地震、雷、火事、なんとか 自治体編

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 国編に続いては自治体編です。

 先に国編を書いておきながら何ですけれども、そもそも国内で災害が発生した場合において、それに対応する責任を有しているのは地方自治体です。よほど大きな災害でない限り、国の出番というのはありません。せいぜい、災害が鎮圧された後に気象庁や内閣府、国土交通省から原因調査チームが来るか、後は、復旧工事のためのお財布になってくれるかという程度。基本は自治体が自前で何とかするものなのです。

 災害に対処するところの消防機関を設置しているのは市町村や、複数の市町村で作る広域事務組合です。消防機関の手に負えない時は自衛隊に応援を頼みますが、応援要請を出すのは都道府県の知事です。ついでに言うと、消防と並んで災害対策活動をしてくれる警察も、半分都道府県の機関みたいなもの。また災害対策基本法・災害救助法で規定されている様々な応急措置は、市町村や都道府県の首長が行使します。災害時における自治体の役割は重要なのです。

 このように、災害対策の第一線に立つ自治体の活動、その内容を以下にて紹介してみたいと思います。例によって出来るだけ幅広く、且つ簡単に。(詳しく述べられる程の業界通ではないので…(^^;)

  1. 都道府県
  2. 市町村
  3. 消防・水防
  4. 警察

2. 災害対策・自治体編

 まずは総論から参りましょう。自治体の防災活動を述べるに当たってまず名前が挙げられるのは、各自治体単位で組織・設置されている防災会議です。防災会議は、地方ごとの防災基本計画を立てる他、非常の災害時にあっては自治体首長から災害対策本部設置に関する諮問を受けます。さしずめ、中央防災会議の自治体版といったところ。

 非常な大災害が発生した場合において、地方防災会議への諮問が通って災害対策本部が設置されると、本部長たる自治体の首長は災害対策基本法に基づき幾つか防災上の権限を入手します。

 すなわち、都道府県の災害対策本部長は当該都道府県の警察または教育委員会に対し、市町村の災害対策本部は当該市町村の教育委員会に対し、それぞれ必要な限度において指示を出す事ができます。警察は地方公安委員会の下にある組織ですし、また公安委員会も教育委員会も、普段なら自治体の首長からあれこれ指示を受ける立場にはありません。しかるに災害対策本部が設置されると、そこに口を出せるようになる訳です。

 警察については後で独自に項目を立てておりますから、そこで触れるとして。教育委員会に対する指示とはどういうものか。これは具体的には、「公立学校を避難場所にしたいから場所を提供してくれ」「学校で受け入れた避難者について、要る物があればこちらから提供するので、後はお世話をよろしく」といったものになります。立派な建物と広い土地(運動場とかですね)を持った学校は、普段は教育委員会の持ち物なので管理もそちら任せなのですが、非常時にはそれをなんとか利用しよう、という趣旨です。

 災害対策本部を設置したなら、続いては応急措置と行きたいところですが、そのためにはまず情報を集めしかるべきところに報告しなくてはなりません。

 災害が発生した場合、市町村は都道府県に、都道府県は国に、それぞれ報告する義務があります。この場合の国とは、防災基本計画によると基本的には消防庁、ただし非災本部・緊災本部が設置されておれば、中央防災無線網経由で各本部へという事になるらしい。

 国への報告や連絡に用いられる中央防災無線網は、先に国編でも紹介をしました通り、国土交通省のマイクロ多重無線回線を通して都道府県の防災部局と政府中枢とを結ぶ回線です。では、もう一方の都道府県・市町村間、さらにはその下の連絡網はどうなっているのか。

 これについては、残念ながら、一概にどうと言う事はできません。一般に自治体は、「防災行政無線」と称される無線網を整備しているようですが、これは都道府県・市町村によって中身がまちまちです。まあ都道府県の段では、自治体からの情報収集用にそれなりに整備がなされている部分もあるようですが、市町村の段となると、消防機関が持つ無線網の他は住民への一斉通報を目的としたものがメインとなるらしく、市役所と出先を結んだ細かな無線網などというのはあまり期待できなさそうです。

 ここまで来ると、むしろ民間の電話回線の重要性が大きくなって来ます。資金が潤沢な訳でもない市町村で細かい無線網を整備するのは、その使用頻度が低い事から見ても効率悪そうですし、それに民間回線と言っても今や馬鹿にはできません。結構しっかり造ってあるものです。して見ると、末端での頼みは民間業者というのも分からないではない。

 災害対策基本法では、応急対策の必要に応じて、電気通信事業者の通信回線を優先的に利用する事ができる、と定めてあります。また電気通信事業法では、電気通信事業者に対し、災害時通信を含めた重要通信の確保に協力する義務を課しています。これらを利用し、一般の民間回線経由で災害時連絡を行うというのは、十分ありえる話。

 ちなみに、災害対策基本法では、電気通信事業者の回線以外にも災害時の優先利用ができる回線として「警察・消防・水防・航空保安・海上保安・気象・自衛隊の回線」「鉄道・軌道・電気・鉱業の事業用回線」が挙げてあります。いざとなったら、福岡の場合だと、市消防局や県警や海保七管や管区気象台や航空交通管制部やJR九州や九電や災害出動した陸自第四師団に頼んで、会議室に無線機を置いて使わせてもらうと。そういう事ですね。

 また現地の情報を集約し、指示を出したり上に報告したりする対策本部のために施設、これについても事情は同様です。都道府県レベルでは、通信設備や大型モニター装置が整備された施設を「指令室」「情報センター」というような名前で庁舎内なりその近傍に整備しているところも多いようですが、市町村になるとそうも行きません。

 毎年9月1日の防災の日、ニュースを見ると、東京都庁の立派な防災情報センターがニュースに映りますが、どこもかしこもあんなのを持ってる訳ではない。基本はやはり、「会議室に電話線引っ張ってくる」というやつなのでした。

2-1. 都道府県

 災害発生時、市町村であれば消防機関を指揮し、あるいは災対法に基づく各種の権限を駆使して災害に立ち向かうものですが、都道府県の場合、さほど表立って応急活動を行う事はありません。そもそも、都道府県は、市町村における消防のような実働組織をほとんど持っていません。消火だ救出だ救急だといった現場活動は、都道府県の担当するところではない訳です。とはいえ、何もしないという事ではなく、結論から先に伸べてしまうと、各種の指示や国等との連絡取り次ぎ、または非常時の権限代行措置などによって市町村をバックアップするのが主な仕事になります。

 災害時に都道府県が行う活動は、災対法に基づくものとそうでないもの、の2種類に分けて考える事ができるでしょう。

災害対策基本法に基づく活動

 まず、災害が発生した場合、災害発生地を管轄する市町村は、それを都道府県に報告し、都道府県はさらに国へと報告します。これは災対法上の規定であると同時に、実務上の要請でもあります。先に総論のところでも触れましたが、国に災害関係の連絡をするための通信回線は、都道府県の防災担当部局までしか伸びていません。国に連絡するためには、まず、都道府県へと連絡を入れます。

 発生した災害が大災害で、実際に災対法に基づいた応急活動が必要である場合。この時、都道府県は以下の権限を行使できます。なお、以下に列挙した権限は都道府県知事に与えられたものですが、実際に行使するのは、知事から委任を受けた職員です。

  • 災害救助法の規定による各種命令

     都道府県知事は、応急措置上必要ある時は、災害救助法の規定の例により、民間業者・民間人に対して各種の命令を発する事ができます。この命令の対象となる者、およびその命令内容は、結構細かいものなのですけれども、とりあえず羅列してみますと次の通りです。

    • 業務従事; 医療・土木建築工事・輸送業者に対し、それぞれの業務に従事すべき事を命ずる。
    • 協力指示; 救助を要する者、あるいは隣近の者に対し、救助活動への協力を指示する。
    • 物資保管; 救助に特に必要ある場合、物資の生産・集荷・販売・配給・保管もしくは輸送を業とする者に対し、取扱う物資の保管を命ずる。
    • 物資収用; 上と同じく、救助に特に必要ある場合、物資の収用を行う。命令の対象も上に同じ。
    • 施設管理; 救助に特に必要ある場合、病院・診療所・旅館その他政令で定める施設を管理する者に対し、引続きその施設を管理する事を命ずる。
    • 土地・家屋使用; 救助に特に必要ある場合、土地・家屋を臨時に使用する。命令対象は、使用される土地・家屋の所有者ないし管理者。
    • ※ここでいう「救助」とは、災害救助法にいう「救助」の事であり、その内容は、「応急仮設住宅を含む収容施設の提供/食品の給与、飲料水の供給/医療及び助産/災害にかかった者の救出/災害にかかった住宅の応急修理/生業に必要な資金・機材等の給貸与/学用品の給与/埋葬/死体の捜索及び処理/災害により住居やその周辺に運ばれた土砂木竹等で、日常生活に著しく影響を及ぼしているものの除去(つまりは災害ゴミの処理)」を指す。

     これらの命令は、知事が発した公用令書を相手に交付する事で実行されます。命令に伴って発生した損害は補償され、業務従事命令であれば必要経費も出してもらえる事になっています。またこの権限は、通常なら知事が行使するものですが、特に必要ある場合、期限付きで市町村長に委任する事も可能です。ちなみに、命令の拒否・妨害には罰則あり。

     例えばの話、大勢の負傷者が発生したとして。搬送先の大病院に業務従事命令を発して治療に専念させ、治療用医薬品が足りなさそうだとあれば、県内の業者に物資の保管命令、さらには収用命令を出す。あるいは、家屋を失った被災者が多数居たとして。仮設住宅を設けるため、不動産会社に土地の使用命令を出して確保、さらに土木建築業者に業務従事命令、資材業者に物資の保管命令・または収用命令を出す。etc

  • 市町村に対する、応急措置に関する指示

     市町村が行う災害対策活動に関し、都道府県は指示を行う事ができます。ただし、これは命令ではなく、絶対服従という性質のものではありません。

  • 市町村がなすべき応急措置の一部代行

     災害により市町村が機能不全に陥った場合、本来なら市町村が行うべき応急措置を知事が一部代行します。具体的には、災害対策基本法に基づく権限の内、災害警戒区域の設定、人的・物的公用負担の権限を代行します。

     なお、これはあくまで上記2つの権限を代行するに過ぎません。同じ災対法に基づく権限であっても、避難勧告・避難指示や、災害拡大防止のための物件・設備の保安・除去命令は、代行できません。災対法によらないものはもちろん代行できず、例えば、市町村に代わって消防機関を指揮する、というような事はできない訳です。

  • 職員の応援派遣

     機能不全に陥った市町村に職員を派遣し、臨時に市町村の職員として業務に従事させます。一線市町村のテコ入れ。すぐ上で挙げた消防機関の指揮などは、もしやりたいと思ったなら、こちらの手を使って「業務の支援」という形でもって行う事になります。

  • 警察・教育委員会への指示

     これは先にも触れました。災害対策本部長たる知事に与えられる、教育委員会と警察への指示権です。特に警察への指示は、強制力を持った命令ではないものの、警察の側にも可能な範囲で従うべき義務があります。有効に使えば、実働部隊を持たない都道府県にとってよい支援となるでしょう。

その他の活動

 災対法に基づくものではないけれど、災害対策上知事が持っている幾つかの権限と、災害対策活動について。

  • 各種権限

     都道府県知事には、消防の応援要請および自衛隊の災害派遣要請に関する権限、及び水害時の避難指示権があります。

     消防の応援要請については、この後の消防・水防の項で書くつもりでいますけれども。ここでも少し触れますと、消防組織法上、原則として消防応援の手続きは、被災地の都道府県知事が消防庁長官に対し応援の要請を行う事で始まります。この要請で、長官が応援の必要ありと判断すれば、具体的な応援の出動が指示されるのです。緊急時には知事の要請なく消防庁長官の判断のみで応援を出す事もありますが、基本は被災地の知事から応援要請があって応援が出されます。

     自衛隊の災害派遣要請については、前に防衛庁・自衛隊の項で述べました。自衛隊法で知事に与えられている災害派遣要請権です。この要請がなくても、緊急時には自衛隊側の判断のみで出動する事もできるんですが、原則は要請があってから出動するというものです。また実際も、自衛隊側の判断のみで出動した事は皆無。

     水害時の避難指示権は、水防法に基づいたものです。水防についても、細かくはこの後の消防・水防でもって扱います。ここでは関係分のみ簡単に。河川の氾濫等洪水の危険が増した時、知事ないし知事の命を受けた職員は、近傍に住む住人に対し避難立ち退きの指示を行う事ができます。本来、水防活動を行ったり水防法にもとづく各種権限を与えられているのは、水防に責任を持つ「水防管理団体」(市町村あるいは複数の市町村で構成する水害予防組合)の長、あるいは水防団長なのですが、避難指示については知事にも権限が与えられています。知事は河川管理者として河川管理に一定の責任を負っていますし、また川の流域にある市町村というのはなにも1つとは限らないものです。河川管理の責任者として、かつ広範囲に素早く避難指示が出せるように、こうした権限付与がなされているようです。

  • 防災航空隊の運営

     近年、都道府県が行う防災活動として全国に広がっているのが、防災航空隊の運営です。要は、防災用のヘリコプターを運航する、という事。

     防災用ヘリコプターは、当初は、消防ヘリコプターとして消防機関が運営する形でスタートしました。しかるにこの手法だと、相応の予算と人員を抱えた大規模な消防機関だけでしかヘリの運用ができません。防災専門のヘリコプターを全国規模で運用するには、この手法ではどうしても限界がありました。そこで編み出されたのが、都道府県によるヘリの運航、という手段です。

     やや古いですが、1999年2月現在の数字ですと、防災航空隊は1道32県に設置されヘリの総数は37機。ちなみに消防航空隊は、同じく1999年2月の数字によれば、全国13の消防機関に設けられヘリの数は27機です。我らが福岡市消防局にも消防航空隊があり、2機のヘリコプター(アエロスパシアルSA365N1「ゆりかもめ」、同AS365N2「ほおじろ」)が配備されています。都道府県の防災ヘリと、消防機関の消防ヘリを合わせれば、都道府県のほとんどが最低1機は防災用の機体を有している計算になります。(一部、まだ未配備の県があるようですが……)

     防災ヘリの導入について、私詳しい事は知らないのですけれども、お世話になっている方から教えて頂いたところによると、1980年に北海道が導入したのが最初のようです。予算と機体は自治体が調達し、それを道警に委託し運航してもらう形で始まりました。もっとも、警察に運航委託する形式はあまり広まらず、今では委託先を警察ではなく民間航空会社とする形式が活用されています。

     ところで。これら都道府県の防災航空隊が行う防災活動というのは、最近まで、さしたる法的根拠もなく行われてきたものでした。一応、存在自体は、航空法81条の2「捜索または救助のための特例」にて認められており、任務のためなら低空飛行やら飛行場でない場所への着陸なども許されていましたけれども。しかるに、消火や救急といった防災活動そのものについては、はっきりした根拠がありません。

     事情を簡単に説明しますれば、通常、公務として消火・救急・救助といった活動を行い得るのは消防だけです。しかるに消防は市町村の機関であり、都道府県にはありません。よって、防災航空隊の行うこうした活動は、都道府県がそのまま行うのでは、根拠のない活動になるおそれがありました。

     ここで、防災当局の採った解決策は、「航空隊の職員を、消防機関職員との身分併任にする」というものでした。具体的には、道府県内の各消防機関から、身分併任の形で消防官に出向してもらいます。これにより、消防官が、防災航空隊の機体を用い、消防官としての活動を行う、という形式を採る事ができるようになりました。消防官が所属する市町村以外の場所に出動する場合は、当地の消防から職員の所属する本来の消防に対して応援要請があった、と解釈し、その応援要請に基づき消防官が(防災航空隊の機体を利用して)出動する、という筋道となっていました。

     まあ、なかなかややこしい形式ですけれども……。ともかく、防災航空隊の職員を市町村の消防機関から出向させる事で、消防法に基づく公務として各種活動を行えるようにした訳です。この辺り、権限回りのもう少し細かい話については、消防・水防の項にて。

     平成15年6月の消防組織法改正によってこの点は改まり、現在では、都道府県は「航空消防隊」を設けて航空機を運用し消防活動の支援ができる、とされています。これで、無理して身分併任させる必要はなくなりました。今では、事前に締結された消防支援協定あるいは個別の支援要請に基づき、消防支援活動という名目でもって消火・救急・救助等の活動を行う事ができます。

 改めまして。総じて申しますに、大して実働部隊を持っている訳ではないので、市町村ほど表立って応急措置するものではありません。災害対策基本法上の権限も、各種の指示や非常時の権限代行がその内容で、現場活動を想定したものは少ないです。消防組織法に基づく航空消防隊は、現場活動という事で数少ない例外ですが、しかしこれとても名目は「支援」です。

 表に立たないその代わりに、市町村がきちんと一線で動けるように後ろ支えしてやる、そのための権限を持っている、と言えるでしょう。市町村に手助けが要るとなれば、あれこれ助言し、消防の応援を呼び、自衛隊の派遣を要請し、また警察に指示を飛ばす。民間業者に命令を出す事もできます。「◯×県」のロゴ入り制服を着た救助隊員が被災地でホース持ったり救出活動したり、といった現場活動はないものの、都道府県は都道府県でまた重要な任務を負っています。

2-2. 市町村

 詳しい内容は工事中です。災害対策基本法に基づく諸活動、特に避難勧告・避難指示、災害警戒区域の設定、災害応急対策実施に伴う公用負担特権、などなどを取り上げる予定です。いずれも土地や物資の使用、避難立ちのき・立入規制といった強制措置を伴う権限であります。

2-3. 消防・水防

 消火、救急、救助を担う消防機関は、災害対策の現場においては間違いなく最重要の位置を占める機関です。被災地における火消しに、被災者の救助に、救急搬送に、大いに活躍してくれるでしょう。ここで取り上げるのは、そんな頼りになりそうな消防機関についてです。

 あと、添え物みたくなって申し訳ないのですが、水防団についても同じくここで取り上げます。理由は、詳しくは後述しますけど、こと話を水害に限ると、法律上水防団は消防機関と同じくらいの権限と重要性を持つからです。

 さて、まずは消防についての基本的な話から。以前、「治安機関エトセトラ」の消防官コーナーで同じようなことを書いた事がありますが、ここではそれを心持ち拡大再生産してみました。間違っても、字数稼ぎしてるなどと勘ぐってはいけない。(笑)

 消防機関は、消防組織法という法律に基づき各市町村が設立し、その任務は

「その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害に因る被害を軽減すること」

消防組織法第2条

です。火災の防止鎮圧が念頭に置かれてはいますが、他の災害への対応もきちんと視野に入れてあります。

 設置される消防機関とは、具体的には、消防本部・消防署・消防団を指します。市町村は、これらのうちいずれか一つないし複数を必ず置かなくてはなりません。ただし、一定以上の規模の市町村については、消防本部の設置義務があります。それなりに大きい街ともなると、防災の備えも大きくなくてはならない、ということなのでしょう。

 消防機関の設置が決まると、次に問題になるのは、その消防機関の規模と構成です。まず規模ですが、設置する側で自由に決めていいものではなく、消防庁告示によって消防力の基準が定めてあり、それをクリアするだけの人員、車両、施設は備えておかなくてはなりません。

 車両の場合、基本は消防ポンプ自動車・救助車・救急車で、街の人口数や人口密度によって配備台数と配備する署所の数が決まります。これに加え、中層・高層建築物があればはしご車、石油や化学薬品の貯蔵/加工施設があれば化学車、大きな港湾があれば消防艇、その他必要に応じて他の車両…というように、街の様相を基準として配備すべき車両の種類や数が決まって行きます。まあ、ここでは細かい計算式はおいておきますが。またここでいうポンプ車だの救助車だのは、単なる一般呼称ではなく、各々の車種についていかような性能と器材を備えておくべきかきっちり決まっています。

 人員についても同様で、街の人口数や密度を勘案して基準となる人数が算出されます。また消防官には階級制が導入されており、国が定めた基準に基づいて、各自治体が条例で実際の階級を定めます。一応、基準を別表にて記しておきましょう。

消防官の階級
消防総監
消防司監
消防正監
消防監
消防司令長
消防司令
消防司令補
消防士長
消防副士長
消防士

 ところで別表のごとく階級が定まってはいますが、あらゆる自治体の消防にこの階級の人全部が揃っている訳ではありません。消防は地方自治体の業務、という事で規模が小さい自治体においては当然消防の規模も小さく、上から下まで全部あるという訳にはいきません。例えば、消防官の中でも消防司令長以上の階級は管理職になるんですけれども、ためしにその自治体で消防のトップたる消防長の階級を見てみますと。

  • 消防総監……東京消防庁の長
  • 消防司監……指定都市の消防長
  • 消防正監……消防吏員200人以上乃至人口30万人以上の市町村の消防長
  • 消防監………消防吏員100人以上乃至人口10万人以上の市町村の消防長
  • 消防司令長…その他の市町村の消防長

 と、このようになっています。「その他の市町村の消防長」にランクされている消防司令長は、東京消防庁では署長クラスの階級だそうで…ううむ…(苦笑)。まあ、それだけ東消の規模がでかいという事なのでしょう。ちなみに、我が街福岡の消防長の階級は、政令指定都市ですので「消防司監」になります。又、小規模な消防では消防副士長を置かなくとも良いという規定もあります。

 人と物を揃えたら、次はそれらをきちんと動けるよう組み合わせてやる必要があります。簡単に言うと、消防隊として編成してやらなければなりません。部隊編成の仕方についてももちろん基準が定めてありまして、消防庁告示では

  • 消防隊
    • 消防ポンプ自動車を利用する消防隊…1台に原則5人が乗車し、1隊とする。
    • はしご車を利用する消防隊…1台に原則5人が乗車し、1隊とする。
    • それ以外の車両を利用する消防隊…その車両の機能を十分に発揮できる人数をもって1隊とする。
  • 救助隊…救助工作車、またはそれに準ずる消防車両1台に5人が乗車し、1隊とする。
  • 救急隊
    • 救急車を利用する救急隊…1台に救急隊員3人が乗車し、1隊とする。
    • 救急ヘリコプターを利用する救急隊…1機に救急隊員2人が乗機し、1隊とする。
    • ※救急隊員とは、所定の救急業務講習を経た消防官の事。救急隊は救急隊員のみで構成されるものではないため、救急隊員でない者を、運転・操縦等の要員などとして隊に加える事も許されている。これにより、例えばヘリコプターを利用した救急隊の場合、パイロットなどは救急業務講習を受けた消防官をでなくともよい。ただし、こうした救急隊員でない要員は、応急手当等の救急業務に従事する事はできない。

というようになっております。なお、各隊とも編成に当たっては、隊員中の1人が消防司令補あるいは消防士長でなくてはなりません。この人が隊長を務めます。

 階級制に部隊編成と、なにやら警察か自衛隊みたいな話ですけれども。でも、危急の事態に団体行動でもって整然と対応するところでは、えてしてこういうスタイルを取っているもののようですね。で、こうした基準に基づいて各自治体の消防は部隊編成を行っていくのですけれども、またまた東京消防庁を例に出してみると、

  1. 消防用車両1台で小隊を編成。小隊長は消防司令補。1個小隊の人員は消防庁告示に準ずる。
  2. 消防署本署・出張所ごとに、所属の車両をまとめて中隊を編成。中隊長は最先任の消防司令補。
  3. 各中隊をまとめ、消防署を単位にして大隊を編成。大隊長は消防司令長である署長。
  4. 大隊は各消防署で1部から3部まで3個編成されており、各大隊が2日おきに24時間勤務に就く。

と、いう事だそうです。もっとも、これは私が自前で調べた訳ではなくて、お世話になってる他人様から教えて頂いた事なんですけどね(苦笑)。なお、上でも書いた通り、これは国定の基準に拠って東消が独自に作った部隊編成です。他の消防局では、これと異なる編成を取っているところも当然ながらあります。

 参考までに、我が街福岡の場合、各消防署の警備課(消防・救急救助担当の部署)要員は1部と2部に分けて編成してあり、それぞれ交代で24時間勤務につきます。東消のように3交代ではなく、2交代制である訳です。部隊の基本編成は、「福岡市消防活動基本規程」(平成5年3月29日消防局訓令甲第2号)によりますと

  1. 消防車両1台で小隊を編成。小隊長は消防司令補、副小隊長は消防士長。隊の人員は消防庁告示に準ずる。
  2. 消防署本署・出張所ごとに所属の車両をまとめて中隊を編成する。本署では本署中隊(中隊長は消防署警備課警防係長)・本署救急中隊(中隊長は同救急係長)を、出張所では中隊あるいは救助中隊(中隊長は出張所長)を編成する。
  3. 各中隊をまとめ、消防署を単位にして大隊を編成。大隊長は消防署警備課警備係長。
  4. 大隊の上部組織として、署隊がある。署隊長は消防署警備課長。

というようになっています。東消と似た部分もあり、また異なる部分もあり…。このように、部隊編成というやつは地方ごとになかなか特色豊かなものです。皆さんお住まいの消防ではどうですか?

 さて、いろいろ、基準の話がだらだら続いてしまいましたけれども。ともかく、各自治体は、こうした基準に基づいて消防機関を設置する訳です。人員的にきついから消防隊を4人編成にして配備密度を低めに……などという真似は許されませんし、自己流仕様の性能不充分な車両を勝手に「消防ポンプ自動車」と決める……などという真似はご法度、大きな街が、予算がないから消防本部の代わりにボランティアの消防団でお茶を濁す……などという真似は話になりません。

 いや、細かい話でしたね。続いては実際の出動についてです。

 119番通報が入って消防が出る事を、専門用語で「出場」というそうです。出場は火災・救助・救急の3つを基本とし、これがさらに細かく分かれます。火災なら、普通建物、高層建物、林野などに分かれ、救助なら交通事故、水難事故などに分かれ、まあとにかく細かい。また出場には幾つか段階があって、最も標準的な出場は「第一出場」、以降第二・第三・第四出場と続きます。これは計画出場といい、各段階でどれだけの車両を出すかがあらかじめ決めてあります。第一より第二、第二より第三と、数字が増える程出る部隊数も増えます。第三出場以上は、滅多に指令されることがないそうです。さらに、大型はしご車や化学車といった特殊車両が必要になった場合には、「特命出場」といってまた別な出場形態をとります。

 この計画出場は、それぞれの消防局でもって独自に定めるものなのですが、中身が本当に細かくて、とてもここで紹介しきれるものではありません(^^;//またまた、参考までに、我が街福岡の計画出場の内容を少しだけ紹介しましょう。福消の場合、出場とはいわず出動といいます。出動区分は火災(建物)・火災(建物以外)・救急・特別救急・救助・警戒・応援に分かれ、それぞれさらに細かく区分されます。各区分は第一出動から第四出動まで分かれ(中には、第三出動や第四出動がないものもあります)、おのおの出動する車両数があらかじめ決めてあります。

 例として、以下に、火災計画出動の内容を一部分、ごく簡単に書いておきます。

火災計画出動(建物)
一般・高層
火災計画出動(建物以外)
地下
地下街・地下鉄
林野
原野・山林
車両
一般道路・都市高速道路・西九州自動車道・九州自動車道・鉄道
航空機
小型・大型
船舶
小型・大型
危険物
一般・特別防災区域等・タンクローリー・RI
洞道
洞道・トンネル
離島
建物・林野・その他
その他
火災計画出動(建物)における計画出動基準台数
火災区分第一出動第二出動第三出動第四出動
一般 指揮自動車 1
警調ポンプ自動車 1
ポンプ自動車またはタンク自動車 3
救助工作車 1
(救急自動車 1)
第一出動で出る車両
ポンプ自動車またはタンク自動車 2
救急自動車 1
消防航空機 1
第二出動で出る車両
指揮自動車 1
警調ポンプ自動車 1
ポンプ自動車またはタンク自動車 4
救助工作車 1
第三出動で出る車両
指揮自動車 1
警調ポンプ自動車 1
ポンプ自動車またはタンク自動車 3
高層 指揮自動車 1
警調ポンプ自動車 1
ポンプ自動車またはタンク自動車 3
救助工作車 1
梯子自動車 1
(救急自動車 1)
第一出動で出る車両
ポンプ自動車またはタンク自動車 2
梯子自動車 1
資機材搬送自動車(大規模災害用資材を搬送) 1
救急自動車 1
消防航空機 1
第二出動で出る車両
指揮自動車 1
警調ポンプ自動車 1
ポンプ自動車またはタンク自動車 4
救助工作車 1
梯子自動車 1
第三出動で出る車両
指揮自動車 1
警調ポンプ自動車 1
ポンプ自動車またはタンク自動車 4
救助工作車 2
梯子自動車 3
救急自動車 1

 上の表によると、火災計画出動(建物)で、例えば、高層建物火災第四出動が発令されたとすると、指揮自動車3台、警調ポンプ自動車3台、ポンプ車または水槽付きポンプ車13台、はしご車6台、救助工作車4台、資機材搬送車1台、救急車1台ないし2台、ヘリコプター1機が出動する予定になっている訳です。車両数すべてあわせると31台あるいは32台。大した数です。

 こうした出動に繋がる119番の通報は、まずは各消防局が設置している通信司令室で受信し、そこから消防署へ出場指令が出ます。警察署などと同じく消防署にも受け持ち区域があり、担当する署や出張所の部隊(場合によっては、現場に最も近い署・出張所の部隊が出ます。福消の場合はそうです)が指令を受け出場します。

 消火活動を行う中で現場指揮官が消防力不足と感じたら、第二出場を要請し、あるいは特異火災という事で特命出場を要請します。これで、遠方の出張所や近隣他署から応援がやって来始めます。それでも足りないなら、さらに出場態勢を上げて遠くの消防署から〜といった形で応援を呼び集めていくのが普通だそうです。ちなみにこの時出場する部隊は、各署で当番として待機している部隊になります。応援といっても、非番の職員をかき集めるのは普通のやり方ではないらしい。

 第二出場以上で他署から応援が来た場合、ある程度までは現場地域を管轄する署が引き続き指揮をとりますが、大規模になると局から現場指揮班がやって来て直接指揮をとるそうです。ただし高層ビル火災や化学工場火災など通報内容から特異火災と分かる場合は、最初から第三出場+特命といった指令が下り、局の警防課長あたりが現場に乗りこんで指揮をとります。

 出動の具体例として、またまた我等が福消を引合に出しましょう。まず、福消は、計画出動とは別に「指揮体制」というシステムを取っており、各出動区分に応じて指揮体制が取られます。指揮体制は第一から第四までの4段階に分かれ、その中身は以下のようになっています。

  • 第一指揮体制…所轄署の大隊長(消防署警備課警備係長)
  • 第二指揮体制…所轄署の署隊長(消防署警備課長)
  • 第三指揮体制…所轄署の署長
  • 第四指揮体制…消防局警防部長、あるいは消防局長

 各指揮体制は、一応第一〜第四出動の出動区分に応じた形を取っていますが、しかしあらゆる出動区分で対応している訳ではありません。例えば林野火災(原野)の場合は、第四出動であっても第一指揮体制で済ませますし、航空機火災の場合は、第一出動であっても第三指揮体制が取られます。

 一番ありがちと思われる火災計画出動(建物)一般、の場合。第一出動でポンプ隊3に指揮隊・救助隊・警防調査隊、ときに救急隊を付けて大体6〜7隊が出ます。指揮体制は第一で、所轄署の警備係長が大隊長としてやって来ます。指揮車に乗って来ることもあれば、緊急連絡車という回転灯付きの赤塗りワンボックスカーでやって来ることもあります。

 大きな火事などがあった際、新聞などに「消防車30台が出動し4時間かけて鎮火云々」といった記事が書いてあったりします。消防車30台といえば30隊ですから、人数に直すと100人は軽く超えるでしょうね。第二出場+特命か、第三出場まで行っているでしょうか。署だけでは済まずに、局の課長か部長辺りが出てきて現場指揮本部を開設したりしたのかも。そういう風にいろいろと妄想(自爆)も膨らませてみたりして。

 あと、これはおまけ。上で参考や例として何度か引合に出した福消ですけれども。そこが取っている消防態勢のもう少し細かい話については、別にコーナーを設けてあります。興味のある方は御覧下さい。こちらです。

 こうして出動して、いざ現場での活動! 消火を始めとする災害対策活動をするに当たり、消防は、消防法に基づいて幾つかの強い権限を行使できます。ただし、後述するところですが、以下の権限は唯一水害に際しては適用されません。水害の時には、別に水防法という法律があり、それに基づいて行動することになります。

 まず、出動して災害現場へ急行するに際して、消防車両は緊急自動車として取り扱われます。赤色灯を点しサイレンを鳴らせば、公道上において信号や車線に従わない走行、あるいは最大時速80kmでの走行ができるようになります。この時、一般の車両や歩行者は邪魔にならないよう道を譲らなければなりません。また必要とあらば、公道を外れて、道路でない空き地や私有地、公共の用に供されない水面(消防艇の場合)を通ることもできます。

 また、災害対策基本法により定められた緊急輸送道路を通行する場合、消防車両は、緊急自動車として扱われるのはもちろん、路上に障害物があった場合、必要な措置を取る事ができます。もっともこれは、消防法ではなく災害対策基本法の規定なので、普段の消防活動には関係ありません。細かい話は後に回しましょう。

 さて現場に着いて、消火などなど災害対策活動をする際。消防官は、現場に「火災警戒区域」あるいは「消防警戒区域」を設定できます。警戒区域が設定されると、部外者はそこから退去せねばならず、また立ち入りも禁止・制限されます。まあ、頭に血が昇った被災者(失礼!)や野次馬というのは、正直な話、往々にして消防活動には邪魔な存在ですから、なるほど必要な措置といえましょう。

  • 火災警戒区域…ガス、火薬又は危険物の漏えい、飛散、流出等の事故が発生した場合において、当該事故により火災が発生するおそれが著しく大であり、かつ、火災が発生したならば人命又は財産に著しい被害を与えるおそれがあると認められるときに設定される。設定権者は消防長、消防署長、もしくはその委任を受けた消防吏員。もしこれらの者が現場にいないか、あるいは消防長・消防署長からの要求があった場合は、警察署長がその権限を代行できる。(消防法23条の2)
  • 消防警戒区域…火災の現場に設定される。設定権者は消防吏員または消防団員。消防官等が現場にいないか、もしくはその要求があったときは、警察官が設定を代行することができる。(消防法28条)

 例えば、ガソリンスタンドから油が漏れ出した、などという時には火災警戒区域が設定されます。実際に火を吹いてしまったら、消防警戒区域が設定される訳です。

 また消火や延焼防止、あるいは救助に必要ある場合、消防対象物及びそれがある土地を使用し、処分し、または使用を制限することができます。と書くと何か木で鼻をくくったような表現ですけれども……今少し解説しますと、消防対象物というのは、私有財産であることが大半です。いかに緊急事態とはいえ、私有の土地や建物に消防が勝手に入ったり、私有の品(車とか、家具とか)を消防が勝手にどかしたり、場合によっては壊したりするのは、法律上まずいことになるかもしれません。そういうまずことにならないように、消防法で免責してあるのです。

 さらに。緊急の必要がある場合、消防官は、現場付近にいる者を臨時に消防作業に従事させることができます。

 以上の権限でもって、消防は火災に立ち向かい、また地震等の諸災害に立ち向かいます。ただし、一つだけある例外が先にも触れた水害です。

 不思議といえば不思議なのですが、水害対策だけは他の災害対策と違うようで、水防法という別な法律が制定してあります。水防法で制定してあるのは、水防に責任を持つ水防管理団体、水防団とその活動、などについてです。

 水害の危険がある時、河川の堤防を防護し決壊や越堤による洪水被害を防ぐ活動をしますが、これを水防活動といいます。水防に責任を持つ団体のことを水防管理団体といい、これには市町村、あるいは複数の市町村が共同で設置する水害予防組合が該当します。水害に際しては管理団体が対応する、具体的には域内の消防機関でもって対応するんですが、ここで消防機関が十分に水防活動をなし得ないと判断される場合、管理団体は水防団を設置し、水防に出動させなければなりません。

 水防団は、消防団と同じボランティア防災団体であり、専任・兼任の2種類が存在します。専任水防団は、水防管理団体が設置するいわゆる水防団のことです。今のところ12の道府県下の市町村で組織され、およそ18,000人が所属しています(1998年4月現在)。一方の兼任水防団とは、消防団のことを指します。専任水防団だけを取り上げると、規模が小さく感じられるかもしれませんが、全国に100万近い団員を有する消防団も兼任という形で水防団扱いにすることで、必要な頭数を揃えています。

 水防団の実際の活動ですが、水防団は119番通報で出る訳ではなく、水防管理者の判断で出動します。きちんと判断できるよう、水防管理者には水防に役立つ様々な情報提供がなされるのですけれども、まず基本となるのは、気象庁から出る大雨洪水警報です。またこれが出されると、河川管理者(都道府県知事、あるいは国土交通大臣。水防管理者とは違う。)が河川の状況を監視し、状況如何では水防警報を発令します。水防警報には「水防警報・準備」と「水防警報・出動」の2段階があり、水防団出動の大事な目安となっています。

 集まった情報や警報をもとに水防管理者が必要と感じれば、水防団に出動を命じ、また消防機関を水防出動させます。さらに必要とあらば、所轄の警察署長に警察の出動を要請することもできます。

 水防出動時、水防団・消防機関の車両は緊急自動車の扱いを受けます。公道の優先通行権があり、また現場直行に必要なら道路でないところや公共の用に供されていないところを通ることもできます。

 現場に着いて活動するに当たり、水防管理者・水防団長または消防長は、現場に「水防警戒区域」を設定し、区域内にいる部外者を退去させ、また区域内への部外者立入を制限・禁止することができます。またこの権限は、水防管理者らが現場にいないか、あるいはその要請があれば、警察官が代行することもできます。

 また水防管理者らは現場の活動に必要な場合、「公用負担」の権限を持ちます。すなわち、緊急時において、土地の一時使用、土石木竹その他の資材の使用もしくは収用、車馬その他運搬具もしくは器具の使用、工作物その他障害物の撤去処分、ができます。また彼等の決定があれば、近傍区域内の居住者または現場にあるものを臨時に水防作業に従事させることができます。

 なお、これらの水防作業にも関わらずいよいよ洪水の危険が増した時。その時には、知事ないし知事の命を受けた職員、あるいは水防管理者が、近傍区域内居住者に避難立ち退きを指示できます。ただし、この指示に強制力はありません。

 努力むなしく堤防決壊!となった時。それでも水防の仕事は終りではありません。水防管理者以下はできる限り現場にとどまり、氾濫拡大防止に努めることが求められています。

 …という感じ。避難立ち退き指示と、決壊後の被害局限努力は水防ならではのものですが、それ以外の出動・現場活動関連の権限は、消防が消防法にもとづいて得るのと同じような権限です。まあそれでも、公用負担の中身が消防と水防では結構違っていたりもするんですけど、でも基本的にはよく似ています。

 ここで。誤解を招かないよう触れておきますが、最初に書いたように、水防活動とは要するに堤防を守って洪水を予防、あるいはせめて局限する活動のことです。言うなれば災害時の土木工事みたいなもの。ここには、直接に人命救助活動を行うための規定は盛り込まれていません。あってせいぜい、近傍居住者への避難指示くらい。すなわち、救助活動は水防活動には含まれていないのです。ですから、同じ水害であっても、水防以外の活動を行う場合には消防法などに基づいて活動することになります。例えば、川に流された人を助ける場合など。この場合は、水防活動ではなく救助活動になりますから、消防法などに基づいて活動がなされます。……同じ水害対策であっても、水防とそれ以外では依拠する法律が変わって来ちゃう、この辺りはどうにも分かりづらい構造になっていますね。

 さて話を水防に戻しまして。水防活動が消防活動と違って特徴的なところとは、消防活動は機械化可能な部分についてある程度機械化が進んでいるのに対し、水防活動は依然人海戦術に頼った部分が大きい、ということだそうです。水防作業とは、一言で言えば堤防を守ることであり、具体的には堤防ののり面崩れ・漏水・越水などを局限することです。土のうを積んだり、防水シートをかぶせたり、あるいは耳慣れない名前を持つ独特な水防工法(五徳縫い、表筵張り、木流し、釜段、月の輪…って聞いて分かりますか?)でもって作業したりします。こういった作業は未だ機械化が進んでおらず、特に水防工法に到っては伝統技術にのっとったものとあって、機械化しづらい部分も多いようです。

 先に全国の専任水防団員およそ18,000人と書きましたが、この人数は年々減ってきています。兼任水防団員についても状況は同じで、要するに、水防活動の要たる「頭数」が減ってきつつあるわけです。特に専任水防団の場合、水防工法の技術を持っているのはここですから、人数減による影響は深刻です。

 そんな中にあって、10年ほど前から旧建設省が各地の地建局に水防資材の配備と備蓄を始めてました。先の行政改革で国交省・地方整備局と名前は変わりましたが、資材配備は進んでいるらしい。先に国編の国土交通省項中地方整備局のところでも触れたところのものです。ここの水防関連資材の中身は、堤防の越水防止パネル、土のう製造機などなどで、可能な範囲で機械化が進められつつあります。本格的な機械化はまだ先のようですけれども、これからはより効率的効果的な水防ができるようになる…でしょう。きっと。

 最後は、応援について。自分達だけで対応できない災害に遭遇した時、他所へ応援を求めるのは理の当然といえます。しかるに消防機関は、地方自治体が設置する地方の機関なるにより、属する消防官も地方公務員ということになります。また水防団も、組合が設置したものでなければ、やはり自治体に属するところのものになります。こういう場合、何も規定がなければ、そのままでは他所に応援に行っても消防や水防の特権を発揮することができません。A市の職員が権限行使できるのはA市の中だけ、B市に行ったら、そのまんまではただの人に戻っちゃう。でも、いざという時それでは困る。

 消防や水防の応援は、結論から言ってしまうと、原則として消防については消防庁長官が応援派遣の決定を下した場合、水防については被災地の水防管理者から応援要請があった場合、他は自治体・水防管理者間の協定に基づいて行われます。

 まず消防の場合、応援に関する規定は消防組織法第24条の3にあります。基本は、まず被災地を管轄する都道府県知事が消防庁長官に応援の要請をします。長官は必要性を認めれば、近隣他都道府県の知事に応援要請を取り次ぎます。要請を受けた知事は、同じく必要性を認めれば、域内の市町村に要請の内容を伝えて出動を求め、かくして出動に到る訳です。もっとも、(被災地→)管轄都道府県知事→消防庁長官→近隣他都道府県知事→域内市町村、と流れるこのスタイルはいかにもお役所的で、迅速性に欠けます。よって、緊急時にはもっと素早く応援が出せるようになっています。

 緊急時、消防庁長官は、被災地の知事からの応援要請がなくとも、自分の判断で、他の都道府県知事に応援の派遣を要請することができます。要請を受けた知事は、必要性を認めれば域内の市町村に応援出動を求めます。これだと、被災地からの要請を待ってぐずぐずすることなく積極派遣ができるのでいいですね。なお、応援派遣をしたことについて、消防庁長官は、速やかに被災地を管轄する知事に対して通知します。

 さらに緊急時になると、消防庁長官は、知事に応援要請をする一方、市町村に直接応援出動の措置を要請することができます。形式たる応援要請は消防庁長官から知事、さらに市町村と降りて来ますが、実質たる出動要請は消防庁から市町村へ直接降りて来ます。矢印で表すと消防庁長官→市町村、となり、間に何も挟まりません。これなら、応援を出す市町村側はいち早く出動準備に取りかかる事ができまして、かなり素早く動けてなかなか結構です。ただし、よほどの事がない限りこの手法は用いられません。

 ところで。上記の応援の話は、いずれも応援 "要請" を行うためのものです。これはあくまでお願いレベルでしかなく、実際に部隊を出すか出さないかは、部隊を持っている市町村の判断次第。何かしら理由を付けて出さないor出せない、という事もあり得ます。しかるに、そうい場合であっても義務的に部隊を出させる事ができるのが、消防庁長官の出動措置指示権です。平成15年6月の消防組織法改正で設けられました。

 出動措置指示がなされるのは、「(前略)著しい地震災害その他の大規模な災害で二以上の都道府県に及ぶもの又は毒性物質の発散その他政令で定める原因により生ずる特殊な災害」があった場合です。究極の危機的災害。この場合、消防庁長官は、知事に対し、緊急援助隊出動のための必要な指示を行う事ができます。出動措置指示を受けた知事は、同じく市町村に対して指示を行います。

 このように、消防の場合、被災地からの要請に基づいて、あるいは要請がなくとも、消防庁長官が応援の要不要を判断します。逆に言うと、消防庁長官が首を縦に振らなければ、応援は出ません。仮に近隣の市町村が独自に応援を出したとしても、そのままでは消防として何もできないわけです。

 とは言え近場の応援にまでいちいち消防庁長官へ伺いを立てるのは時間の無駄だ、という事で、地方自治体間で独自に応援協定を結ぶところも多くあります。協定を結んだ自治体間ならば、一方からの要請がありさえすれば、他方の消防隊は消防としての体を保って活動することができます。近場の応援なら確かにこちらの方が手間かからずに済みますし、実際問題応援というのも、協定に基づく近場の応援で片がつくことがほとんど。これでは手に余る大災害の時にだけ、消防庁に頼ることになります。

 応援といっても協定に基づく近隣からの応援で片がつくことがほとんど、というところから、消防庁長官が号令をかけての応援というのは、現実にはわずかしか実行されたことはなかったようです。必要性が薄いということで、全国規模の出動演習も、最近まで実施されたことはなかったようです。必要なければ実行されないのは当然といえば当然なのですが、しかし逆にいざ必要となったとき、普段の備えのなさから足元すくわれることにもなりかねません。平成7年の阪神大震災は、まさにそういう時でした。

 震災時に消防の活動がどうであったかを、ここで細かく云々することは避けます。簡単に言うと、ぶっつけ本番であったにも関わらず、消防は長官の要請を受けての大規模な応援派遣をかなりスムーズにやってのけたようです。ただし、現場における指揮・命令・通信・連絡については、きちんと系統だてるのにかなり難儀したらしい。

 大規模な応援に際しては、単に現場に部隊をかき集めるだけでなく、それを指揮する組織をも同じく現場に持ち込まねばなりません。ということで、全国規模での消防応援に対応するための新組織として設立されたのが、緊急消防援助隊です。当初は、消防庁による行政上の措置として設立されたに過ぎない組織でしたが、先にも触れた平成15年6月の消防組織法改正により、法律上正式に位置付けられた存在となりました。現在では、消防庁長官の要請に基づく消防応援がなされる場合、規模の大小問わず原則としてこの緊急消防援助隊が派遣される事になっています。

 緊急消防援助隊は、常設の独立部隊ではなく、全国の消防機関がそれぞれ手持ちの部隊を登録し、差し出す事で編成されます。つまりは、訓練時や有事の際にのみ編成される非常設の部隊です。まず、全国の消防機関は、緊急消防援助隊として派遣可能な部隊を消防庁に登録します。登録する部隊の種類や現在どの程度登録がなされているかは、別表に掲げておきました。この緊急消防援助隊の編成・関係施設の整備については基本計画があり、これは総務大臣が財務大臣と協議して定めます。

 なお、基本計画に財務大臣が関与するところからも分かる通り、緊援隊の運営には国から財政援助がなされます。消防組織法に明記される前は、緊援隊には国の財政援助がなく、市町村と消防庁が手弁当でやりくりしなければなりませんでした。法改正でそれが改まった訳で、防災上はとてもよい措置です。

登録部隊の種類と登録数 (2004年4月現在)
指揮支援部隊 28隊 ヘリ等により迅速に現地に展開し、被災状況の把握、消防庁との連絡調整、現地消防機関の指揮支援を行う。
都道府県隊指揮隊 103隊 指揮支援部隊の下で、各都道府県隊の部隊指揮を行う。
救助部隊 277隊 高度救助用機材を備え、要救助者の探索、救助活動を行う。
救急部隊 610隊 高度救命用資機材を備え、救急活動を行う。
消火部隊 1,107隊 大規模火災発生時の延焼防止等、消火活動を行う。
後方支援部隊 205隊 各隊の活動を支援するために、給水・給食・休養宿泊施設等を備えた車両により必要な輸送・補給・支援活動を行う。
航空部隊 66隊 消防・防災ヘリコプターを運用し消防活動を行う。
水上部隊 19隊 消防艇を運用し消防活動を行う。
特殊災害部隊 221隊 部隊内でさらに、毒劇物等対応隊・大規模危険物火災等対応隊・密閉空間火災等対応隊に分かれる。石油・化学火災、毒劇物・放射性物質災害、その他特殊な災害に対応するための活動を行う。
特殊装備部隊 283隊 部隊内でさらに、水難救助隊・遠距離大量送水隊・消防活動二輪隊・震災対応特殊車両隊・その他の特殊装備隊に分かれる。他隊にはない特別な装備を用い、消防活動を行う。
合計 2,919隊 重複を除いた実際の隊数は2,821隊、総人員およそ31,000名。

 いざ災害が発生し応援が必要となれば、消防庁からの指示に従い、これらの登録部隊で隊編成が行われます。まず、発災した都道府県別に「第一次出動都道府県隊」が定められており、これらの隊は発災後速やかに出動準備を整え、消防庁の指示があり次第参集・応援出動します。また第一次出動隊の他に、「出動準備都道府県隊」というものも定めてあり、こちらも発災後応援出動の準備に取り掛かる事とされています。

 具体的な援助隊編成ですが、まず派遣されるそれぞれの隊が小隊となり、消防本部単位でまとまって部隊(中隊)を編成、部隊(中隊)は都道府県ごとにまとまって都道府県隊(大隊)を編成します。都道府県隊(大隊)の指揮は、代表指定を受けた消防機関が担当します。そしてこの都道府県隊(大隊)がまとまって緊急消防援助隊となり、出動した援助隊は被災地の消防長の指揮下で活動します。

 なお、大部隊である援助隊への指揮命令が円滑になされるよう、別に指揮支援部隊が編成されており、被災地の消防長の指揮活動を補佐します。指揮支援部隊は地域によって担当する消防本部が違っており、具体的には全国を8つの地域に分けそれぞれ担当の消防機関を指定、指定を受けた消防機関は指揮支援隊を編成し、隊が合同して指揮支援部隊を編成します。部隊長は、やはりその旨指定を受けた消防機関が務めます。地域によって指揮支援担当の消防機関は違いますから、同じ災害でも発生地域が違えば指揮支援部隊の内容は異なる訳です。さらに、災害の影響で当該地域の指揮支援部隊長が活動不能に陥ってしまった場合は、これまたあらかじめ指定を受けた部隊長代行が臨時に指揮支援部隊長として活動します。

災害発生地域指揮支援隊担当部隊長担当部隊長代行指定
北海道
(北海道内)
札幌市消防局・仙台市消防局・東京消防庁・横浜市消防局・千葉市消防局 札幌市消防局 仙台市消防局
東北
(青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島・新潟)
仙台市消防局・札幌市消防局・東京消防庁・横浜市消防局・川崎市消防局 仙台市消防局 札幌市消防局
関東
(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、山梨、長野、静岡)
東京消防庁・横浜市消防局・川崎市消防局・千葉市消防局・さいたま市消防局・名古屋市消防局・大阪市消防局 東京消防庁 名古屋市消防局
東海
(岐阜、愛知、三重)
名古屋市消防局・京都市消防局・大阪市消防局・神戸市消防局・東京消防庁 名古屋市消防局 東京消防庁
東近畿
(富山、石川、福井、滋賀、京都、奈良、和歌山)
京都市消防局・大阪市消防局・神戸市消防局・名古屋市消防局・東京消防庁 京都市消防局 大阪市消防局
近畿
(大阪、兵庫)
大阪市消防局・神戸市消防局・京都市消防局・名古屋市消防局・東京消防庁 大阪市消防局 京都市消防局
中国・四国
(鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知)
広島市消防局・北九州市消防局・福岡市消防局・大阪市消防局・神戸市消防局、東京消防庁 広島市消防局 福岡市消防局
九州
(福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄)
福岡市消防局・北九州市消防局・広島市消防局・大阪市消防局・神戸市消防局、東京消防庁 福岡市消防局 広島市消防局

 少し分かり難いでしょうからちょっと具体例でもって説明してみましょう。

 例えばの話、熊本県玖珠市で災害が発生したとします。当地の消防の活動に加え、近隣の消防が応援協定に基づき被災地での活動を行いました。災害の大きさに鑑み、消防庁長官は直ちに緊急消防援助隊派遣の必要を認め、第一次出動都道府県隊、さらには出動準備都道府県隊の派遣も決定しました。これに基づき、部隊が出動する九州・中国四国・近畿・東近畿・東海・関東まで計6地域の各都府県知事に対し応援を要請、かつ緊急な応援が必要なため、長官は緊援隊を構成する各消防機関がある市町村へ、直接、出動要請を行いました。要請を受けて各消防機関は直ちに派遣準備に入り、それぞれ府県ごとに大隊を編成し応援に従事します。現地入りした応援部隊は大隊単位でまとまり、九州地区の指揮支援部隊を通して指揮を受け、災害対応活動を行いました。……という例。

 さてこれを図次すると

  • 熊本が被災地となった場合の第一次出動隊および出動準備隊
    • 第一次出動隊; 福岡・大分・鹿児島・宮崎隊
    • 出動準備隊; 愛知・滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山・鳥取・島根・岡山・広島・山口・徳島・香川・愛媛・高知・佐賀・長崎隊
  • 応援要請と緊援隊出動の流れ
    1. 消防庁長官─→九州以下4地域の各府県知事─→市町村 (正式な応援要請)
    2. 消防庁長官─→市町村 (緊急時の出動措置要請)
  • 被災地での指揮系統
    • 被災地自治体(熊本県玖珠市)
      →消防長
      →当地の消防部隊
      →協定に基づく近隣からの応援部隊
      →緊急消防援助隊(指揮支援部隊長。この場合九州地域なので福岡市消防局が担当)
      →各府県隊長(大隊長。代表指定を受けた消防機関が担当)→出動部隊(中隊・小隊)
  • というような感じ。応援要請のところで、今回は消防庁長官自らが派遣決定し、かつ直接出動要請したことにしていますが、原則通りにするなら、熊本県知事→消防庁長官→各地域の府県知事→地域内の市町村、という要請の流れになります。

     また現地の状況も、簡単ながら図示した通り。応援部隊が増えれば指揮命令のラインも複雑になり、通信や連絡が難しくなります。指揮支援隊と、各都道府県隊指揮担当の役目は、救助隊や消防隊に負けず劣らず重要です。

     なお、上記のような消防の応援出動に関してもう一つ。災害対策基本法では、災害時に地方公安委員会が指定する緊急輸送道路というものを定めていますが、ここを通行する場合、消防吏員は、通行の障害となる物を処分する権限を持ちます。本来この権限は警察官が持っているものなのですが、警察官が現場にいない場合、消防吏員は、その障害物をどかすよう所有者に命じ、場合によっては自分で除去する事ができます。除去する際には、必要な範囲でその障害物を破損する事ができます。

     これまた平成7年の阪神大震災の教訓ですが、うまい事組織をまとめて応援を送り出したとしても、現地に着くまでの道路が混雑していたり、さらには障害物があったりして先に進めない!という例が多々ありました。先に消防の現場活動のところで、消防吏員は「消防対象物及びそれがある土地」を「使用し、処分し、または使用を制限することができる」と書きました。この規定により、現場で障害物をどかす分には支障ないのですが、しかし現場に向かう途中の道に障害物があると、どうしようもありません。

     普段の建物火災程度なら、道が塞がってるなんてそうそうありません(まあ、違法駐車車両があるとなると話は別ですが…)、がしかし街全体が壊滅してしまうような大災害となると、壊れた道路やら無人の車やら、道は障害物だらけになります。とは言えこれらは私有の品なので、みだりに動かしたり壊したりという事はできません。そこで、緊急輸送道路を通行中で、なおかつ警察官がいない場合に限り、自分で道を切り開いてよしとする権限が災対法に盛り込まれました。

     現在、天下の東消を初めとし名消や神消、阪消などが、レッカー車やクレーン車を保有しています。特に東消の場合、「消防救助機動部隊」と称しブルドーザーやバックホウといった建設機械まで持つ大規模な部隊を編成しています。これらはいずれも、路上の障害物を自前で撤去できるように整備された車両です。将来、どこかで大災害が発生し道路が障害物で塞がれてしまっても、応援の緊援隊はこれらの重機を先頭に押し立て、邪魔物をがんがんどかしながら被災地へ向かう事ができるのです。

     さて、以上は消防の話でした。もう一方の水防については、話は幾分簡単になります。水防で応援に関する権限を行使するのは水防管理者です。水防管理者は、必要なとき、他の水防管理者または消防長に応援を要請することができます。この要請があれば、他地方の水防・消防部隊は各権限を保持したままで現地入りすることができるのです。

     消防とは違い、水防関係の応援要請をするのに消防庁長官を通す必要はありません。現地水防管理者の要請か、あるいは自前に締結した応援協定があれば、即応援派遣できます。

     なお、水防部隊には、消防部隊が持っている緊急輸送道路上の障害物排除の権限はありません。水防の応援でもあっても、消防機関の部隊が水防出動した場合は大丈夫ですが、水防団が出た場合、緊急輸送道路上に障害物があったとしても、自前でどかす事はできません。警察官等に頼んで何とかしてもらう事になります。

     ……もっとも、水防法に基づき純粋に水防活動をするため「だけ」に水防団「だけ」を応援してもらう、というのは、今ではちょっと考えられないような気もするのですけどね(苦笑)。応援を要請するほどの大災害となると、当然もしもの時に備えて救助や救急関連の応援もなされるでしょう。こうなると、もはや水防に限った話ではなくなるので、消防上の応援協定にのっとるか、あるいは消防庁長官に伺い立てて応援してもらうことになります。という事で、今ではいささか意義の薄くなった感がないでもない規定なのですけど、とりあえずこういうのもありますということで。

    2-4. 警察

     警察は自治体が設置している訳ではないですが、都道府県警察については地方機関なので、ここで取り扱うことにします。

     国編の警察庁のところで既に触れたように、警察は、警察法第2条に基づき「個人の生命、身体および財産の保護」のための活動として災害対策も行っています。内閣府外局警察庁をコーディネート役として、現場の警察は警察官個人レベルから組織・部隊レベル、その上の公安委レベルに至るまで、様々なレベルで災害対策活動を行っています。

     さて。その警察の行う災害対策活動ですが、大きく分けて2つに分けられます。

     1つは、水難や山岳遭難といった単発の事故災害に対処する活動です。普段、川で人が溺れたといっては機動隊のレスキューがやって来る、山で遭難があったといっては山岳警備隊が出動する、そういった活動がこの事故災害対処の活動です。普段から行われる地域密着の活動という事で、これを担当しているのは警察の中でも地域警察の部門になります。

     一方、震災に代表されるような大災害になると、警察側も大部隊を繰り出して大々的に対処活動を行わなくてはなりません。こうした大規模な災害への対処活動は、地域警察ではなく警備警察の担当で、災害警備と呼ばれます。警備警察部門は機動隊を抱えていますから、大部隊を繰り出しての現場活動にはまさに適役。

     以下本項では、こちらの災害警備を中心にして述べていきたいと思います。

     まず、警察が災害対処活動を行う、その権限について。警察が警察法にもとづき災害対策をも責としているのは先にも触れましたが、そうは言っても権限がなくてはどうしようもありません。その肝心の権限とは、いかなるものなのか。

     警察を構成する警察官、その警察官の権限について定めてある法律が警察官等職務執行法ですけれども。この法律の中に、警察官各人が災害対策関連活動を行うための基本となる規定も含まれています。すなわち、警察官には、天災や事故など危険に際し避難その他の措置をなす権限、及び危険の予防や被害者救助のため土地・建物に立ち入る権限があります。

    「警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害w及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危険を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。」

    警察官等職務執行法 第4条

    「警察官は、前二条(註.第4条・第5条)に規定する危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫した場合において、その危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、又は被害者を救助するため、已むを得ないと認めるときは、合理的に必要と判断される限度において他人の土地、建物又は船車の中に立ち入ることができる。」

    警察官等職務執行法 第6条

     加えて、これは後述するところですが、災害対策基本法に基づく緊急輸送道路が指定された際、警察官は、この緊急輸送路上の障害物を移動させたり、やむをえない場合は破壊する権限を持っています。

     以上をまとめて分かりやすく言い変えれば、危なさそうな場所に人がいる時、警察官はそこへ入り「危ないですから避難してください」と言って連れ出してもいい。連れ出すに当たっては必要な措置を取っていい。例えば、どかしようのない邪魔物があればやむを得ず壊すとかしていい。また緊急用道路に障害物があれば、どかしていい、どかせられなければ壊してもいい。ということです。

     そんな当たり前のこといちいち……と言ってはいけない。災害時であっても、他人の物は他人の物ですし、他人の土地は他人の土地なのです。私有地に壊れた家があって、そこの中に人が閉じ込められているとしても、壊れた家は誰かさんの持ち物ですし、その土地は私有地であれば、やはり誰かさんの持ち物です。救助目的であっても、土地に勝手に入れば不法侵入になるおそれがあります。壊れた家であっても、中に人が閉じ込められているとしても、屋根や壁に穴をあけたら器物損壊に問われるおそれがあります。道路上に車が放置されていて、しかもそれが壊れた車だったとしても、誰か所有者がいる訳で、勝手に移動させたり処分したりなんてできません。いかな緊急時とはいえ他人の土地や家に警察官が入ったり、あるいは路上の誰かさんの持ち物をよそに持ってったり、あまつさえ壊したりしては、財産権や自由権を侵害する疑いなしとしません。ということなので、あらかじめこうしてきっちり規定してあるのでした。

     この他に警察官は、災害対策基本法・消防法・水防法に基づき市町村の吏員や消防官、水防管理者が行使する権限を代行することもできます。具体的には、災対法に基づく避難勧告・避難指示の執行、物的・人的公用負担、災害警戒区域の設定、消防法に基づく消防警戒区域・水防法に基づく水防警戒区域の設定権限を代行します。これらの権限は、災対法については市町村の吏員、消防法については消防官、水防法については水防管理者や水防団長が行使するのが基本ですが、彼等からの要請があるか、あるいは彼等が現場にいない時に、代行を実施します。

     警察官にではなく警察署長に与えられた権限もあります。まず、水防法に基づき水防管理者から応援要請があった場合、署長は警察官を派遣することができます。また消防法に基づき消防長・消防署長が行う火災警戒区域の設定と、災対法に基づいて市町村長が実施するところである、災害拡大防止のための物件・設備の保安・除去命令も、要請があれば署長が代行できます。

     さて。以上ごくごく簡単にでありますが、警察官・警察署長に与えられた各種の災害対策のための権限を見てみました。警職法の規定や災対法の一部の規定はともかく、後の大半は、避難措置やら他機関の権限代行といったもので、どちらかというと「事前の措置」または「他部署の活動の後方支援」といった感触の強いものです。

     なるほど、警察も確かに災害対策活動を行えるし、また(後で触れますが)機動隊を中心にあれこれ特殊な部隊を抱えて救助活動を展開することもできます。が、警察の任務はあくまで治安と秩序の維持、犯罪の防止と検挙であって、防災は二次的なものです。それに、防災・災害対策といえば消防がいます。してみると、メインは自治体と消防に任せて、警察は予防措置やら支援措置やら代行やらを行うというのも、ある意味筋の通ったやり方。

     とはいえ、警察が災害現場で救助活動をやってはいけない、なんて事はありません。むしろ、出来る範囲で大いにやってしかるべきであり、実際警察も大いにやっています。が、これについての細かい話は後回しです。まず先に、組織としての警察が行う災害対策の方を語りましょう。

     本来、警察は各地方の公安委員会によって監督されている組織であり、自治体行政組織とは直接の関係はありません。通常なら外部からの指示を受けることはなく、ああしてくれこうしてくれと頼まれても、原則としては、するかしないかの判断は警察次第。

     しかるに大災害時、都道府県が災対法による災害対策本部を設置した場合は、この原則の例外となります。この時、警察本部長は災対本部長から必要な範囲で指示を受けることになります。地方の災対本部長、具体的には都道府県の知事になりますが、知事から「ここに被災者いるからレスキュー隊出してくれ」「あそこにレッカー車出してくれ」などと直接指示を受けるようになるのです。これは命令ではありませんが、しかし警察側には可能な範囲で災対本部長の指示に従う義務があります。ここまで来ると、警察の防災機関としての側面がはっきり表に出てきます。

     また、このような大災害時にあっては、地方公安委員会も重要な役割を負います。公安委は警察を監督する機関なので、別段実働部門などは持ちません。よって表立って救助活動などに従事することはありませんが、重要な権限を2つ持っています。1つは警察の応援派遣要請権で、これについては後述します。もう1つは、災対法に基づき、必要に応じて緊急輸送用の道路を指定する権限です。この緊急輸送用道路を通行できるのは、パトや消防車といった緊急自動車、及び緊急輸送活動に従事している車両で通行許可を受けた車両のみ、です。この他の車両は、いかな理由があろうと通行することはできません。またこの道路上に障害物があり交通が阻害される場合、警察官はこれを排除でき、排除不能であれば壊す事ができます。

     公安委員会による緊急輸送道路指定は以前からあった規定ですが、警察官が持つ輸送道路上の障害物排除規定は、平成7年の阪神大震災後に設けられました。それまでは輸送道路に余計な車両が入って来られないようにすれば充分と考えられており、よもや道路が障害物で塞がってしまうとは想定されていなかったのです。少なくとも、主要道路が軒並障害だらけになるとは考えられていませんでした。1本2本ダメになったところで、残る道路を輸送路にすればなんとかなる。そういう考えでした。そんな時に起こったのが、阪神大震災です。

     橋脚が折れて下の幹線道路を埋めるように崩れた阪神高速道路の写真は有名ですが、あんなでかいものだけでなく、折れた電柱やら、放置された車やら、半分崩れた建物やら、とにかくいろいろと。放置された物や壊れた物であっても、とりあえずは私有財産なので、そのままでは持ち主以外の他人が勝手に処分することはできません。持ち主がその場にいてどかしてくれれば世話はないのですが、そう都合良く行かないのが世の中というものです。高速道路は使えず、主要な幹線国道も渋滞と障害物で充分に機能しない。そうした事を教訓に定められたのが、警察官による緊急輸送道路上の障害物排除権です。財産権に干渉する行為になりますので、強制力行使になじむ機関である警察にお役が回って来ました。

     このように、警察は各レベルで災害対策活動を実施しています。もっとも、改めて言いますと、基本は住民の避難措置であったり、あるいは救助活動を支援する様々な権限の代行であったり、または強制力入った交通整理であったり、結構裏方じみたところがあって地味なのですけど……。でもそんな警察も、時には被災現場の最前線で雄々しく(?)救助活動を展開することだってある。

     現在、各都道府県警警備部が保有している機動隊内部には必ずといっていいほど救助部隊が編成してあり、消防のレスキュー隊と同様の活動ができるように装備・訓錬されています。少し大き目の事故や災害などが起こると、しばしば出張るようになりました。「今明かされる! 警察の、一部」でも少し触れたところですが、災害救助というのは今では機動隊の第一の任務となった感すらあります。

     機動隊内に編成されている救助従事部隊の規模や数は、各警察で色々と異なるのですけれども、おおむね次のような部隊が編成されています。

    レスキュー隊
     …その名の通り。消防の救助隊同様、専用器材を活用し救助活動を行い部隊です。消防の救助工作車のような、器材を積んだレスキュー車を持っているところも多いようです。
    レンジャー隊
     …主に山岳部、ないし高所での活動を想定しロープ技術はじめ専門の技能と行動能力を持っている部隊です。山間部で災害が発生した時や、あとヘリから降下して救助活動を行う時は、レンジャーの出番になるようです。
    アクアラング隊
     …潜水部隊です。出るのはやはり水難救助の際です。レスキュー隊が兼ねているところも多い。(と言うか、ほとんどですか?)

     この他、機動隊の部隊ではないですが、地域部や生活安全部の航空隊、つまり警察ヘリも防災活動に参加します。上空から被害状況を確認する他、人員吊り上げ用のホイストを装備し、山や海、河川、高所の遭難者を吊り上げ救助します。

     また、各都道府県警は衛星通信アンテナを車積した衛星通信車や地上通信網と接続可能な多重無線車を保有し、これを運用する機動通信隊という部隊を持っています。災害時通信回線に障害が発生した場合や、被災地に十分な通信手段がない場合などには、機動通信隊が出動し通信連絡を確保します。

     以上は、個別の警察本部単位での話でした。これに加え、最近では全国的な災害対策運用を行うための部隊として、広域緊急援助隊が存在しています。平成7年の阪神淡路大震災を教訓として、大規模災害時に迅速な応援を可能とするべく設けられました。

     まず、各都道府県警察単位で広域緊急援助隊を編成します。この部隊は、平時は書類上のみの存在で、隊員はいません。隊員として指定されている警察官は、平常は各自それぞれの職務を行っており、訓錬や出動の時のみ参集する仕組みになっています。活動規模が大きな時は、管区ごとに援助隊をまとめ、管区広域緊急援助隊として運用が図られます。また、当部隊の管理と運用には各管区警察局の広域調整部広域調整第二課が関与しています。管機と同じ仕組み、と言えば、分かる人には分かるでしょう。(笑)

     援助隊員に指定されている警察官は、現在(平成15年11月時点)全国合わせて約4,200名、内訳は、レスキュー隊員を中心とする機動隊員、交通機動隊員・高速道路交通警察隊員、一部では管区機動隊の要員も含まれています。救助技能に優れている訳でもない交機や高速隊の隊員が混じっているのは、災害現場の交通規制実施に資するためです。かの大震災時、凄まじい渋滞で現地の対策活動や応援が混乱したことを思えば、まこと納得行く措置。

     広域緊急援助隊は警備部隊と交通部隊から成り、それがさらに機能別に4部門に分かれています。

    先行情報班…
    本隊に先行し被災地で情報収集を行います。ヘリコプターや機動性のあるオフロードバイクなどを利用して活動し、主に被害情報・交通情報などを集めます。
    救出救助班…
    実際に救出・救助活動を行う部隊です。中心となるのは、やはり機動隊のレスキュー員になります。
    交通対策班…
    部隊の速やかな現場到着のため、被災地での交通路の確保・援助隊車両の先導などを行います。交機隊・高速隊員の働きどころ。
    活動支援班…
    援助隊の現場活動を支援するために必要な車両、装備資器材を輸送、供給します。活動支援ということで、レスキュー用の救助車や資材運搬車を転がすだけでなく、宿泊施設が確保できない場合の野営周りの作業なども行います。

     どの部門が警備/交通部隊担当なのか、具体的な編成内容はどうなのか、はっきりした事は分からないのですけれども。警備部隊につきましては、救出救助の中核を担うという事で、全国規模で部隊を組めるようにしてあります。その警備部隊の全国編成は、おおまか以下の通り。

    管轄所属人数・編成
    東北管区警察局 青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島県警 190名・1個大隊
    (大隊長担当…宮城県警)
    関東管区警察局 茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川・新潟・山梨・長野・静岡県警 575名・3個大隊
    (大隊長担当…埼玉県警・神奈川県警・静岡県警)
    中部管区警察局 富山・石川・福井・岐阜・愛知・三重県警 278名・2個大隊
    (大隊長担当…岐阜県警・愛知県警)
    近畿管区警察局 滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山県警 503名・3個大隊
    (大隊長担当…京都府警・大阪府警・兵庫県警)
    中国管区警察局 鳥取・島根・岡山・広島・山口県警 166名・1個大隊
    (大隊長担当…広島県警)
    四国管区警察局 徳島・香川・愛媛・高知県警 105名・1個大隊
    (大隊長担当…香川県警)
    九州管区警察局 福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄県警 328名・2個大隊
    (大隊長担当…福岡県警・長崎県警)
    北海道警
    (管区なし)
    127名・1個大隊
    警視庁
    (管区なし)
    291名・2個大隊
    合計 2,563名・16個大隊編成

     警備部隊が2,563名ですから、残る1,600名強が交通部隊の要員、という事です。残念ながら、交通部隊の全国編成については不明です。なお、広域緊急援助隊の場合、管区機動隊とは違って、「連隊」はありません。1個大隊のところは大隊長が管区広緊隊長、複数の大隊があるところは筆頭の府県警察が隊長を出します。

     この広緊隊が出動する時は、上でちょこっとだけ触れた機動通信隊が随伴することもあります。役割はもちろん、指揮命令・情勢報告に必要な通信の確保です。各都道府県警の隊が出る他、管区広緊隊が編成された場合には管区警察局通信部機動通信課から通信隊が出る事もあります。

     また出動に当たり、災対法に基づき地方公安委員会が指定した緊急輸送道路を通って行けば、スムーズな現場進出が望めるでしょう。先にも触れた通り、警察官には、緊急輸送道路上の障害物を排除・破壊する権限があります。本来なら、障害物とはいえ私物なので、財産権の尊重という観点から勝手に排除・破壊などできません。緊急輸送道路だからこそ可能な行為です。ここで、各警察の機動隊には重装備のレッカー車がありますから、広緊隊は同車を先頭にがんがん障害排除してつき進めるのです。

     ところで。各都道府県警察の警察官は、地方公務員です。なので、そのまんまでは他自治体へ行っても警察官としての活動ができません。警察官として、避難措置も、権限代行も、捜索・救難も、できなくなってしまう訳です。警察官として正式に応援するためには、警察法に基づき、行く先の公安委員会から応援の要請が出される必要があります(第60条)。この点広域緊急援助隊も例外ではなく、全国規模で部隊をかり集めて派遣し救助活動をさせるためには、被災地の公安委員会がきちんと応援要請を出す必要があります。

     公安委員会からの応援要請は、応援を求める相手の地方公安委員会に対して個別的に出されます。従ってこれに対する応援派遣も、各公安委員会の判断で個別的に行われます。上記緊急援助隊の編制と派遣は、この個別の応援派遣を警察庁が調整しとりまとめることで実現している訳です。なお、応援派遣された援助隊は、被災地では現地の警察の指揮下に入って行動します。

     この辺、先に消防のところで用いた熊本の例をでもって説明してみましょう。まず、熊本県玖珠市で災害が発生した、と仮定しまして。当地熊本県警は、現有の勢力でもって災害対策活動を行い、同時に九州管区警察局を通して警察庁に事態を報告しました。また熊本地方公安委員会は、災害の大規模であることに鑑み、九州・四国・中国・近畿地方各府県の公安委員会に対し、警察官の応援を要請しました。各公安委員会はいずれも応援の必要性を認め、直ちに管理下の警察に対し警察官の応援派遣を指示しました。この警察官派遣に際し警察庁は、被災地での活動をより効率的に実施するため各警察が共同で対処することを指示し、各管区ごとに管区広域緊急援助隊を編制し活動に当たらせる事にしました。……という例。

     さてこれを図示すると

    • 応援要請と広域緊急援助隊編制の流れ
      1. 熊本地方公安委員会─→九州以下4地域の各地方公安委員会(警察官応援派遣の要請) (各地方公安委員会は応援の必要性を認可、警察に応援指示)
      2. 警察庁─→4地域の管区警察局─→各府県警察(広緊隊編制の指示)
    • 被災地での指揮系統
      • 被災地の警察(熊本県警察本部)
        →当地の警察
        →九州管区広域緊急援助隊(隊長)→各大隊以下
        →四国管区広域緊急援助隊(隊長)→大隊以下
        →中国管区広域緊急援助隊(隊長)→大隊以下
        →近畿管区広域緊急援助隊(隊長)→各大隊以下

     ざっとこういった感じになります。

     さてここで。上でも書いた通り、警察の応援には現地の公安委員会からの要請が必要、という事は、つまりひっくり返せば応援要請がなければどんなに大きな災害が起こっていようともそのままでは応援派遣することはできない、という事です。またまた仮の話、滅多にない事とは思いますが、未曽有の災害で公安委員会が機能しなくなった等の理由で、被災地からの応援要請が出ない時、一体どうすればいいのか。

     これについては、現段階での答えは「どうにもなりません」です。応援要請が出せるのは公安委員会のみ、その応援要請がなければ他都道府県の警察が警察としてその自治体内で活動することはできません。内閣府外局の警察庁は、あくまで各都道府県警察への一般指示と連絡をする機関であり、指揮命令をすることはできません。警察庁のお触れ1つで警察部隊をあちこち配置換えして活動させる、なんてことはできないのです。

     唯一手があるとすれば、被災地域に警察法に基づく緊急事態を布告し(第71条)、内閣総理大臣および警察庁長官の権限で警察部隊を派遣することです。さもなくば、地方公安委員会が再機能するようになるまで現地の警察が独力でがんばるしかない、ということになります。…まあ、まずあり得ないことではありましょうけどね。かの阪神大震災の時にも、現地兵庫の公安委員会はなんとか機能していましたし。

     
     
    主要参照文献;
    『現代地方行政講座6 警察消防行政他』 著;今村均 刊;ぎょうせい 1979
    『平和・安全保障と法 ─防衛・安保・国連協力関係法概説─』 編;防衛法学会 刊;内外出版株式会社 1997
    『建設省五十年史』 編;建設省五十年史編集委員会 刊;社団法人建設広報協議会 1998
    『九州地方建設局50年史』 編・刊;九州地方建設局 1998
    『防災 なぜなに読本』 編;防災広報研究会 刊;山海堂 1999
    『大震災と法』 編;京都大学ビジネスサイエンス研究所 刊;同文館出版株式会社 2000
    『国土庁史』 編・刊;国土庁 2000
    『消防白書』 編;消防庁 発行;独立行政法人国立印刷局
    『防災白書』 編;内閣府 発行;独立行政法人国立印刷局
    『防災基本計画』 編;中央防災会議・内閣府 発行;独立行政法人国立印刷局
    『季刊防災』 編集・発行;社団法人全国防災協会
    『海と安全』 編;日本海難防止協会
    『J-レスキュー』 編集・発行;イカロス出版
    『消防の動き』 編集・発行;消防庁総務課

    Special Thanks to: CHEETAHさん、まさやんさん


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