海上警備行動〜艦の出番〜

艦の出番

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 先程治安出動海上版みたいなもの、と言いましたが、あくまで「みたいなもの」であって、まんま治安出動ではありません。あちこち、違う部分があります。

 例えば治安出動(命令による治安出動)の場合、内閣総理大臣は、出動命令を出した事につき、命令後で良いから国会の承認を得なければなりません。しかし海上警備行動の場合、国会承認の必要はありません。

 又治安出動(命令・要請共に)の場合、出動命令を出した後、命令が出た旨を関係地域の国又は地方公共団体の関係機関・住民に周知させる必要があります。しかし海上警備行動の場合、周知の必要はありません。

 さらに治安出動(命令・要請共に)の場合、命令権者は内閣総理大臣であり、且つ命令を出すに当たっては防衛庁長官と国家公安委員会相互の間に緊密な連絡を保たせる必要があります。しかし海上警備行動の場合、(閣議を経ての)総理の承認が必要とは言え、命令権者は防衛庁長官です。さらに、命令を出すに当たって、他機関との連絡は法的には必要ありません。

 とまぁ色々書いて参りましたが、要するに海上警備行動は、命令を出すに当たってのハードルが治安出動よりも低いのです。自衛隊が出る事には変わりがないのに、この差は一体何なんでしょう。考えられる理由としては、出動先が海上という事で治安出動に比すれば国民の人権との関係が薄いから、ハードルも低い……とか、そういう事なのかな。どなたか詳しい方、いらっしゃったら教えて下さい。

 さて、海上警備行動についてもう少し詳しく見ていく事にしましょう。問題となりそうなのは2点あります。まずは1つ目、海上警備行動がなされる前提である「海上における人命もしくは財産の保護又は治安の維持のため特別な必要がある場合」とは、具体的にはどういう状況を指しているのか?についてです。

 これは簡単に言ってしまうと、「海上保安庁が音を上げた時」です。普段、海上で人命財産の保護や治安維持の任に当たっているのは彼らですからね。その彼らが独力で任に当たり得ない厳しい状況になった時が、つまり "特別の必要がある場合" になる訳です。

 が、これではその "特別な必要がある場合" の具体像なんてのはまるで分かりませんね。この具体像、海保の努力度判定についてですけど。治安出動の時は、警察側の努力度判定に関し、一応の目安のようなものがありました。同じように海上警備行動についても、海保側の努力度判定について一応の目安のようなものがある……はずなんですが、残念ながら分かりませんでした。すいませぬ。

 ただ、潜水艦が相手の時だけは若干事情が違います。海上保安庁は今のところ、潜没中の潜水艦を探知・追跡し、また潜没中の潜水艦に対して通信を行い、実力を行使するための手段を全くといっていい程持っておりません。従って、例えば正体不明の潜没潜水艦が日本の領海を侵犯した場合は、海保の手には負えぬという事で海自にお鉢が回って来るものとあらかじめ了解されています。1996年・平成8年の閣議決定事項「我が国の領海及び内水で潜没航行する外国潜水艦への対処について」において、了解の内容と手順が定められています。もっともこれは、海保が対処手段を持たないという、至って単純な理由があるせいなんですけど。

 この「海上における人命もしくは財産の保護又は治安の維持のため特別な必要がある場合」がいかなる事態において認定されているか、実際の事例に即して見てみるとどうでしょう。これまでのところ、海上警備行動が実際に発令された事例は2件あります。その事例紹介も兼ねつつ、いかなる過程を経て海上警備行動が発令されたかを見てみるとしましょう。

平成11年3月 能登半島沖不審船事件

 能登半島沖で漁船に偽装した不審船2隻(北朝鮮船と推定)が発見された事件です。

 3月23日の未明、海上自衛隊の多用途哨戒機P-3Cが、能登半島沖と佐渡島周辺海域の領海内で、相次いで漁船を装った不審船舶を発見しました。発見は偶然ではなく、不審な電波をキャッチしたために調査を行い、発見に至ったもののようです。不審船はいずれも日本の漁船名を船体に書き込んで(「第一大西丸」「第二大和丸」)いましたが、明らかに偽装でした。

 不審船舶の捕捉は、まず海上保安庁によって試みられました。海自が不審船の追跡を続行する一方、海自からの通報を受けた海保の巡視船隊が現場に急行します。しかし、荒天にも関わらず不審船は極めて高速で航行し、巡視船隊はなかなか追いつけません。23日夜には巡視船から機銃にて威嚇射撃が行われましたが、効果なく、逆に長時間の追跡活動で巡視船側の燃料が尽きつつあり、海保による追跡・捕捉活動は断念に追い込まれます。

 しかるに24日未明、不審船は突如停船しました。この時点において不審船の追跡を続行していたのは海自のみであり、海保巡視船隊は後方にあって現場に急行できる状態ではありませんでした。そこで海自に捕捉活動を行わせる事が決まり、24日午前0時50分、海上警備行動が発令されました。

 海上警備行動命令を受けた海自は、護衛艦・哨戒機によって捕捉活動に移ります。参加した護衛艦は「はるな」「みょうこう」及び「あぶくま」の3隻と、多用途哨戒機P-3Cです。再度逃走を開始した不審船2隻に対し、無線および発光信号による停船命令を発しつつ、護衛艦から威嚇のための艦砲射撃を実施、さらに哨戒機より、同じく威嚇のための爆撃を行いました。具体的には、5in砲および150kg対潜爆弾を使用し、午前1時過ぎから、不審船「第二大和丸」に対し「みょうこう」より威嚇射撃13回(13発)、P-3Cより爆撃1回(4発)を実施。不審船「第一大西丸」に対しては「はるな」より威嚇射撃12回(22発)、P-3Cより爆撃2回(8発)を行いました。

 しかし、度重なる警告と威嚇にも関わらず、該船はついに停船しませんでした。両不審船が日本のADIZ(防空識別圏)を抜けたところで追跡は中止、海上警備行動は終了しました。

中国原潜領海侵犯事件 平成16年11月

 沖縄の先島諸島周辺海域で潜航中の潜水艦が発見された事件です。

 事前に米国・台湾から寄せられた潜水艦行動情報に基づき、海自は沖縄周辺海域での対潜哨戒活動を強化しました。その結果、情報通り潜水艦を探知、追跡を開始します。当初、太平洋にて活動していた当潜水艦は、11月10日午前5時頃、依然潜航したまま石垣島近辺に接近し領海に侵入しました。これを受けて政府は本格的対応を模索し始め、先の閣議決定事項に基づき海上警備行動の発令も検討対象になりました。潜水艦はおよそ2時間潜没状態のまま領海内を航行し、石垣島と宮古島の間を通り、午前7時過ぎ、領海から出て東シナ海へと抜けました。この後午前8時45分、ついに海上警備行動が発令されます。

 海上警備行動に従事したのは護衛艦「くらま」「ゆうだち」および多用途哨戒機P-3Cです。武器の使用はありませんでしたが、東シナ海にておよそ2日間に渡り、当潜水艦の追尾を続けました。潜水艦が日本のADIZを抜けたのは12日の午前7時、さらにADIZ外に設定した追跡限界線を越えたのが同日午後1時。この時点で潜水艦の追跡は打ち切られ、午後3時50分、海上警備行動は終了しました。

 当潜水艦は、事前の通報や探知情報などから中国の原子力潜水艦であると推定され、追跡が終了した12日の夕方に、中国へ正式な抗議が行われました。後日、中国は、当潜水艦が中国のものであった事を認めています。

 さて。上記2つの海上警備行動発令の事例ですが、これらを 「海上における人命もしくは財産の保護又は治安の維持のため特別な必要がある場合」という観点から見てみると、これらの事件における海上警備行動命令発動のきっかけは少々特殊であると言えます。

 これまで考えられて来た海上警備行動命令発令のパターンとは、形態はともかく海上における緊張が徐々に高まっていき、ついには海保が対処できなくなったところで自衛隊が出るというものでした。状況の発生から出動まである程度時間的余裕があるものと考えられており、まずは海保→だめなら海自、というようにバトンタッチがなされるものだというのが、本来考えられていたものです。

 第2の事例である潜水艦事件の場合、相手は海保が手も足も出せない潜没潜水艦です。一応、1996年の段階で、こういう状況での対処法は閣議決定済みでありました。しかし、従来の想定からすれば特殊なものである事に違いありません。

 さらに、第1の事例である不審船事件の場合、海上警備行動発令の直接のきっかけになったのは、海保が不審船の追跡を断念した後、引き続き追跡を続行していた海自の護衛艦の目前で突然不審船が停船した事でした。その当時の海自の出動根拠は、自衛隊法に基づく「所轄事務に関する調査・研究」、及び運輸省(当時)に対する官庁間協力でした。海保に対する協力・自衛隊としての仕事は調査研究、という事で、目の前で追跡中の船舶が停止したとしても、そのままでは臨検等の実力行使はできません。近くに海保の船がいれば、あるいは彼らが追いつけば、臨検してもらう事ができます。しかし! 近くに海保はいない。

 それまで政府部内、特に官邸サイドでは自衛隊の海上警備行動には消極的でした。その根拠は、「海保でできない不審船停船を自衛隊ができるのか」という慎重論です。しかし、理由はともかく現に目の前で不審船は停船しており、ここで海上警備行動を発動せず海保の追随を待っていればせっかくの機会を逃してしまう可能性がありました。そういう訳で、夜間だったため持ち回り閣議を経て、3月24日の午前零時50分に防衛庁長官より海上警備行動の命令が出たのです。不審船の突然の停船により、海上警備行動発動のきっかけは思わぬところから転がり出ました。このような、状況の変化に応じて突然海上警備行動が発令される事態というのは、本来考えられていなかったものです。

 局地的・一時的に海保の能力を超える事態が発生し応援が到着するまで待っていては取り返しがつかなくなる場合を想定すれば、確かに海上警備行動即決発令もあり得るでしょう。しかし海保巡視船隊の高い能力から、かような事態が緊急性を帯びて発生する事はそうそうあり得ないものと考えられて来たようです。そういう点から、今回の発令はこれまでの想定に比すれば特殊の部類に入るものと言えます。あるいは、これまでの想定に欠陥があったという事か……。どうなんでしょう。

 次。その2。いざ出た時の「海上において必要な行動をとる」、その必要な行動の具体的な内容についてです。これは、治安出動の時と同じく

  • 警察官職務執行法を準用しての職務執行(三等海曹以上の海上自衛官については、海上保安庁法中の一部の条文を準用)

となります。もっとも今回は「海上」警備行動ですから、海保のお手伝いのようなものです。とすると、カッコ内の海上自衛官うんぬんの方がメインとも考えられますね。

 またここでは、警備行動という事で、当然に武器の使用も予想されています。海上警備行動時の武器使用については、警職法・海保法を準用し、これに基づいてなされます。すなわち

  • 武器を使用し得る場合
    1. 犯人の逮捕または逃走の防止
    2. 自己もしくは他人の防護
    3. 公務執行に対する抵抗の抑止
      (以上警察官等職務執行法7条)
    4. 検査を忌避する船舶について、防衛庁長官が以下の事項を認定した場合。すなわち、当船が領海内にあり、外国船であると思量されること。その航行目的が凶悪犯罪準備のためであると思量されること。かつその凶悪犯罪に対策措置を取るために当船を停船させ検査する必要性が極めて大きいこと。
      (以上海上保安庁法20条第2項)
  • 武器使用に伴い相手に危害を加えてもやむを得ない場合
    1. 相手が死刑・無期ないし3年以上の懲役/禁固刑に該当する凶悪犯罪を犯したとき、あるいは逮捕・拘留に際し本人ないし第三者から抵抗を受けるとき。
      (警職法7条にもとづく武器使用の場合)
    2. 事態に応じ合理的に必要とされるとき
      (海保法20条2項にもとづく武器使用の場合)
    3. 正当防衛・緊急避難に該当する場合
  • ※なおいずれの場合の武器使用も、正当防衛・緊急避難に該当する場合の他は部隊指揮官の命令によるものとする。

ということになってはいますが、翻って考えてみるに、警職法にせよ海保法にせよ日本の国内法でしかありません。日本領海のような国内法の適用がある領域内、あるいは日本国籍の船舶相手ならこれで通用するのですが、公海上で外国船相手だとそうもいきません。海上警備行動の「海上」には公海も含まれるので、それを考慮すると事は複雑です。

 が、複雑な話はとりあえず後回し。国内法が適用されない状況での海上警備行動についてうんぬんするのは後々という事にして。ここはひとまず国内法の適用がある場合から話を進めていきます。

 日本の領海内で取締を行う場合、あるいは公海上での日本国籍の船を取締る場合、日本の国内法にのっとって取締を行います。またEEZ内でも一部国内法の適用があります。これらの場合、上で挙げたように武器使用要件・危害要件がそれぞれ定まっていますから、これにのっとって実力を行使する事になります。しかるに、海上自衛隊の武装のあり方を考えてみると、こうした実力行使のあり方は、なかなか不都合な部分を抱えていると言えます。

 海上自衛隊は本来、海上防衛組織でありますから、護衛艦には大砲やミサイルや魚雷を装備しています。いずれも強力な武器で、相手に当たれば即致命傷。防衛時には大いに役立つこれらの武器ですが、しかし警察活動時には、威力が強すぎて逆に使いづらい部分があるようです。

 平成11年3月の能登半島沖不審船事件において、海自は初めて海上警備行動を経験した訳ですが、その際いみじくも問題となったのがこの点でした。この事件では護衛艦が5in砲、多用途哨戒機P-3Cが150kg対潜爆弾でもって繰り返し警告射撃・爆撃を行いました。ところが、該船はこちらの命令には従いません。警告に従わないのであれば実際に当てたくなるところでしょうが、しかし大砲を当てたりするとまず間違いなく相手を撃沈してしまう=危害を加えることに繋がります。警職法の危害要件に該当するのでない限り(註.当時はまだ海保法20条2項はなかった)、逆立ちしてもそんな真似は許されません。

 そうこうしている内に、不審船には逃げられてしまいました。この事件の後、威嚇射撃が通用しない相手を危害を加えない範囲でこちらの意思に従わせるにはどうすれば良いか、という点が大問題になりました。今のままでは、凶悪な罪を犯したという確証がない限り、ただ遁走するだけの不審船を止めるために危害の及ぶ武器使用はできない。さあどうする。

 海自の出した答えは「なるだけ融通の効く武器を持つ」というものでした。

 能登半島不審船事件以降、海自は高速船を捕捉できるだけのスピードが出るミサイル艇の開発を続け、平成16年末現在6隻が就役しています。武装は、対艦ミサイルの他76mm砲と12.7mm機関銃、後述する特殊部隊を同乗させるための専用スペースも備えており、かなり不審船対策に力を入れた造りになっています。

 また既存の護衛艦へも、不審船対策用装備を導入しています。一部の護衛艦には12.7mm機関銃を搭載し始めている他、従来は対空射撃専用であった近接防御20mm機銃(CIWS)を改修し、対水上射撃も可能なように性能向上させる計画を進めています。かつ、搭載機として防弾措置を施し7.62mm機銃を搭載可能なヘリコプター(SH-60K)の取得を進める予定で、こちらも不審船の捕捉や後述する特殊部隊の展開に活用されます。

 機銃であれば、水面や上空に向けての威嚇射撃はもちろん、相手を沈めず、かつ乗員に怪我させない程度に的を絞って船体に弾を当てるという技も(場合によっては)使えるのがいいところ。ちょこっと当ててびびらせる、というのは脅しとしてなかなか効果の大きいもので、これでダメなら本格的実力行使!という踏ん切りも付けやすいでしょう。

 ……もっともまあ、実際のところは、威嚇射撃するにしても海面での跳弾を気にする必要があり、相手に当てるとなると余程正確に狙わなくてはならないので、そうおいそれとはできないものなのですけどね。特に、海自の持つ12.7mm機関銃は、砲側に人が付き目視で照準・射撃するものであり、精密射撃など望めません。人のいないとこだけ狙ってピンポイントで弾を当てるなんて、とてもできないでしょう(苦笑)。でもそれでも、ないよりはまし。治安の維持という観点から見れば、それなりに勝手がいいとも言える。

 ついでに。海自は、停船させた不審船への立入検査体制も強化しています。まず一般の護衛艦に抗弾ベスト等の機材を追加配備し、また訓練も強化しました。護衛艦乗組員によって立入検査活動部隊を臨時編成し、活動させるための装備と訓練です。

 加えて、立入検査の専門部隊も発足しており、その内容は3個小隊60人で編成される「特別警備隊」。平成13年3月に新設されたばかり、広島の江田島を拠点としています。部隊の詳細は秘密扱いですが、おお、日本版SEALsついに誕生か!?としょうもないところで筆者は少し興奮してしまったとか(爆)。

 ただ、捕捉した不審船を検査するに当たり、「乗り込んだ後」も問題といえば問題で、国内法的には警職法のしばり、国際法的には正当防衛・緊急避難のしばりがあります。こうしたしばりの中、予想される相手の激しい抵抗を制圧し、もちろん犠牲も抑え、立ち入り検査任務を遂行しなければなりません。そのための特別警備隊設置という訳ですが、さて、どこまでうまくいくものか。大きな課題といえるでしょう。

 さて、以上は国内法の適用がある場合の話でした。続いては、国内法の適用がない場合の話。

 公海には公海自由の原則というものがあります。公海はどこの国のものでもなく、又どこの国も平等に権利の主張ができます。ここで、海上における人命財産の侵害・治安のかく乱という行為は、通例船舶によってなされるものです。船舶管轄の原則は旗国主義、すなわち該船が籍を置いているところの国が管轄権を持つというものです。従って、公海上においては外国船にむやみに手出しはできません。

 公海上における外国船への武器の使用は、若干の例外を除けば、正当防衛・緊急避難に該当する場合にのみ可能な事になっています。またその場合においても、もちろん無制限に良いというものではなく、「合理的に必要と判断される限度において」使ってよろしいというのが約束事です。

 以上が海上警備行動時、公海上における外国船相手の武器使用の原則ですが、読んでみて分かりましたか? 具体的な像が頭に浮かびました? 自分で書いておきながら何ですが、読んでも今ひとつぴんと来ないと思います。 "正当防衛・緊急避難に該当する場合" に "合理的に必要と判断される限度において" 使用してよい。じゃあ、具体的には、どういう時にどこまで撃っていいってんでしょう?

 当船や当船の保護下にある船舶に危害を加えようとしているらしい相手がいるとして、その相手に向かって通信による警告文送信や、音波・電波の照射を行って警告の意を含ませる事はできます。あるいは場合によっては、火砲の類で曳光弾を撃って見せ、威力をちらつかせる事も出来るでしょう。しかし、その警告が通用しなかった時は、どうすればいいの? 「当てる!」という決心をする決め手は何か? こちらが撃たれるまで我慢しないといけないのか?

 実は、これはよく分かりません。相手に危害を与えない威嚇射撃はともかくとして、相手に危害を与えてもやむを得ない場合となるとさっぱりです。正当防衛・緊急避難に当たるピンチなんて、そのピンチの度合いの深浅も含めて実に様々です。それに応じて、武器使用の限度もおのずと変わって来ます。つまり、個別具体の事例ごとに一々当時の事情を勘案して判断するしか方法はない訳です。それでも、ある程度前例があればそこから一応の目安なりとも引き出せるかもしれませんが。しかしその前例がない以上は、原則論をかますしかできない訳でして………(汗)

 「治安出動」の項目でも述べたところですが、治安出動や海上警備行動などは軍事的色彩を帯びながらも、むしろ治安維持の色彩を強く持った活動です。適用されるルールも治安維持のそれであり、軍事行動の時よりも多くのしばりがかけられます。そうした中で任務を遂行する自衛隊には、色々と工夫をこらす事が求められます。

 ところで。これまでの話では、海上警備活動で自衛隊と対決する相手の武装については問題にして来ませんでした。海上の治安を乱し海保の手にも負えない輩であるとはいえ、自衛隊にかなうほど武器を持っているわけはない、自衛隊は法律的しばりがあるから強い武器を使えないだけ、という前提で話を進めてきました。

 しかしここで、例えばの話、その相手が強力な現代兵器で武装していたとしたらどうしましょう。自衛隊並にとは行かないまでも、例えば魚雷だとか大砲だとか、船舶を撃沈させるに十分な武装を持っていたとしたら。この武装で海保を圧倒し海上の治安を乱す。自衛隊が出るなら、治安出動か海上警備行動かとなります。そしてこの場合、お互いが一撃必沈の兵器を向け合いながらも、自衛隊の武器使用は治安維持のため法律的な制限がつく訳です。こういう時の武器使用とはいかなるものになるのか。

 現代兵器を抱えた者同士、お互い撃たれたらおしまい!です。脅し半分の当て技など、もとより使えません。そのため、早い話が撃たれる前に撃てという事になる訳ですが、自衛隊にとってはどの辺で撃つ決断をするのかというのが大変難しい。早過ぎると過剰反応のそしりを受け、遅すぎれば当然こちらが沈みます。

 治安出動の場合、相手の武装が自衛隊側に匹敵する、という事はあまり考えられません。不正規戦闘部隊の浸透といっても、要は歩兵ですから、戦車やヘリコプターや各種のミサイルなどまでごっそり持って来るものではありません。しかし、海上警備行動は違う。話を複雑にしないためにこれまで敢えて無視して来ましたが、海上警備行動の場合(特に海外に出動した場合)、上記のようなケースに陥る可能性がないではないからです。その場合、相手になる武装船・航空機とは、凶悪なテロリストかもしれないし、事と次第によっては一国の海軍であるかもしれません。

 1980年のイラク軍イラン侵攻で始まった、イラン・イラク戦争の時の事です。双方ともペルシャ湾に面した産油国ですので、戦費調達のために大いに石油を輸出しました。しかるにあろう事か、お互いがお互いの足を引っ張ろうと、相手の港やそこに入港しそうなタンカーの攻撃を始めたのです。1987年・昭和62年の事でした。ペルシャ湾を行き交うタンカーが、片っ端から攻撃目標とされたのです。その中には、当然に日本のタンカーも含まれます。これを受けてアメリカは中東艦隊を増強し、またペルシャ湾のすぐ外に空母エンタープライズ機動部隊を派遣し、タンカー護衛の任に当たらせました。といっても守ってくれるのはアメリカ・タンカーだけで、国籍問わずどこでも守ってくれる訳ではありません。日本のタンカーを守るには、日本が自前で船を出すしかないのです。そこで検討されたのが、海自の海上警備行動です。日本のタンカーに対するイラン・イラク両国の攻撃は、まさしく「海上において人命・財産を保護する必要のあるとき」に該当するじゃないか、という訳。

 結論から言うと、行く先が海外であるという事、また1988年8月にイ・イ戦争自体が終結した事で、結局海上警備行動案は沙汰やみになりました。ですが、「現代兵器を向け合った中での海上警備行動」の可能性が決してあり得なくはない事は、これではっきりした訳です。

 ちなみにこの時、タンカー護衛のためペルシャ湾に出動したアメリカ艦隊は、タンカーを護衛するに当たってイラン海軍と戦闘を繰り広げ、こういう場合での武器使用について良い例(?)を提供してくれています。しかしその中で、イージス艦が艦隊に接近してきたイラン航空のエアバスA-300を敵対的軍用機と誤認し、撃墜してしまう事故も起こっています。アメリカ側の言い分によれば、「それ以上接近しないよう通信でちゃんと警告はしたんだ。それにも拘わらず接近してきたので、軍用機と判断した」との事ですが……。

 また付け加えるならば、アメリカ側も無傷ではあり得ず、イラク軍機が発射した対艦ミサイルやイラン軍の敷設した機雷によって2隻のフリゲートが損傷し、約40名の死者を含む多くの犠牲を出しています。

 一撃必殺の魚雷やミサイルを向け合った中での警備行動・武器使用には、こうした誤認・過剰反応による事故や、反撃による犠牲の可能性が常につきまとうものです。 "場数を踏んだ" アメリカ軍を以てしてもこうなのですから、まして実戦経験ほとんどなしの海自ともなると……。どうなるんでしょうね。

 例えば、先に事例紹介のところでも触れた平成16年11月の潜水艦領海侵犯事件。事件後、海上警備行動で出動した護衛艦の艦長および指揮官が記者会見を行っていましたが、その中で「攻撃される可能性を排除できなかった」と述べていました。相手は中国の原子力潜水艦と推定されており、魚雷を積んでいます。撃たれて当たれば、こっちが沈む。実際に撃たれる可能性はごく少ないとはいえ、完全に無いとはいえません。撃たれたらどうするか、反撃するか、あるいは撃たれる前に武器を使うか、使うとしたらどのように……。あくまで「警察行動」としての武器使用に止めなくてはならない、という条件が、重くのしかかります。

 武器使用の目安もそうですけれども、その前の出動決心の目安といい、海上警備行動に関してはポイントごとに肝心な部分が不明瞭な場合が多いですね。これには、一応の理由があります。

 治安出動の場合、応援を受ける側の警察が実際にピンチに陥りかけた事が何度かありました。また、警察による武器使用の前例も豊富です。出動に関し、それなりの研究なり検討なりがなされる下地があり、目安を導き出す前例もある訳です。

 ところが海上警備行動の場合、応援を受ける側の海保が実際にピンチに陥りかけた事がほとんどありません。かつ、海保による武器使用の前例も多くありません。平成11年3月・平成13年12月の例を含めて、私が把握した中では、海保が実務上船舶相手に武器を使用した事は5回しかありません。それとても領海内、EEZ内、日本国籍の船あるいはそのように見なした相手、つまりは日本の国内法の適用があり得る場合での事です。国際法に基づく武器使用については、国内機関が実施した前例がなく、未知数のままです。

 加えて先にも述べたように、海保の武器は治安維持に都合の良い、融通の効く武器です。相手船の撃沈を目的とした海自の武器とは、根本的に体系が違います。要するに、必要度が薄い上に利用できる前例も少なく、また応用も効かせにくいと。従って、大した検討もなされない……と。そういう事。

 さらに。既に触れたところのように、自衛隊の海上警備行動は、海外派遣とも一脈通ずる部分があるのです。自衛隊の出動にはただでさえ風当たりが強いのに、まして海外ともなると、その強さは尋常ではありません。

 1953年・昭和27年、韓国は自国周辺海域に一方的な海洋主権線設定を行ない漁業取締りを開始しました。いわゆる李ライン問題です。漁船を拿捕する際に銃撃を行なったり、また拿捕漁船の乗組員をなかなか釈放しないなど、これにより日本側の水産業者は深刻な打撃を受けました。この当時の国会会議録を読んでみると、時折、李ライン周辺での海上警備や漁船護衛に保安庁の警備隊を(防衛庁設置後は海上自衛隊を)活用できないか、という話題が見られます。しかし、それらの案が日の目を見る事はありませんでした。防衛組織である警備隊/自衛隊が出る事で、漁業面での対立にとどまっていた問題が敵対関係にまで悪化する事を懸念したのが理由の一。そして、警備隊/自衛隊出動に対する野党側の激しい反発も、また大きな理由でした。その後この問題は、1965年の日韓交渉によりようやく解決します。

 時代は下って1987年、先にも述べたイラン・イラク戦争に伴う、ペルシャ湾地域でのタンカー安全航行問題。船舶・航空機による襲撃や、また敷設された機雷による被害が発生し、状況は楽観視できないものでした。国会でもこの問題が取り上げられています。自衛隊の出動に言及する国会議員もいましたが、結果として、自衛隊が出動する事はありませんでした。紛争当事国が自衛隊を攻撃し、自衛隊がそれに反撃した場合、状況によっては紛争に巻き込まれるおそれがあったためです。当然、野党はこうした懸念を元に自衛隊出動へ大いに異を唱えました。この問題は、1988年の戦争終結によって消滅します。

 1992年・平成4年、フランスで処理されたプルトニウムが船で日本まで輸送する際、輸送船の護衛を巡って問題が発生しました。日本において第一義的に海上の治安維持を担当しているのは海保であるから、海保を出すべきか。それとも、最悪の事態を想定し海自を出すべきか。核兵器製造にも転用可能なプルトニウム輸送には、決して粗漏は許されません。海自を出すべしとする声もありましたが、最終的には海保に決まりました。平時、海上の治安維持を担当しているのは海保である、その原則に従ったのです。野党は、もちろん、海保を差し置いて海自を出す事は許されないと主張しました。

 自衛隊は軍事組織であるにつき、出動先として予想されるのは通常ならざる危険地帯です。それゆえに、何らかのはずみで自衛隊が交戦状態に入り、ひいては日本が紛争に巻き込まれかねない、という危機意識は理解できます。それを避けるために自衛隊を出さないという政治判断も充分に理解できます。しかし、自衛隊の海外派遣に対する反対する余り、万一の事態に備えた検討をも「侵略に繋がるもの」とみなし許さない、そういう一面がなかったと言えるか。そういう過敏な姿勢は責任ある態度と言えるのか。一抹の疑問がないでもありません。

 海上警備行動については、こんな感じ。

 

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