入るな、きけん

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 防衛機能保全を主として担っているところの部隊は、警務隊と情報保全隊です。警務隊は、自衛隊の関係する犯罪や事件を捜査する事を業務の中心としています。情報保全隊の活動はその名の通り情報保全、自衛隊の持つ機密情報を守り、その漏洩を防ぐ事です。警務隊のような犯罪捜査権は持ちませんが、防諜のための各種調査活動を行っています。

 しかるに、機能保全とはなにも犯罪捜査や防諜に限られるものではありません。実際に駐屯地を警備し不法な侵入などから防護するのも立派な機能保全であり、そのための業務として警衛、当直、営外巡察といった業務を挙げることができます。これら業務を担当するのは警務官等だけとは限らず、警務官等ではない一般の自衛官が従事する場合も多くあります。

 現在、駐屯地警衛任務に従事する自衛隊の体制は平時から有時にかけておおむね3体制に分けて見ることができます。

  1. 平常時

     いきなりですが、昭和34年陸上自衛隊訓令38号「陸上自衛隊服務規則」によると、駐屯地警衛勤務のために警務官・警務官補(警務官等)以外に規律の維持、警戒その他特別の必要のため、駐屯地および部隊ごとに特別勤務を設けることとしています。この警衛勤務者は小銃または騎銃(カービン銃)を持つ事が許され、必要な弾薬を警衛所に備えて本人が携行することが認められています。もし営内に不法侵入する者があれば、警衛勤務者はこれを営外に退去させなければなりません。

     こうした訓令から分かるように、陸自駐屯地で警衛勤務についている人は、必ずしも警務官等だとは限りません。

     陸上自衛隊の駐屯地では、駐屯地司令(在地部隊の最上級部隊指揮官が兼ねる事が多い)の下に業務隊が組織されており、ここが平時駐屯地警衛を担当しています。具体的には、駐屯部隊の隊員中から警衛担当を指名された隊員が業務隊に出向き、勤務します。駐屯部隊が特科部隊なら特科の、普通科部隊なら普通科の、機甲科部隊なら機甲科の隊員が出向いて警衛勤務に就く訳です。

     実際勤務するに当たっては、一応それなりに研修を受けたりもするようですが… しかし、警務科要員として警衛に当たる訳ではありません。

     続いて、海上自衛隊の場合、海自において基地警備を担当しているのは

    • 各地方隊総監部警備隊の陸警隊(総監部所在基地の警備)
    • 各地方隊隷下の基地隊(所在各基地の警備)
    • 航空群・教育航空群の航空基地隊警衛隊(航空基地の警備)

    です。海上自衛隊の数ある職種の中には「陸上警備」というものがあり、ここに属する隊員が上記の部隊で警備や機能保全を担当しています。該当する隊員は海自の第1術科学校で警備に関する専門教育を受け、部隊配属されます。

     航空自衛隊の場合、基地警備を担当しているのは、各基地にある基地業務群管理隊、さらにその中にある警備小隊あるいは警備班です。空自も海自と同じく職種中に「警備」があり、ここに属する隊員が警備や機能保全を担当しています。

     海自・空自の場合、陸自と違って専門職種の隊員が警備を担任することとなっていますが、しかし警務官や警務官補が担任している訳ではないところは陸自と同じです。

     なお、海自・空自のこれら警備部隊の権限や装備についてですが、詳しいことは分かりません。どういった法令に基づいて編成・運営されているのかも分かりません。が、おおむね陸自のそれと同じように各自衛隊訓令によったものなんでしょう。武装も、小銃程度にとどまると考えて良さそうです。

     このように、平常時において駐屯地や基地の警衛を行なっているのは、どちらかというと一般の隊員です。海自や空自では警衛要員が専門職種に属していたり特別な教育を受けたりすることもありますが、しかし警務官のような強い取締権限を持っている訳ではないので、一般と呼んでしまって差し支えないでしょう。場合によっては警務隊や保安部隊が警衛に協力することもあるようですが、しかし基本はやはり一般の隊員になります。そもそも、本丸の市ヶ谷・防衛庁からして警備を行っているのは一般の陸上自衛隊員であり、全国の陸自部隊が持ち回りで要員を派出し、警備を行うことになっています。

     では、こうした部隊の警衛勤務者は、実際に不法侵入者を排除するに当たりどれくらいの実力を行使できるんでしょうか。

     平成13年11月、国会にて自衛隊法が改正され、幾つか条文が追加されましたが、その中に第95条の2という条文があります。平常時自衛隊施設を警備する場合において、何かしら実力を行使する必要が生じた際に根拠となる内容です。

     すなわち。自衛官は、国内にある自衛隊の施設であって、自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備もしくは液体燃料を保管し、収容しもしくは整備するための施設設備、営舎又は港湾もしくは飛行場に係る施設設備が所在するものを職務上警護するにあたり、当該職務を遂行するため又は自己もしくは他人を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができます。ただしこの場合、刑法の正当防衛・緊急避難に該当する場合でなければ、人に危害を加える事はできません。

     「所在するもの」を警護するに当たって、と書いてあるので、自衛隊の装備や施設が所在する区域(要するに基地や駐屯地)全体がこの条文でカバーされます。これで、侵入者等がいたとしてもこの条文を根拠にして武器を使用し排除する事ができます。

     また、自衛隊の装備や施設の所在地のみならず、それら装備・施設類そのものを防護する場合も、同様の仕組みになっています。自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備、液体燃料を職務上警備するに当たって、自衛官は、それらの防護のため合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができます。正当防衛・緊急避難に該当する場合のみ人に危害を加えてもやむをえない、というところも同じ。隊法95条の規程です。

     これにより、例えばの話、営舎も何もないがらんとした演習場に自衛隊の装備品類が野ざらしで置いてあったとすると。隊法95条の2でもって区域全体を守ろうとするのはちょっと難しそう(装備品類の「保管、収容もしくは整備するための施設設備」がないので)ですが、それら装備品そのものを守ることはできます。

     以上の規程により、自衛隊は、平時においても駐屯地・設備・装備等を防護するために必要な実力を行使できます。

     なお、95条や95条の2でいわれている、人に危害を与えない「合理的に必要と判断される限度」の武器使用というのは、簡単に言ってしまえば威嚇発砲です。ただ、危害を加えてもやむを得ないとされているのは正当防衛・緊急避難の場合だけですので、威嚇が効かなかったからといって即座に相手に向かってずどん!という事はできません。また、逃げ出した相手を捕まえようとして撃つなんて事もできません。

     まあ、この「合理的に必要とされる限度」というのは、実際なかなかはっきりしないもので、現場に適用するには色々検討してみなければいけないところもあるのですが…。仮に侵入者がいたとすると、まずは制止と取り押さえを試み、武器を持つかその疑いがあれば、捨てるように警告し、従わなければ銃を構えて威嚇、それでも駄目なら、後は引続き警告と取り押さえの試みを続けつつケースバイケース、になるんでしょうか。

     ところで。先にも触れましたが、隊法95条の2が成立したのは平成13年11月の事です。次の項目でも述べますが、これは、平成13年9月にアメリカで発生した同時多発テロ事件を受け、自衛隊が自力で有効な駐屯地警備ができるようにと整備されました。これは、言葉を変えれば、これ以前は、駐屯地警備をするにしてもその根拠法令がなかったという事を意味します。

     上に挙げた昭和34年の陸自の訓令では、警衛勤務者は武器携行可能という事になっていますが、しかるに実際に武器を使うに当たっての規定というのはなかった訳です。隊法95条は以前からあった規程ですが、これはあくまで装備品や有線無線の設備そのものを守るためのものであり、駐屯地・基地警衛に直接関係する条文ではありませんでした。ここで、例えば強制力行使のような人権侵害度の高い権限の行使には、法律による授権が必要なのが通例です。しかるに、それが存在しなかった訳で…

     警衛勤務者が警務官等なら、司法警察職員の資格がありますので、不法侵入で現行犯逮捕、抵抗すれば公務執行妨害、警察官職務執行法に依拠した威嚇発砲もできなくはない、んですが。しかし、そうではない普通の自衛官の場合、果たしてどれだけの事ができたかどうか。

     軍隊の自己防衛権がどうのといっても、法律には書いてません。ですから例えば、一般隊員たる警衛勤務者が不法侵入者をひっつかまえて、ずるずるひきずって行ったとしたらどうでしょう。権限もないくせに何しやがると、逆に文句が出そうです。もっともこの程度なら、民間の警備員と同じく不法侵入の現行犯を逮捕したということで問題ないような気はしますが。しかし、仮に手持ちの銃を構えたり、あまつさえ威嚇ながら発砲したりしたら。一体どうなっていた事か。

     今では隊法95条の2があるので、法律を根拠とした武器使用もできますが、これがなかった頃は、駐屯地警衛といってもその根拠はあやふやだったのです。

     以上、平常時の駐屯地警衛について見て来ました。改めてまとめてみると、まず平時、基地や駐屯地の警衛は主として一般隊員によって編成される警備担当部隊によってなされます。彼らは勤務に当たり武器を携行することができ、事態に応じて必要な限度で武器を使用する事ができます。まる。

  2. 警護出動時

     続いては、平時ではないが有時でもない、そういう時の話。

     自衛隊法81条の2によると、内閣総理大臣は、国内の自衛隊ないし在日米軍の施設や区域がテロに狙われるおそれがあり、かつその被害を防止するために特別の必要があると認める場合には、当該施設や区域の警備のため、自衛隊部隊の出動を命ずることができます。

     国内において目立った事件は起こっておらず物情騒然としている訳ではないが、今後事件が起こる可能性は高い。具体的に治安が乱れてはいないので治安出動はできないが、かといって平時の体制では心許ない…… というような、過渡期ともいうべき時期において警備を行なうべく実施されるのが、この警護出動です。平成13年11月に設けられた、とても新しい規定です。

     これより前の平成13年9月、アメリカで航空機を用いた同時多発テロ事件が発生し、アメリカがこれに報復する攻撃を行なったことで、日本国内におけるテロの可能性もにわかに高まりました。主として問題になったのはアメリカ関連施設の警備問題ですが、日本はアメリカの同盟国ということで、原発などの重要施設、また自衛隊施設に対するテロも可能性がないではありませんでした。ここで、国内警備の第一義的責任は警察にあることから、重要施設の警備は従来通り警察に任せつつ自衛隊独自に警備を強化できるようにと制定されたのがこの規定です。

     以下、警護出動の具体的内容に入ってみることにします。問題となるのは、警護出動した自衛隊部隊は実際どこまで権限行使できるのか。特に、警備といえば必ず出てくる武器の使用に関して、どこまでやれるのか。

     簡単に言ってしまうと、警護出動した自衛隊員は、治安出動時に近い武器使用権を持ちます。具体的には

    1. 犯人の逮捕もしくは逃走の防止
    2. 自己もしくは他人の防護
    3. 公務執行に対する抵抗の抑止
      (以上警察官等職務執行法7条)
    4. 職務上警護するする施設が大規模な破壊に至るおそれのある侵害を受ける明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合
      (自衛隊法第91条の2)

    に、武器を使用することができます。使用にあたっては、警察比例の原則に基づいて、相手の抵抗の度合に合わせた必要最小限にとどめるものとし、人に危害を加える射撃が許されるのは

    1. 相手が死刑・無期ないし3年以上の懲役/禁固刑に該当する凶悪犯罪を犯したとき、あるいは逮捕・拘留に際し本人ないし第三者から抵抗を受けるとき。 (警察官等職務執行法第7条に基づく武器使用の場合)
    2. 事態に応じ合理的に必要とされるとき。 (自衛隊法第91条の2に基づく武器使用の場合)
    3. 正当防衛・緊急避難に当たるとき。

    のみとされています。かつ、武器の使用は、正当防衛・緊急避難に当たる場合の他は部隊指揮官の命令によることを原則とします。ここでいう部隊指揮官とは、独立行動可能な最小単位部隊とされる中隊の長、と考えられています。

     警護出動で使用が想定されている武器や装備の細かい内容については、分かりません。ただ、治安出動との兼ね合いで考えるに、各人の持つ拳銃・小銃の他、機関銃や装甲車辺りが使用されるのでしょう。

     警護出動はあくまで「施設や区域の防護」のためになされるため、出動した自衛隊の活動範囲も原則として警護する施設・区域の内部にとどまります。が、やむをえない場合は区域外で権限行使してもよいと定めてあり、それなりに配慮を効かせた内容になっています。まあ確かに、例えばの話、テロリストが警護対象施設の敷地の外、離れたところにいてそこからロケット砲で狙ってる!!でも近くに警察官がいない!!なんて時に、手をこまねいて見てるだけと言うのでは、あんまりでしょうからね。(もっとも、その「やむをえない場合」の具体的内容が、問題といえば問題なのですが…)

     出来立てほやほやの警護出動、まだどういうものになるか未知数ですが、早速訓練が始まっています。

    • 平成13年12月 在日米軍基地キャンプ座間・相模総合補給廠において警護出動の運用検討。陸自第一施設団第四施設群が中心となる。
    • 平成15年3月 陸自第一七普通科連隊が山口訓練場において警護出動訓練
    • 平成15年10月 空自第九警戒隊が基地(下甑島分屯地)施設を利用して警護出動訓練

     基地を守る活動、という事ですから、陸戦要員が大勢いる陸自だけでなく空自でも同様の訓練を行っているのが特徴です。内容はもちろん、銃を持って警備を行い、不審者や侵入者があればこれを排除/制圧する、というものです。海自については訓練実施情報は入って来ていないのですけれど、いずれどこかでやるんじゃないでしょうか。あるいは、既にやってるけれど私が見聞していないだけなのかも?

  3. 治安/防衛出動時

     平常時、警護出動と続いて、最後はいよいよ有事の際における駐屯地警衛について。

     防衛施設・駐屯地が外部からの武力攻撃を受けた場合…は、当然防衛出動で対応するとして。ここで取り上げるのは、治安/防衛出動下令後において、例えば自衛隊の出動に反対するデモ隊が施設に押し寄せて乱闘になったり、あまつさえ不法侵入しようとする場合だとか、あるいは外国軍隊の攻撃ではないながらも(あるいは、それとは分からない形で)ゲリラ的攻撃が行われたりした場合だとかの警衛に関する話です。

     防衛出動命令が下ると、自衛隊は、必要に応じて公共の秩序を維持するのに必要な行動をとることができます。隊法92条の規定です。このとき自衛官に与えられる権限は、治安出動時の権限に準じます。公共秩序維持目的ということなので、これらの権限と活動は駐屯地警衛に利用することができます。

     また治安出動命令が下ると、自衛官には所定の権限が付与され部隊が出動します。これらの権限と活動は治安維持目的のものですから、そのまま駐屯地警衛に利用することができます。

     上2例の権限の内容は実質的に同じもの、より具体的には治安出動時の権限であって、これについては既に治安出動の項で触れたところのものなので、そちらを参照してもらえれば良いかと思われます。

     内容をここで簡単にまとめるとするならば、自衛隊の出動に関して

    • 防衛庁長官による海上保安庁の統制(防衛出動、命令による治安出動の場合のみ)
    • 内閣総理大臣による特別部隊の編成
    • 関係機関との連絡・協力
    • 警察官職務執行法を準用しての職務執行(三等海曹以上の海上自衛官については、海上保安庁法の準用)
    • 航空法の一部適用除外
    • ※この他、防衛出動下令時のみに発生する法律効果が複数あるが、それについては除外。

    といった措置が可能となり、また出動した自衛官は、その保持する武器を

    1. 犯人の逮捕または逃走の防止
    2. 自己もしくは他人の防護
    3. 公務執行に対する抵抗の抑止
      (以上警察官職務執行法第7条)
    4. 職務上警護する人、施設または物件が暴行または侵害を受け、または受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合
    5. 他衆集合して暴行もしくは脅迫をし、または暴行もしくは脅迫をしようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、または防止する適当な手段がない場合
    6. 小銃・機関銃・砲・化学兵器・生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持し、または所持していると疑われる者が暴行もしくは脅迫をし、またはする高い蓋然性があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、または防止する適当な手段がない場合
      (以上自衛隊法第90条)
    7. 検査を忌避し逃走する船舶について、防衛庁長官が以下の事項を認定した場合。すなわち、当船が領海内にあり、外国船であると見なされること。その航行目的が凶悪犯罪の準備のためであると思量されること。かつその凶悪犯罪に対策措置を取るために当船を停船させ検査する必要性が極めて大きいこと。
      (以上海上保安庁法第20条)

    において使用することができます。ただし、武器の使用は原則として指揮官の命令に従って実施するものとし、その使用範囲も必要最小限に限られます。他人に危害を加えてもやむを得ないとされるのは

    1. 相手が死刑・無期ないし3年以上の懲役/禁固刑に該当する凶悪犯罪を犯したとき、あるいは、逮捕・拘留に際し本人ないし第三者から抵抗を受けるとき。
      (警察官職務執行法に基づく武器使用の場合)
    2. 事態に応じ合理的に必要とされるとき。
      (自衛隊法第90条・海上保安庁法第20条に基づく武器使用の場合)
    3. 正当防衛・緊急避難に該当するとき。

    上記3条件いずれかに該当するときのみです。

     警護出動時に比べ、自衛隊の活動範囲が警護対象施設内に限られたりせず、また武器の使用範囲も広くなっています。権限規定も明確で、平常時におけるように「武器は持てるけど使用権限があやふやで…」などというような事はありません。さらに、(ここで詳しくは触れませんでしたが)航空法の一部適用除外により、例えばヘリコプターを用いた活動がやりやすくなっています。

  4. 事件発生!

     さて。これまでの話は、法律面での話がメインでした。では、これを実際適用するとなるとどうなるか?

     そんな事分かりません、というのが正解といえば正解なのですが(^^;;)、とりあえず妄想めいた事も混ぜつつ少しばかり書いてみます。

     まず、重要な前提として押えておくべき事項があります。すなわち、自衛隊施設あるいは装備品に対する侵害行為は、形態としては犯罪行為である。一般の自衛官には、犯罪行為を取り締まる権限は与えられていない。上掲の武器使用権等は、あくまで、施設・装備等を防護するための緊急やむを得ない臨機の措置として例外的に認められているに過ぎない。法の原則からいえば、犯罪を取り締まるのは警察、ないしは司法警察権を持った警察機関である。

     (武器使用権等が)例外的に認められているに過ぎない、という点は重要です。特に平時においては、極めて大きな意味を持ちます。これはつまり、とっさに反応して撃退するか、あるいは応援が来るまでの時間を稼ぐか、とにかくその場を凌ぐための権限でしかなく、しかるべき権限を持った機関が対応を始めたとなれば、そちらの方が優先されると考えられるのです。

     先にも触れましたが、施設・装備等に対する侵害は犯罪、犯罪を捜査するのは警察。そして、警察は、自衛隊の基地・駐屯地内で起こった犯罪についても当然捜査権を持ちます。と同時に、自衛隊内で警察を司る警務隊もまた、捜査権を持ちます。一般自衛官の対応措置は、彼らが駆けつけるまでの最低限の防御でしかありません。もちろん、駆けつける前に撃退なり身柄拘束なり(あるいは射殺なり)して解決した、という事もあり得るでしょう。しかし駆けつけた後は、基本的には、彼らに委ねる事になります。

     次なる問題は、駆けつけた後の問題です。事件を管轄するのは、警察か、自衛隊の警務隊か、どちらか。

     これについては、警察と防衛庁・自衛隊の間で締結された協定がありますから、それに基づいて解決する事になります。昭和36年に警察庁と防衛庁の間で締結された「警察と自衛隊との犯罪捜査に関する協定」がそれです。協定の具体的な内容はよく分からないのですが(真面目に調べていない、とも言う…)、自衛隊員ではない者が施設内で犯罪行為に及んだ場合、基本的には警察が捜査を行い、またそういった者を警務隊が現行犯で逮捕したとしても、警察に引致するもののようです。具体例としては、昭和45年(1970年)11月に発生した三島由紀夫事件が挙げられるでしょう。あの事件では、三島氏を含めて5人が立てこもり、内2人が割腹自殺を遂げましたが、残る3名は警察に逮捕されました。また事後捜査についても、警察が担当しました。

     という訳で。自衛隊の施設内で犯罪があった場合、それが自衛隊員「ではない」者による犯行であったとすると。最初期の対応は自衛隊でやりますが、後々は警察に引き継ぐという事になります。少なくとも、平時はそういう事になっています。

     ちょっとした例え話をしましょう。陸自の某駐屯地に、テロリストが銃を乱射しながら車で突入して来た。警衛勤務の隊員が応戦するも阻止できず、テロリストは手近な隊舎に車を乗り付け、中に居た隊員を人質に立てこもった。さあどうするか。

    平時

    ……まず警衛勤務者の初動対応ですが、最低限の武器使用が可能/正当防衛・緊急避難の場合以外は危害射撃は不可、です。従って「車が突っ込んで来た!」という場合、とりあえず空に向かって威嚇発砲するのは可。その車から射撃を受けた場合、正当防衛・緊急避難に当たると判断されれば応射も可能です。ただし、警察比例の原則は考慮しなければいけませんから、1、2発撃たれたのに反応して自動小銃フルオートで20発撃ち返したりすると、後々問題になるやもしれません。車がゲートを突破し一目算に走り抜けるだけなら、危害射撃は困難かと思われます。警衛用の車両で追跡しつつ、警告と威嚇射撃、というのが基本的な内容になるでしょうか。タイヤを狙って撃ったり、車をぶつけて止めたりするのは、微妙です。

     警察に対しては、事件発生後可及的速やかに通報、後は状況によりけりというところでしょう。警察が到着した時点でなお事件が解決していないなら、警察に任せる事になります。人質取って隊舎に立てこもり、突入が必要とあらば、警察の部隊が担当します。

     なお、協定にもとづく警察への引き継ぎ前であれば、自衛隊側でも手を打てなくはありません。解放交渉や警告を行う事はもちろん可能ですし、また、警衛勤務者には隊法95条の2により武器使用権があり、特別司法警察職員たる警務隊員には隊法96条にて警職行法7条の準用があります。「警察への引き継ぎ前」という限定は付きますが、なんとかできなくはない。ただ、警衛勤務者の武器使用権はかなり限定されたものである上、そもそも犯罪取締りの権限を持ちませんから、事ここに至っては使いづらいものでしょう。警務隊も駆けつけるには時間がかかるでしょうし、実際には現場を遠巻きにして静観する事になりそう。

    有時

    ……ここでいう有時とは、警護出動の発令ないしはそれ以上の事態を想定しています。

     この状況では、施設警備に当たる要員の権限が大幅に拡大されています。警職法7条の準用があり、また隊法独自の武器使用権も平時に比べてより幅広いものです。テロリストの車が突っ込んで来た場合、それが「死刑・無期ないし3年以上の懲役/禁固刑に当たる凶悪犯罪である」と判断されれば、犯人逮捕のためとして危害射撃も可能です。正当防衛・緊急避難に限定される事はありません。(警察比例の原則は、依然考慮しなければなりませんが)

     事件発生後直ちに警察へ通報し後には協定通り警察へ引き継ぎ、という流れは、平時と変わりません。ただし有時の場合、自衛隊の権限は拡張されていますから、平時よりは思い切った手を打つ事も可能です。こと武器使用権のみに限定してみると、この段階での自衛隊は、実は警察よりも広い権限を有しています。

     ネックになるのは、法律上テロ行為はあくまで犯罪行為であり、一般の自衛官は犯罪取締りの権限を持たない、という点です。せいぜいが警職法の一部準用を受けて秩序維持に従事するに過ぎず、警察官の肩代りをするものではないのです。従って、仮に人質事件が起きて自衛隊部隊が突入するとなると、犯罪の捜査ではなく事態鎮圧を任務とし、そのために武器使用権を援用する、という形式を取る事になります。警察を待たずに自衛隊が独自にこうした行動を取る事の、法律上の是非は、ちょっと分かりません。可不可でいえば、「不可ではない」といったところですか。犯人身柄拘束で済めば、後は警察に引致して事が収まりますけれども、問題は射殺してしまった場合。事態鎮圧のため必要な職務行為であった事を立証し、警察を待たずに実施した事を正当化する必要が出て来るでしょう。警務隊が突入すれば、法律上の揉め事は少なくて済みます。しかしそれでも、警察を待たなかった事への説明は求められるかと思いますが。

     有時の話など、相当に仮定と妄想が入り込んでしまっていますけれども(^^;;)、その辺りはどうかお目こぼし下さい。

 以上、平常時から警護出動を経て防衛/治安出動時に到るまで、3段階に分けて駐屯地警衛について書いてみました。改めて見てみると、平常時の警備態勢が法できちんと整備され、また警護出動が創設されたのは平成13年11月のこと。それ以前、自衛隊は、平時においては本当に武器を使うようにはできていなかったのだなあ……と実感します(いえいえ、決して悪しざまに言っている訳ではなくてですね)。

 もっともそれは、そういうことを気にする必要に迫られなかった事の証であり、翻っては日本が平和であったことの具体的証である、と言うこともできましょう。それはそれで、ある意味とても喜ばしいことだと思います。まあ、平成13年のアメリカ同時多発テロ以降は、そういう悠長な事も言っていられなくなったのですが。

 あと、これはしょうもない余談ではありますが(^^;)。いわゆる(?)自衛隊陰謀ネタとの関係で少し。

 アメリカ辺りだと、例えば軍の秘密研究所がどうのこうのというネタで映画まで出来ちゃうみたいですけど、日本では自衛隊が秘密の研究所を持っててどうこう、って話はあまりウケないみたいですね。少なくとも実写では(苦笑)見たことないような気がします。やはり世界最大級の規模とグローバルな展開を誇り小銃から核弾頭まであらゆる装備を持つ米軍とでは、怪しさのレベルも違うのでしょうか。(笑)

 さてここで、仮の話、映画にでもなりそうな怪しげな研究所を防衛庁が持っていたとして。そこの警備を自衛隊が自前でやるとなると、法的な根拠はおおむねここに書いてあるものになります。つまり、基本は威嚇か身柄拘束程度で、危害が加えられるような発砲は例外というものです。主人公が侵入したところを警備員に見つかって逃げたとしても、相手が普通の自衛官なら後ろから撃たれる事はなさそうですね。ただし相手が普通の自衛官ではなく警務官だと、少し話は違って来るでしょう。

 ついでに。映画の世界だと、機密を知った主人公をペンタゴンやらCIAやらは執念深く追いまわすものですが、防衛庁の場合、仮に自前で主人公を追い回すとなるとそれは警務官の役目になります。警衛勤務はあくまで駐屯地を不法侵入から守る事にありますので、そのままでは敷地の外まで権限を及ぼすことはできません。警衛勤務者が一般自衛官。平時の一般自衛官は、敷地の外ではただの人。という事なので、映画みたいにどこまでも追わせたいのなら、警務官で編成された部隊に仕事させる事になりますかね。

 警務官は特別司法警察職員ですから、犯罪捜査権があります。刑事訴訟法に基づく強制捜査権を行使できます。警察官等職務執行法に基づき小型武器の携帯と使用もできます。小型武器とは、個人で携帯できる武器の事(実際はこの他にも条件が付くようですが…)ですから、拳銃だけでなく小銃や、サブマジンガンや、各種手榴弾などなども含まれます。つまりですね。「秘密基地」への侵入者を凶悪犯と見なせば、逃げる相手に対して警職法に基づいて武器使用できちゃう。仮に逃げられたとしても、犯罪捜査権を行使してどこまでもしつっこく追い回せちゃう。マスコミは自衛隊の警務官などにはあまり注目しないから、警察が嗅ぎ付けたりしない限り合法かつ秘密裏にコトを運べちゃう。という寸法です。どうです、これで小説の1本でも書けそうですか?

 なお、一部には「秘密研究所なんだから存在から何からすべて秘密、そこで起こったことも秘密、そういう所に法もへったくれもあったものか」と言ってなりふり構わず撃ちまくらせる向きもあるようですが…しかしそいつはいささか美学に欠けるところのある(笑)、野暮ったい意見でありましょう。そういうことは言いっこなし。以上、ヨタ話にて失礼しました。

 

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