は公開されていませんが、当機よりも大型となると候補はおのずと絞られて来ます。現在噂されているのは、CH-47、MH-57、EH-101だとかの辺り。

 これら新しい権限と組織と装備でもって、不審船を迎え撃とう、という態勢。実際には警備能力の高い諸船艇で追尾船隊を編成し、組織立てて不審船に対処する事を想定しています。奄美沖事件の教訓に鑑み、不審船との距離は5,000m以上。ロケット弾や重機関銃、さらには携行地対空ミサイルなどの射程を考慮しての事です。新大型巡視船の装備する40mm機関砲なら、この距離からでも威嚇射撃・船体への警告射撃が可能とされています。

 まず小回りが効く高速特殊警備船が、該船に対し、威嚇射撃を交えつつ進路規制を行います。ただし20mmRFSは射程が比較的短いため、精密な船体射撃を行うには接近しなければなりません。従って、威嚇射撃は主に海面に向かって行われます。不審船が逃走を継続する場合、40mmを備えた大型巡視船が5,000m以上の距離から威嚇射撃を実施します。この段階では、船体に射撃する事もあり得ます。とにかく不審船の逃走を阻止し、停船させなければなりません。

 不審船を停止させたら、特殊警備隊を投入し、検挙に当たります。特殊警備隊はヘリ甲板付きの2,000t級巡視船を現場活動拠点とし、ヘリから、場合によっては高速特殊警備船から、移乗を行います。最終段階で相手の抵抗があった場合、正当防衛射撃を実施しますが、担当するのは主に高速特殊警備船です。20mmRFSは40mmよりも威力が控え目で、しかもかなり精密な射撃が可能なため、こういう役割を負っています。またこれらの活動は大型巡視船の援護の下に行い、必要とあれば大型巡視船からも正当防衛射撃を行います。

 計画中の大型巡視船が竣工するのは、平成17年から19年にかけての予定。ヘリの整備も同様です。つい先日(平成17年3月)、1,000t型高速高機能大型巡視船の1番船が就役しました。「あそ」と命名され、配備先は我が福岡海保です。ようやく、という感もありますが、海保の不審船対策の整備は大きく進みつつあります。

 

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