あうとぶれいく・いん・じゃぱん

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 国境を超えてグローバルに人や物が動き回る現代社会において、伝染力の強い感染症を防ぐのはなかなか大変です。平成15年・2003年春に流行した新型肺炎こと、重症急性呼吸器症候群(SARS)を巡る騒動については、まだ記憶にも新しいところでしょう。発生源は中国広東省奥地とみられますが、まだはっきりした事は判明していません。感染は瞬く間に世界各国に広がり、あちこちで感染者を生み、少なからず死者も出しました。幸い日本では発生しませんでしたが、関西を旅行した台湾人医師が、帰国後の検査で新型肺炎への感染が確認された事がありました。仮に、帰国前、日本で発症していたとしたらどうなっていたか。あるいは、発症には至らなくとも、二次感染を引き起こしていたとしたら。これは、決して「海の向こうの話」などではありません。

 凶悪な伝染病の侵入・蔓延を防止するために、日本では感染症予防法や検疫法に基づく防疫体制が取られています。これから、そうした防疫体制についての話を、少しばかりしてみたいと思います。

 具体的な話に入る前に、まずは予備知識。法定の感染症分類と対策組織について。感染症予防法では、感染症は一類から四類までと指定感染症、新感染症に分類されます。

一類感染症
…クリミア・コンゴ出血熱、ぺスト、マールブルグ病、ラッサ熱
二類感染症
…急性灰白髄炎、コレラ、細菌性赤痢、ジフテリア、腸チフス・パラチフス
三・四類感染症
…省略
指定感染症
…一類〜三類感染症以外の、既に知られた感染性疾病であって、感染症予防法第三章から第六章までの規定の全部または一部を準用し対策措置を講じなければ、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの
新感染症
…人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状または治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの

 指定感染症・新感染症を除き、分類されたものは数字が若いほど重大な病気であると認定されている訳です。なお、指定感染症・新感染症とそれへの対策措置の内容は、必要が生じた際にその都度政令で定める事となっています。この政令の効果は1年以内と決まっており、その間に必要な法改正をして当の感染症を一類〜四類のいずれかに分類してやる事になります。……必要な政令が速やかに制定されるのか、必要な法改正が速やかになされるのか、いまいち信用できないところもあるのですが…(^^;;)…今回はそれは置いておきましょう。

 これら感染症には、国・地方自治体、そして医療機関がそれぞれ対応するのですが、その細かい話については後ほど。ごく簡単に概略だけ述べますと、国は感染症予防の基本指針を定め、検疫を実施します。地方自治体は、保健所を設け、感染症予防責任者として国内での伝染病対策で第一線に立ちます。医療機関は、感染症患者を発見した場合にはこれを報告し、また感染者の治療を行ないます。

1. 水際での対策

 検疫所・動物検疫所による水際での伝染病阻止策について。詳しい内容はこうじちゅうです。

2. 国内での防疫活動

 水際での防止策むなしく、国内に伝染病が入ってしまったら。これからは、その場合についての話をしましょう。

 上でごく簡単に触れたところのように、国内での伝染病対策につき、第一線を担っているのは地方自治体です。中でも都道府県と指定市・東京23区には保健所の設置義務があり、感染症の予防責任者としてとりわけ重要な役目を負っています。

 国内において伝染病発生が発覚するきっかけとなるのは、十中八九、医療機関からの報告でしょう。一類〜三類感染症、及び特定の四類感染症に感染している疑いのある患者を診察した医師は、最寄りの保健所に報告をしなければなりません。また同じく感染症にて死亡した疑いのある死体を検案した場合も、報告をしなければなりません。この報告は、一〜三類感染症にあっては直ちに、特定の四類感染症にあっては7日以内に行なう事が求められています。

 この報告があれば、感染症発生の疑いありとして当局による対策が始まる訳ですが、ここでは特に一類感染症対策に焦点を当てて行きたいと思います。一類感染症は、感染症予防法の中では最も重いものとされており、最大限の対策が取り得るようにされています。

  1. 感染者対策

     まず、感染が疑われる人物に対しては、健康診断を受ける事が勧告されます。患者、あるいは保菌者には、二次感染防止のための就業制限が課され、発症すれば必要に応じ入院の措置が取られます。これらはいずれも、感染症予防責任者からの勧告にもとづいて当人ないし保護者が自主的に行なう事が原則ですが、勧告に従わない場合は強制的に措置がなされます。

     蔓延防止のための入院先となる医療機関は、感染症指定医療機関と呼ばれる特別な医療機関で、所定の能力・設備を有する医療機関の中から厚生労働大臣あるいは都道府県知事が指定します。感染症指定医療機関は、さらに能力別に次の3種類に分かれます。

    特定感染症指定医療機関
    …新感染症、一類もしくは二類感染症の患者の入院を担当。厚生労働大臣が指定する。
    第一種感染症指定医療機関
    …一類または二類感染症の患者の入院を担当。都道府県知事が指定する。
    第二種感染症指定医療機関
    …二類感染症の患者の入院を担当。都道府県知事が指定する。

     一類感染症の患者の場合、入院先は特定・一類感染症指定医療機関です。当の病院までの患者の搬送は、感染症予防責任者が行ないます。搬送に当たって、二次感染の危険を最小限に抑えなければならないのはもちろんです。

     感染症の患者が入院勧告を拒んだ場合、前に触れたように強制的な入院措置が取られるのですが、この場合の入院期間は原則として72時間以内と定められています。ただし、蔓延防止のために特に必要あると判断されれば、10日を1単位として入院期間の延長が可能です。この期間延長措置は何度でも繰り返しが効きます。

     以上、ごくごく簡単ですが、感染症患者に関する対策の内容でした。

     ところで、こと一類感染症・新感染症に限った場合、患者を安全に収容できる病院施設や、また移送用の車両というのは数少なく、短期間に大量の患者が発生するとかなり困った事になる可能性があります。新型肺炎騒動の時に話題になったので、覚えておいでの方も多いと思いますけれども。

     一類感染症の患者を収容するには、病室の空気を外に出さない(空気感染対策)ための陰圧病室など、高度な医療設備が必要ですが、そうした設備がある病院は決して多くはありません。対応できるベッド数にも限りがあります。また移送用の車両にしても、搬送用ストレッチャーをカプセルで覆った上で内部の気圧を下げた、アイソレーターと呼ばれる特殊設備が要りますが、そうした車両はやはり多くありません。

     現在、車両については各地の保健所(あるいは保健所の上部組織)が保有を進めている他、市町村の消防当局、検疫所、または民間の救急会社等々の車両保有機関と契約・協定を結び、必要数確保に努めているという事です。

  2. 各種措置活動

     患者・保菌者に手を打ったならば、次は病原体に汚染されたあれやこれやについて。こちらにも手を打たなくては、きちんとした感染症防護は望めません。

     都道府県知事・指定市の市長等、保健所の設置義務を負い感染症の予防責任者である人物は、感染症の予防や蔓延防止のために各種の命令を出す事ができます。またその命令・措置に当たって必要とあらば、職員をして問題の場所に立ち入らせ、関係者に質問させ、所要の調査をさせる事ができます。実際には、保健関係の職員が担当する事になるでしょう。

     これらの命令や調査は罰則で効果を担保された間接強制であり、理由なく命令に従わなかったり、また調査を妨害したりすれば罰金刑に処されます。ちなみに罰金の金額は30万円。大勢の人命の掛かった切羽詰まった状況での措置を担保するには安いという印象があるのですが(^^;;)それはそれとしまして。

     患者がいた所、あるいは感染症によるとみられる死体のあった所、などなど病原体による汚染が予想される場所については、消毒の措置が取られます。消毒は、感染症予防責任者の命令により当の場所の管理者が実施しますが、この消毒命令では効果を期しがたい場合、予防責任者の指示を受けて市町村が消毒を行ないます。

     患者が使用した寝具や衣類、飲食物、などなど汚染が予想される物件については、移動が制限され所要の措置が取られます。物件の所持者に対して予防責任者が命令を出し、物件の移動の制限/禁止、消毒/廃棄その他の措置を取らせます。この命令では効果を期しがたい場合、予防責任者は市町村に指示して必要な措置を取らせる他、揮下の要員に直接行なわせる事もできます。

     ねずみや昆虫による病原体の媒介が疑われる場合は、これらの駆除が行なわれます。駆除を行なうのは、生息が疑われる場所を管理している管理人で、やはり予防責任者の命令で行なわれます。駆除命令で効果を期しがたければ、予防責任者の指示で市町村が実施します。

     残念ながら感染症による死者が発生してしまった場合。死体であっても病原体の汚染が疑われますから、その移動は制限されます。死体は、予防責任者が速やかに火葬に付するか、あるいは充分に消毒した上で埋葬します。

     生活用水が病原体で汚染されている疑いがある時、その水の供給は制限されます。予防管理者は、期間を区切った上で給水の制限ないし禁止に関する命令を出します。代わりの水の手配は市町村が行ないます。

     上記のような個別の対策を打っても効果が得られないという場合にあっては、もう少し大掛かりな手も打てます。

     感染症予防責任者は、汚染の疑いがある建物について、消毒によりがたい時、期間を区切った上でそこへの立ち入りを制限・禁止する事ができます。それでも蔓延を防げないおそれがあれば、建物の封鎖その他蔓延防止のために必要な措置を取ることができます。

     建物に限らず地域全体が汚染されている疑いがあるというような場合、消毒によりがたく、しかも緊急に必要があれば、予防責任者は当該地域への交通を制限・遮断する事ができます。地域全体を隔離する必要がある時の措置で、内部に人が居ても実施可能です。ただし、この措置の効果は72時間以内の期間に限られ、更新は効きません。ある意味、最終手段かも。

  3. 他機関との協力

     既に何度も触れた通り、感染症予防対策の第一線に立ち予防責任者となっているのは、地方自治体です。都道府県・指定市・23特別区といった保健所の設置義務を負った自治体なのですが、これら自治体が独力で感染症に立ち向かうのは無理というものでしょう。しかるべき機関の援助・協力がなければ、効果的な感染症対策は望めません。

     こうした協力体制については、新感染症対策について厚生労働大臣から自治体への技術的指導・助言が明記されている点を除けば、法律の冒頭において理念規定が置かれているだけに過ぎません。法律だけを見ると、あたかも、感染症予防責任を負った自治体がなるだけ独力でなんとかする事になっている……ように見えます。

     まあ、実際そういう面も強いのでしょうけれども。しかし、他機関との協力が全くない訳では決してないので、ここではそれについて少し述べてみます。特に、警察・自衛隊といったところとの関係について触れてみようと思います。なんといってもここは、どきどきする程強力な権力機関なので。(^^;

     まず警察ですが、大勢の医療スタッフを抱えている訳ではないので、そちら方面での協力はもとより不可能です。汚染の疑いがある建物が立ち入り禁止・封鎖された場合における警備、地域隔離で交通遮断がなされた場合の警備、などを担当するくらいです。

     ただ、警察は公安委員会の下にある組織であって、知事を始めとする感染症予防責任者がアゴで自由に使える存在ではありません。密接なる連絡が要る、という事です。

     自衛隊については、感染症が発生した都道府県から災害派遣要請があった場合に、それなりの働きをする事になりそうです。靴下から戦闘艦艇まであらゆるものを持っていて、頭数も揃っている自衛隊。その活動内容とは。予想されるものを軽く列挙してみると、以下の通りです。

    • 給水支援…生活用水が汚染されて給水制限がかかった場合、給水車を出して実施する。
    • 患者搬送支援…大量の患者が発生した場合、救急車を出して実施する。ただし、二次感染防止用のアイソレーターを備えた救急車は自衛隊でもあまり持っていない。
    • 消毒活動支援…広域の消毒が必要な場合、機材と人員を出して実施する。一番可能性が高いのはこれか。
    • 各種輸送支援…汚染された物件を廃棄場所まで、あるいは死体を火葬場まで、もしくは消毒用・防護用その他所要の機材を所要の地まで。汚染された物体を運ぶには二次感染・汚染の防止策が欠かせない。
    • 資材貸与…防護服や消毒機材、場合によっては車両も考えられる。これは自衛隊が出動しなくても実施可。

     多分に妄想が入っている事は認めますが(自爆)やるとしたらおおむねこの辺りではないでしょうか。まかり間違っても、小銃片手に阻止線で警備……などというのはあり得なさそうです。(それは警察の仕事です)

     これ以外で協力となると、厚生労働省関連と、あとは消防当局といった辺りでしょう。厚生労働省は、新感染症対策では協力が義務付けられているのですが、それ以外でも適宜助言や協力を行なう事は容易に予想できます。同省の感染症予防研究所、通称感染研は、まさにそのためにあるような組織ですから。当研究所、「感染症」と銘打つだけあってこの分野では相当の実力保持機関らしい。世界でも数少ないP4施設の保有機関でもあります。(稼働はしていませんが)

     ところで、全然関係ないのですけど。感染症の恐ろしさといえば、ダスティン・ホフマン主演の映画『アウトブレイク』がありますね。国内では、フジテレビが放映した超駄作TVドラマ『未満都市』なんてのもあったり。いずれもかなり派手な話でした。ですが病気そのものについてはともかく、当局の対策活動という点から見れば、ああいった映画や番組で描かれた程に派手な事は国内ではどうも起こり得ないようです。

     余談ついでに妄想を。のっぴきならない事態に陥って、地域隔離と交通遮断が行なわれ、警察の機動隊が武装して警備に付いたとして。隔離地域内の人間が強引に阻止線を突破しようとしたらどうなるか? まず考えられるのは、「取り押さえられる」というものです。感染症予防法上、阻止線破りは犯罪なのですが、とはいっても罰金30万円で済みます(?)から重罪という程ではない。少なくとも、いきなり撃たれるという事はなさそうです。ただ、取り押さえにかかる警察官に凶器を持って抵抗したり、また車を使って突っ込むなんて事をすると、公務執行妨害の現行犯で警察側も実力行使に出るという事になるかも……。

     もっともまあ、仮定と妄想を組み合わせたバカ話ですから。話半分で笑ってやって下さい。(^^;

 
 
主要参考文献;
『現代地方行政講座5 保健衛生行政』 著;緒方信一郎 刊;ぎょうせい 1980

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