国と地方自治体の災害対策の話…と一口に言っても、その内実は実に様々です。ここでは災害が起こる寸前、ないし実際に起こってしまってからの緊急対策に焦点を当てて話していく予定ですが、それでも様々過ぎてとてもおっかけきれないくらいに多様です。逆に言えば、それだけ複雑多岐に「発達」せざるを得ないくらいに、日本の防災体制というのは長い時間をかけて醸成されて来た、ということなのでしょう。 そんな複雑多岐な災害対策ですが、それをこれから出来るだけ幅広く且つ簡単に(詳しくしたくてもできない…とても手が回らないので。(^^;)紹介してみたいと思います。 1. 災害対策・国編 国による災害対策総論、まずはいきなり伝家の宝刀から登場させましょう。 「非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があるとき」、内閣総理大臣は、災害緊急事態を宣言することができます。災害対策基本法105条。 災害緊急事態の布告に当たって、総理は、事前に中央防災会議へ諮問し、かつ閣議で承認を得なければなりません。また災害緊急事態布告後20日以内に国会に付議し、その承認を求める必要があります。 これほど厳重に足枷がかかっている災害緊急事態宣言とは、いかなるものなのかと言いますと… 布告の効果は次の通りです。すなわち、以下の各項について、罰則の付いた政令を制定することができる。
要約しますに、国民経済と生活の安定に関し、罰則付き政令を制定することができる、ということ。 …どうですか? 災害緊急事態布告。「救助」とか「救急」とか「被害の局限」とかいう単語がどこにも見当たらないところに、私はどことなく違和感を感じてしまうのですが(苦笑)。まあ、やれ警備だ鎮圧だというところにこだわるのは、ダメなおたくだけなのでせう(爆苦笑)。あるいはもう少し真面目なことを言えば、現場での災害対策・救助活動は自治体の仕事であって、国が前面に立ってこうした活動をすることはない、という日本の災害対策の原則を端的に示したもの、となりましょう。 大災害が発生した場合、国と地方自治体が協力して災害対策に当たることは重要です。しかるに、日本の場合このような原則があり、国有の災害救助専門部隊というのはありません。その代わり…と言っては何ですが、現地への所要の指示であるとか、応援や支援のコーディネートといった形を主として、国の災害対策は展開していきます。 以下、国が国として防災活動を行う体制について、少し書いてみようと思います。 国の防災機関を軽く列挙してみると、
またこの他、国の機関でも自治体でもないですが、災害対策基本法において防災に関係する機関とされているものに、次の機関があります。
なにか災害が発生した時、最初に事態を覚知するのは基本的に自治体や現地の消防、警察、あるいは関係省庁です。そこから国への第一報は内閣府の防災担当政策統括官の元、あるいは内閣官房の内閣情報集約センターに入ります。これで情報収集と初動対応が始まり、また各省庁も動き始めます。 地方や関係省庁の活動のみでは事態が収まらないような大災害だと判明した場合、災害対策基本法による非常災害対策本部が設置されます。非常災害対策本部の本部長が誰で本部事務局担当省庁がどこか、は防災基本計画で定めてありますが、その内容は災害の種類ごとに微妙に異なっています。対策本部は、本部長と事務局担当省庁の幹部職員、さらに指定行政機関・関係指定行政機関から、その権限を一部なり全部委任された職員が参集して構成します。 災害対策を実施するために、本部長は必要に応じて本部職員に指示を出し、また上で触れた指定地方行政機関の長・地方公共団体の長・指定地方公共機関・指定地方公共機関に必要な指示を出すことができます。また必要に応じて政府調査団を現地に派遣し、現地対策本部を設置することができます。 要するに、非常災害対策本部が設置されると、現場にある行政機関や地方自治体・公共団体などに統一的に指示を出すことができる訳です。まあ、現場への直接指示ではない(トップを経由する形でのみ指示を出せる)し、中央の本省・本庁には指示できない(権限を委任されて非災本部に参集した職員にのみ指示を出せる)のですけど。でも行政機関の縦割を排し、普段国が口出しできないところにおおっぴらに口出しできるのは、やはり特権と言うべきでしょう。 さらに。異常な大災害と分かれば、中央防災会議への諮問と閣議を経た上で、災対法に基づく緊急災害対策本部が設置されます。本部長は総理、全閣僚が本部員になり、本部は原則官邸、事務局は官邸及び内閣府の一部がある中央合同庁舎5号館に置かれます。さらに非災本部の時同様指定行政機関・指定地方行政機関から職員が参集します。 活動内容は非災本部の時とほぼ同じ、必要に応じて本部職員、指定行政機関始め各団体に指示を出します。また政府調査団を現地に派遣し、現地対策本部を設置します。このとき、非災本部と違って、指定行政機関の長にも指示を出すことができます。すなわち、中央省庁に対し、大臣経由で指示を出せるという事です。 全閣僚を束ねて設置する上に中央省庁に指示を出すこともできる、ということは、緊災本部が設置されれば、国のあらゆる行政機関を動員できるということ。もちろん、自治体や指定を受けた中央/地方の公共機関の長にも必要な指示を出すことができます。実に強力で、かつては災害緊急事態宣言抜きでは設置できないことになっていた程です。防災行政組織としては最高最強、最後の砦みたいなものです。 この緊急災害対策本部が設置されたことは、これまでありません。阪神大震災の時も、ついに設置されることはありませんでした。なお災害緊急事態宣言も、同じくこれまで出されたことはありません。 ところで、これは余談なのですが。緊急災害対策本部をして「最後の砦」と書きましたが、しかるにこの最後の砦をもってしても、できるのは指示止まり、指揮ではありません。緊急災害対策本部長たる総理大臣があれをしろと言っても、それは指示でしかないので、その指示が拒否されるという事態もまったく考えられないではありません。よしんば国の機関なら大丈夫として、地方自治体に対する指示となると、その指示に従うかどうかは相手次第。現地判断で指示に従わなかった、なんて事もあるかもしれません。 前にも触れた通り、現場での災害対策・救助活動は自治体の仕事です。消防と警察は地方の機関です。国にできるのは、現場での自治体の活動がうまく運ぶよう、指示や助言をし、また海上保安庁や自衛隊といった国家機関を出して手助けを行うところまで。地方と協力する事はできますが、しかるに地方をさし置いて国が直接災害現場を管轄し活動組織に指揮命令を下すという事は、現在ではまだできないのです。 ……もっとも、実際大災害が起こったとして、国の指示を敢えて蹴るような真似に出る自治体や地方機関はないと思いますけれどもね。まあともかく、今のところはこういう仕組みになっています。 さて、これまでは、政府一丸となって災害対策を行なうための組織や権限の話でした。この組織が力を発揮するためには、本部設置のための施設だとか、情報収集・連絡・指示命令のための通信網だとかが必要です。以下では、そういった防災のための国の施設や設備について少し触れてみます。 まずは、対策本部用施設についてです。対策本部というのは、言わば頭脳ですから、必要なのは「通信設備の整った会議室」です。ここが情報を集めて指示を出すことで、現場が動く訳ですからね。 防災基本計画で非災本部や緊災本部の設置が予定されている各省庁には、それぞれ設置に供する施設があります。その中には、東京が被災地となっても運用が可能なように、特に通信設備をシェルター化してある程度の抗たん性を備えた施設もあります。
前2者、中央合同庁舎5号館と官邸は、非災本部のみならず緊災本部設置用施設でもあるのできちんとシェルター化してあります。ここがダメなら同じくシェルター化された立川広域防災基地、また若干趣は違うけど防衛庁がある訳です。 本部を設置したら、情報を集めたり指示を出したりしなければなりません。そのためには通信網が必要です。続いては、その通信網の話です。 最初に挙がるのが、中央防災無線網です。旧国土庁が整備し、現在は内閣府が管理しています。その名の通り、中央各機関を接続することを主な目的として整備されました。指定行政機関・指定公共機関及び他の主要官庁や在京公共機関を結んでいる固定通信系、中央と地方の主要公共機関ないし現地派遣の調査団を結ぶ衛星通信系、固定通信系のバックアップと機動的な通信運用のための移動通信系、ちと毛色の異なったところで映像伝送系、の4系統からなっています。 運用の中心にいるのは内閣府で、本府防災担当政策統括官の下に防災通信官が置かれ、管理運営に当たっています。内閣府の防災通信室が中心となっており、上でも触れた通り、この通信室はシェルター化されています。 続いては、地方公共団体(ここでは都道府県)と中央を結ぶ回線です。中央防災無線網と接続された正規の防災用緊急連絡回線は、国土交通省の通信回線を共用する形で設けられています。元々は旧建設省が本省と地方支分部局(地方建設局・工事事務所等)の連絡のために整備したものでした。ここから都道府県庁に回線端末を伸ばし、災害時の緊急連絡に使用しています。後でまた触れるところですが、この回線は結構がっちり作ってあって有用らしい。 またこの他に中央と地方を結ぶ回線としては、次のようなものがあります。
これらは中央防災無線網と接続された正規の緊急連絡回線ではないので、対策本部と地方の連絡に自由に使える訳ではありません。が、活用はできるでしょう。 1-1. 内閣府 国による災害対策、総論に続いては各論です。その1は内閣府からです。 内閣府には複数の政策統括官が置かれていますが、その内の1人が防災担当です。当人の下には参事官を始めとする部下職員がおり、霞ヶ関中央合同庁舎5号館にて事務を執っています。 内閣の膝元内閣府において防災を担当するということで、なかなか重要そうなこの部局。元を辿れば旧国土庁防災局が、行政改革を経て平成13年1月にこうなりました。初代の防災担当政策統括官には国土庁防災局長が横滑り、事務フロアも国土庁時代と変わりません。国土庁時代は防災活動にリーダーシップを発揮するのが難しく、特に平成7年の阪神淡路大震災では初期対応にもたついてしまい、今一つぱっとしなかった部署ですが… 衣替えでその辺はどんな感じになったでしょうか。 当部局が実施する災害対策活動ですが、簡単に言えば、政府が災害対策を実施する際に窓口&連絡事務局みたいな事をするのが主です。何かをするための部署というよりは、何が起こっているかを知るための部署、といってもいいでしょう。当部局では24時間態勢で情報収集に当たっており、基本的に災害発生情報はここに集められ、官邸と各省庁へ連絡されます。 政府としての初動措置に資するため、内閣府独自の現地情報収集と被害予測も行います。ある程度大きな災害が発生すると、内閣府は先遣情報班を現地に派遣し、情報収集を行います。ちなみに現地までのアシは他官庁頼み(主として自衛隊のヘリコプター)ですが、通信手段には手持ちの中央防災無線を活用します。また地震に関しては、震度から被害を予測するEES(地震被害早期評価システム)、現地状況をデジタルマップ上に示して事態把握を助けるEMS(応急対策支援システム)を運用しており、初動対応に力が入れられています。 ところで、同じく「内閣」の名を冠した初動対応機関として、内閣官房内閣情報調査室の内閣情報集約センターと、同内閣安全保障・危機管理室というのがあります。どちらも同じように内閣の字が付いていて、しかも初動対応と情報収集を担当するところも同じ、なかなか紛らわしいのですが… 敢えて区別するなら、内閣府の当部局は政府の窓口、内閣官房のあちらさんは官邸の窓口、と割りきって見るとすっきりするでしょう。(実際は、そう単純に分けちゃえないみたいですけど) さて対応態勢が本格化すると、担当省庁が表に出て専門的対策活動を展開していくことになり、当部局の出番は少なくなります。が、時には当部局が引き続き中心的な事務局として機能し続けることもあります。政府全体として対策活動を行うときがそうで、例えば災害対策基本法に基づく緊急災害対策本部を設置する場合、事務局は原則としてここに設置されますし、非常災害対策本部の事務局も、本部長を防災担当大臣や総理大臣が務める場合にはここに置かれます。 災害情報収集と指令のための骨幹通信網を維持することも、同じく重要な仕事です。平常時中央防災無線網を管理しているのは、前述の通りここです。防災通信官を置き、災害に備えてシェルター化した通信室や災害を避けて移動可能な衛星通信移動局を運用している事も前述の通りです。 あと、災害対策本部予備施設である立川広域防災基地を管理してるのもここだったような… ともかく、内閣の膝元で窓口&総合事務局機能と通信機能両方を管理している部局ということで、一等最初に登場頂きました。ここさえしっかりしておれば、大災害に対応する政府としての情報窓口は確保できる、はずです。多分。 1-2. 消防庁 実際に災害が発生した時、実際に被災地に出動して消火・救助・救急活動を行うに当たり、主力を成すのはまず間違いなく消防機関でありましょう。しかるにこの消防機関というものは、自治体が自己の責任において設置するものであり、国有・官設の消防というのはありません。 いやより正確にいうなら、被災地で救助・救急活動を実施する消防部隊がない、というべきでしょう。消防の名を冠した官庁なら、総務省外局として消防庁がありますから。 実際に救助活動を行わないのなら消防庁は何のためにあるのか?といえば、一言で表現すると「救助活動に当たる各消防機関同士の連絡や調整」ということになろうかと思われます。 平常時、消防庁は、消防に関する統一規則や政令の制定、災害情報の収集と提供、消防大学校における消防幹部教育、などなどを通して消防活動の骨組み作りを行っています。消防全体の機能調整を行うコーディネート機関のようなもので、この役割は災害時においても基本的に変わりません。 災害発生時に消防庁が行う活動は、具体的には次の2つが挙げられます。まず第一は、災害に関する情報の収集及び現地との連絡、第二は、必要ならば消防応援部隊の派遣決定、であります。 第一の情報収集・連絡でありますが、これは基本的に現地の消防機関に対する連絡、現地の自治体・消防機関を通した情報収集であります。消防庁の職員が現地に直接赴いて消防庁に直にあれこれ報告を上げるということは、余程の事態でなければ実施されません。原則はあくまで現地機関からの報告です。集めた情報は国や他自治体に提供される他、後に触れる応援派遣決定の判断材料としても利用されます。 被災地との連絡や情報収集に用いる通信設備としては、消防庁の地上無線回線、及び衛星通信回線があります。地上無線は従来から整備されていた通信回線で、旧建設省・国土交通省の回線と共架となっており、端末が各都道府県の防災部局に設置されています。ここから、自治体や消防機関の担当者が情報を送る訳です。一方の衛星通信回線は、最近整備が進んでいるもので、これは消防独自のものです。全国各地に衛星通信用固定局(要するにアンテナ)を設置し、管理を当地の消防機関に委託しています。これらの通信網の中核には消防庁防災情報室が位置し、被災地からの通信連絡・報告はすべてこの防災情報室で受信します。 さらに、地方機関の報告だけでは不充分で消防庁職員が直接現地で情報収集する必要あり、と判断された場合。こういう場合現地に独自の活動拠点を設置するための器材も、消防庁は整備しています。まず「現地活動支援車」、これは言うなれば通信設備と簡易宿泊設備を備えた消防庁のキャンピングトラックで、消防庁職員はここを根城に情報を集めます。現地の通信施設が打撃を受けている時は、衛星通信用アンテナを積んだ「衛星車載局車」が同伴し本庁との通信線を確保します。また消防庁は、車載化されていない可搬型衛星通信装置(音声通信用、及び画像通信用)も複数保有しており、こちらを持っていく場合もあります。 ちなみに。上で挙げた現地活動支援車ですが、これはベンツのウニモグが原型というなかなかゴツい上に高級な車両です。また支援車や車積局車の外見は、白地に赤いラインが2本入ったデザイン、消防カラーの赤色を中心にし、かといって消防車ちっくな外見でもない、凝ってはいないけどなかなかいい感じです。ただ惜しむらくは、入っているロゴが「総務省」であるとこでしょうか… いや、確かに間違ってはいないんですが、消防というイメージからは微妙にずれてしまいます。被災者へのアピールという点でいささかぱっとしないところがあるかも。 さて。情報収集に続く第二の活動である消防応援部隊の派遣判断ですが、これは読んで字のごとく、被災地に他自治体の消防機関を応援として送り込もう、という判断をすることです。また、応援に供するための緊急消防援助隊という部隊の管理も消防庁が行っています。この辺りについては、自治体消防の話もからんで参りますので、詳しくは自治体編の消防・水防のところをご参照頂くとしてですね。 極めて大規模な災害に際して全国規模で消防部隊の応援をかき集める場合、応援の必要性認定と派遣コーディネートを行う消防庁の役割は大変重要です。後でも触れますが、自治体同士が独自に締結した消防応援協定による応援を除けば、消防の応援派遣を決定し差配することができるのは消防庁・消防庁長官だけなのです。消防庁長官が派遣決定を出さなければ、どんなに規模の大きな災害が起こっていても、緊急消防援助隊は出ません。ここで、仮に、全国規模の応援が必要になるような大規模な災害が東京で発生し、消防庁自体が被災して、応援要請を行う暇もなく機能を喪失してしまったとしたら。 残念ながらと言うべきか、さすが法治国家と言うべきか、消防庁長官に代わる応援要請権者というのは存在しません。ので、全国規模で応援をかき集めるためには、一刻も早く、失われた消防庁の機能を回復させなければなりません。回復するまでの間は、応援なしで頑張ってもらうしかない訳です。この「頭を潰される」事の危険性は消防庁もきちんと認識しており、東京三鷹の消防大学校、同じく東京の立川広域防災基地が、消防庁被災時の予備施設となっております。 1-3. 警察庁 普通、災害対策は消防の活動、警察の仕事は犯罪の予防鎮圧・捜査などである…と思われますが、最近では警察もこの分野における対応能力を高めて来つつあります。警察法に、警察が災害対策を行うとはっきり書いてある訳ではありません。しかし、同法に基づいて警察が負う任務の中には「個人の生命、身体及び財産の保護」もある、個人の生命や財産を侵害するものの中には犯罪だけでなく災害も含まれる、よって任務遂行のため警察は災害対策にも乗り出す、と、こういう法解釈に基づいてなされているようですね。
もっとも、実際に救助活動等々に乗り出すのは、地方の機関である警視庁・道府県警察であって、国の機関である内閣府外局警察庁が救助部隊などを抱えている訳ではありません。先の消防庁と同じく、警察庁も、警察全体の連絡と機能調整を行うコーディネート機関というようなもので、実際に現場で活動する機関ではないのです。災害現場における地方の警察の活動については、ここではなく、自治体編の警察のところで少しく書いておりますので、そちらを御覧下さいませ。 災害時に警察庁が行う活動は、もっぱら、被災地の警察と連絡を取り、情報収集を行うことです。収集した情報は国や他の警察に提供され判断材料として使ってもらうことになります。これ以外に、表立った活動というのはありません。 消防の場合、被災状況の情報収集をするだけでなく、応援の決定権を消防庁長官が持っていました。しかるに警察の場合、応援の決定権を持っているのは地方の公安委員会であり、警察庁長官ではないのです。そのため、情報を集め、それをもって「来るべき」応援要請に備えるよう各警察に一般的指示を出すことまではできますが、実際にゴーサインを出すことはできないのです。 警察も、消防と同じく災害時に全国規模で応援派遣を行うための部隊として広域緊急援助隊という部隊を編制しています。所属する警察官は各自治体の警察に所属していますが、部隊編制は管区単位で行われているため、実際運営するに当たっては準備段階から行動計画に到るまで警察庁が指示を出すことになるでしょう。しかしそれに先立つ応援要請と要請に基づく派遣決定は、警察庁の手の外にあります。 …そういう訳で、災害時の警察庁は、情報収集機関としての趣が強い。なお実際の情報収集活動は、現地の警察が行います。現地が集めた情報は、まず管轄の管区警察局に報告され、そこからさらに警察庁へと報告されます。こうした通信・連絡のために警察は全国に独自の通信回線を設置しており、災害時の通信・連絡も当然この回線を利用して行われます。 1-4. 防衛庁・自衛隊 自衛隊法によると、自衛隊は、人命または財産の保護のため必要ある場合、防衛庁長官からの命令や、あるいは外部からの要請を受けて、救援のため部隊等を出動させる事ができます。もともとは国防組織としての性格を持つ自衛隊ですが、ものの本によると、「非常時の指揮命令系統が明確で全国的補給網を持ち、大規模災害事態への対処が期待されるところとなる」んだそうです。 自衛隊法に記述されたところの、災害に対する自衛隊の活動には、災害派遣・地震防災派遣・原子力災害派遣の3種類があります。しかるに、地震防災派遣と原子力災害派遣については、それぞれ地震災害警戒態勢、原子力緊急事態と別に項目を立てる予定でいますので、ここでは災害派遣に限って話をする事にします。 改めまして、自衛隊の災害派遣。これは自衛隊法第83条で定められています。
すなわち、自衛隊の災害派遣は、要請があって初めてなされるのを原則としてます。要請権者として条文で挙げてあるのは「都道府県知事その他政令で定める者」ですが、具体的には、知事の他に海上保安庁長官・管区海上保安本部長および空港事務所長が災害派遣要請の権限を持ちます。 災害派遣要請に当たっては、派遣希望の事由、期間、区域、希望する活動内容、その他参考となるべき事項を書面にしたため、これを提出して派遣要請を行うのが基本です。しかし文書を用意する余裕がないほど事態が切迫している場合は、電話や口頭で行うこともできます。 またこの派遣要請・派遣実施は、災害が発生し被害が出てしまう前でも、行うことができます。さすがに災害発生前に要請をするのは無理なようですが、災害が発生すれば、まだ被害が出ていないくても、そのおそれが充分にありまさに被害が発生しようとしている場合派遣要請を出しても構いませんし、またこれを受けて派遣を実施しても構いません。 要請を受けることができるのは、防衛庁長官、および長官の指定を受けた部隊等の長です。具体的にどんな部隊の長なら要請を受けられるのかについては、結構多岐に渡るのでいちいち列挙したりはしませんが、基本的に、基地や駐屯地の司令に当たる人物以上です。部隊長や特定の階級以上の自衛官なら誰でも受けられる訳ではありません。 要請があり派遣実施となれば、長官または指定を受けた部隊長等は、災害派遣で出動した部隊等の指揮官の官職、氏名、その他必要な事項を関係する都道府県知事等に通知します。 以上が災害派遣の基本的な流れです。一応この他に、「要請を受けるいとまがないと認められる場合」に実施される、いわゆる自主派遣と称される形式もありますが、これは例外。また、営舎の近所で災害が発生した時に自ら部隊を差し出す「近傍災害派遣」も、やはり例外です。 災害派遣が実施された例というのは、それこそ枚挙に暇ないほど、毎年何十件もの派遣が実施されていますが、これらはその大半が要請を受けた災害派遣です。自主派遣は、今まで1度たりとも実施された事はないようです。平成7年の阪神大震災の時でも要請が出るまで自衛隊は動かなかった、という話は、知ってる人なら知ってる事でしょう。自衛隊が自己判断で活動する事に対してはとかく風当たりが強く、出来る事にはなっていても、実際にはなかなか。一方の近傍災害派遣については、隣近所の火事場に消防車を出す、というような感じで、少ないながらも実施例があります。 さて、派遣実施と来ると、続いては災害現場での実際の活動、と行きたいところですが、これは内容が結構細かいので後回しです。先に、派遣終了時の説明をしましょう。 派遣終了、要は出動部隊の撤収ですが、これは要請権者からの撤収要請があった場合か、派遣命令権者が派遣の必要がなくなったと判断した場合かの、いずれかであるのが基本です。ただし災害が大規模である場合は、自主的に撤収を行うに当たって、派遣命令権者が判断を下すのではなく、長官の撤収命令を待つ事となっています。部隊撤収に当たって派遣命令権者は、撤収を命じた旨を関係する都道府県知事等に通知します。 ここまで、派遣から撤収に至る手続きの流れ、ごく簡単に説明して来ました。ここからは、派遣された自衛隊が、実際に現地でどう活動するか、についてです。 被災地において自衛隊は、瓦礫の撤去、生活物資の貸与や供与、各種の輸送・搬送、捜索、救助などなど、とにかく有形無形様々な活動を行います。居場所さえ確保できれば、後は活動に必要なものを全部自前でまかなえる、"自己完結性" のある組織として、また陸海空あわせて23万もの頭数と、各種の機材を揃えた多機能な組織として、その威力を発揮します。 実際に各種救援の作業を行うに当たっては、時として一部強制的な活動を行う事もありますが、これに備え災害出動した自衛官に対してはある程度の権限付与がなされています。 まず、出動した自衛官は、その場に警察官がいない場合に限り、警察官職務執行法の4条と6条に基づいた活動をすることができます。具体的には、危険な事態に際して警告や避難の措置を行い、危害の予防や損害拡大の防止、救助などのために土地建物へ立ち入ることができます。実施するに当たっては、緊急の場合を除き原則として指揮官の命令によります。 これにより何ができるかという細かい話は、自治体編の警察のところを見てもらう事になりますが。簡単に述べると、私有財産や自由に関する権利があるとしても、私有地などに立ち入って実力を使った救助活動を展開できる、という事です。 また同じくその場に警察官がいない場合に限り、災害対策基本法にもとづき市町村の吏員が行使する権限の代行をすることもできます。中身の細かい話は自治体編の市町村のところを見てもらうことになりますが、簡単に列挙すると、避難勧告・避難指示の執行、人的・物的公用負担、災害警戒区域の設定、です。この内公用負担と区域設定については、部隊長命令にもとづいて実施するものです。 さらに。災害対策基本法にもとづき公安委員会が指定した緊急輸送道路を走行していて、路上に障害物があった場合。これは原則として警察官が取り除くのですが、現場に警察官がいなければ、自衛官が自らこれを除去し、やむを得なければ破損することができます。 ところで、警職法にもとづくにしろ災対法にもとづくにせよ、自衛官の活動は、「警察官がその場にいない時」に行う事になっています。とりわけ、警職法にもとづく避難措置や立ち入り、災対法にもとづく路上障害物の撤去は、私有財産や自由といった基本的人権を侵害する可能性のある行為です。災害時であろうとも人権は最大限尊重されるべき、という事で、たとえ災害時であっても、私有の物を勝手に処分するのは御発度です。緊急輸送路を塞ぐ障害物であっても、避難を難しくする邪魔物であっても、誰かさんの持ち物であればそれは私有財産ですから、やはり勝手に処分はできない。が、そうも言っていられない状況というのはありますから、警察官がいない場合に限って、例外的にその処分を認めてあげよう、ということです。 人員23万、各種の機材と自己完結能力を誇る自衛隊ですが、しかるにその主任務は国防、災害対策を主とするものではありません。また、消防や警察(の救助担当部隊)のように、救急・救助の専門部隊な訳でもありません。そのため自衛隊の活動は、警察や自治体や消防を補佐・支援するものとして法で位置付けてある事が分かります。なかなかもってまわった(^^;;)感じですが、そこは法治国家の大原則という事で。 さて以上は、防衛庁・自衛隊が災害派遣で出動するに当たっての、総論的な話でした。上記の権限を用い、陸海空の自衛隊はそれぞれ様々な活動を展開するのですが、その話をこれからしてみたいと思います。陸は陸なりに、海は海なりに、空は空なりに、いろいろこまごまと組織や装備を整えています。陸海空の順で項目別にしてみました。
あと、これは余談。自衛隊と聞けば誰しもが頭に思い浮かべるであろう、武器について。 昭和55年に定められた防衛庁訓令「自衛隊の災害派遣に関する訓令」によると、災害派遣された自衛隊の部隊は、原則として火器を携行して行きません。兵器を装備した艦艇や航空機、車両などを派遣する場合は、装備上やむをえないのでそのままですが、例えば小銃や拳銃のような個人携行の火器については、持って行かない事となっています。ただし、「救援活動のため特に必要ある場合は、最小限必要とする火器および弾薬を携行することができる」。 今ではさすがに少なくなったようですが、一頃までは、たとえ防災目的であっても自衛隊が表だって活動する事に異義を唱える向きもあったため、自衛隊側としてはどうしても神経質になるところがあります。災害派遣に武器は不要という事を、わざわざこうして定めてある辺りは、その神経質さの具体的現れとでもいいますか。自衛隊らしい、といえば自衛隊らしい。 実際の災害派遣ではありませんが、2000年・平成12年9月に東京で開催された防災訓練「ビッグレスキュー東京2000」では、訓練に参加した87式偵察警戒車から、車載の25mm機関砲がわざわざ取り外してありました。この訓練では、防災目的の訓練とはいえ東京銀座の目抜き通りを自衛隊の装甲車が走ったぞ、という事で結構話題になったもんですが、その装甲車から機関砲が取り外してあった事は話題になっていませんでした。マスコミ関係者は気付かなかったんでしょうか? ところで、訓令にただし書きが付いているところからも分かる通り、災害派遣には何があっても武器を持って行かない、という事はありません。武器を使わないと災害派遣の目的が達成できないという場合も、稀にではありますが存在し、そういう時は武器弾薬を携行した部隊が出動します。 災害派遣において武器が使用された、あるいは使用が予想されたケースというのは、私が知っている範囲で3件あります。 昭和35年9月、谷川岳で遭難しザイルで宙吊りになってしまった登山者の遺体を回収するため、災害派遣された陸上自衛隊の部隊が銃器を用いています。この時、部隊は銃撃でザイルを切断し、遺体を収容しました。現場が急峻で近づけない事による、非常の措置であったとの事です。使用した銃器は分かりませんが、ザイル切断までにおよそ1500発もの銃弾を要したそうです。狙撃1発!とは行かないものなのですね。 続いて昭和49年11月、東京湾にてタンカー「第十雄洋丸」と貨物船「パシフィック・アリス」が衝突し、両船に火災を起こしました。とりわけタンカーは、排水量4万tの船体に液化石油ガスを満載していたため火災が激しく、海上保安庁による消火活動で一旦は下火になったものの、結局鎮火せず、猛烈な火勢で手が付けられない状態となります。沿岸へ被害が及ぶ事が懸念されたため、海上自衛隊が災害派遣で出動、海没処分となりました。要するに撃沈です。 この時出動したのは、護衛艦4隻(「はるな」「たかつき」「もちづき」「ゆきかぜ」)、潜水艦1隻(「なるしお」)、対潜哨戒機P-2J 4機です。撃沈には少々難儀したようで、まず護衛艦が5in砲で艦砲射撃を行った後、航空機から150kg対潜爆弾16発を投下、127mmロケット弾12発を発射、さらに潜水艦から533mm魚雷4本を発射(ただし、2本は外れてしまいます!)、ところがタンカーは沈みません。そこで護衛艦から追加の砲撃を行って、ついにタンカーは沈みました。 タンカーというのは、船内を隔壁で仕切って幾つも船倉を設けている関係上、結構浮力があり、 "綺麗に" 沈めてしまうのは案外難しいようですね。なお、この事件をきっかけとして、海上保安庁は特殊救難隊を創設しました。 時代は下って、平成8年2月、五島列島近くの東シナ海を航行していたタンカー「サニー・ブリーズ」にて火災が発生しました。同船はジェット燃料など4,000tを積んでおり、炎上したまま漂流し沿岸部に被害が及ぶ危険性が出たため、海上保安庁からの要請で海上自衛隊が災害派遣されました。出動したのは護衛艦「はるな」「くらま」「やまぎり」「さわぎり」および特務艦「もちづき」の合わせて5隻、さらに航空機9機です。 一時は砲撃による海没処分寸前まで行きましたが、海保の特殊救難隊による、水中から接近し曳航用の索を付ける作業が成功したため、砲撃には至りませんでした。第十雄洋丸の経験がここで生きた訳です。その後同船は領海外まで曳航され、そこで積み荷の油を燃やし尽くした後、沈みました。 1-5. 国土交通省 防災機関のダークホース、…なんて言うと関係者から怒られてしまうんでしょーか? 旧運輸省・旧建設省時代からの関係で、意外に防災にタッチしてる国土交通省。防災基本計画では、海上災害・航空災害・道路災害・鉄道災害について非常災害対策本部を置く場合、国交省が担当になります。また外局の気象庁・海保、審議会等に当たる特別機関の航空・鉄道事故調査委は、防災上大きな役割を果たしています。さらに中央防災無線網の地方緊急連絡回線を維持管理しているのもここ、地方支分部局たる地方整備局・地方航空局及び空港事務所からもなかなか目が離せません。いろいろおいしい(?)とこなのです。 そんな国土交通省を、ここでは4つの視点から見てみたいと思います。
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