端境期

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 自衛隊は、いかなる時に治安出動するのか? それは、間接侵略その他の緊急事態に際し、一般の警察力をもってしては治安を維持し得ない時です。戦争ではないけれど、対処困難な大規模暴動や、破壊活動、強力に武装した部隊の侵入などがあった場合、これを制圧します。

 海上自衛隊は、いかなる時に海上警備行動を行うのか? それは、海上において、人命もしくは財産の保護又は治安の維持のため特別な必要が生じた時です。戦争ではないけれど、対処困難な破壊活動や、強力に武装した船舶の侵入などがあった場合、これを制圧します。

 航空自衛隊は、いかなる時に対領空侵犯措置を執るのか? それは、外国の航空機が、国際法規又は航空法その他の法令の規程に違反して日本の領空に侵入した時です。戦争ではないけれど、外国の航空機が違法に侵入した場合、これを排除します。

 自衛隊は、いかなる時に警護出動するのか? それは、国内の自衛隊ないし在日米軍の施設や区域がテロに狙われるおそれがあり、かつその被害を防止するために特別の必要がある時です。戦争ではないけれど、通常では対処困難な破壊活動が基地や区域に対しあった場合、これを制圧します。

 治安出動も、海上警備行動も、対領空侵犯措置も、警護出動も、戦争ではありません。防衛出動し戦争して国を守るのとは違います。けれど通常では太刀打ちしがたい事態にあって、特別な必要があるという事で、日本の領域や国内の特定施設、または人命・財産を守るために出動し活動するのです。

 「戦争ではないが、通常ならざる事態」というのは、自衛隊の行う領域警備について述べる時、最大の特徴として挙げられるものです。

 日本の法制上、上記した領域警備活動は、警察行動の一環として行われます。緊急事態であるので比較的強力な権限が与えられはしますが、あくまで、警察的活動です。国防のための、防衛行動とは見なされていません。防衛行動となれば選択されるのは防衛出動ですが、この対象になるのは、「外部からの武力攻撃、またはそのおそれ」であり、かつ防衛出動を命ずる以外に手段がないと認められる場合でなくてはなりません。そうでなければ、警察行動として領域警備を行う他ないのです。

 防衛行動となれば、国は自衛権の行使を宣言し、自衛隊は防衛出動し、武力を行使します(自衛権行使抜きの防衛出動、というのもないではないですが…)。武器を持って戦闘を行う事は合法であり、相手に敵性が認められれば攻撃する事に別段法律上の問題はありません。戦闘で相手の人員を殺傷しても罪には問われませんし、また捕獲した人員は、犯罪者として逮捕するのではなく、捕虜として扱われます。

 対して警察行動となると、自衛隊は「武力行使」をするのではありません。所定の目的を達するために、武器を持って実力を行使するという事になります。武器使用・戦闘行為は、法定の諸要件を満たして始めて合法とされます。もう少し具体的に言えば、自衛隊の実力行使には警察比例の原則が適用され、選択し得る武器も、またその使用形態も、相手の抵抗の度合に合わせた必要最小限のものでなければなりません。相手に敵性が認められたからといって、即座に先制して攻撃とは行きません。要件を満たした実力行使のみが許され、捕獲した相手の人員は犯罪者として逮捕されます。

 あるいは、言葉を換えて言うならば、防衛行動はまさに軍隊の理屈でもって活動するのに対し、警察行動はその名の通り警察の理屈でもって活動します。領域警備に自衛隊が出動しても、警察行動である限り警察の原則に従って行動する事を求められ、警察比例の原則にのっとって実力を行使するのです。

 領域警備は警察行動、警察行動であるから自衛隊の活動も警察比例の原則に従う。それは結構。ですが場合によっては、ここで問題が発生する事もあります。

 具体的にどういう状況で問題が発生すると見られるかについては、これまで、それぞれの項目中であれこれと挙げて来ました。そこで共通しているのは、平時において、警察の過剰な実力行使から容疑者の人権を守るために存在している警察比例の原則が、領域警備活動時には自衛隊側の行動を制限し、犠牲を生む温床となっている点です。相手と同等か、若干上回る程度の武器でもって制圧する事を求められる上に、行動内容にも制限がかかっているため、味方の犠牲を抑えるのが困難な仕組みになってしまっているのです。

 領海内に侵入した不審船を停止させ得たとして、臨検しようとする時、抵抗に遭ったらどうするのか。相手がどれだけ武装しているかは確認できない。不審な動きを見せたらすかさず撃っていいのか。それとも事前に警告あるいは威嚇しなければならないのか。撃つとして、射殺するつもりで頭や胴を撃っていいのか。

 山中にて武装組織が立てこもっている場所を発見したとして、これを制圧しようとする時、抵抗に遭ったらどうするのか。相手は簡単な陣地を築き小銃で散発的に抵抗しており、それ以上の重火器を持っているかどうかは不明。そういう相手に、機関銃で制圧射撃を行ったり、手りゅう弾を使ったりするのはありなのか。

 もちろん、「あり」だとする見方もできるでしょう。不審船を臨検したり、山中にて武装ゲリラ部隊に遭遇したりして、「相手には強力な武器を隠し持っている強い疑いがあり、武器を使用する他にこれを鎮圧する適当な手段がないと判断された。不審な動きを見せ、強力な武器を取り出そうとしているとみられたため、危害を加えてでも制圧する事が合理的に必要と判断し、即座に射撃、相手を制圧」。こういう判断と行動も、現状あり得ないではない。

 実際、現行法でどこまでやれると当局が踏んでいるのか、こちらには分からないのですけれども。しかし、一部革新野党から警察・海保の武器使用に批判がなされがちである事、警察比例の原則がある事、などを考えると、領域警備で積極的な武器使用というのはしにくいのではないか、と思われます。

 冷戦が終結し、戦争の脅威は減りました。ですが、戦争には至らない緊急事態、不正規戦の脅威は、決して減っていません。戦争ならざる、グレーゾーンのせめぎ合いです。有事ではないが平時でもない、グレーだというところが、大きな問題なのです。強力に武装した集団が軍隊のやり方で活動していても、警察の原則でもって制圧するという構造。果してその時、自衛隊は効果的に動けるのか──

 

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